第十三話 なのに二階(にかい)。トイレと…隠されしそして暴かれた過去!!
次回は12月13日に投稿します。
二階の階段から向かって左部分に移動中。
ダグザ、ソリトン、ハンスにこってりと説教を食らったエイリークとマルグリットは集団の後ろ側で肩を落としながら歩ていた。
ハンスにまで怒られたことがショックだったらしい。
俺は移動中、ダグザとレリーフの評価について話し合っていた。
「レリーフの出来栄えはまあまあだが、勉強不足と言わざるを得ない箇所が多くある。例えばエイリークの家には正式な家紋が存在するのだ。そこは、ここからかなり北にあるコーカサスという山に囲まれた土地だ。エイリークの先祖はコーカサスにアポロニア・リュカオンという国を持っていた。速人、お前はエイリークの容姿からデザインの参考に獅子を選んだようだが実際エイリークの一族に使われている動物は白虎なのだよ。機会があれば私の家にある書物に描かれたものをお見せしよう」
ダグザの話ではそのアポロニア・リュカオン王国の紋章は白虎と雪山、太陽と星が描かれたものらしい。
ダグザの薀蓄話は俺のオタク気質を大いに刺激し、後日正式にエイリークの家の紋章を見せてもらう約束をした。
しかし、その話の最中エイリークはあまり良い顔をしていなかった。
「親父と祖父さんが生きている頃にさんざん言ってたけど、うちは傍流もいいところだかんな。アポロニア・リュカオンは女性しか王位継承権が無くて、王族同士の仲もメッチャ悪くてそれで滅びたって聞いてるぜ。血筋を引いていたっていいことなんか無いっての」
「だが現にお前が正統な王位継承者にしか現れない”太陽神の紋章”を持って生まれてきただろう。さらに”妖精弓の射手”というギフトを持っているのだ。この際だから新しく国でも興してみてはいかがかね?」
ダグザは口の端を吊り上げ、いかにもといった意地悪な笑みを浮かべる。
対照的にエイリークは眉に皺を寄せて不機嫌な顔をしていた。
諸国から不世出の英雄と称えられるエイリークの持つ固有能力とも言うべき力は二つあった。
一つは”太陽神の紋章”、第四の宇宙樹オリュンポスと共にナインスリーブスに降り立った太陽を司る巨神アポロンの眷属、天獅子リュカオンを始祖と呼ぶアポロニア・リュカオン族の王族のみが持ち得る奇跡に近い能力である。
その効能は太陽の光が届く場所において能力者が味方と認めた者たちに勇気と力を与えるというものらしい。
エイリーク曰く「射程と能力の対価に問題あり」だそうだ。俺も一度見てみたい。
もう一つの「ギフト」即ち「天啓」とも呼ばれる不思議な力は、ナインスリーブスの守護者である妖精王オベイロンに認められたものにしか現れないというかなり特別な能力である。
俺の身近な人間ではエルフのスタンロッド(個人)、ヘタレ岡っ引き見習いの宗雪近、肉ダルマのエイリークくらいしか知らない。
いずれ主人公である俺にも備わるはずだが(メタ発言)今のところ、その兆候が現れることは無かった。
いっそ手の甲にトライフォースの絵でも描いてみようかとも思っている。
エイリークの持つギフトは「妖精弓の射手」と呼ばれる特別な矢除けの加護である。
変な言い方になるが、エイリークのギフトとしては性能こそ平凡なものだが基本的にギフト持ちは種族の特殊能力を持って生まれないことが多い為にエイリークのように両方を持って生まれる者は少ない。
俺が出会ったばかりのエイリークを半殺しに出来たのもエイリークのギフトに関してある程度の情報を持っていたからである。
いや待てよ。
この作品のタイトルは「黄金のリーサルウェポン」、そして金髪碧眼のエイリーク。
…俺は考えることを止めた。
「こちらが二階のトイレになります」
俺はトイレの扉を開けて、エイリークたちに中の様子を見せてやった。
トイレの空間自体は一階にあるものよりも手狭なつくりだが便器そのものを部屋の奥に配置することにより個室という閉鎖された空間の全体にゆとりをあたえて心おきなく用を足すことができるようにしてみた。 小さな棚の上にある香水をふった造花の薔薇や隅に置いたモイスチャーポプリから漂う清々しい香気が汚物を貯め込んでおく場所とは思えないような印象を与える。
俺は一行を順番にトイレの中へと案内しながら使用方法や注意事項について語った。
レミーなどは{トイレ使うのにめんどくさいな」と露骨に嫌そうな顔をしながら愚痴をこぼしていたが、トイレは皆で使うものである。決して疎かにしてはいけないのだ。
エイリークは未使用のトイレの蓋を持ち上げ、マルグリットは中身を覗いたりしていた。
ハンスは俺が夜なべして作った薔薇の造花が気に入ったらしく今度自分の家にも持ってきて欲しいみたいなことを言っていた。
俺はにこやかにハンスとの約束を承諾する。
問題は、トイレを見学した後にさらに態度を硬化させたダグザとソリトンだった。
「バカな、エイリークの家にトイレが二つだと!?私の実家よりトイレの数が多いではないか!!」
まずダグザが吠えた。
ダグザにとってよほど気に食わなかったことなのだろうか、ガラにもなく頭をボリボリと引っ掻いている。本当に頭がハゲてしまいそうなので頃合いを見て止めた方がよさそうだ。
「速人。俺は去年、エイリークたちとひと月くらい面倒を見たがレミーとアインはケイティの手伝いをしてくれたがあの二人が家事の手伝いをしたところなど見たこともないぞ」
ソリトンは全身をわなわなと震わせながら、ダンスパーティー前のミッキーとミニーのような顔をしたエイリークとマルグリットを指さす。
