第五話 エイリークの家を改装したので、見学会を開いて実際に見てもらうことにした(※そのまんま)
次回は11月19日に投稿します。風邪気味なので少し調子が悪いです。げふげふ。
作業終了の翌日。
俺は「まだ眠っていたい」という雪近とディーを残して、エイリークたちの朝食を用意していた。
今日の朝食のメインはホウレン草の入ったキッチュという卵料理だった。
ライオン以上に肉食であるエイリークはパイ生地に包まれたニンジン、ズッキーニ、パプリカ、ホウレン草という野菜の炒め物をバクバクと食べている。
家族の会話を聞く限りでは、エイリークは好物はスクランブルエッグやオムレツらしい。
善玉のプロレスラーのような体つきのくせにどこまでもふざけた男だ。
今後もこの作戦で好物に嫌いな食べ物を混入して行くとしようか。
エイリークはベーコンとチーズがどうとか言いながら満足そうにキッチュを食べていた。
俺はエイリーク一家の食事が終わるまで配膳係であることに徹した。
「というわけで、家の改装が終了したので見学会を催したいと思う次第であります」
今日は一家全員、休日のようなことを話していたので丁度いい頃合いということだ。
エイリークは口の中を動かすのを一旦止めて俺を見ている。
マルグリットとレミーもまたにわかには信じられないような顔をして俺を見ていた。
アインに限っては俺の言葉を理解するよりも周囲の変化に戸惑っている様子だった。
まあ、たった三人で十数人が生活できそうな家の改装を一か月ほどの期間でやり遂げてしまったのだから驚くのも無理からぬことだ。
ヌンチャクに愛されし俺にとっては一ミリのブレもない単純作業だったのだが。
「お前が掃除とかすごいのは認めるけど流石に無理がありすぎるだろ。一階のゴミを片付けてくれただけでも大したもんだと思うぜ」
エイリークはやや温くなったホットミルクを飲みながら、ここ一か月くらいの俺の働きに対して感謝を述べる。
俺はホットミルクを飲み終えたエイリークからマグカップを受け取り、代わりにハーブティーの入ったティーカップを手渡した。
エイリークは嬉しそうな顔をしながら、ティーカップに向かってふうふうしながら口をつける。
甘いな、エイリーク。俺が適温ではない飲料を差し出すとでも思っているのか?
ようやく俺の冷笑に気がついたエイリークは、ほどよく温められたハーブティーをずずず、と音を立てながら勢い良く飲む。
その後にエイリークは俺の底意地の悪さを責めるような目つきで睨んでいた。
「ここで私が説明するよりも実際に現場を見てもらう方が良いかと思います」
そう言って俺は空になった皿を次々とキッチンに運んだ。
食べたらすぐに皿を水につけておけば汚れを落とし易くなるからだ。
エイリークはマルグリットや子供たちと相談した後に「休憩をしてから見に行く」と言った。俺はエイリークたちに了解の旨を告げた後に朝食に使った食器を洗う。この後すぐに雪近とディーを起こして、朝食を食べさせる必要があるからだ。
俺がエイリークたちを一人で案内することも可能だが、雪近とディーもそれなりに貢献したことをエイリークたちにアピールする為には同伴した方が良いと判断した結果でもある。
俺は皿を洗い、布巾で皿に残った水を拭き取ると食器棚に戻した。
「おい、速人。お前、どこ行くんだよ?」
俺が自前の割烹着を着たまま玄関に向かおうとしたところでレミーと出会った。
どうやら客間にある洗面所で支度をしていたらしい。
以前より幾分か敵意が薄らいだような気もするが、今はご機嫌斜めらしい。
ここは一つ、緊張感をやわらげる為に俺のとっておきのヌンチャクエピソードである「一休さんがヌンチャクを使って襖の中の虎を退治する話」でもしてやろうか。
「雪近とディーを起こして朝ご飯を食べさせようかと思って」
レミーは「ふうん」とさも興味が無さそうな返事を残して客間の方に戻って行った。
去り際に軽く手を振っていることから、見学会に興味を持っていると考えて間違いないだろう。
俺は急いで雪近とディーのもとに向かい、起床の手伝いをする。部屋についた矢先に俺は二人を起こして、見学会を手伝うように申し出る。
雪近とディーは十分な睡眠時間をとることができたおかげで快く引き受けてくれることになった。
俺は二人に寝具の片付けをさせる一方、食堂から持ってきた雪近とディー用の朝食を食器に装う。
今、雪近はエイリークたちの分とは別に作られた和風の朝ご飯を食べている。
食事の趣向を変えてからは作業効率が少しだけ上がったような気がする。
