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プロローグ4 ふざけるな!最強はカンフーじゃない!ヌンチャクだ!!

 「まやかしの力では私を傷つけることはできない」


 突如現れた三つ編みの男は大地を蹴ってアレスとの一気に距離を詰める。

 男の赤銅色の肌と黒い髪は獲物に真っ向から飛びかかる黒豹を思わせる。

 両者には圧倒的な体格差があった。言うなれば城塞と人の力比べということになる。

 次の瞬間、火炎を宿す巨大な鉤爪と肘打ちが接触した。誰もがアレスの勝利を予見しただろう。だがしかし、男の肘打ちは紅蓮の鉤爪を粉微塵に砕きアレスごと吹き飛ばしたのであった。


 「小癪な真似をしてくれる。この地もろとも吹き飛ばしてくれるわ」


 起き上がったアレスの背中から生えている炎の翼が大きくなった。

 同時に肘や膝、つま先から生えているトゲのような部分も伸びている。アレスがこれから何かを仕掛けるつもりなかのは一目瞭然だった。


 「させぬ!例えこの身が滅びようとも武侠の誇りにかけて貴様を倒す!」


 突如空が闇雲で覆れ、雲間を裂いた雷光がそのまま男の頭上に落ちた。雷は男の身を焦がさずに力を勢いと失うことなく留まる。男は雷気をその身に纏い、アレスの前に立ちはだかった。

 アレスは両手を突き出して男に向けた。


 アレスの掌に取り付けられている真紅のブーステッドクリスタルが禍々しい光を帯びる。その変容に呼応するかのように肘と膝の突起部分が光を放つ。

 アレスの動力源たる恒星ほしの欠片から作られたという逸話を残す聖蹟「紅玉の心臓」から集められた火焔の幻力が収束されているのだ。

 幻力とは魔力の根源たる大空洞から漏れた力であり、古の神々の神威のそのものだった。現代の魔術では防ぐことは出来ない。

 アレスは限界まで広げた自らの翼は天に向かって立て、さらなるエネルギーの集積を続ける。

 この後に放たれるのは機神鎧アレス最大の破壊技マーズデストラクション、それは対機神鎧どころではない対軍団用の兵器である。


 「これが世界樹ムスペルヘイムを焼き尽くし、魔王スルトとその一族を滅ぼした禁断の奥義マーズデストラクションだ!」


 アレスの掌から発せられた赤い光はやがて巨体そのものを包んでいった。

 あの力は虚仮だ。

 男は伸ばした左腕で相手との距離を計る。

 そして、へその近くにもう一方の手を置いた。


 どんっ。

 不動の拠点とすべくしっかりと大地を踏みしめた。

 方術の全てを否定するつもりは毛頭ない。

 自分もそういった力が生み出した化け物にすぎない。

 だが、弱肉強食という世の断りを鵜呑みに出来るほど楽観してはいない。

 かつて仙人と妖怪が互いを滅ぼし合って、地上から姿を消した凄惨な過去を自分は知っている。

 力の使い方を学ばぬものは例外無く滅びる。今ここでそれを教えてやろう。


 三つ編みの男はただ真っ直ぐに歩を進め、機神鎧に向かって振り下ろすように掌底を当てる。

 びくともしない、と考えるのが妥当だろう。

 だが、技を受けた次の瞬間にアレスの巨体が大きく崩れた。

 衝撃を受けた反動で兵器も急停止して全身を包んでいたはずの赤い光も消え失せた。そして、アレスは後方によろめいた。

 アレスの中に繋がれていたディーは体勢を立て直そうとするが間髪入れすに撃ち込まれた第二撃、男の放った捻じり込むような上段突きによってさらなる後退を強いられる。

 異変はそれだけに終わらなかった。

 何とアレスの面に亀裂が入り、砕け散ったのだ。

 さらに撃ち込まれた拳のすぐ側をスライドするようにして複数放たれるコークスクリューブローが襲いかかる。


 ガシッ!


 ガシッ!


 ガシィッッ!!


 左右に吹き飛ばされ、神の御世と呼ばれた時代においても通常兵器では破壊不可能と呼ばれたマルドゥーク鋼製の鎧と機神鎧の骨格を為す素体ごと破壊されることになった。

 アレスの中でディーと呼ばれた男は吐血していた。これも無理からぬことである。なぜなら彼はアレスの操縦者などではなく故郷から何者かによって連れ出され強引に機神鎧の操縦者にされたのだ。古代とりわけ神代と呼ばれる神と人間が同居していた時代に作られた機神鎧というものは優れた精神と肉体、何よりも機神鎧によって真価を選びだされた者だけが操縦者となることを許される。しかし、ディーという若者は外法によって一時的に能力を引き上げられているだけでありアレス本体と意思疎通を図ることさえ出来ない言うなればその場しのぎの生体パーツの一つにすぎないのだ。彼の肉体はアレスから過剰供給される魔力によってかなりの損傷を受けていた。さらに外部から過剰なダメージを受けたことも相成って幸か不幸かディーは正気を取り戻しつつあった。


