第四話 大改装 本編とあんまり関係ない話なのに…
次回は11月16日に投稿する予定です。
次の日、俺は居間の改装に着手する。
エイリークたちには夕食の時に作業の段取りについて説明をしておいた。
屋内の客間と食堂(仮)以外の空間はカーテンによって仕切られている。
エイリークたちも職場や学校の異動で忙しいこともあって快諾してくれた。
ちなみに俺と雪近とディーは中庭にあるガレージで寝泊まりをしている。
以前は単なるゴミ置き場だったのだが通気を良くする為に窓枠をつけたし、清潔なベッドがあるので快適に過ごすことができる。
ディーは予定よりも早く体調が回復し、今では俺の仕事を手伝えるくらいまで動けるようになっていた。
俺は隣に住むソリトンの家に行って家を増築する時に使った材木の残りを受け取った。
俺が木材を肩に乗せて家に帰ろうとすると「手伝おうか?」とソリトンが聞いてきたが丁重に断る。DIYは基本自分の力だけでやらなければ意味がないのだ。
俺は肩に四本の木材を軽々と担いで家に戻った。
「あの子は一体何者?」
ソリトンの妻ケイティが、身長の二倍以上はありそうな木材を軽々と背負い歩いて行く速人の後ろ姿を指さす。
速人の身長はソリトンの息子シグルズよりも小さい。速人が木材を背負って歩く姿は不安な要素は無く、ある種の安定感があったのだ。
「わからん」
ソリトンは速人の背中を見ながら、思ったままのことを口にした。
ソリトンにとって速人は未知の存在というより関わり合いを持ちたくなかったことも事実である。
速人にエイリークの家を補修する材料を譲ってやったのも、シグルズが世話になった礼を兼ねてのことだった。
「ところで、ケイ。あいつは本気でエイリークの家を修理するつもりなのか?sの家は、俺が第十六都市に来た時からゴミ屋敷だったんだぞ」
春。雨の日が続き、家の屋根の雨漏りがひどいという理由で一家で押しかけて来たこと。
夏。庭でバーベキューをした時にベランダの窓を開けておいたせいで家の中が煤だらけになってしばらく家の中に置いてやったこと。
秋。夫婦で一日で給料を使い果たし食事の面倒を見たこと。
冬。吹雪で壁が壊れて暖炉が凍てつき春になるまで家の一部を使わせてやったこと。
ソリトンとケイティは過去を思い出し、暗い顔つきになっていた。
しかし、悪い思い出だらけではない。今回、速人に譲った材料はエイリークたちが間借りする機会が多くなった為にソリトンの家を増築した際に余ったものだったのだ。
エイリークが中心になって補修工事をしているのは間違いないだろうが手伝う相手がエイリークの家族や速人たちでは些か心もとない。
ソリトンは暇を見つけて工事の手伝いをしてやろう、と考えていた。
俺はエイリークの家に戻ると木材を加工し、屋内の破損や腐食が進んでいる箇所を解体する。
この時、役立たずの糞だと思っていた雪近が思わぬ活躍をした。ヤツが日本にいた頃、大工の手伝いをしていた経験があると言い出したのである。
結果としてアルバイト程度の技量しか持っていなかったのだが工事の進行が捗ったのも事実である。
俺は雪近を適当に褒めて、仕事を教えながら数日のうちに一階の主だった部屋の解体と補修に必要な材料を揃えた。
エイリークたちが俺たちの作業を覗きに来るものかと思っていたが、調査隊が厄介な仕事を引き受けてしまった為に顔を出すことはほとんど無かった。
レミーとアインも元の学校に戻り、忙しい日々を過ごしていたので特に何も無かった。
ディーの存在も特に勘繰られることは無かったので良かったことなのだろう。
さらに一週間後、家の壁の補修が終了した。
この頃になると雪近とディーの三人で仕事をするようになっていた。
ディーは巨人族らしく力仕事を得意としていた。反面、細かい作業は苦手としていたが。
