第十一話 三人の男たち、風呂に入る!!
次回の投稿は12月07日を予定していますが、雪がやっべえくらい振っているので遅れるかもしれません。慣れようぜ、俺。
鼻先に垂らされた人参に食らいつかんと疾走する馬。
お前の本質はそれだ。エイリークよ。
エイリークは息を荒くしながら、恍惚の表情でひたすらくねくねしている。はっきり言って気持ち悪かった。
エイリークの記憶の中にはその日、薄い緑色の艶やかなドレスを着たマルグリットがずっと存在し続けていた。
誓いのキスの時にエイリークは美しい花嫁のウェーブのかかった金髪の上にヴェールをそっと持ち上げる。
そこにはいつも見慣れているはずなのに、どこか特別なマルグリットの美しい顔があった。
そして、エイリークがマルグリットの花嫁姿を思い出す度に身長185センチ以上、体重90キロオーバーの筋骨逞しい肉体が蛇のようにくねくねと波打つのだ。
俺も正直やり過ぎた感があったことは否めない。加えて周りの人間全員がエイリークの奇態にどん引いていた。
ぶほっ!!
そして興奮が最高潮に達したエイリークはその場で盛大に鼻血を噴き出してしまった。
これは危険な状態だ。
俺はエイリークの家族の精神状態が気になったので、そちらの方を見る。
案の定、レミーやアインの顔から感情のようなものが一切消え失せていた。
マルグリット、ソリトン、ハンスらに至ってはなるべく視界に入らないようにしていた。
これは家族の問題だ。俺のような部外者が立ち入るべきではない。
俺はわずかな後ろめたさを感じながらも二階に案内するプランを再考する。
だがその時、ダグザの手が俺の肩の上に添えられた。いつもより力強かったような気もする。
「速人。ああなったのは全てお前の責任だ。これからどうすればいいかわかっているな?」
射るようなダグザの視線が痛かった。
俺は身を潜ませ、疾風のように接近する。
そしてエイリークの背後に回り、うなじの下あたりに肘鉄を振り下ろした。
どしっ!!
エイリークは「あへう」と叫んだ後に白目をむいて前に倒れ込んだ。
この技を成立させる骨子は相手の注意を技の仕手から逸らすことにある。
よく時代劇などではチョップを使うが、チョップで意識を身体の外に追い出してしまうと気絶した後に肩のつけ根のツボを押しても戻って来ない可能性があるので気をつけよう。
俺は気絶したエイリーク抱えて、椅子に連れ戻した。
そしてややウェーブのかかった糞長い金髪にブラシを当ててやる。
結果俺の絶妙な力加減によりリラックスしたエイリークは意識を取り戻した。
そして気持ちよさのあまりすうすうとうたた寝状態になってしまう。
エイリークが落ち着いた頃合いを見計らってマルグリットが自分がドレスを着ることについて意見する。
「ていうかさ、速人。今さらアタシがそんな服を着ても亭主以外は誰も喜ばないよ?ホラ、子供だって二人も産んじゃっているし、お腹だってぶよぶよなんだよ?」
そういってマルグリットはシャツをめくり、腹のぜい肉をつまんで見せた。
本人が主張するほど目立って腹が出ているわけではない。
現にマルグリットは下乳が見えそうなくらい腹とヘソまで出しているわけだが女性としての魅力が損なわれておらす、紳士の俺としては目のやり場に困るほどだった。雪近とディーは両手で目を覆い、後ろを見ている。
「オッホン!マギー、まずは腹を隠しなさい。ここには速人やキチカやディーもいるのだから目に毒というものだ。それと私は速人の意見に賛成だよ。せっかくエイリークの家が生まれ変わったのだからこれを良い機会に我々も礼服に着替えて今までのように内輪だけの集会ではなく、外部の人間も参加するようなパーティーを開くべきだ。そうすれば父も我々を段階的に初歩ではあるが大人として認めてくれるのではないか?」
ダグザが咳払いをしながら話に入ってくれたので、マルグリットはシャツを下ろしてくれた。
俺と雪近とディーも一安心する。
「おい、速人。さっきお前、俺とアインの服もあるって言ってたけど俺たちも着替えなきゃなんないのか?正直めんどくせえよ」
レミーが腕を組みながら俺を睨んでいる。
マルグリットが子供の頃に着せられた女の子らしい服装を自分も着せられることに薄々気がついているのだろう。
「悪い悪い。実はさ、二階の荷物を整理している時にエイリークさんたちの服と一緒に子供用の服も見つけたんだ。それをケイティさんとアムに見せたら「おばさまが子供の頃に身に着けていた服ならきっとレミーにも似合うでしょう!」って盛り上がっちゃってな。後、アインの服はエイリークさんが子供の頃に着ていた服な」
ゴンッ!