そして同居人のディーも肉や乳製品を使った食事よりもこちらの方が良いというので雪近と同じものを与えることにした。
二人はニンジンとゴボウと鶏肉の甘辛煮をじっくりと味わいながら食べている。
ナインスリーブスにおいてもゴボウは薬の材料として使われていたので比較的簡単に手に入れることが出来たのだ。野菜万歳。
「見学会か。あれを見たら、きっとみんな驚くんだろうなあ」
ディーは生まれ変わった家の中のことを思い浮かべ満足そうに笑っている。
故郷では厄介者あつかいを受けていただけに、ディーは生まれて初めて何かを成し遂げた気分に浸っていた。
自分の兄や父よりもずっと厳しい速人に「よくやった」と褒められたのだ。
デイーは自分の力で何かを成し遂げたという手応えのようなものを感じている。
「ディー。お前、本当に頑張ったよ」
雪近は感慨に浸るディーに労いの言葉をかける。
褒められることに慣れていないディーは思わず頬を赤く染めていた。
「いやあ、俺なんてキチカや速人に比べればまだまださ」
ディーは雪近の言葉に笑顔で答える。二人は互いの健闘を称え、同時に笑い合った。
俺は朝食を食べ終わった後、雪近とディーに着替えてくるように言った。
その間、俺は二人が使い終わった食器を洗う。
真面目に家事をしていれば一日などあっという間に終わってしまうのだ。
ガレージの内部をいじった俺たちの部屋は手狭だが、いろいろなものを置いてある。
ちゃぶ台を置いた食事用のスペースなどもその一つだ。
俺は水を拭き取った食器を食器棚に戻した後、割烹着を脱いだ。
そのタイミングを見計らったように、部屋の中央のしきり代わりとして使われているカーテンを潜って雪近とディーが現れた。
二人には俺の意図が伝わっているようでいつものボロではなく外出用の比較的服装に変わっていた。
どちらもエイリークとソリトンの使っていた服なので真新しい服装とは言えない。
ちなみに服のサイズが合うように調整したのは俺だ。
雪近はソリトンの袖の長い青いシャツと灰色のズボンをディーはエイリークの半袖の赤いシャツと上着と同じ色の半ズボンを着ている。
俺は二人を連れて、待ち合わせ場所である家の玄関まで歩いて行った。
俺たちが玄関に到着してから、客間の方からエイリークたちが姿を現した。
レミーとアインは外出用の服に着替えていたが、エイリークとマルグリットは朝食の時と同じ寝間着に近い格好をしている。
レミーは俺たちと自分の両親とを見比べて、エイリークとマルグリットに非難するような視線をぶつけていた。
「それではこちらへどうぞ」
雪近とディーが正面玄関の大きな扉を開いた。俺はエイリーク一家を玄関から居間に招き入れる。
「うわあ!すごいよ、お姉ちゃん!!」
目の前に広がる広大な空間を前にしたアインが感嘆の声をあげる。
レミーも木製の大きな両開きの扉の奥にある赤い絨毯と白い壁に包まれた大広間を見て驚きを隠すことが出来なかった。
「すげえ…ッッ。ここってでっかい物置部屋じゃなかったんだ」
レミーは驚きのあまり思ったことをそのまま口にする。
一家の記憶では改装工事が始まる前、家の中はとにかくゴミだらけで一階などはトイレと居間のごく一部しか使うことができなかったのだ。
エイリークの話では祖父の代に建てられた家と聞いていたが少なくともレミーが物心ついた頃にはわずかな足場だけが残る空間だったはずだ。
しかし今はどうだ、家の中を占拠していたゴミは全て姿を消して壁や床の汚れは一切消え去っているではないか。
広間の床は以前の薄汚れた深緑色の絨毯からおそらくはソリトンの家に使われていたと思われるワインレッドの絨毯に置き換えられていた。
レミーは感触を確かめる為に新品同様に仕上げられた真っ赤な絨毯の上に足を乗せようとする。
だがその時、エイリークに呼び止められた。
「待て、レミー。勝手に土足で入ったら料金を取られるんじゃないのか?せめて最後まで話を聞いてから二しようぜ。家賃の話とかよ」
エイリークは口元を歪ませて「旦那。うちガキは礼儀知らずでして、どうもすいませんね」とった感じで速人に向かって卑屈な笑顔を向ける。
一方マルグリットはレミーを抱えて玄関まで戻っていた。
「駄目だよ、レミー。もう今月うちには三万(※3万クオリディアポイント = 目安としては日本円でいうと三万円)くらいしかないんだよ?」
マルグリットは速人に向かって何度も頭を下げた。
レミーははっとした顔で両親を見る。
子供の無礼を誤魔化そうとして態度を急変させたことよりもむしろ、先日もらったばかりの給料の残額に驚いていた。