 「キチカ、逃げてくれ。俺はもう駄目だから」


 薄れゆく意識の中、ディーは友人の姿を見つける。同時に自分が彼に何をしようとしていたのかも思い出してしまった。

 だがディーという若者を操っていた何かは彼の自由を許さなかった。首筋近くに打ち込んである針に魔力を送り込み、再びディーは傀儡に変えてしまう。ディーは首の後ろに電撃を受けて悲鳴を上げる。


 「諦めるな!自分の命を簡単に諦めてるんじゃねぇぞ!ディー!!」


 それまで速人の背中に隠れていた雪近がディーの声が聞こえた途端にアレスの前に出て行ってしまった。もしも雪近が両者の衝突に巻き込まれれば死ぬことは間違いなかったので、速人は慌てて雪近を追いかける。


 ギギギ。


 壊れかけた機械仕掛けの人形が全身を軋ませながら兵器の照準を標的に合わせる。ディーの支配権を取り戻した後に機神鎧アレスは崩れかかった体勢を立て直すことに成功したのだ。

 今度は片手だけでマーズデストラクションを使おうとしていた。


 盤石には程遠い状態だがこの場にいる敵を消し過ぎるには十分すぎるくらいの威力だ。アレスの異変に気がついたであろう三つ編みの男に脅しをかけることも忘れてはいけない。なぜなら今の時点で機神鎧アレスが復活したことを知られるわけにはいかないのだから。


 「最後に言っておくがな。もしもアレスがこれ以上反撃を受けることになれば、その時はアレスの主動力を切断する。機神鎧の核となった者が一方的に動力を失えばどうなるかわかっているのか?精神を破壊され、その後こいつは生きた木偶人形として過ごすことになるのだぞ。お優しい貴様らにそんなことが出来るのか?」


 何とも傲慢な言い草だ。

 まるでこの世の全てを担っていると勘違いをしている崑崙山の仙人どものようだ。

 三つ編みの男は逃げ出してきた古巣を思い出して、苦笑する。


 「速人。私はここで死力を尽くし、この世を去ることにした。姑息な手段だが今はこれ以外の方法が思いつかない。後の事はお前に託してもいいか?」


 ゆえに少年の至純の夢に全てを託すことにした。

 彼は自力でこの異邦を生き抜き、至宝を手にしたのだから守り通すことが出来るのだろう。

 たとえ古き神の影絵のような存在だったとしても「私」は最後の一瞬まで「私」でありたい。


 「いいだろう。このヌンチャクにかけてお前との約束を必ず果たす。さっさと最後の仕事を終わらせて来い」


 少年は焦げてボロボロになったヌンチャクを見せてくれた。

 

 それで十分だった。

 

 三つ編みに結われた髪を風に乗せ、背を向ける。未来を守る為に立ちはだかる。

 男は構えた鉈のごとく振り下ろす「劈拳へきけん」、絞り込んだ錐のように敵を穿つ「鑚拳さんけん」、これらは敵を確実に倒すための布石にすぎない。

 男は構えを元の腰を深く落とし、左手で敵を制する肩に戻した。この戦い方も本来のものとは程遠い。そもそも武術とは争いを止める為のものであり、敵を殺す為のものではないのだ。


 「待ってくれ!それじゃディーが!!」


 男を止めようとした雪近を速人が羽交い絞めにして押さえ込んだ。


 後少しで終わる。この凄まじい戦いも、あの男の生涯も。だから何もすべきではない。そう感じたから、速人は頑として雪近を放さなかった。


 「ゆきちー。どうせ何も出来ないんだから黙っていろ。ディーとかいうヤツは絶対に大丈夫だ。アイツなら必ずやり遂げてくれる」


 アレスの瞳が怪しく輝いた。それは不完全版のマーズデストラクションの準備が整った合図だった。あまりの負荷の為にディーは意識を失っていたが彼を操る者は不敵に笑っていた。


 ミシリ、ミシリ。

 おそらくこの一撃を放てばアレスの左手は使いものにならなくなるだろう。だがアレスも、ディーという男も所詮は道具にすぎない。重要なのは最後に立っている者が誰かということなのだ。


 「未来へと続く道は拓いた。後は打ち抜くのみ」


 男は解き放たれた矢のようにアレスに向かって行った。


 「馬鹿め。それでは遠いのだ」


 アレスは男が間合いに入る前にマーズデストラクションを撃った。



 

 ドスンッッ!!!


