第十二話 エイリーク家の秘密
次回は12月10日くらいに投稿します。すごい反省しています。実はこの後、速人と雪近とディーは肉を買いに市場に行く話になるのですが、糞長くなってしまいました。さらにダグザのおじいさんスウェンスやもう一人の異世界人が登場するともっと長くなってしまいます。今から謝っておきます。許せ、と。
一同は二階に続く階段の前に集合する。
ソリトンとハンスは上着を脱いで下のシャツだけになっていた。
ダグザは納得行かないことだらけのせいか、まだ独り言を言っている。
「いい湯だった。ありがとう、エイリーク。実は最近、公衆浴場の水が汚れていることが多くて困っていたところなんだ」
「俺はもう少しだけ湯加減がぬるい方が良かったな。今度は家族全員で入りに来るから、その時はよろしく頼む!」
ソリトンはシルバーブロンドの髪をタオルで拭きながらお風呂の礼を言った。
ハンスの方は豪快に笑いながら、バスタオルで茶色の髪をゴシゴシと拭いている。
タオルで拭いている時に水滴が床に落ちていたが、ハンスはソリトンとは違い短髪なので大して濡れなかった。
ダグザは風呂をあがった後も「何かが間違っている」と不満を漏らしている。
風呂から出て来た後に、ダグザが後ろに流していた髪を下ろしていたので一瞬誰だかわからなかった。
こうして見るとこの三人のおっさんの身長がハンス → ダグザ → ソリトンであることに気がつく。 ぱっと見た感じではダグザの方がソリトンよりも背が低いと思っていたのだが。体格というか筋量ではソリトンが圧勝しているので仕方ないといえばそれまでの話なのかもしれない。
「君たちはもっと私に感謝するべきなのだよ。身近にスーパースターがいるのだから、まず私に出会えた奇跡に感謝するべきなのだよ」
エイリークはグラスに入ったレモネードを飲み干す。豪奢な金色の前髪を払いながら最初恥じらう様子もなく本来ならば恥じらうべきことを言ってのけるエイリークの姿を見ながら、俺は外見だけの人間の悲哀について考えていた。
俺はエイリークらを連れて二階に続く階段を上った先にある家族の休憩所に案内する。
ダンスホールと呼ぶには手狭な場所だったので椅子やテーブルは一階よりも小さなものを用意した。
俺は数年先、家族が増えることを考慮して八人ほどが寛ぐことが可能な椅子とテーブルを用意したのだ。 床に敷かれたカーペットは華やかな図柄が入ったものでやはり一階とは趣が異なるということを印象付けるために敷いたものだ。
しかし、俺の細やかな配慮に気がついたのはレミーとアイン、ダグザくらいのものだった。
「速人、なかなか見事な配置だな。褒めてやろう。だが階段の装飾だけは先走りがすぎたようだな。全体の調和というものを乱している。しかし階段の手すりに彫ってあったレリーフの話だがどういった意図で用意したものなんだ?」
ダグザは休憩所を一通り見回った後に細く形の良い顎に手を当て得意気に語る。
階段の手すりはソリトンの知り合いの大工のところから調達した予備の材料を組み合わせて取り付けたものだ。
出来栄えがあまりにも殺風景というか芸が無いので一計を案じて即興で適当に考えた図柄を彫っておいたのだがやはりやり過ぎてしまったらしい。
しかし、こういうクレームなら大歓迎だ。なぜならば他の人間はまるで気がつく様子が無かったからだ。
「出過ぎた真似をしてもうしわけありません。以後気をつけます、ダグザ殿。階段の彫物は屋敷の主人であるエイリーク様の人間像をイメージしながら用意させていただきました」
「フン。どうやらこの家の使用人は主人に過度な期待を抱いているようだな」
そう言ってダグザは得意気に鼻を鳴らした。
その後、ダグザと俺を除く全員が一階まで戻ってレリーフの意匠を確認しに一階まで降りて行った。
ある意味、全員が気にかけていなかったようなものなので俺としてはそこが悲しい。
エイリークたちは一階の階段の前でガヤガヤと話した後、二階まで戻って来た。
「よくわかんねーけど速人、お前さ、俺のこと好きすぎだろ…」
エイリークが顔を赤くしながら言った。
照れ隠しの為に俺と視線を合わせようとしないが、中年のおっさんがやると気色悪い以外の何物でもないので正直止めて欲しい。
マルグリットがエイリークの肩を叩きながら夫に代わって俺の仕事を褒めてくれた。
