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第九話 ダグザが来る!!

次回は12月01日に投稿する予定です。


 「極楽極楽」


 俺の前の前でバスローブ姿の大男がリクライニングチェアに座っていた。

 火を灯した暖炉から発せられる暖気が豪奢な金色の髪を乾かしている。

 何せこの男の髪ときたら腰のあたりまで伸ばしているので通常の空気乾燥では追いつかないのだ。ゆえに初夏というやや季節はずれな暖炉に頼らざるを得ない。

 

 俺はドライアーという電化製品の偉大さを噛み締めていた。

 

 暖炉自体の構造はもとの世界とそう変わらないものだが、火の系統の魔法を使って細かい温度調節が出来るという点が大きく違っていた。

 俺は魔法が使えないのでエイリークに協力してもらうことになる。

 俺はお礼代わりにエイリークの肩を揉んでやることにした。

 均整のとれたエイリークの屈強な肉体はマッサージャーとしても実に揉み甲斐のある身体だった。

 マッサージの仕上げにオイルを塗りながら、俺はそんなことを考えていた。


 「ほぉぉぉうぅぅ…。ありがとよ。感謝するぜ、速人。俺は今まで風呂というものを侮っていたよ」


 エイリークは心底満足したような顔をしている。

 その昔近所の老人専用の集合住宅で老人どもを風呂の世話をしていた俺にかかればこの程度の結果は当然のものと言えよう。


 「こちらこそ。風呂を用意した甲斐があったというものだ」


 俺はアロマオイルを塗り終えた後に、手を洗う。


 エイリークは放心状態になり、うつらうつらと舟をこいでいる状態になっていた。

 見学会で紹介する部屋がまだ残っている状態なのでエイリークを起こすことにした。


 「エイリークさん。まだ寝ないでくれ。二階を案内していない」


 俺はエイリークの肩を優しく揺らした。

 頭から氷水をぶっかけるという手段もあったが、あまりにも気持ちよさそうなので止めておくことにする。

 しかし、俺の予想に反してエイリークは身を起こしていた。

 目は半開きだったが、この際だから放っておくことにしよう。


 「二階って、うちの二階に何かあったっけ?」


 たしかに以前のエイリーク家の二階には物置のような場所だった。

 だが、俺が改装工事をしたことにより新たなに「夫婦の部屋」、「レミーの部屋」、「アインの部屋」、「トイレ」、「物置」が増えたのだ。

 ここまで来れば、もはや俺は働きはアトリエシリーズの妖精さんを遥かに凌駕しているだろう。

 俺は手っ取り早く二階に新しくエイリークとマルグリットの部屋が出来たことを伝える。


 「二階にエイリークさんとマルグリットさんの部屋を用意したんだ。今日から一階の客間じゃなくて二階で寝てもらうつもりだから、とりあえず案内させてもらえないか?」


 エイリークは相変わらず要領を得ないような顔つきをしている。

 

 俺たちが話し込んでいると玄関の方からディーが現れた。

 話はやや前後するが、先ほどのエイリークの会話の中で「火焔巨神同盟ムスペルヘイム」の話になったたりから姿を消していたのだ。

 俺の知る限りではディーは故郷で「火焔巨神同盟ムスペルヘイム」について良くない噂ばかり聞かされてきたのだという。

 

 ちなみに俺自身も「火焔巨神同盟ムスペルヘイム」に関してはエイリークたちの話以上のことは知らない。


 「あのー。エイリークさん、速人。今ちょっといいかな?…ていうかエイリークさん、何で着替えちゃったの?」


 ディーはいつものように間延びした声で聞いてくる。

 俺としては本題に入って欲しいのだが。

 いや、さっきまで普段着だったヤツが少し目を離している間にバスローブに着替えていたら、…普通は驚くな。納得。


 「コレ?何って風呂に入ったからだよ。俺は俺の家だから裸のまんまで良かったんだけどよ、こいつがどうしてもって言うから着てやったまだけだ。それで用事って何だよ?」


 念の為に言っておくが、ディーとエイリークはひと月ほど前に知り合ったばかりの間柄である。

 俺としてもこの男は器がでかいのか、単に何も考えていないのか、たまにわからなくなってくる。


 「俺もまだ詳しいことはまだ聞いてないけど、ソリトンさんとハンスさんとダグザさんが用事があるって」


 返事の代わりにエイリークは大きな欠伸をした。


 「ハア…、たとえあいつらに用事ってのがあったとしても俺には無えのよ。俺はこれから寝るから今日は帰ってもらえ」


 あまりの雑な、というか鷹揚な態度に俺もディーも何も言うことが出来ない。


 これは…罰が必要だな。

 

