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第三話 掃除 その2 そして改装へ…、

 次回は11月13日に投稿する予定です。

 

 エイリークを先頭にマルグリット、レミー、アインが姿を現した。


 一家全員が手さげ袋、カバンなどを持っている。

 エイリークが出て行く際に速人がダグザから受け取ったお金を渡していおいたので、そのお金を使って衣類を買いそろえたのだろう。

 エイリークは買ったばかりの茶色のジャケットなどを羽織っている。

 マルグリットは頭はバンダナを外して上着が緑色のコート、下が春物のセーターに変わっていた。

 レミーは服装はハーフパンツから短いスカートに変え、髪を黒いリボンで束ね女の子らしいて格好になっている。

 アインはやや大きめのコートを着ていた。そういえば都市に着くまで「寒い寒い」と言っていたような気がする。


 「うわ…。引っ越す前よりずっと綺麗になってるよ」


 久々の実家を見たレミーが憮然とした表情で感想を述べる。

 前に住んでいた頃のエイリークの家は一体どんな家だったんだ。

 家族を出迎えに出ていた俺と雪近とディーは互いの顔を合わせて戸惑う。

 マルグリットが豪快に笑いながら、ばん!ばん!ばん!とレミーの背中を叩いた。


 あれは痛いだろう、速人と雪近、ディーは激痛のあまり表情を歪めるレミーに同情した。


 「まー!!まー!!いいじゃない!!アタシ基本、掃除なんかやりたくないし!!ここは素直に感謝してお礼言っておけばいいんだって!!」


 「ハニーの言う通りだぜ、レミー。そんな協調性の欠片もないワードを連発してると、ダグみたいに禿げるぜ?」


 似た者同士は顔を見合わせ「ゲハハハッ!!」と同時に笑う。


 ハゲていないダグザを嘲笑うエイリークとマルグリットの姿を見て、俺は深いため息をつく。

 

 俺の肩をディーが人差し指でつつく。


 「どうしたのさ?」


 もとの世界で暮らす速人の母方の祖父、じゅんのすけはハゲている。

 そしてじゅんのすけの息子たち(速人の父、高丸は婿養子だった)、つまり速人の叔父たちは皆頭がハゲかかっていた。

 この時点で、速人の頭皮には死神のデスサイスならぬバリカンが当てられていたのだ。


 「ハゲを笑うものは、やがて必ずハゲになる。悲しいがこれが世の中の掟というものだ。だから俺はエイリークさんやマルグリットさんがウィッグをつけるようになっても決して笑わない。笑えない。むしろ応援する。ハゲは恥ずくない。漢字で髪は長い友って書くけれど、どんな友達ともいつか必ず別れなきゃいけない。だから頑張れ!エイリーク!頑張れっ!!マルグリット!!…て応援することに決めたぜ。俺の家系って両親ともハゲ多いから」


 「やれやれ。…、まったくよ」


 「あはははっ」


 「そんな小さなことで悩んでいたのか」


 雪近とディーは速人の肩を叩いて勇気づけた。


 「ウチも多いよ。ハゲ。父さん、頭の天辺だけハゲていつも帽子かぶってるし」


 ディーはかつてないほど慈愛に満ちた、優しい笑顔を見せる。

 その笑顔に速人は覚悟のようなものを見たような気がした。


 「俺の親父、五十歳になったばっかりだけどハゲてきたから早速剃っちまったぜ」


 雪近が目の端に涙を浮かべながら笑っていた。

 俺と雪近とディーは友情のトリプルスクラムを組み、この中で誰がハゲてしまったとしても決して笑わないという誓いを立てた。

 

 いつか人類みんなハゲと俺たちは心機一転し、家の中に一家を招き入れた。


  エイリークとマルグリットは上機嫌のままだったが、俺たちの話を聞いていたレミーとアインは不安そうに髪の生え際を触ったり髪が薄くなってはいないかと相談していた。


 家の正面玄関にある大きな扉を開くとそこには新しい命を吹き込まれたかのように輝かしい空間が広がっていた。

 ほこりすすにまみれて黒ずんでいた壁は白亜の色彩を取り戻し、同じく土や泥で汚されてそのまま放置されていた玄関の敷物は今日設えたばかりの品物と見間違えてしまいそうなほどに汚れという汚れを洗い落とされていた。

 さらに床のカーペットは全て新品(正確には使っていない中古品)に交換されている。この手の事情に疎いエイリークとマルグリットでさえ靴で踏むことを躊躇うほどだった。

 天井を飾る魔法の照明器具もまた磨き上げられ、昼間の太陽と変わらぬ輝きでエイリークたちを照らしている。

 昨日までここは廃屋と見紛うばかりの場所だったのに。

 その時、エイリークは速人に礼の一つでも言ってやろうと思ったがちんちくりんの姿を見つけ出すことは出来なかった。

 少しばかり驚いているエイリークに雪近が耳打ちする。


 「エイリークの旦那。速人のヤツ、みんなに熱いお茶を出すってキッチンに行っちまいましたぜ?」


 エイリークは雪近の報告を受けて愕然としていた。

 