そのディーの欠点を補うように小回りの利く雪近。二人とも機転が利くので説明する必要がないという利点がある。
そして、二人はコンビを組ませて使うことでようやく半人前の実力だが予定よりも早く一階の改装工事が終了したことも事実だ。
俺は二人に三日くらい休日を与えて、自分は風呂場と脱衣所の改装作業に入った。
一階の居間、キッチン、現在エイリークたちが使っている客間は少し前まで物置として使われているだけだったのでゴミの始末と掃除だけで終わりだったのだが風呂場と脱衣場は最悪の状態だった。
何というか熊も殺せそうな悪臭を放つ怪物ヘドロスライムの住み家のようになっていたのだ。
実際にそういう名前の怪物がいるかどうかは知らないが。
俺は腐った壁や柱を裏口から出して、いや最終的には風呂場にあったものは全部処分することになった。
だがここでソリトンの家からもらってきた材料が尽きてしまい、再度譲ってもらおうと尋ねてみたが流石にもう木材は無かった。
俺はエイリークから受け取った雀の涙のような資金に手をつける時が来たか、と嘆いていたところに救いの神が現れた。
明訓高校のキャッチャーのヤーマダ、ではなくハンスである。
ソリトンの話を聞くところによるとハンスは俺が改装工事に入ってから何か手伝えることはないか、と心配して見に来てくれたらしい。
気が優しくて力持ち~♪なヤーマダ(※ハンス)ならばきっと役に立ってくれるだろう。
俺が期待に満ちた視線をハンスに送っているとソリトンが耳打ちしてきた。
「悪いことは言わない。家が廃材の山になるだけだ。止めておけ」
ハンスは人懐っこい糸目でにこやかに笑い、袖を捲って力こぶを見せる。
その姿に俺は牙を剥く猛獣、赤兜の姿を見たような気がした。
はっきり言って悪い予感しかしない。
俺は素直にソリトンの忠告を聞き入れることにした。
俺はハンスから知人の務めている石工を紹介してもらい、未使用のまま放置されていたタイルや接着剤を譲ってもらった。
接着剤はセメントのように粉末状になった石に水を混ぜて練ってから使うものだが、もとの世界で使っていたものとはやや勝手が違っていた。
俺は石工の棟梁にお金を払うつもりだったが「困った時はお互い様」と先に釘を刺されてしまった。
俺とソリトンとハンスは、石工たちに頭を下げて材料を荷車に乗せてエイリークの家に戻る。
ソリトンとハンスは手伝うと言ってくれたが、ここ数日のエイリークとマルグリットの様子から調査隊の仕事が忙しいことはわかっていたので丁重に断ることにした。
その日から約十日間ぐらいかけて俺は風呂場と脱衣所の改築を終わらせた。
尚、今回ばかりは俺の活躍だけではない。雪近とディー、ソリトンとハンスらの協力のお陰があってこその結果だった。
また、もとの設計がしっかりしていたことも成功の要因の一つだった。
後でエイリークに家の成り立ちを聞いておこう。
俺が裏庭のポンプ近くで身体を洗っていると、後ろからエイリークに持ち上げられそのまま家族全員で公衆浴場に連れて行かれた。
実は俺や雪近たちが裏で身体を洗っていることが近所でちょっとした話題になっていたらしい。
「なんかな。この前、ベック(※ソリトンの義父の名前)にお前や雪近やディーの扱いのことで説教を受けたんだよ。いくら不細工だからってまだ寒いのに外で身体を洗わせることはねえだろ!!ってな。速人。特にお前は感謝するように」
「すごく感謝はしてるけど、新人の俺たちなんかを連れて行っても大丈夫なのか?」
エイリークは少し考える素振りを見せる。
下町の一角と言えども都市の中に新人がいることは珍しい。
だが、毎日混雑している公衆浴場なのでそんな細かいことを気にしている人間は少ないだろう、という結論に達した。
「大丈夫だ。毎日混んでいるから多分みんなそれどころじゃねえよ」
エイリークは笑いながら、バンバンと俺の肩を叩いた。
