第二十話 そして、市場へ
次回は2020年1月3日くらいに投稿します。
速人がキッチンから帰ってくるとテーブルの上は綺麗に片付けられた後だった。
速人はテーブルに人数分のお茶の用意をしながら、魔獣襲撃の対策について語った。
「俺としては”大喰らい”の再襲撃に関してはしばらく無いと思っている。理由はいくつかあるが、俺が戦った”大喰らい”は外部からの操作を受け付けない怪物だ。失敗作である可能性が非常に高いだろう」
ダグザは納得したような顔で速人を見ている。エイリークが早くも右手を上げている。ダグザと速人はエイリークの言葉を待った。
「あの後、俺たちが調査した結果魔獣による被害はかなり出ていた。つうか同盟や他の都市の連中が隠していたんだけどな。俺も速人の意見に賛成だ。様子見でここまで被害を出せば同盟の連中も黙ってはいない。犯行声明みたいなものも出ていないしな」
エイリークの話が終わった後にソリトンが手を上げていた。ダグザは静かに頭を振る。
「だとすれば、どうする?今の段階では二体目の出現がないとは言い切れまい。新しい被害が出た後ではどんな言いわけも立たないと思うぞ」
ソリトンの語調には彼らしからぬ性急さが窺われる。
この場に子供たちや部外者がいなければ机でも叩いていたに違いあるまい。
ソリトンの義父ベックはたまに商用で他の都市に行くこともあるので、おそらくはそのことを心配しているからだろう。
他にも戦後に隊商を離れて行った仲間たちにも危険が及ぶ可能性があるのだ。
ソリトンにとっては魔獣に関する一連の事件は他人事では無くなっていたのだ。
彼の傍らに立つハンスの顔も厳しいものになっている。糸目なのでよくわからないが。
「落ち着け、ソル。お前の言いたいことは十分に理解している。だが敵の正体がわかっていない以上、今の我々には臨機応変に対処していくことしかできないのだ」
憤るソリトンを見たダグザが声をかけてきた。弟を思いやる兄の心境というものだろう。
ダグザの瞳の輝きに優しさが感じられる。
「ソル、俺もダグ兄に賛成だ。俺たちが躍起なって魔獣を操っている黒幕を探していることを向こうが知れば自棄になってとんでもないことをしでかすかもしれない」
ソリトンは皆に見えぬように拳を握りしめて、己を押し止めた。
ダグザとハンスの言い分を聞いて、ソリトンは落ち着きを取り戻した。
際の際まで追いつめられた敵は愚にもつかないような手段に出る。
実はソリトンたちも火焔巨神同盟との戦いで後味の悪い結末を背負わされた経験がある。その時の行為は、結果として愚行とは言えないまでも繰り返すべきではない。
「ソリトンさん。大型の魔獣を匿っておけるような大掛かりな組織が動けば、第十六都市の中で何らかの痕跡を残しているはずだ。俺も市場で買い物をしている時にそれとなく情報を集めてみるから今は気がつかないふりをしておこう」
ソリトンは未だに難しい表情のままだったが、頭をふって承諾してくれた。
実際のところ、速人も口で言うほど楽観はしていない。
今日にでも聞き込みをするつもりだった。
その後、少し時間を開けてからエイリークはマルグリット、ソリトン、ハンスたちと都市の外の見回りについての事務的な話を始めた。
速人と雪近は基本的にエイリークの許可が無ければ都市の外に出ることは出来ないので自然に会話から外れるような格好となる。
一方、レミーとアインは事態の重さを理解したようでマルグリットやダグザに今後の方針について聞いていた。
「速人。これから俺たちはどうしたらいいんだろうね?」
速人がお茶を淹れているとディーが近くまでやってきて、今後自分たちはどうすれば行動指針について質問してきた。
今までのディーは特に考えるわけでもなく周囲の意見に合わせるだけだったので良い兆候と考えるべきなのだろう。
「まず今屋敷の中で話しているようなことを外で話さない。これだな。次に怪しい人影を見ても一人で行動せずに一度、エイリークさんの家まで帰ってきてエイリークさんに相談すること。他は普段から近所に住んでいる人に会ったら大きな声で挨拶をすること。声かけ運動とか地味だけど犯罪者相手には効果覿面だからな」
「???」
「ようは下町にも怪しいヤツがいるかもしれないから気をつけろってことだろ?まかせとけって!」
ディーは速人の話を微妙な顔をしながらも最後まで聞いていた。
そもそも人口の少ない山間の集落で生まれたディーにとっては今一つ実感が持てない種類の話題だからだ。
逆に雪近の方は俺の意図することをわかってくれたようで頭を縦に振ってから大きな声で返してくる。
雪近は江戸時代の人間だが、大都市で生まれた為にこの手の物騒な話題にも明るいということだろう。。
速人は複雑な立場であるディーには外出する機会がある度に注意を促しておく必要があることを悟った。