 俺は即座に怠惰の魔人エイリークに懲罰を執行する。


 「ぬんッ!!」


 気合と共に俺はエイリークに突き蹴りを入れた。

 狙った部位は左の大腿部。

 倒すのではなく、乗せるように蹴るのがポイントだ。


 現時点で、俺とエイリークの身長差は40センチ以上ある。

 さらに体重では30キロ以上の差があるので、俺の蹴りでエイリークを転倒させるのは非常に難しい。

 だが、動作の起点となる場所つまりつま先や太腿をこうして足で封じてしまえば”次”の動きに対して先手を取ることが可能だ(※ある程度の経験が必要となるが)。


 事実、エイリークは一瞬だけ止まった。


 「殺すッ!!」


 エイリークは仕返しとばかりに一歩前に出て、左の拳を振り下ろす。


 ぶおんッ!!空気を薙ぎ払う轟音。


 体重を乗せたスイングブロウ、相手のカウンターをも潰すこの場においての最適解と言えよう。

 だが、俺にとっては想定された状況の一つにすぎない。

 エイリークの取った行動の間違いとは、わざわざ俺の射程内まで入ってくれたことだろう。

 もっとも前もって俺が放った突き蹴りでエイリークの距離感を狂わせた結果によるものだが。


 かくして俺のパンチが届くギリギリの距離までエイリークは入ってきてくれた。


 俺は感謝と敬意を込めて、目線の先斜め上に向かって掌底を打った。

 否、正確に言うとエイリークの顎が来るあたりに置いたのである。

 エイリークは生まれつき鎧のような骨や筋肉を持っている。

 エイリークが身構えた瞬間に幾層にも重ねられた天然の装甲が出来上がってしまうので普通の打撃でダメージを与えることはまず無理だ。

 例え通背拳を使っても打撃を通すことは難しいだろう。


 故に脳をゆらすのだ。


 脳に衝撃を与え、意識にわずかな空隙を作ることで集中力そのものを削ぎ落す。

 顎の下を押されたエイリークの瞳がほんの一瞬だけ色を失った。


 その機を逃さず俺はエイリークに背を向けてから、一気に下方から左脚を振り上げた。


 狙うは側頭部。


 この技は虎尾脚(中国拳法)、裏浴びせ蹴り(柔道)、源流では稲妻蹴り(骨法)の名前で知られる暗殺拳である。


 俺は「月影(つきかげ」という名前でこの一瞬にして相手の意識を脳から追い出す業を教わった。


 エイリークは頭の左側を蹴り上げられ、地面に膝をついてしまった。

 本来ならばこのままバックチョークを極めて終わりにするところだが、今回は戒めとして使ったのでこの辺で許してやることにした。


 「速人、駄目だよ!!そのまま首を折ったらエイリークさん、死んじゃうって!!」


 ディーに言われて俺はエイリークの手を押さえ、首に手を回していることに気がついた。


 ぬう。


 俺としたことがいつものクセで危うく首を折るところだったか。


 俺はエイリークの両肩にあるツボを押して、正気に戻してやった。何回目だ、この展開は。


 「だーっ!わかったよ!会ってやればいいんだろ!何も死の一歩手前まで追い詰めることも無えじゃねえか!」


 復活したエイリークはその後もぶつくさ文句を言っている。

 もうしばらく寝かせておいた方が良かったのかもしれない。


 「じゃあエイリークさんの許可が出たことだし、雪近と一緒にダグザさんたちを家の中に案内してくれ。俺はお茶の用意をするから」


 ディーは俺に蹴られた部分をさすっているエイリークを心配そうに見つめていた。


 俺は「さっさと行って来い」と玄関の方に人差し指を向けた。


 「了解」


 ディーはのろのろと玄関口まで歩いて行った。

 アイツには「早送り」ボタンとかをつけてやりたいな。

 その間、俺は急いでキッチンに行って飲み物を用意する。