「まあ家が立派になったんだし、立派な飾りがあってもいいかもね」
「そ、そうかな?えへへ…」
マルグリットは片目を閉じて微笑んだ。
こういうことは難しく考えるな、とでも言っているのだろう。
長いつき合いの女房に背中を押されてか、エイリークも笑ってくれた。
ソリトンとハンスは何も言わなかったが、表情が明るくなっているので俺のちょっとした悪戯に満足してくれたようだ。
アインも「お父さん、良かったね」とエイリークを励ましながら笑っている。
一方、レミーは俺に文句を言って来ないところを見ると現状に概ね満足してくれているという感じだった。
この辺りを下手に突っ込むと怒りだすので黙っておくことにしよう。
沈黙は金なり、とは良くいったものだ。先ほど俺のデザインについて質問してきたダグザが腕を組みながら返事を待っているので答えてやることにした。
このダグザという男は外見は全く違うが凝り性というかオタク気質のスタンに似たタイプの人間である。
俺もオタクなのでダグザのことを気に入っているのかもしれない。
「こちらのレリーフの土台のデザインは、盾つまりヒーターシールドを参考にデザインしました。これはエイリーク氏の戦時下において三度もの都市防衛に成功した功績を称えるものでエイリーク=都市の守護神という意味でもあります」
一階の手すりにあるレリーフの土台には白いヒーターシールドを彫っておいた。
改装途中にエイリークが第十六都市にとってどういう人物だったのかを周囲の人間に聞いているうちに思いついたものだった。
盾の中には大まかにわけて三種類の絵を彫っておいた。
一つは白いライオンのつがい。夫婦ともに同じ方向を見つめ、オスの方は金色のたてがみをもっている。
ライオンの夫婦の下には金色の皿の上に鞘に収まった短剣と数枚の金貨、数種類の宝石が乗っている。
そして、その隣には鉄の柵と茨の園。いずれの意匠も自分なりに意味を考えながら用意したものだった。
「へえ。なんかよくわかんないけど大したもんだねえ。あのおっかない顔をした犬っころ二匹はどんな意味があるんだい?うちで犬を飼ってたのは子供の頃の話だよ?」
俺としてはライオンを描いたつもりだったがマルグリットには犬に見えたようだ。
ここは俺の技術力不足を素直に受け入れるとしよう。
だが、周囲の反応はマルグリットの反応とは違っていた。
「ハニー。言いにくいんだけど、あれはどう見てもライオンだと思うぜ?」
「うーん。ライオン食べたことないし。狼はおいしくなかったよねー」
レミーとアインによって手を引かれ、マルグリットは列の後ろに連れて行かれた。
狼の話で何か思い出してしまったのかダグザたちも疲れたような顔をしている。
後で聞いた話だが、戦時中食料が無くなっていろいろな動物を捕まえては食べていたらしい。
俺も似たような経験があったので当時何が起こったのか理解できる。
お店に並ばない食べ物は基本おいしくないのだ。
「速人。あれ(←マルグリットのこと)の言うことはこの際無視していいから、つがいのライオンについて説明してくれ」
「速人!あのライオンさんってひょっとして僕のお父さんとお母さんなの?」
アインが興味津々といった様子で俺にデザインの由来を聞いてくれた。
今となってはアインとダグザだけが俺の癒しのような気がする。
俺はアインにもわかるように説明することにした。
「ライオンさんの夫婦はたしかにエイリークさんとマルグリットさんのことを考えながら描いたものだけど、それだけじゃないんだ。二頭のライオンさんのことを思い出してくれ。同じ方を見ていただろ?つまりエイリークさんの家に生まれた人間はどんな時でもライオンさんのように強く、カッコ良く、そして家族みんなで仲良くしようっていうことなんだ。アインも大きくなったらエイリークさんのような友達のことを大事にする、強くてかっこいいライオンさんみたいな大人になってくれっていう意味でもあるんだよ」
うんうん、とアインは力いっぱい頭を縦にふる。
レミーは冷たい視線でエイリークとマルグリットを見ている。
姉の様子に気がつかないまま、アインは期待に満ちた目で両親を見つめている。
そして俺の解説を聞いていたエイリークとマルグリットは顔を両手で隠しながら下を向いていた。
あれは穴があったら入りたいというヤツか。