 螺旋の力、突進の力、大地そのもの力が一体化した拳がアレスの胴に入った。

 腹を打たれ体の真ん中から崩れたアレスは低姿勢から尻もちをつく。そして根元から崩れるように転倒した。

 完全なる想定外の事態。

 何とアレスは男の崩拳を受けたことにより一切の機能が停止してしまったのだ。

 これでは遠隔操作で破壊することも出来ない。


 「矛を止める、と書いて武と読む。お前の小賢しい知恵など弱き者たちが築いてきた武の力の前では全くの無力と知れ」


 ピシィッッ!!!この時、アレスの素体の頭部を覆っていた仮面が完全に破壊された。


終わった。

機神鎧の命とも言うべき「神の面」だけを破壊することに成功した。「神の面」とは神を地上に再臨させる儀式に使う祭器であり、これを失うことになれば機神鎧に憑依している神々は現世との縁を失い出て行かなかければならない。

アレスほどの強力な言霊を宿す神霊ならば破壊されても自力で修復してしまうだろうが、核となっているディーという青年を操っている存在が支配権の全てを取り戻すことはおそらくない。それぐらいの実力を持っていれば最初から自分でアレスを操っているだろう。ディーを代行者として使わなければならなかったのは術者に資格と実力が備わっていないからなのだ。

 接続を強引に引き剥がしたも同然の処置なのでディーにもかなりのダメージを与えてしまったが、速人と雪近ならばディーを任せても問題はない。


 ぐらり、と全身が揺れた。

 今の男の身体は魂だけの状態に近い。故に頸力の発動は命の損耗にあたる。アレスを破壊した渾身の一撃は正しく命を賭けた絶招だった。

 これでいい。思い残すことはない。そして、男は両膝をつく。


 「何を勝手に!何がいいものか!」


 少年は駆け出した。そして崩れかけた男の身体を支える。

 男の身体に体温は無く、彫像か何かに触れているような感触だった。

 速人は同じ頃、アレスから解放されたディーの様子を見に行っていた雪近に言った。


 「ゆきちー、そいつのことは任せた。俺はこいつの最後を見届けなければならない」


 雪近はあまりに突然のことで速人が何を言っているか理解できなかったが、少年の只ならぬ様子を見て断片的に事情を察する。


 「わかった。ディーのことは俺が何とかするからお前はお前の仕事を終わらせてこい」


 速人は一度だけ頭を下げると、男を抱きかかえて小高い丘の方に走って行った。

 その横顔に涙の跡を残して。


 「偉そうなことを言っておいて肝心な時に役に立たない。私は悪い大人の見本だな」


 少年に抱きかかえられながら男は力なく笑う。速人は黙ったまま人のいない場所に向かって走り続ける。 あれほど精気に満ちていた男の顔は死人同然になっていた。


 「黙っていろ。武王の弟。正体を人に見られたくないから山奥に引きこもっていたんだろ?」


 少年の口から思わぬ真実を聞かされて、男は苦笑する。

 無名だと思っていた自分も捨てたものではないのだな。崩壊の時を迎えた男の身体から零れ落ちる砂粒を見ないようにしながら速人は目的に向かって走り続けた。やがて二人は村があった場所を見下ろすことが出来る丘に辿り着く。

 速人は男の身体を地面に寝かせてやった。


 「速人。お前にこの蓮精に珠を託す。いつか私が倒したアレスという巨人だけではないもっと多くの悪者がこの世界の覇権を巡って相争うことになるだろう。力を使い果たし、この地を去り行く私には何も出来ないが心のヌンチャクを手に入れたお前ならあるいは何かできるかもしれない」


 速人は男の手を握る。男の姿は既に烈海○ではなくなっていた。黒い翼の生えた人間と鴉の中間のような姿になっていた。速人は元の世界で読んでいた漫画で、この男の正体について知っていたのだ。


 「なあ、次は。もしも次に出会った時は俺のヌンチャクとお前の拳法で壮絶な一騎打ちをしようぜ。約束だからな」


 男は失われもう何も感じられなくなっている体のはずなのに速人の手から温もりを感じる。

 その時はじめて理解した。よるべきものを失い、大義を失い、それでもこの世を彷徨っていたのは絆に人の温もりに触れていたかったからなのだと。

 男は最後の力を振り絞って速人の手を握り返した。その力は弱く儚く震動しているだけのものだったが、今まで感じたどんなものより力強く温かい悪手だった。


 「思いあがるな、坊主。私は強いぞ?」


 涙でもう何も見えない。だが、最後の最後に言い返してやることにした。


 「俺のヌンチャクの方が強いに決まってるだろ」



 こうして俺は烈海○似の男と今生の別れをすることになった。

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