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プロローグ 3 いつも心にヌンチャクを

 俺が飛びかかるよりも先に赤い巨人の足にくっついていた円盤のようなものが回転しながら猛スピードで飛んできた。戦輪チャクラム系の武器か。

 俺は飛来する武器がある程度の誘導することを見越した上で左に飛んで回避しようとした。

 案の定、一旦は地面に刺さった円盤状の武器は再度俺めがけて突進してきた。

 俺は背丈ほどもある円盤をヌンチャクで振り払った。だが円盤の数は合計六枚。とてもではないがヌンチャク一本でどうにかなる数ではない。

 しかし、それはヌンチャクのバージョンが1,42までの話だ。バージョン1,5以降のヌンチャクは一本ではない。


 「だが!!今の俺のヌンチャクは2本ある。そしてこの2本のヌンチャクを同時に振り回すことで俺のヌンチャクはさらに進化するのだ!」


 俺の心の中でコードネーム「紅の虎」という格ゲーのキャラが「覚悟はよかね?」と叫んだ。

 さあ、ここからが俺の反撃タイムだ。

 最後までボタンを連打するとヌンチャクがキンタマに当って大惨事にになることを忘れてはいけない。

 俺は無我夢中で両手に構えた2本のヌンチャクを疾風怒涛の勢いで振り回す。その奥義の名はすなわち!!!


 「汗血馬激闘乱舞ほのおのたねうまッッ!!!!」


 太古の中国において「一日に千里走る」という伝説を残した名馬の中の名馬、赤兎馬が関帝を乗せて荒涼とした戦場を駆け抜けるかの如く(結局蜀に戻ることは出来なかったが)俺は両手に持ったヌンチャクを振り回した。

 対して殺人円盤はへりから刃を出して高速回転しながら俺に襲いかかる。

 魂を宿したヌンチャクとただの機械円盤の衝突。結果は火を見るよりも明らかだった。

 炎の闘気を纏う俺のヌンチャクは怪円盤を全て叩き落とし、その攻撃を封殺する。

 所詮、円盤チャクラムシューターの迎撃など俺にとっては通過点に過ぎない。

 あくまで俺のファイナルステージはあの烈海王みたいな神様を倒すことだけだ。


 本来なら俺のヌンチャクテクに感動した敵が弟子入りを申し込んでくる場面のはずだが、今度は俺の目の前に降りて来た。

 巨体が着陸した後に地面を大きく揺さぶる。だが震動ごときに脅かされる俺ではない。逆に正面から堂々と睨みつけてやった。


 「その見覚えのある妙な棒。双節棍という武器か」


 何と相手はヌンチャクのことを知っていた。もしかするとこいつは善人なのか?


 「ちなみに両節棍と書いて福建語でヌンチャクンと呼ぶ。どうだ勉強になっただろう?」


 フンッ、と不快さを隠そうともしない赤い巨人。おやおやずいぶんと鼻息の荒いことで。身をよじり拳を握った後に赤い巨人は俺に向かって拳を打ち下ろしてきた。

 そんなオーバーアクションに当たってやるヌンチャク使いなどこの世に存在すると思うなよ。

 俺は拳固ゲンコが落ちてくる場所を見極めて、手首に向かってヌンチャクを振り下ろす。

 装甲の間にある可動部分ならば無傷では済むまい。

 ヌンチャクの一撃を受けたことによりヤツは拳の形を解き、手を引っ込める。

 まずいな。反撃には成功したが期待した程ではない。かなり本気で打ったはずなのに。

 誤算の動揺から俺はわずかに後退する。

 ヌンチャクを肩に担ぐような形から地面に向かって流すような構えに変更する。

 攻守のバランスが良い「藪の中の虎」の構えから、攻撃に特化した「風にそとぐ柳」の構えに変えたのだ。


 「褒めてやるぞ、クソガキ。生身で機神鎧きしんがいに対抗することが出来るとは驚いた。ここは一つ、念入りに殺してやろう」


 赤い巨人の頭部に異変が生じた。赤いサーメットの顔の部分が独りでに展開したのだ。仮面の奥から現れたのは傷だらけの人形の顔だった。


 「機神鎧きしんがいは面をあらわにすることにより神名と神格を取り戻す。さあ、タイタニカの守護者 機神鎧アレスよ。目の前のネズミを捻り潰すぞ!!」


 アレスの全身を包む赤い鎧のいたるところに黄金の紋章が浮き上がる。そして装甲部分に亀裂が走り、内側からトゲのようなものが突き出てきた。トゲはガラスのような否もう少し荒い感じの造り水晶のような形状をしていた。そして、トゲは宿主であるアレスの激情に呼応するかのように炎を放った。


 あれ?ひょっとしてバ○ージ、怒ってる?