 もうすぐマルグリットとレミーとアインが居間に戻るのでエイリークとその家族たちにも飲み物を用意しなければならない。

 俺はお茶の入ったポットと人数分のティーカップ、そして風呂上がりのエイリークの為に用意したレモネードが入ったコップをトレイに乗せて足早に居間へと向かった。


 俺が居間に戻ると、ダグザたちが居間の中を見て回っていた。


 マルグリットとレミーとアインも既に居間に戻ってきていてソファの上で寛いでいる。

この三人は見た目がほんわかとした雰囲気になっていたので、おそらく風呂に入ったものと思われる。

 俺はマルグリットたちに軽く会釈をすると新しく用意した人数分のお茶を淹れていった。


 「ああー!生き返ったー!まさか風呂付きの家に住むことになるとはねー!」


 マルグリットは暖炉から少し離れた場所に座って髪を乾かしている。

 彼女は赤みがかった金髪を腰のあたりまで伸ばしているので暖炉の温風を利用して乾かす必要があったのだ。

 アインは居間の真ん中にある大きなテーブルの近くに置かれた椅子が気に入っているようで腰をかけてお茶を飲んでいた。


 「速人。クッキー、ありがとう」


 アインは俺が新しく持ってきたクッキーをご機嫌な様子でつまんでいた。

 今まで出された三十枚くらいのクッキーのうち、アインは一枚しか食べていない。

 食い物の分配に関しては鬼のような両親と姉であった。


 「こちらこそ。でも、もうすぐ昼ご飯だから考えて食べてくれよ」


 「うんっ」


 アインは愛らしい笑顔を浮かべ、もう一枚クッキーを食べる。

 その隣で姉のレミーは五枚くらいの自分用のクッキーを確保していた。


 「ところで毎回いろんな時にクッキーとか、お菓子が出てくるけどいつ作ってるんだよ?」


 レミーは自分用のクッキーとは別にもう一枚、皿からクッキーを取り出して食べている。

 レミーは俺が用意したウサギさんのアップリケを縫ったピンク色のタオルを首に巻いていた。

 アインも緑色の亀の刺繍が入ったタオルを持っている。

 俺としては少しデザインが子供向けすぎるかな、と思っていただけに二人が気に入ってくれて幸いだった。


 「パンを焼く時にと一緒に焼いているんだ。小腹が空いた時にクッキーがあると助かるだろ?」


 そう言って俺はレミーにお茶を手渡す。ソリトンの妻ケイティからもらったローズヒップのような香りがするお茶だった。


 「まあね。…それとお風呂とお茶、ありがとな」


 「どういたしまして」


 レミーは小声でお礼を言ってくれた。

 その時、彼女の少しだけ頬が赤くなっていたのかもしれない。

 俺は彼女の変化に気がつかないような素振りを見せながら、マルグリットの為にお茶を用意する。

 マルグリットはエイリークやレミーと違って熱いお茶が苦手なのだ。


 マルグリットにお茶を手渡した後に、俺は空になっていたアインのティーカップにお茶のお代わりを淹れておいた。

 アインは微笑みながら俺に礼を言い、ふうふうとお茶に息を吹きかけて温度を覚ましながら飲んでいた。


 その最中、居間の見学をすませたダグザたちがテーブルまで戻ってくる。


 ダグザは額から汗を流し、疲れ切ったような表情をしていた。

 現在、部屋の内部は暖炉で温められているわけだが、単に室温が高すぎることが原因ではないだろう。

 

 気疲れの類だ。


 目の前の事象の劇的な変化に理解がおいついていないのだ。


 「これは悪夢だ…。なぜ日々努力している我々では無く、エイリークの家がたったひと月で豪邸になっているのだ。真っ当な童謡ならば逆だろうに」


 俺はテーブル横に置いてあった椅子を引いて、ダグザに座るように促した。

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