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第十九話 ヒルメシ!! = バトル!!

次回は12月31日くらいに投稿します。多分、大掃除とかお正月の準備中なので遅れるかもしれません。

 

 ダグザを食堂まで送った後に速人はキッチンに移動していた。


 速人はすぐに扉を開き、棚の中から食べ物が乗った何枚かの皿を取り出す。

 皿には野菜をふんだんに使ったラタトゥイユと細かく切られたチーズが皿状に広げられた薄いパン生地の上に乗せられている。

 後はこれをオーブンに入れるだけでピザが出来上がる。

 しかし、急な来客があったので数に足りなくなる可能性も否定できない。


 (ここが腕の見せ所というものだ!)


 次に速人はこんな時の為に用意しておいたパイ生地を伸ばしたものにミートソースと南瓜のピュレを乗せて折り畳んでいく。出来上がるものは定番の家庭料理ミートパイである。


 速人はミートパイを仕上げると次にオーブンに火を入れた。

 そしてキャベツやピーマンといった野菜を炒め、トマトをみじん切りにして寸胴に入っているチキンスープの中に投じる。

 さらにパンを作る時に中途半端に残ってしまった小麦粉を使用して作ったシェルマカロニをスープにいれて簡単なミネストローネを完成させた。


 (本当ならパスタは茹でてから入れるのが好ましいのだが、下手に時間をかけるとエイリークたちは殺し合いを始めるだろう)


 速人は断腸の思いを抱きながらスープの入った鍋をコンロの上に置いた。コンロの下にはオーブンがあるので、そこに火が入ると自動的に鍋が温まるという仕組みである。


 家事を極めた男の仕事に無駄は無いのだ。


 時間にして数十分後、速人は焼き上げたピザを乗せた数枚の大皿を持って食堂に運んだ。数種のスレッドチーズに過熱されたことでピザから食欲を刺激する芳醇な香りが漂ってくる。


 先に食堂入りしていたエイリークたちから感嘆の声が上がった。


 速人は口の端をわずかに歪めながら、テーブルの上にピザの乗った皿を置き包丁で八等分に切り分ける。


 ピザに包丁が入りザクザクと音を立てる度にエイリークとマルグリットが「きゃあきゃあ」と奇声を上げる。


 (こいつらに親としての威厳はないのか)


 速人は二匹のバカを遠巻きに見守るレミーとアインに同情した。


 「速人。俺たちも何か手伝うぜ」


 先に食堂に来ていた雪近と目が合う。隣にいるディーもやる気を見せていた。


 普段ならば配膳などのデリケートな作業は雪近やディーには任せられないのだが、ダ今は時間が押しているので贅沢は言えない。

 速人はキッチンに置いてきたミネストローネの入った鍋と人数分の鍋を持ってくるように指示を下すことにした。


 「わかっていると思うが、皿を配る順番を間違えるなよ?」


 速人は親指でつつくように背後の騒動をさした。

 ピザの皿がテーブルに置かれた途端にエイリーク一家が喧嘩を始めたのだ。

 雪近とディーはエイリークとマルグリットとレミーが既につかみ合いになっている現場を目の当たりにして逃げ腰になっている。


 やれやれ、と盛大なため息を吐いた後に速人は時間差で別の具材が乗ったピザをテーブルの上に追加した。


 残り一切れとなったピザをめぐって争っていたエイリークたちはすぐに新しい皿に群がった。


 (これはあれだ。エサの時間が来た時の池の鯉だな)


 速人は例えどれほど恵まれた容姿に生まれてきても品行が荒んでいればなまじっか醜い容姿を持って生まれたものよりも見苦しいものに成り果ててしまうということを骨身に染みさせられる。


 「うめえッ!うッッめえッ!うんめえぇぇーーッ!これは全部俺のだ!誰にもやらねえよ!」


 エイリークとマルグリットが地獄の餓鬼よろしくピザの切れ端を両手に持って食べている。

 早くもピザ争奪戦に敗れたレミーは二人の下でうつ伏せに倒れていた。


 ダグザたちは自分たちの分を確保した後にレミーの身を心配して助け起こそうとしている。


 (これも乱世の処方というものだろう)


