第十六話 最後の部屋 ~アイン~
次回は12月22日くらいに投稿するでごんす。次回からは「速人が市場で肉をゲットしてくる話」、略して「肉」編がはじまるでごんす。
ついに最後の部屋を案内する瞬間がきた。
部屋の主になる予定の少年、アインは期待に胸を膨らませている。
ここまで素直な態度だと、用意した俺も嬉しい。
本当は「すげー」とか「へえー」の一言で終わる場面だがそうはいかないのがこの作品のクォリティというものだろう。
「次はアインの部屋なんだけど、みんなで見に行ってもいいかな?」
「うん!いいよ!僕もみんなに僕の部屋を見て欲しい!」
キラキラ!エイリークから毒気を抜いたような美少年アインの屈託のない笑顔が、俺の良心(※あるかないか自分にもよくわからない)に突き刺さる。
別に何か仕掛けがあるわけではないが、今まで良かれと思ってやったことが裏目に出ていたせいでもある。
「アイン。本当におじさんたちも一緒に入ってもいいのかい?」
「僕、自分の部屋って初めてだからみんなで一緒に行きたい!」
ダグザもまた汚れの無いアインの笑顔を見て、言葉を詰まらせた後に陽光を浴びた吸血鬼のようにフラフラしていた。
「速人。相談なんだが、うちのシグにも個別の部屋を用意した方がいいのか?」
ソリトンが少し考える素振りを見せた後に、そんなことを聞いてきた。
ソリトンの息子シグルズは姉のアメリアと同じ部屋で過ごしていた。
シグルズとアメリアの年齢は三つほど離れている。
アメリアが嫌がることは無いだろうが、そう遠くないうちにシグルズは自分の部屋を欲しがるようになるだろう。
ソリトンの家に行った時に何回か子供部屋へ案内されたことがあるが少女趣味全開のアメリアの部屋は男の子のシグルズには辛いものがあるかもしれない。
そういえば前にシグルズが「姉ちゃんには絶対に逆らえねえよ」と愚痴を溢していたっけ。
俺はシグルズに助け舟を出してやることにした。
「その方がいいでしょう。あの部屋で二人の人間がヌンチャクを振り回せば、怪我をすることは必至ですから。将来的なことを考えてもシグルズ君にも必ず部屋が必要になります。その際には是非とも私に声をかけてください」
「部屋の用意はお願いしたいが、シグにヌンチャクは困るんだが」
その後、ソリトンに「シグルズにヌンチャクの英才教育を施す」という俺のプランを熱く語ってみたがソリトンは困った顔をするばかりだった。
シグルズの将来を考えればどう考えてもYESの返事以外は考えられないはずなのに。
俺はソリトンに聞こえるよう舌打ちをした後にみんなをアインの部屋の前に案内した。
「ソル、お前は間違っていない。私が保証してやろう」
「ああ。俺もそう思う」
という感じでダグザとハンスに慰められながらソリトンは俺の後ろについて来る。
群れなければ何もできないクズどもが。
いつか三人まとめてヌンチャク信者にしてやるからな。
俺は胸の内で執念の黒い炎を燃やしながら、アインの部屋のドアノブに手をかける。
「おーい。待ってくれー」
俺がドアノブに触ると同時に一足遅れてレミーが駆け寄ってくる。
底抜けに明るい様子から察するに、どうやら納得するまで自分の部屋を見てきたらしい。
「次はアインの部屋なんだろ?俺も見る!」
などと清々しい笑顔で言ってきた。
レミーなりに手応えというか満足の行く部屋の中身だったというところだろう。
流石は俺、素晴らしい成果だ。
俺は軽く会釈した後にドアを開いた。
「うわあ!」
「へえ…、ここがアインの部屋か。どれどれ、中はどうなって…ぶっ!」
「突撃だーっ!!」
アインとレミーが部屋に入ろうとした時に後ろからもの凄い勢いでやってきたエイリーク(三十三歳・男性)とマルグリット(三十三歳・女性)が弾き飛ばしてしまった。
