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第十七話 進展と暗転(駄洒落)

 次回は12月25日に投稿する予定です。24、25は料理とかが滅茶苦茶忙しいので遅れるかもしれません。実はこれ書きながらもシュトーレンというパンの準備をしていました。

 ~前回までのあらすじ~

 

 俺、速人!日本から異世界ナインスリーブスにやってきた(以下略)


 というわけでエイリークの家の改装が終わったので中を家族で見てもらっていた。その時に悪いタイミングで風呂場を案内したばかりにエイリークたちが入浴してしまったので大幅な時間修正が必要になってしまった。そんな時にダグザとハンスとソリトンが訪ねて来て風呂に入って行った。ちょっと日本人の俺にはついていけない状況だった。

 全員風呂に入ってほっこりした後に二階を案内した。途中、エイリークたちが変なわがままを言いだしたので昼飯までの予定が狂いそうなので眠らせてやった。

 

 


 今、俺はエイリークをお姫様抱っこしながら階段を下りている。

 

 どうしてこのような地獄絵図が広がっているかといえばオレ自身の行動に原因があるのだが今は大事なのはそこではない。エイリークの豪奢な金髪がチクチクしていて色々と大変だった。

 この無駄にでかい生き物を持ち運びするのはなかな骨の折れる作業だったことは言うまでもない。


 こうして大型の粗大ゴミを抱えながら感慨に浸っているわけだが、改装当初は洋館らしく階段をらせん状にする予定もあった。というか元の階段は途中で折り返しのついたものだった。

 しかし、経費と人材と時間的余裕がそれを許さなかったのだ。一切の妥協を嫌う俺としては苦渋の決断でもあった。このクソ重いうえにデカイ糞をして俺の仕事を毎日増やしてくれるおっさんを抱っこしながら普通の階段にしたことが間違いではなかったことに気づいた。


 「ところで速人。エイリークさんって重くないの?」


 俺が額に汗を浮かべながら懸命にエイリークを持ち運びしていると、一階から俺の様子を見にやって来たディーが俺の殺意を煽るような質問をしてきた。

 

 本当ににこれが楽そうに見えるか?と言ってやりたい。


 返事のかわりに俺はディーを睨みつけてやった。


 「こんな道端に転がってる牛のウンコみたいな匂いがするおっさん、どうってことねえ。つうか安心しろよ、ディー。間違ってお前を殺っちまった時もこうやって優しく抱きかかえて山に埋めてやるからよ」


 「ご、ごめんっ!」


 ディーはバランスを崩して階段を踏み外してしまった。

 後ろからついてきた雪近が慌ててディーに向かって手を伸ばし、ギリギリのところで支える。

 間一髪の差でディーは階段から転倒することを免れたのであった。

 この貧弱ボーイズのあまりの無様な光景に俺は舌打ちをする。


 「速人。気持ちはわかるけど、あんまりディーを驚かすんじゃねえよ。ていうか、お前って本当に力持ちだよな」


 雪近はディーを持ち上げた時の衝撃で軽く捻じってしまった手首をさすっている。

 片や俺といえば軽々とエイリークの巨体を背負っていた。

 雪近が間に合わなければ俺がディーを助けていたところだ。


 そして俺は雪近の細い腕を見て、鼻で笑ってやった。


 「そんな”生涯体育授業見学”みたいな生白い腕をしているような輩に褒められても全く嬉しくないな。雪近、俺の男の定義を教えてやろうか?俺基準で男ってのはな、愛する女を抱きかかえて一晩中走り続けても労苦を口にしないヤツのことだ。わかったか?萎びた小松菜くん!?」


 俺は右手を折って力こぶを作る。

 雪近は頼りなさげな自分の腕と爬虫類(主に亀)のように太くて短い速人のそれを見比べた。


 「クソ。言い返せねえよ」


 そして、雪近は項垂れた。

 一応、俺が見たところ雪近はたまにトレーニングっぽいことをやっているがプロの俺に言わせればやっていないのとおなじレベルだった。


 鍛錬とは血の小便を出し尽くすほどの過酷な領域に己の肉体を追い込んでこそ成し遂げられる修行なのだ。


 もしも「誰でも出来る」、「時短」とか言っているヤツは俺の前に出て来い。

 髪の毛が真っ白になるまで鍛えてやる!!