「速人。お前さっきからハードル上げすぎ。明日からウチの両親、便秘になっちまうって。なあ、お二人さん?」
よほど普段からの特に生活態度などで何か言いたいことがたくさんあるのだろうか。
レミーの絶対零度くらいまで下がっていそうな冷たい視線が顔を隠したまま耳まで赤くなっている両親を貫いていた。
「娘が、レミーがいじめる…」
「生んだ時はあんなひどいことを言うような子じゃなかった。一体どこでどう間違えたのやら…」
夫婦そろって仲良くガクブル状態になっていた。
「もし何か間違ったことがあったとしたら、それはお前たちのせいだろうな。レミーとアインはよく耐えているようだと思うぞ」
そして、ダグザが止めをさした。
少なくともレミーよりは長いつき合いだから色々と言いたいことがあったのだろう。
アインに慰められながらエイリークとマルグリットはめそめそと泣いている。
その間、ソリトンとハンスが何も言わないところを見るとまだまだ彼らの関係には深い闇があるのだろう。
「速人。次はライオンの下に描いてある財宝と庭園の門について教えてくれないか?」
「財宝、つまり皿の上に乗っている短剣はエイリークさんの武勇とか基礎的な身体能力、金貨は財産、宝石は知識とかを大事にしようって意味を考えて描いたものかな。最後に庭園は人間関係を大事にしようという意味で描いたんだ。樹木や植物を育てるように、信頼関係とかそういったものは長い時間をかけてゆっくりと…」
と俺がそこまで言った後にレミーの両親への諫言がはじまった。
「じゃあ、こんな立派な家紋を背負って立つお父様やお母様は子供のお小遣いを勝手に使い込んだりしないよな?何か言ってみろよ、コラ!」
エイリークとマルグリットはそんなことをしていたのか。
流石の俺も呆れてしまったが、いやそれ以上にダグザとソリトンとハンスの顔は作りかけの木偶のごとき虚無に満ちたものになっていた。なるほど。
子供の時に、小遣いをもらう度にこの二人にたかられていたというわけだな。納得。
「ひいっ!月末には返しますからっ!ぶたないで!」
「いつの月末だ!!言ってみろ、ゴミ親父!!」
レミーはエイリークの頭をバンバンと叩いた。
「レミー、止めて。お父さんをいじめないであげて!お父さんは病気なのよ!手元にたくさんお金があったら全部使いたくなるっていう…、あ痛っ!!」
マルグリットがレミーの腕を掴んで娘のDVを止めようとするが、今のマルグリットからは普段のような力強さが全く感じられない。
案の定、かよわき乙女のように乱暴に振り払われてしまった。
アインは…、焚き火に飛び込む羽虫を見るような「かわいそうだけどどうしようもないよね」という目つきで打ちひしがれる両親の姿を見ていた。
「速人、そろそろ止めないとやばいことにならないか?」
「そうだな。劇薬的効果を期待していたわけじゃないがレミーとアインが可哀想になってきたから止めるか」
「エイリークさんとマルグリットさんの為じゃないんだね…」
やれやれだぜ。
雪近とディーに急かされ、ついに重い腰を上げた俺はレミーの平手打ちを食らうエイリークとマルグリットの間に立った。
あ、近くで見て気がついたけど滅茶苦茶怒っている。
その時俺は「怒った顔の恐さは顔の良さに比例する」というノーベル平和賞に抜擢されそうな論説を思いついた。
「レミー、争いは何も生まない。そろそろこのゲス野郎どもを、違ったキミのお父さんとお母さんを許してやるんだ?お金なら俺が立て替えるから…」
「とりあえず俺は8万QP(※ 単純に、1QP = 1円くらいに考えてもらいたい)だ。アインは3万くらいな。こいつらからもらった金じゃない。ダグとかベックにもらった金だ」
俺としても自分の子供からいくら巻き上げてるんだよと言いたい。
ふり返るとそこには不二家のペコちゃんとポコちゃんよろしく無邪気な児童のような顔をしたエイリークとマルグリットの姿があった。
反省の欠片すら見当たらないな。本当はこいつらを助けるべきではないのかもしれない。
しかし俺は腰に下げている袋から11万QP分の硬貨を取り出し、レミーとアインに渡した。
これで事態が少しでも好転すればよいのだが…。
またエイリークとマルグリットが「一万でいいから!!後で返すから!!」とか言っている。二人はソリトンとハンスによって羽交い絞めにされていた。