もはや子供そっちのけで部屋の中を見ている。
ダグザたちは毎度のことながらもエイリークとマルグリットの傍若無人な振る舞いを前に絶句していた。
一方、俺は地面に転がったレミーとアインを起こしてやることにした。
とりあえず女性優先ということで俺はレミーの手を取る。
この時ばかりはかなりのショックを受けていたらしく俺が手を引いている間にも「ありがとな」と素直にお礼を言ってくれた。
起き上がったレミーは身体についた埃を簡単に払うと右腕を大きく振り回しながら部屋の中に入って行った。
レミーの雄々しき姿に俺は名レスラー、スタン・ハンセンが重なって見えた。
「速人。僕はいいからお姉ちゃんを」
次に俺はアインの手を引いて起き上がらせる。
俺は苦笑しながら、立ち上がろうとしているアインに向かって苦笑いを返す。
いくらレミーといえども両親に向かって背後からウェスタンラリアットをするような真似はすまい。
レミーは右腕の袖の部分をまくる。
ぶんぶん、と空回りさせることで腕のウォームアップは十分にすんだはずだ。
そしてレミーは自身の右腕に意識を集中して魔力を励起させる。
結果レミーの二の腕と手首にハウンド・リンクスの特有の紋章が発光して浮かび上がった。
元来レミーの年齢でここまで紋章の力を使いこなす者は珍しい。
普通はこの世界での一般的な成人年齢に相当ウする十五歳以上ではないと紋章を体の表面に浮かび上がらせることさえも難しいのだ。
これも偏に両親から受け継いだ才能というものだろう。
だが今のレミーを例えるなら猟犬というより猛牛だろう。言ったら絶対に怒るから言わないが。
「ウィィィィィィィィーーーーッ!!」
顔を真っ赤にしたレミーはまず最初に母親から狙った。
素晴らしい戦術だ。
まず好戦的で凶暴な性格の持ち主であるメスの方から始末して、外見が派手なだけのオスはその次に狩るつもりなのだ。
唸り声を上げながら突進してくるレミーに気がついたマルグリットはガードを固めてやり過ごそうとする。
しかし、この時のマルグリットには大きな誤算があった。
マルグリットはレミーがハウンド・リンクスのスキル「運動能力強化」が使えることを知らなかったのだ。
この「運動能力強化」は同系統スキル「身体能力強化」と違い、外見からは見分けにくいという特長があった。
かくしてマルグリットは娘の成長をその身を以て味わうことになる。
細くしなやかな腕の一撃がマルグリットを薙ぎ払った。
(かつては人食い狼とよばれたこともあったのに。アタシもヤキが回ったね…)
レミーのラリアットを受けて吹っ飛んだマルグリットの身体はそのままエイリークにぶつかった。
戦士として鍛えられたマルグリットの肉体は並の男くらいの重量があったので、それを横面から受け止めたエイリークは当然のように押し潰される。
エイリークはマルグリットの身体を受け止めた時の衝撃で意識を失ってしまった。
俺は意識を失った二人を哀れに思い、夫婦ともども壁に寄せ寝かせててやることにした。
一方のレミーは…顔に表情が無い。まだ切れている最中だ。
俺は他の面子がどうしているか気になって後ろを振り返る。
すると部屋の入り口で雷鳴に怯える子犬のようなアインたちの姿があった。
俺は、とりあえずレミーが正気を取り戻すまで部屋の案内を止めることにした。
「ここがアインの部屋か。あれ?この壁にかかっているリュックとかって父さんの使ってたやつじゃないか?」
レミーは壁にかけられた古びたリュックサックを指さす。
他にもエイリークたちの所属する隊商高原の羊たちの名前が書かれた立て札、仕事道具などが壁にかけられている。
勿論、これらの品々は今は使われなくなった物をエイリークの許可を取って使わせてもらっている。