「ちょっと待った!!昨日給料もらったばっかなのに、何でそんなに減ってるンだよ!!」
レミーは両手でエイリークの襟首を掴んでガクガクと何度も振り回した。
エイリークは後ろめたさからレミーと目を合わすことが出来ずに明後日の方角を見ている。
「ホラ、俺たち美男と美女の夫婦だからさ。どうしてもファッションに金が必要になるっていうかさ。ね、ハニー?」
「その通りさ。アハハッ、美男美女にとってお洒落は義務。永遠の命題ってやつだよ。ていうかさ可愛いレミーが熟れたレッドペッパーみたいな顔をしたら、母ちゃん悲しいな?」
エイリークはバンダナを、マルグリットはブレスレットを新調していた。
レミーは恨みがましい視線を両親にぶつける。
俺はせっかくの見学会を親子喧嘩でぶち壊されたくはなかったので、ポリシーに反する行為だがレミーとエイリークたちの間に割って入ることにした。
「レミー、大丈夫だ。今月の金は俺が貯金を出して何とかするから安心しろ。エイリークさんたちのことはダールさんとダグザさんと隣のソリトンさんとケイティさんに密告しておくから今回だけは俺の顔を立てて大目に見てやってくれ」
俺は懐からQP硬貨の入った袋を取り出し、ぎっしりと詰まった中身(※六十万QDくらい)を見せることによって落ち着いてもらうことにした。
温厚なアインですら両親を睨んでいた。つまりは今回のようなケースは一度や二度どころではない話ということか。
あ、やば。レミーが両親のアホさ加減に呆れて泣きそうな顔になってる。
後でスイーツでも与えてケアしないと。どっちが親だかわからないな、この親子は。
「エイリークさん、マルグリットさん。ここは二人の実家だから土足で入ったくらいじゃお金を取りはしないよ。わざとに汚されても困るけどさ。とりあえず他の部屋も案内するつもりだから、テーブルのところまで行こう」
「速人さん、いや速人の旦那がそこまで言うなら仕方ないな。ハニー、スリッパに履き替えてから入ろうぜ?」
「そうさね、ダーリン。カーペットにシワでもつけたりしたら、それは大変なことさ。レミーとアインもアタシらの言う通りにするんだよ。ゲハハッ」
エイリークとマルグリットは靴を脱いで来客用のスリッパに履き替える。
そして下卑た笑いを浮かべながら姿勢を低くして広間中央にあるテーブルまで歩いて行った。
レミーは口をへの字に曲げて、靴を履いたまま大股開きで入って来た。
まあ、別にレミーにとっては自宅なので俺からは異論は無いのだが。
そんな時にアインが俺の袖を引っ張り、小さな声でスリッパに履き替えた方が良いのかと尋ねる。
俺は笑いながらその必要がないことを暗に伝える。
ぱっと明るい表情になったアインは新古品の絨毯の感触を確かめながらレミーのところに走って行った。
意外と疲れるな、この親子。
「こんなソファ、うちにあったっけ?」
レミーは大きなテーブルの近くに置かれたソファに背中を預けた。一見して新しそうな革張りのソファからはほんの少しだけが年代物の匂いがした。
アインもレミーの隣に行儀よく座っている。
一方、エイリークとマルグリットはソファの隅に二人並んで周囲の気配を警戒しつつ慎重な様子で腰を下ろしていた。
この二人の過去に一体何があったのだろうか。
俺はその場を雪近とディーに任せて、お茶の用意をする為にキッチンに向かう。
「これは裏口近くの物置にあったヤツだな。オヤジとオフクロが生きていた頃にもらったばかりの給料全額で買ったのを覚えているよ」
エイリークはソファの座り心地を確かめながら両親のことを思い出していた。
あれはまだエイリークが小さかった頃、父マルティネスと母アグネスが道具屋で見つけた高級家具を衝動買いして受け取ったばかりの給料を全額使い果たしダールの家に金を借りに行った。
当然のことながらダールは烈火の如く怒った。普段は滅多に笑顔を崩さないダールの妻エリーもすごく怒っていた。
幼いエイリークはダールの母メリッサに連れられて食堂で両親が怒られているのを聞きながらケーキを食べていた。
「母ちゃん、父ちゃん。何やってんだよ…。いや俺も同じようなことやってるじゃねえか」
ああはなるまいと誓ったはずなのに、気がついてみると両親と同じような失敗をしている。
これも血縁の為す業なのか、とエイリークは絶望しそのままテーブルに突っ伏してしまった。
俺がティーセットとお菓子をトレイの上に乗せて居間に戻るとエイリークとその家族は全員、ガックリしていた。