 速人はディーと雪近を連れてキッチンに戻った。


 アインはまだピザを一切れも食べてはいなかった。


 キッチンではコトコトと音を立てながら丁度いい温度にミネストローネが仕上がっていた。

 速人は鍋の蓋を開けてトマトとチキンスープのかぐわしい香気を確かめる。

 その場に居合わせた雪近とディーもうっとりとした表情でミネストローネから漂ってくる魅力的な香気に酔いしれていた。


 速人はコンロから台車に鍋と人数分のスープ皿を乗せて雪近たちに、食堂へ行くように命じる。

 ついでに配膳が終わったら雪近たちも昼食をとるように言っておいた。

 雪近とディーは自分たちのスープ皿があることに気がついてその事を喜びながらキッチンに向かって行った。一方、


 次に速人はオーブンの中で焼き上がってきたミートパイを前に、皿と盛りつけのことを考えていた。


 そのままでもエイリークたちを満足させるには充分な料理には違いないが、それだけでは芸が無い。


 今度は別のグリルを使って半生の野菜を焼くことにした。


 かくしてトマト、ニンジン、ブロッコリー、セロリを一口サイズにカットした半茹で、半焼の野菜を使ったマリネと二層の特製ミートパイが完成する。

 

 その後、速人は簡単な片づけをした後に、大皿を持って食堂に移動した。


 「もう許さねえッッ!!クソババアッッ!!俺が一度皿に入れたモンまで食いやがってッ!!」


 部屋に入るとレミーがマルグリットを相手に怒鳴り散らしていた。

 マルグリットは邪悪な笑みを浮かべながら、レミーのものだったと思われるミネストローネを飲んでいる。

 足元にはエイリークとソリトンとハンスが転がっていた。

 

 ダグザはアインの目を覆って椅子の下に隠れていた。

 雪近とディーも椅子の下にいる。多分、あそこの四人はまだ何も食べていないのだろう。


 「甘いねえ、レミー。母ちゃんの世界では一回お腹の中に入るまでは誰のものなのかってのは決まってないんだよ??」


 (どういう世界だ…)


 速人でさえ思わずツッコミたくなるような親子喧嘩だった。

 とりあえず台車の上に乗っているベルを鳴らし、ミートパイの追加が入ったことを伝える。

 

 マルグリットとレミーは同時に速人が持っているミートパイの乗った皿を見た。

 そして母娘おやこで睨み合い、戦いの火花を散らす。

 

 そんな中、速人は冷静にミートパイを人数分だけ分けていく。

 

 速人はミートパイを切り分けている最中に何度かマルグリットの攻撃を受けたが華麗な愚血独歩を彷彿させる廻し受けで次々と防ぐ。

 

 速人はこの場において護身の奥義を開眼しつつあった。


 「速人。いい加減にしないとおばさんも本気で怒っちゃうよ?」


 マルグリットは背中から鬼の肉面めんでも出してきそうな雰囲気で速人を脅しにかかった。しかし、速人は脅迫に動じることなくミートパイの乗った皿を見せる。


 「半分にして寄越すぞ」


 逆に速人はミートパイを使ってマルグリットを脅迫した。


 「何て子供だい!!親の顔が見たいさね!!」


 マルグリットは捨て台詞を吐いてその場を引き下がって行った。

 その後、速人はカーペットの上に転がっているエイリークを蘇生(※ハンスに至っては人工呼吸が必要だった)させてテーブルに就かせる。

 マルグリットとレミーはまだ喧嘩したままだったが、他の面子は何事も無かったようにミートパイを食べていた。


 「速人。お前のおかげで我々は命の危機を脱することが出来た。礼を言うぞ」


 ダグザはバターとミートソースの香りを楽しみながら、ミートパイを頬張った。


 こんがりと焼き上がった丁度いい厚さのパイ生地と中に二層に分けて詰め込まれたミートソースともう一種類の具材が絶妙なバランスを保ったまま食欲を刺激してくる。


 (油っこい料理なのに、このいつまでも味わっていたいような食感はなんだというのだ)


 ダグザは久々にトマトの酸味ともう一種類の具材の甘みを慎重に味わっていた。


 そして、ミートパイを何回か口の中で噛んだ後にエイリークの方を見た。

 エイリークは「こんなんじゃ全然足りねえよ」とか文句を言いながら焼き野菜のマリネを食べていた。  野菜嫌いを公言しているエイリークが自分から野菜を食べている姿を見るだけでも十分に驚くべき姿なのだが、ダグザがさらに驚いたのはミートパイのあの具材をエイリークが平気な顔をして食べてしまったということだった。


 先ほどからダグザ、ソリトン、ハンスらが冷や汗を流しながらエイリークの顔を見入っていることに当人が漸く気がつく。


 「何だよ。どうせケチくさいお前らのことだから、俺に分けてやろうって気持ちなんか最初から無いんだろ?ダグは実家が金持ちのくせに昔からしみったれているからなあ。…少し分けてくれたら俺の好感度がアップするかもよ」