アインは嬉しそうに部屋の中にある父親の仕事道具を見入っていた(あんな大人げない男だがアインにとっては尊敬する父親なのだ。気の毒なことに)。
ちなみにエイリークとマルグリットはまだ意識が戻っていない。
「昔の仕事道具を部屋の飾りつけに使うとは、なかなかやるな。見直したぞ、速人」
ハンスが登山用具が入ったホルスターを眺めている。
壁にかけてあるオブジェの大半は使わなくなった物だが、ホルスターの中に入っている物は新しく用意したものだ。他にも何か書き込んである地図やかんじきのような靴も飾ってある。
「このハンモックは懐かしいな。エイリークがダールに頼んで作ってもらったヤツだ」
「これは…、私にとってはあまり良い記憶のないハンモックだな。図面通りにしか物を作ることが出来ない父のハンモックを使ったせいで、寝ている最中に木の下に落ちてしまったことを思い出してしまったよ」
ハンスとソリトンとダグザは同時に黙り込んでしまった。
後で聞いた話だが、ハンモックから落下した際にぶつけた箇所が悪かった為にしばらくエイリークが目を覚まさなかったらしい。
俺としても 気持ちはわからないわけではないが、ハンモックの上に複数で寝るのはどう考えてもまずいだろう。
「いやいや。どう考えてもあれは定員オーバーが原因だろうよ」
「あの時は七、八人で寝てたよねー。あはは。ダールの作った道具ってそんなのばっかり」
俺が振り返るとエイリークたちが部屋の中に入って来ていた。
マルグリットがぶつかった箇所、即ち首のあたりを何度もさすっている。
マルグリットは喉に手を当てて何回か声を出しながら喉の具合を確かめていた。
俺は「これ以上の狼藉は不要」とレミーにアイコンタクトを取ろうとするが、逆に「相手の出方次第」という具合に切り返されてしまった。
年頃の女子は難しい生き物だな。
「速人。このハンモックって使えるの?」
「一応、修理中なんだけどかなり古いものだから使わないほうがいいんじゃないかな。その代わり、俺が暇になったら新しいハンモックを作ってやるよ。家の庭には大きな木が生えているところがあるし夏の終わりにでもそこで昼寝したら最高なんじゃないか?」
満面の笑みを浮かべるアインの前に、まず姉が立ちはだかった。
「へえ。俺のハンモックねえ。前から気になってたけど、そういうのがあったらいいかもな」
そして次に姉の前に母親が割り込んでくる。
「そうさねえ。仕事が暇になった時は買い物にでかけるのもいいけれど、アタシのハンモックで横になっているってのもいいかもしれないねえ」
そして最後に父親がアインと他の家族の前に立ちはだかった。
「止めろよ、みんな。家族で争うなんてみっともない。大体、俺のハンモックの話なんだからまず俺の許可を取るべきだろ?」
その後、三人は仲良く取っ組み合いになって喧嘩を始めた。
親子三人の見苦しい争いを見かねたダグザが俺の目の前で首を掻っ切る仕草を見せる。
奴らを殺れ、と。
「御意」
俺は音もなくエイリークの背後を取り…、「コキリッ」…、首を180度くらい回転させた。
次にマルグリットの背後から心臓に向かって当て身を食らわせる。
だが流石はマルグリットというところか俺の裏当てを食らっても気絶していない。
俺は止む無しにマルグリットの首にマフラーを巻いて、頸動脈を圧迫させた。
「うげえっ!!」
マルグリットはその場に崩れ落ちる。
「ひいぃっ!!」
まるで少女のような悲鳴を上げながら逃げようとするレミーだったが、ほお同時に俺は彼女の背後を取っていた。
俺は蝙蝠のように空を飛び、昭和を代表する名レスラー、アントニオ猪木氏の得意技”延髄蹴り”でレミーの白くて細い首を刈った!!