 (たしかに。俺は今、温かいお茶がな?とか考えていた。もはや己の内なる要求すら速人に先取りされるほどになっているというのか)


 エイリークは拳を固く握り締める。


 「速人。俺はヤツを殺さなければならないかもしれない。俺が速人を愛してしまう前に、殺さなければ…ッ!!」


 しかし、エイリークのささやかな抵抗は速人の持ってきたジャムとクリームチーズが乗せられたお菓子とお茶の前に崩れ去ってしまった。

 エイリークは鋼のように鍛え上げられた肉体と精神も美食の前では全く役に立たないということを思い知らされた。

 その後もエイリークたちは、速人の作った夕食に舌鼓を打ちながらゆっくりと身も心も侵食されていくのであった。

 

 そして、夕食後に速人は家屋の破損個所を修繕し、内装を充実させたいという意見をエイリークとマルグリットに打ち明けた。


 「これで十分じゃないの。アタシがガキの頃はもっとひどかったよ?」


 マルグリットは周囲をさっと見渡す。引っ越す前は衣類や食器が至る所に放置され、掃除は年間に一回やるかやらないかの文字通りのゴミ屋敷だった。

 エイリークの両親も、聞くところによれば祖父母も掃除には無頓着な性格だったらしい。

 正直、居間と玄関以外に歩くスペースは無かったような気もする。

 しかし今エイリークの家は昨日泊まった駅前のホテルよりも綺麗な場所に変わっているのだ。

 食事の前に二階に新しく用意された自分の部屋を見に行ったアインとレミーは感嘆の声を上げていた。

 二階の部屋はエイリークの両親が生きていた頃からずっと物置だったというのに。


 エイリークたちはこれ以上欲張れば、全てが夢の中の出来事で目が覚めると自分はゴミ山の中で目を覚ますことになるのではないのかとさえ思っていた。


 「つーかさ。もう金が無えのよ。俺ん家はよ」


 家族の誰もが一番聞きたくないセリフを、エイリークが口にする。

 その瞬間、レミーとアインの顔が真っ暗になってしまった。

 家計の事情を知っていたマルグリットは笑って誤魔化そうしえいる。

 しかし、それらの出来事は俺にとって想定内の出来事だった。

 俺ははどこからともなく取り出した今日の掃除中に屋根裏で発見した大工道具をエイリークたちに見せつけた。


 「そんな時には…、D・I・Y( ※ Do It Yourselfの略。今や日曜大工の俗語となっている )ッッ!!これで大幅に経費を削減、いやゼロにすることも可能ですよ?」


 「俺、日曜大工とかは専門外だ。お前そういうの出来るの?」


 エイリークには珍しく弱気な様子だった。

 マルグリット、レミー、アインも何か嫌な思い出があったのかは知らないが陰鬱な顔をしていた。

 

 俺は場の空気を明るくするためにちょっとしたリアクションを披露することにした。


 まずは両手をポケットに突っ込み、素早く大工道具を取り出す!


 右手にはトンカチ、左手にカンナを持って両手を交差させる。そのまま空中で一回転。着地すると、俺の口には釘が4、5本くわえられていた。


 俺としては「大工戦士、参上!」という感じでポーズを決めてやったつもりだが、歓声が上がってこない。


 「この美少年大工戦士ハヤトにまかせてもらおうか!!」


 一瞬、沈黙の時が流れる。


 「じゃあ、まあお試し的な意味でお願いしようかな。ただし、あんま金がかかるのは駄目だぞ。本当にうち金とか無いから」


 エイリークは俺のセリフを完璧に無視してきた。

 だが、俺とてここで退くつもりなど毛頭ない。


 「では!!美しい少年でありながら!!ヌンチャク使いでもあり!!大工仕事もこなす俺が責任を持ってこの家を改装してやろう!!」


 次にエイリークの妻マルグリットの一言が俺にトドメを刺した!!


 「はいはい。頑張ってねー。アタシら今日から居間で寝るからー」


 エイリークとマルグリットの夫婦にぞんざいに扱われた俺は失意の中、お茶のおかわりを用意する。

 その後、俺はエイリーク一家を客間に案内した。

 それまで物置として使われた場所がクローゼットと机とベッドの置かれた人間が寝泊まりできるような空間に変わっていたことにエイリークたちは驚いていた。

 隅から隅まで磨かれた室内は研磨された宝石のような輝きを放ち、神々しさのあまり目を覆ってしまったほどである。

 

 エイリークたちは靴を脱いでカーペットに上がっていた。


 速人は感激するエイリークたちの姿を見届けた後、音もなく部屋の扉を閉める。

 キッチンに向かう速人の側には尊敬の眼差しを向ける雪近とディーの姿があった。


 「次は夕食の準備をするぞ。テーブルに皿を並べてくれ」


 雪近とディーは頭を縦に振る。俺という人間の有用性を理解した為か、その場を去り行く二人の横顔からは畏敬の念が感じられる。

 そして俺はキッチンに、雪近とディーはディナールームに向かった。


 その後、エイリークたちは俺の用意した至上の美味に酔いしれ、惜しみない称賛を贈る。


 俺はその全てが当然のものと思いつつ、まんざらでもない気分に浸っていた。


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