レミーは俺の頭に拳骨を振り下ろした。
俺の気のせいだと思いたいがレミーの目つきがいつもの三倍くらい険しさを増していた。
だが作為的ではないと言えば嘘になる。
お隣のお姉さんアメリアはレミーにとって逆らえない人間の一人だったのだ。
アメリアとレミーは年齢は一歳くらいしか離れていないが、お淑やかで礼儀正しいアメリア(※彼女の実弟シグルズは「虚像だ!」と力説していた)をレミーは一目置いている。
さらに母親以上に日頃から世話になっているケイティが参戦すればレミーも下手に逆らうことは出来ないだろう。
大きな成功を掴む為には、小さな犠牲を払うことも止む無し。
レミーは俺の頬を限界まで捻じりあげる。
「何で笑ってるんだよ!お前、最初から俺たちを巻き込むつもりだったな」
ギリギリと音が聞こえてきそうなくらい摘ままれているが、三歳くらいの頃から防具無しで竹刀を使った打ち込み稽古をしている俺のほっぺに決定的なダメージを与えることは出来ない。
すごく痛いが。
きっと普通の人間とは秘孔の位置が逆の南斗鳳凰拳の使い手サウザーもラオウやケンシロウに秘孔を突かれた時に余裕をぶっこいていたのだろうが実際は痛くなかったわけではないはずだ。
要するに我慢をしていたのだ。ゆえにサウザーに出来て俺に出来ぬわけはない。
「ぬふふふふ…。数は力、力こそ正義なり。おとなしくアムやケイティさんの着せ替え人形になるといい…」
「なるほど。これに耐えるか。さらに反省ゼロとくれば…俺も本気を出さなきゃな」
レミーの顔から表情が消えていた。
ぱちんっ!
俺の数あるキューティクルポイントの一つであるほっぺたがレミーの指から解放される。
そしてレミーは五本の指を開き、俺の顔に指を食い込ませる。
外れないっ!!
これは…まさか往年の名レスラー、フリッツ・フォン・エリックの必殺技アイアンクローか!?
ぎしぃッ!!
レミーは左手で俺の顔を掴み、そのまま持ち上げる。
さながら首吊りの木となった俺は昔のナビスコの缶にプリントされていた子供のような笑顔でレミーの鉄の爪に耐え続けた。
「くそッ!!何で嬉しそうな顔をしてるんだよ!!コイツ絶対におかしいよ!!」
約十分後。ようやくレミーがアイアンクローを解いてくれた。
頭の形が変形してしまったような気もするがVガンダムが、いつの間にかヘキサヘッドに変わったと思えば問題はないだろう。
「レミー、止めときな。騙し合いならアンタよりも速人の方が上さね。多分、この日が来るまで念入りに準備していたに違いないよ。もうアタシらにはパーティー当日にケイティやアムの着せ替え人形になる道しか残っていないのさ」
マルグリットも今のレミー同様に昔、ダグザの母親と妻やケイティによって無理矢理着替えをさせられたという経験があった。
速人は隣のソリトンの家にせっせと作ったおかずを持って行く代わりにその辺りの事情を聴き出していたのだ。
マルグリットは憤った娘の頭を軽く撫でる。
レミーはぶつくさと文句を言いながら引き下がって行った。
「では話が落ち着いたところで二階を案内したいのですが、こちらはご家族のプライベートルームになりますからご友人の方々はご遠慮された方がよろしいかと思われますがいかがいたしましょうか?」
「何ッ!?二階だとっ!?」
二階と聞いた途端に、エイリークとダグザが同時に叫んだ。続いてマルグリット、ハンス、ソリトンたちも俺にぎょっとしたような視線を俺に向ける。
前にも少し触れた話だが、エイリークの家の二階に通じる階段は衣類の詰まったカバン、使わなくなった家具などが無造作に置かれていた為に出入りが出来ない状態だった。