どす。どす。どす。一瞬のうちにしてエイリークたちは地面に倒れる。
アインは顔を青しながらも、どこか諦めたような表情で俺を見ていた。
「ハンモックはいずれ俺が家族の分だけ用意しよう。だから今はこれで許してくれ、アイン」
「うん。仕方ないよね」
なるべくしてこうなったのだから、地に伏すアインの家族たちには一瞥もくれない。
アインはこうしてまた一つ、大人の階段を昇ることになった。
俺は地面に横たわる三つの影の側をふわりと飛び越える。
そして、アインたちを部屋の奥に誘った。
部屋の構成をざっと説明すると入り口近くにエイリークやマルグリットの使っていた道具が飾ってあり、そのさらに奥には小さな棚、椅子付きの勉強机、工作用の作業台、ベッドの置かれているスペースには解放された衣装棚を用意しておいた。
いずれアインも姉や知人のおさがりでは満足出来なくなるのは間違いないのでその日の為に用意したものばかりだ。
まあ、作業台の方はあくまでお遊び的に用意したものであり本格的な作業が出来るようなものではない。
アインは俺の目論見通りに勉強机や本棚を見ていた。
「速人。ここは本当に僕の部屋でいいの?」
長い間、家族で一つの部屋を使ってきた為にアインは姉と同じ部屋だとばかり思っていた。
しかし、速人が用意してくれた部屋はアインの嗜好を汲んだ男の子向きの素晴らしいものだったのだ。
今までの生活が荒んだものであっただけに疑うなという方が無理からぬことだったのだろう。
アインは頬を紅潮させて、速人にたずねてくる。
速人は心配するなと言わんばかりににこやかに笑った。
「そうだよ。ここはアインの部屋だから、アインが好きに使っていい。だけど、これだけは忘れないでくれ。男が自分の部屋を持つということは自立への第一歩なんだ。これから先は何か困ったことがあったらお父さんやお母さんに頼るだけじゃなくて、自分の部屋で一人でじっくり考えてから結論を出すってことも必要になるってことなんだ」
と話が一区切りついたところで速人は左手に隠し持っていた木製のヌンチャクをアインに手渡した。
アインは戸惑った様子で速人を見る。
「アインの部屋はお父さんとお母さんからのプレゼント。そして、これは俺からのプレゼント。最初は一日百回くらいでいいから、振り回してみてくれ。もちろん断るという選択肢はないよなあ?」
アインの肩に乗せられた速人の手に力が込められる。
強く握っているわけではない。関節の継ぎ目を押さえて、動きを制限させているのだ。
アインは額から冷や汗を流しながら何とかその場から離れようとする。
「でも、ソルおじさんがヌンチャクは危ないから持ったら駄目だって」
「ほほう」
速人は振り返ってソリトンを睨みつけた。
ソリトンは否定の意味をこめて必死に首を横に振った。
たしかにソリトンはシグルズやアインが速人からもらった玩具のヌンチャクで遊んでいる時に「ヌンチャクを友達に向けて振り回すと危ないからヌンチャクで遊ぶのはやめなさい」と説教をしたことはあったが「ヌンチャクは危険だから使うな」と言ったわけではないのだ。
ソリトンは抵抗も虚しく、速人に脇固めをかけられていた。
ソリトンの腕を使って口を押さえるタイプの脇固めだったので、ソリトンは助けを求めることさえできない。
やがて酸欠でソリトンの顔は紫色になっていった。
「速人。暴力を背景にした脅迫は止めなさい。これではせっかくいい話でまとまろうとしていたのに元も子もないではないか」
ダグザが半泣きのアインを連れて現在脇固め中の速人の前に現れた。
その場にいたはずのハンスも一瞬の出来事のために助けに入ることも出来なかったのだ。
「チッ。わかったよ」
速人は死にかけのソリトンを解放した。
ソリトンは素早く横転しながらダグザとハンスのところまで逃げて行った。
最後に俺は、アインにベッドの使い方やシーツの交換する日程などについて軽く説明をする。
「速人。お姉ちゃんたちには言わなくてもいいの?」
アインはいまだに意識を失ったままのレミーたちを見ながら言った。
「いやあ。どうせ言っても無駄だろ?」
俺とアインは同時に苦笑した。
そう、この一か月間でわかったことだがエイリークの家族はアイン以外の三人が自分から洗濯物を持ってくることは一度も無かったのだ。
俺がどうやってエイリークたちの衣類を洗っていたかは想像にお任せする。
「というわけで家の中は大体は案内したわけだけど、質問はある?」
ハンスが部屋の隅の方に横たわる三つの影を見ながら、手を上げた。
エイリークたちは相変わらず気を失ったままなのだ。
「速人。エイリークたちはいつになったら目を覚ますんだ?」
「さあね。腹が減ったら自分から起きてくるだろ」
その後、俺とソリトンとハンスは気絶したままのエイリークたちを抱えて居間へ移動した。
何でもダグザから俺に話があるらしい。
やれやれ。これから昼飯の準備があるというのに。
俺は白目になったままのエイリークをおんぶしながら深いため息をついた。