 速人を除くその場にいた誰もが前半はともかく、後半は聞かないことにした。


 なぜならばそれは、今まで出された料理を半分近く食べたのはエイリークとマルグリットだったからだ。


 「私もお前に分けてやるつもりはないが、時にエイリーク。お前、ミートパイを全て平らげてしまったようだが身体の調子は大丈夫か?今さら教えるのも気が引けるが、あのミートパイにはアレが…カボチャが入っていたようだぞ?」


 カボチャという単語を聞いた途端、エイリークは動かなくなってしまった。

 それどころか今度はエイリークはフォークを落としてしまう。


 「カッ!!カボチャだとッ!!嘘だ!絶対に嘘だ!カボチャには俺にだけ効く毒があって、俺はカボチャを食べると全身が緑色になって死ぬという不治の病に罹っているというのに!ぐわああああああああ!!!」


 エイリークがどざくさに紛れてサラダを全部食べようとしたので、速人は皿ごと取り上げることにした。


 レミーは父エイリークの悶え苦しむ姿を冷めた様子で見ている。


 「あのさ、父さん。結構前からウチの食卓に普通に並んでたよ、カボチャ。俺てっきり父さんがカボチャ食べれるようになったばかりだと思ってたんだけど…」


 「アタシも。やっぱダーリンも大人になったから好き嫌いとか無くなっちゃったんだって思ってた…」


 「僕も、お父さんはやっぱり大人だから好き嫌いなんか無いんだって思ってたよ」


 レミーだけではなくマルグリットやアインもエイリークがカボチャ嫌いを克服したものばかりと思っていたようだ。

 さらにエイリークは周囲の人間の顔を見ながら狼狽する。


 速人は舌を出して、人間の血肉を生贄として好む邪神に使える邪神官のような顔をして笑っていた。


 実はソリトンとハンスは速人から何回かこのミートパイを御馳走になっていたのだが、カボチャが食べたくないからよその国にまで逃げようとした過去があるエイリークの前では言うに言えなかったのである。


 「結局、俺はお前の掌の上で踊らされていた道化師ピエロだったんだな。速人、お前は大した悪党だよ」


 エイリークはさんざん叫んだ後にテーブルの上に突っ伏してしまった。

 よく見ると目が涙で滲んでいる。

 実際の年齢よりも若く見える容姿も、この時ばかりは十歳ばかり老け込んでいるように見えた。


 無論、速人に反省する意思はない。


 「ところで話を先ほどの話題即ち魔獣への対策について、話しておきたいことがいくつかあるのだが良いだろうか?」


 エイリークが消沈している頃合いを見計らって、ダグザが魔獣”大喰らい”への対策について話題を持ち出してきた。

 速人はテーブルの上の食器を台車に乗せながら頭を振る。

 ソリトンやハンス、マルグリットと子供たちも真剣な表情でダグザを見ている。


 エイリークは相変わらず突っ伏したまま速人をジト目で睨んでいる。

 よほどショックな出来事だったらしい。


 「あのさ。その前に、汚れた食器を一回洗い場に持って行ってもいい?」


 「後にしてくれないか?」


 ビキビキビキィィッ!!


 ダグザの額に深いしわが刻まれる。

 

 同時に速人のでかい目が限界まで見開かれる。


 食器というものは食べた後すぐにお湯に浸しておかなければ汚れが取れなくなってしまうことがあるのだ。

 速人としてもこれだけは譲れない。

 速人とダグザの間で強烈な不可視の圧力プレッシャーがぶつかり合った。


 マルグリットはとっさに子供たちを速人とダグザから引き離してしまった。


 「わかった。テーブルは私が拭いておくから早くしたまえ」


 結局、今回に限ってはダグザが折れてくれた。

 別段ダグザ自身が納得したからではない。

 今朝も妻と、自分の母親に「朝食を食べた後は食器を下げてくれ」と言われたからである。


 速人も速人でダグザの配慮を自分なりに好意的に解釈して、テーブルの上の汚れものを手早くまとめるとすぐにキッチンに運んでしまった。


 その間、ダグザは雪近やディーと協力して家でそうしたように濡れた布巾で軽くテーブルを拭いておいた。


 やがて食堂に戻った速人はダグザ、雪近、ディーの誠意溢れる行動に心から感謝するのであった。


 そして、互いに握手を交わす四人の男たちを前に何もしなかった者たちは得体のしれない居心地の悪さを覚える。


 いつしかダグザは彼らに軽蔑の眼差しを向けるようになっていた…。


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