「速人。もう一つばかり話がある。パーティーの話なんだが今大丈夫か?」
速人は二人と話をつけた後にダグザに呼び止められた。
急な用事だろうか。
速人はティーセットを持ったまま振り返った。
そこには黄昏時を思わせる端正な顔立ちの角小人の男が立っていた。
一般的に小人族という言葉を聞くと小柄な体格の持ち主を想像するかもしれないがナインスリーブスの小人族はそろって恵まれた体格の持ち主が多い。
これは小人という呼称が、彼らの起源とされている太古の支配種”巨神”と比較して小さいことが原因である。少なくとも速人が知っている限りでは今まで出会った小人族に分類される短角小人、白小人、龍鬚小人、角小人などは新人たちよりも立派な体格の持ち主ばかりだった。
(俺は未完の大器だから関係ないけどな)
速人はこっそりとそんな風に考えていた。
「いいぞ」
「一つ、お前の実力を試してみたい。結果如何では今後のお前の背景には私が正式に加わるというものだ。悪くない話だろう?」
速人は顎に手を当てながら、自身の考えをまとめる。
現在の速人はエイリークの庇護下であり開拓村で生活していた頃に比べれば環境面では格段に向上している。
まさにエイリークの人望あっての結果だろう。
そして、ここにエイリークと同等の社会的地位を持つダグザの力が加われば速人自身が財産を持つことも不可能ではないことが予想される。
新人はナインスリーブスにおいては人間の所有物でしかない。
立場や待遇が改善されても自立することは容易ではないのだ。
そして自立する上でもっとも重視しなければならないのが自身の財産の獲得である。
速人のいた元の世界でも、奴隷解放宣言なるものはこれで失敗している。
(今、必要なことはエイリーク一家の生活を安定させて金庫をゲットして、ヌンチャク道場を解説する為の為の資金を手に入れることだ)
所要時間約一分の後、速人はダグザの依頼を受けることを決心した。
「お引き受けいたしましょう!」
速人とダグザは不気味に笑いながら、握手を交わした。
「そうだな。まず手始めとして今回のパーティーで私の父を満足させてくれ。具体的には私の父が最後までパーティーに参加していたら合格だ。本題は別にあるが、これを本題を引き受けるに当たっての最低限の条件とさせてもらおうか」
ダグザの目の輝きはいつも以上に真剣なものだった。
「おい待てよ、ダグ。相手はダメ出し魔王のダールだぜ?無理難題にも程があるってもんだ。速人、悪いことは言わないから」
ダグザとエイリークの間に割って入るように、速人が強気な発言をする。
「問題無いそ、エイリークさん。これは俺という人間の有用性を示すまたとない好機だ。ダメ出し魔王、いいじゃないか。俺は今までそういう人間を相手に至高のサービスを提供してきたんだぜ。むしろ、待っていたと歓迎してやりたいくらいだ」
それでも心配するエイリークをよそに、速人は不敵に笑っていた。
一方、ダールの性格と速人の実績を知るエイリークは複雑な心境となり口を閉ざしてしまった。
しかしそれでもダグザの厳しい視線が揺るぐ事は無い。
「言っておくが私の父は並ではないぞ。父の名前でレストランを予約すれば、手紙と現金を送付されて断られるくらいだ」
その間、エイリークからダールの風評に関するフォローは一切無かった。他の面子も真剣な表情で速人とダグザの姿を見守っている。
「海原雄山(※とてもワガママな陶芸家)だろうが、村田源二郎(※味皇の本名)だろうが俺にとっては大切なお客様でしかない!」
速人はダールの武勇伝を聞いても、一歩も譲らなかった。
二人は熱い視線と二度目の握手を交わす。
そんな中、エイリークが右手を上げている。
速人とダグザはほぼ同時にエイリークを見た。
「あのさ、パーティーの話なんだけど。俺、当日タキシードとか着てかなり頑張るつもりだからご褒美にでっかい肉とか食いたいんだけど…」
その時のエイリークは、彼には珍しく語尾の方が小さな声になっていた。
速人とダグザの顔が近寄りがたいほどの迫力を醸し出していたからだった。
「でっかい肉。例えば牛の丸焼きみたいな?」
速人の返事を聞いたエイリークは首を大きく振る。
エイリークと速人の話を聞いていたマルグリットとレミーとアインも大喜びだった。
ダグザ、ソリトン、ハンス、ディーまでもが牛の丸焼きと聞いて喜んでいる様子だった。
しかし、雪近は肉食に慣れていないので微妙な表情になっていた。
ソリトンの妻ケイティから祝事には牛の丸焼きを出すような話を聞かされたことがある。
「わかった。それならば俺はこれから市場に行って牛の肉、一頭分を買ってくることにしよう。楽しみにしていてくれ」
「任せたぞ。速人!」
エイリークの力強い応援を背に受けて、速人は踵を返しキッチンに戻って行った。
速人にとって下町の市場は戦場。帰るべき場所に、思い残すことなどあってはならぬのだ。
来年も頑張ります。