こうして俺と雪近とディーはエイリークとその家族と一緒に公衆浴場に行った。
結果としてエイリークの言う通り、内部が混雑してそれどころではなかったのは言うまでもない。
女性用の浴場から出て来たマルグリットとレミーは露骨に不愉快そうな家をしていた。
俺は風呂屋の文句を言いながら盛り上がっているエイリークたちを見ながら、風呂の改装工事が必要だったことを今さらのように思い知らされていた。
後は浴槽に浮かべるひよこの玩具どうするかだな。
翌日、改装された風呂場の感想を聞くために雪近とディーを連れて行った。
俺と同じく風呂文化の中で育った雪近は風呂を見るなり感激していたが、お湯で身体を洗うくらいことしか知らなかったディーは今一つ理解に及ばないという様子だった。
一階をざっと見学し二人の感想を聞いた後、俺たちは二階の改装に着手した。
エイリークと彼の家族の私室と本物の物置部屋の改装である。
二階の改装作業は迅速かつ平易に行われた。
なぜならば二階の大半を陣取っていた荷物を運び出し、がら空きになった各部屋を清掃したことで作業の大半が終わったと言っても過言では無かったからだ。
しかし、ここでリペアされた生活用品を置いただけではプロフェッショナルの名が廃るというものだ。
次に俺は内装に手を加えることにした。
エイリークの一族は基本的に部屋の壁の色や調度品にこだわることが無かったので新しく用意する必要があった。
俺は隣に住むソリトンと妻ケイティ、その娘アメリアに塗料、壁紙の代わりになりそうな品、他に小物や調度品が売っている場所について尋ねることにした。
俺が事情を話すとケイティやアメリアは親身になって売っている場所などを教えてくれた。
おまけに買い物を手伝ってくれた(ソリトンとシグルズは荷物運びを手伝ってくれたのだ)ので俺たちはソリトン一家に深々と頭を下げる。
その日、俺は夕食用に作った予備のミートローフを一本、ソリトンの家に届けた。
新人である俺が作ったと聞いてケイティは驚いていたがソリトンやシグルズ、アメリアのフォローのおかげもあって受け取ってくれたようだ。
誰にでも礼儀正しく優しいアメリア。
口数は少ないが思慮深く、行動の早いソリトン。
少しだけ生意気だが両親譲りの気配りが出来るシグルズ。
情け深い性格のケイティ。
エイリークはつくづく隣人に恵まれていると思った。
さらに数日後、俺たちは二階の全ての部屋の改装を終える。
今回の作業にはいくつかの誤算があった。
調度品にこだわり過ぎて予算がややオーバーしてしまったのである。
案外、プロ返上の時が近付いているのかもしれない。
俺は苦笑しながら、ハンマーを片手に最後の部屋である二階の物置を出てくる。
すると俺の前に中央階段近くにある踊り場で清掃をしていた雪近とディーが声をかけてきた。
俺はそれとなしに奴等の仕事ぶりを観察する。
未だ及第点には及ばないが今回ばかりはお咎めなしという形で手を打ってやろう。
「どうですか、兄貴。あっしらの仕事ぶりは?」
でへへ、と愛想笑いを浮かべる雪近。もうどちらが年上かわからないようになっていた。
雪近に負けじとディーも俺に向かってくる。
「へへっ。今日は俺、兄貴にいっぱい褒めてもらえるように頑張ったんだよ。どうだい、このソファ?新品みたいだろ」
俺によって調教された労働奴隷は張り合うように自分たちの仕事の成果を主張してくる。
俺は静かに笑いながら奴隷どもの頭をなでなでしてやるのであった。
俺はソファを人差し指で軽くなぞる。そして、指先についたホコリをじっとにらみつけた。
「まだホコリが残っている。…やり直しっ!!」
蜘蛛の子を散らすように、雪近とディーは持ち場に戻って行った。結局、その日のうちに工事は終わったのだが掃除の最終点検でいつもより余計に仕事に時間を費やしてしまったような気がする。
次回から少しずつ本編が始まります。