あの二人、ある意味すげえな。
「ソルの言う通りだ。私の家でこいつらの面倒を見ていた時も食事の後に、食器を下げたことはなかったんだ。レミーやアインは違うぞ。妻の家事を手伝ってくれたりしたからな。よって、この家に複数のトイレなど不要ッ!!即刻、減らしたまえ!!」
「ケッ、ダグ。お前だってレクサの手伝いなんてしてねえじゃねえか。なあ、ハニー?」
レクサとはダグザの妻のことであり、本名はアレクサンドリアという。レクサはエイリークたちにとって姉のような存在であり、頼りにされている。
「おうともさ、ダーリン。男ってヤツはみんな勝手なもんさ。給料さえ家に届ければ女が満足すると思ってるのさね」
二人の横柄な言い草に、ダグザとソリトンは顔を真っ赤にして怒っている。
この話が「美味しんぼ」ならひと悶着起こっている頃合いだろう。
まあ、俺の必殺料理で一致解決してみせるが。
「そんな事は気にすることは無いだろう?俺の場合掃除を手伝おうとしたらモーガンやシエラに怒られるからな。この前もメシの後に食器を持ったら皿を割って怒られてしまったんだ」
ハンスは巨体を揺らしながら笑ってみせる。
そして横目でソリトンとダグザの様子を見るが変わり無し。ハンスなりに気を使って自分の失敗談を披露したが、それでもダグザやソリトンの怒りが収まる様子はなかった。
まあ、トイレ掃除のようなデリケートな作業をエイリークたちにやらせるわけにはいかない。俺の領分だ。レミーが当番制を主張してきたが家事とは自発的に行わない限りは意味のないものである(断言)。
俺は憤るレミーとソリトン、ダグザらをなだめながら隣の大部屋に案内することにした。
ガラガラッ。
俺は次の部屋に通じる大きめの扉を開けた。
本来は両開きの部屋だったが長年放置されていた為に扉が腐っていたこと、そして似たような構造の部屋がいくつか存在したので違うものを取り付けさせてもらったのだ。
この部屋は屋敷にある部屋の中でも大きな部類であり、日の入りが悪かった為に湿気が溜まり易かったので窓の鎧戸を外して木製の窓枠に変えさせてもらったのだ。
今日は天気が良く、エイリークたちに家の中を見てもらおうと思っていたので窓は全開にしてある。
俺が扉を開けるとエイリークたちはまず内部を見渡し、意外な広さに驚きながら入って来た。
レミーとアインは窓から眺める外の景色に感嘆の声をあげる。
ソリトンは部屋の隅の方にある柱の前で立ち止まる。そして、柱についていたキズを指さした。
「覚えているか、エイリーク。ここは俺たちが子供の頃、閉じ込められた部屋だぞ。このバツ印がその証拠だぞ」
ソリトンに言われてダグザは部屋の中にある他のバツ印を探している。
ソリトンの話では、この部屋に探検の途中で入った時に迷わないように印をつけながら移動していたらしい。
俺は「背くらべ」の跡だと思って残しておいたのだが、余計な配慮だったのかもしれない。
「あのゴミ山は何かの部屋だったのか…。たしかあの時誰かが「お化けの住み家」とか言い出して二階に上がったんだよな」
ダグザらが思い出に浸っている間にエイリークとマルグリットは部屋の中にある調度品を見て回っていた。
俺としてはこの部屋の配置には少しだけ自信がある。
あえて部屋の色調を単純なものにして、この後に続く個性的な家族の部屋とのコントラストを楽しんでもらおうという趣向を試みたのだ。
エイリークはご機嫌な様子で棚の上に乗った薄いシーツの端をめくったりしている。次の季節用に用意したシーツだが、今は秘密にしておこう。
「すげえぞ、速人!!俺、ここ気に入ったぜ!!今日からここで寝るからな!!ベッドの二段目は俺がいただくぜー!!」
エイリークは折り畳まったシーツをバンバン叩いている。
いや、違うぞ。ここはベッドじゃないから…。
気がつくとマルグリットは一段目の棚に寝転がっていた。
「まあ、アタシもガキじゃないし今回は下で我慢してやるよ。しかし、速人。二段ベッドとは気が利いているね。レミーとアインもベッドの場所、決めておきな。喧嘩するんじゃないよ」
駄目だ。完全に二人はこの部屋が自分たちの部屋だと思っている。
俺はエイリークたちが今までどんな生活をしていたのか、本格的に考えたくなくなってきた。
レミーはレミーで「上の段はお化けが出ると逃げられない」とか言いながらアインを脅かしている最中だった。
「この広さなら俺と俺の家族が引っ越してきても、大丈夫だな。いっそ昔のようにみんなで暮らすというのはどうだ?」
ハンスがエイリークたちにかなり無茶な提案をする。
部屋の中を粗方見て回り、自分たちが引っ越してきても問題ない広さであることを確認したからだろう。 エイリークとマルグリットはハンスの提案に賛成とかりに歓喜の声をあげた。
その陰ではソリトンも「それなら俺の家も」とか不吉な事を呟いている。
仲が良いのは結構なことだが大人としてどうなんだ、お前ら。と俺は言いたい。
「エイリーク。シェアハウスの話で喜んでいるところ申し訳ないが、この部屋は多分というか絶対、倉庫か何かだと思うぞ」
「へ?」
そうエイリークとマルグリットが今寝そべっている場所は季節の衣類や道具、シーツなどを保管しておく物置棚だったのだ。
エイリークとマルグリットは青ざめた様子で棚から出て行き、レミーとアインの姉弟、ソリトンとハンスはなるべくお互いの顔を合わせないように素知らぬ顔をしている。
こんな棚しか置いていない部屋などないだろうに。