 そういうわけで俺たちはエイリークをお姫様抱っこしながら居間にまで戻って来た。


 一階の居間のソファにはレミーとマルグリットが横になっている。意識はまだ戻っていない。

 ソファにはレミーとマルグリットがいたので別の場所で寝かせる必要がある。

 俺は再び二階に行って倉庫からシーツを取ってきた。

 俺がエイリークを優しく寝かしつけているとダグザが話かけてきた。


 「速人。この家でパーティーを開くというお前の提案だが、私は賛成するつもりだ。ソリトン。ハンス。お前たちはどうだ?」


 「俺も賛成だ。今のエイリークの家ならダールもきっと喜ぶだろう。ハンス、お前もそうは思わないか」


 「ああ。俺もダグとソルの意見に賛成だ。案内されている最中に考えていたんだが、俺たちもパーティーの時は普段着よりも正装した方がいいんじゃないかと思っていたんだ」


 どうやら三人の胸中は同じようなものであり、今回の見学会を通して理解し合えることが出来たようだ。 俺の足元に転がっているエイリークも同じだろう。


 「速人。これから我々は人を集める予定だが、会場の準備はお前に任せても大丈夫か?」


 ダグザは下に転がっているものを見ないようにしていた。

 エイリークは相変わらず白目のままだが、加減してやったことなので復帰までの時間くらいは心得ている。

 俺は親指を立て、ダグザに色よい返事をする。


 「その辺は任せてくれ。むしろ招待客の人選こそが今回のパーティーのキモだと思ってくれる。くれぐれも招待客の候補を漏らさないように気をつけてくれよな」


 今回のパーティーの最大の目的は隊商キャラバン「高原の羊たち」が組織として成長かつ自立していることをアピールすることである。

 その上で第三者よりもまず先にダグザの父ダール、ソリトンの義父ベックなどは外せない招待客ゲストなることだろう。

 俺にとっては長いつき合いではないからまだ知らない人間がたくさんいるだろうが、ダグザたちならばより多くの招待客となるべき人々の名前に覚えがあるはずだ。

 ちなみに俺としては最大で二百人くらいまでを想定している。

 ダグザは俺の意図に気がついたようで、すぐに相槌を打ってきた。

 それからすぐに顎に手を当て、何かしら考えている様子から察するに結構な数の人間を招待しなければならないということなのだろう。

 俺としても腕が鳴るというところだ。


 そして、話が一旦途切れたところを見計らってソリトンが以前にダグザが持ちかけてきた「あまり良くない報せ」について聞いてきた。


 「話の途中すまねいが、さっき速人に話があるようなことを言っていたようだが。あれは何だったんだ?」


 ソリトンの話を聞いてすぐにダグザの表情が曇る。

 ダグザはレミーとアインの方を見る。

 俺は一連の挙動からダグザの話が、子供たちの前では打ち明け難い類のものであることを察する。


 「あの、ダグおじさん。僕、部屋に行っていた方がいいのかな?」


 アインが少し怖い顔つきになってしまったダグザに向かって恐る恐る尋ねる。

 ダグザは軽いため息をつく。結果としてアインの心配を煽るような真似をしたことに、ダグザは心を痛めてしまったのだ。


 「待ってくれ、ダグザさん。前回のレミーの一件がある。本当に危険な話ならアインにも聞いてもらった方が良いと思うぜ」


 前回の事件、レミーが他の子供たちを連れて危険な場所に出て行ったのは大人の側の説明が足りなかったことも原因の一つだった。

 俺の見たところではレミーやアインは子供心を大切にしすぎる男エイリークと違って事情を説明しさえすれば大人の立場を理解してくれるという賢さとを持っているのだ。

 変に隠し通そうとすれば、逆に大人たちを心配して勝手な行動に出る可能性だって否定できない。


 「そうだな。お前の言う通りだ、速人。レミーやアインとて、いつまでも子供ではない。少し早いような気がするが、今現在我々の直面しつつある問題について意見を聞いてみるのも良いかもしれない。時にアイン、これから私たちはよそで話すことが出来ない難しい話をするのだが構わないかね?」