自分の生家だというのにも関わらずこの家で生まれ育ったエイリークでさえ全貌を把握していなかったのだ。
そして、この驚きようとくれば、過去に何か事件が起こったのかもしれない。ちなみに俺が掃除していた時に気を使ったことといえば、階段と床の板を交換した程度である。
「速人。お前は恐ろしい男だぜ。うちの二階は別名”帰らずの階層”と呼ばれていてな。ガキの頃、みんなで二階に探検に行った時に帰り道がわからなくなって半日くらい閉じ込められたことがあるんだ」
「あればっかは恐かったねー。食べるものが無くなって捕まえたネズミを焼いている時の焚き火がきっかけでマールたちがアタシらの居場所を見つけてくれたんだよねー」
二階の大部屋にあった黒い焦げ跡、実に心当りがある情報だった。
他にもエイリークたちは通路の床板を剥がし、そこからロープを使って一階に帰ったなどと恐ろしい話をしていた。
俺にとってはエイリークたちの冒険の痕跡はどれも見覚えがあるものだった。
いつの間にか大人たちは和気あいあいと昔話をしている。
「それで二階の案内はどうしますか?」
「まあ、別にこの面子で今さら恥ずかしいも何もねえわけだが、一応聞いておくか。俺の家の新しい二階、見たい人ー」
ダグザ、ソリトン、ハンスらはすぐに手を上げる。
よく考えてみると普段からエイリークたちは彼らの家に泊まりに行っていたので問題はないということなのだろう。
レミーたちも相手がダグザたちなら問題はないといった態度を見せている。
「ところでエイリーク。ずいぶんとさっぱりしているようだが公衆浴場に行ったのか?」
ソリトンが寝椅子に体を預けているエイリークを指さしながら尋ねた。
ダグザとハンスも興味深そうにエイリークを見ている。
エイリークは寝椅子から体を起こし自信たっぷりに答えた。
「いやー。これマジで自慢してるわけじゃないんだけどさ。実は俺の家、ユニットバス付のバスルームが出来たんだよ。そういえば君らの家にはそういうオプション付いてないよね?これって人間力ってヤツ?」
エイリークはバスローブから胸を開けながら綺麗になった身体を幼い頃からよく知る友人たちに見せつけていた。
コイツはジャイアンとスネ夫が合体したような性格だな。ソリトンたちは驚きのあまりその場に立ち尽くすばかりだった。
そういえば子供の頃は彼らも庭の水飲み場で身体を洗っていたんだっけか。
エイリークは手元にあったレモネードを飲み干し、思う存分己の勝利の味わう。
エイリークの驕り昂った姿を見たダグザは身を震わせながら怒りを顕わにする。
実はダグザの怒りの沸点はかなり低いのだ。
「馬鹿なっ!!絨毯張りの豪勢な居間に、湯船つきの風呂だと!!こんないい加減な男にどうして!!運命の女神はどこまで私の心を弄べば気が済むというのだ!!」
ダグザはエイリークたちと同様に下層域の高級住宅街に住んでいる。
しかし、彼の家の風呂はユニットバスの中で体を洗うタイプの代物だった。
「まあ、待て。ダグ兄、重要なのはそこじゃあない。エイリーク。お前の家の風呂は今、使える状態なんだな?」
ソリトンはきりっとした表情でエイリークに聞いた。
「うん」
「じゃあ、俺とハンスとダグ兄が入っても問題はないな?」
「うん。いいよ」
レミーが盛大にずっこける。まあ年頃の女の子だし、仕方ないだろう。
ダグザ、ソリトン、ハンス、入浴中。
三十分くらい後にやたらとさっぱりとした姿になった三人のおっさんの姿がそこにあった。
その後家主と、その家族と友人たちの6人を連れて俺は居間の中央にある階段に案内した。