 周囲の理解が得られるまでは、出来るだけ黙っていて欲しい。そんなニュアンスを込めながらダグザはアインに語った。

 アインは子供なりに考えて、ダグザの意見に従うという意味で頭を下げる。

 ソリトンとハンスは二人のやり取りを関心しながら見ていた。

 おそらくは二人の姿にかつてのエイリークとダグザの姿を見出していたのだろう。


 「わかった。これから誰に何を聞かれても何も言わなければいいんだね」


 アインは子供なりに事態の重要性を理解しようとしている。俺とダグザにもそれが伝わってきた。


 「ああ。頼んだぞ、アイン」


 ダグザは自分の手荷物である革製のカバンの中から布切れを一枚出した。

 薄茶色の布には何かの模様が描かれている為にハンカチの類にも見える。

 しかし、ハンカチにしてはどこか汚れている印象が強いので可能性は低いのだろう。

 俺とアインが首を傾げているとダグザが何かの図柄が描かれた布の正体について教えてくれた。


 「これは樹皮紙バルクに魔術で投影した写し絵なんだが、今まで見たことは無かったのか?」


 樹皮紙バルク

 ナインスリーブスで主に使われている紙のことである。

 樹皮紙バルクはナインスリーブス特有のアメの木を原料にしていて俺が前の世界で当たり前のように使っていた紙に比べれば幾分か劣るか端っこを引っ張っても破れないほど頑丈で、さらにペンで文字を書いても滅多に薄くなることもないといった紙である。

 新人ニューマンに分類される俺はほとんど触れる機会が無かったので現物を見ても実感が湧かなかったのだ。

 

 しかし、ダグザの説明やアインの様子からして目の前にあるものは一般的に流通している樹皮紙バルクとは別のものなのだろう。


 「ダグおじさん。これ僕が学校で見たことがある樹皮紙バルクとは少し違うね」


 「うん。俺もスタンがたまに上司から送られてくる手紙みたいのを見たことはあるけど、それとは少し違う紙だな」


 俺たちが目の前にある樹皮紙バルクについて詳しくないという事実を知ると、ダグザはニタリと口の端を吊り上げていた。

 

 所謂どやの笑い顔である。


 ダグザにはこういうところが人望が得られない一因となっていることに早く気がついて欲しいものだ。

 実際にアインだけではなく、旧知のソリトンとハンスもダグザの邪悪すぎる笑顔に引いていたのだ。


 「クックック…、そうかそうか。お前たちも知らなかったのか。では仕方ない。今回は特別に私が教えてやろう…」


 ダグザはくぐもった笑い声を漏らす。

 だからそれを止めろと言っているというのに。


 ダグザは瞳を妖しく輝かせながら特別な樹皮紙とその使用方法について語った。


 「これは一見すると普通の樹皮紙バルクに見えるかもしれないが、実は私が開発した記録装置なのだよ。普通の樹皮紙バルクに魔晶石の粉を混ぜ合わせることにより、同様に魔晶石の粉から作った特殊なインクで書き込むことで元の紙の大きさを気にしないで対象を記録することが出来るのだ。まあ、私の実家が保有する資料を参考に作ったものだから完全なオリジナルというわけではないが」


 ダグザは机の上に広げた紙を人差し指で擦る。

 指先が触れた部分が発光して、書き記された図面が縮小し本来の絵に近い形となった。


 なるほど。こうやって縮小された図面を見ると文字というよりも象形文字のそれに近いことがわかる。


 かなりデフォルメされているが、背中に大きな羽を生やした鳥の頭を持つ男が二人が並んで立っていた。鳥の頭を持つ男たちは手に槍を持っていることから、俺は番兵ではないかと考える。


 アインは絵柄に関してはまるで見当がつかないようで、ダグザの持ってきた魔法の樹皮紙バルクに驚くばかりだった。


 「なあ、ダグザさん。この槍を持った兵士みたいな絵は何だ?」


 俺の質問を聞いて、ダグザは「ぬふふっ」と会心の笑みを漏らす。だからその笑い方を止めろといいたい。


 「これはかつてナインスリーブスに降り立った巨神の一柱、光翼のオケアノスと呼ばれる存在だ。古代の上位言語では法と契約を意味する。いや、君相手にもったいぶる必要はなかろう。咎人を魔法で束縛しておく時に用いられる古代上位言語ヒエログラフの一つだ。ここまで言えば大方のことは察しているだろう?」


 外連味たっぷりのダグザの言葉を聞いた俺はある仮説を、嫌なことを考えてしまった。

 アインに口止めを促すようなダグザの言葉。

 このタイミング。

 次々とパズルのピースが埋まっていくような気さえする。


 「まさか先日遭遇した魔獣”大喰らい”か?」


 ダグザは大きくかぶりを振った。

 ソリトンとハンスは思わず息を飲み込んだ。

 アインも当時のことを思い出し絶句してしまった。


 そして、エイリークとマルグリットとレミーはいまだに意識を取り戻さない。


 「左様だ。このさる古代の拘束術式が描かれた呪印は君が先日退治した魔獣”大喰らい”の身体に刻み込まれていたものだ」


 ダグザの一言で部屋全体が凍りついてしまった。


 今、トイレに行きたいと言ったらどんな顔をされるだろう。

 俺はそんな心境にさえ陥ってしまったのだ。


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