 「死ね」


 相変わらずの大振りだが、前回のようには回避することが出来ない。炎の熱量とパンチの威力自体が段違いなほどに強化されているのだ。

 本命の拳は回避することは可能だろうが爆炎の余波までは無理だろう。

 俺は咄嗟の判断で二本のヌンチャクを旋回させる。このままヌンチャクで起こした風でオレンジ色の炎と熱波を押し返せないものか。

 常識的に考えて絶対に不可能な手段だが巨大ロボットが出てくるような出鱈目な世界観なのだから頑張れば爆炎の一つや二つ。そこまで考えて洒落にならないような熱がすぐそこまで来ていることに気がつく。俺は背後に向かって猛ダッシュした。


 助けて、マスターア○ア!!!


 次の瞬間、いきなり横から腕を引っ張られた。この力強さからして相手は男だろう。


 「さっきから黙って見ていれば何で逃げねえんだよ、お前。そんな玩具を回してどうにかしようとか。一体どういう馬鹿なんだ」


 俺を連れだしたのは着物姿の男だった。

 この話はてっきり欧州の中世暗黒時代をモチーフにしたものだとばかり思っていたが空を飛ぶ巨大ロボが登場したあたりから設定がブレてきたのだろうか。


 「俺の魂を預けた相棒を玩具おもちゃ呼ばわりするとはいい度胸だな」


 「こんな実用性の欠片もないような得物は武器とは呼べねえよ。俺の名前はそう雪近ゆきちか、江戸の人間だ。小僧、お前の名前は?」


 宗雪近と名乗った男は片手で何かの印を結び、何かを呼び出そうとしていた。

 わずかな間だがスタンの仕事を手伝っていたのでこの世界には魔法が存在することは知っている。 しかし、これは俺の知っている範囲での魔法のそれと気配が違っていた。

 言葉ではうまく説明することが出来ないが魔法よりももっと根源的というか原始的な力の波動のようなものを感じたのだ。

 元来、魔法とはこの世界では技術であり文明の賜物なのである。


 「拙者の名前は不破ふわ速人はやと。蝦夷地は石狩の者でござる」


 身につけている上等ではない着物や東京を江戸と呼ぶことから昔の人間であることを察し、俺はやや芝居がかった口調で答えてみた。しかし、当の雪近は要領を得ないといった風な顔をしている。


 「あー、速人だっけか。蝦夷地ってどこよ?」


 雪近は同郷の人間と思われる少年の口から聞いたことのない土地の名前を聞いて思わず首を捻ってしまった。

 いや待てよ。蝦夷という地名は寺の坊主や父親の上役から聞いた記憶がある。


 俺は雪近の神妙な様子を見て助け舟を出すことにした。


 「陸奥のさらに北の海を越えた場所にある土地だよ」


 陸奥。聞いたことがある、はずの地名だ。そもそもこの妙な国に来るまで父親の使いで出た下野より先に脚を伸ばした事は無かった。

 

 昔の日本において下級の武士でも国境くにざかいを行き来することは出来なかったのである。


 「悪い。下野(茨城県あたり)より北の方は知らない」


 「別にいいよ。それよりこれはどうなっているんだ?」


 ちなみに今、俺たちは光に包まれたトンネルを走っている。正確には光っているつる草みたいなものによって作られた道だった。俺は炎に包まれているはずの周囲を指さした。

 例によって赤いのが火のついた腕でそこらを殴っているが、こちらの方には何の変化も見られないのだ。


 「これか?妖精の抜け道っていうまじない、だって聞いてる。妖精の輪をくぐり抜けてこっちに来たヤツはこういう妙な呪いを”おべいろん”ってじいさんからもらってくるんだってさ。ちなみに一日につき指の数だけしか使えないから効果にはあまり期待するなよ?」


 オベイロンの名前は俺もスタンから聞いていた。

 エルフが始祖の父と呼んでいる古の妖精の王だ。

 だが、気になったのはそこではない。この妖精の抜け道という能力の効果が持続しない、という部分だった。心配になって様子を見ると雪近はすでに左手の薬指まで折っていたのだ。


 残り指一本でこのスロー展開なのかよ!?


 「やべ。森が途切れた」


 ついに森の外まで出てしまった。

 空を見上げるとそこには機神鎧アレスの姿があった。

 いつの間にか背中から炎で作られた翼を出している。そしてアレスは逃走した俺たちの姿を見つけて逆上している様子だった。


 「悪い、速人。この呪いは森の中、限定なんだわ。こういう時に聞くのもアレだけどよ、お前も何か”妖精の贈り物”とかもらってないのか?」


 じわじわとこちらに迫るアレスを背にした雪近の顔は色彩に例えるならブルーの入ったグレー、絶望一色に染まっていた。

 俺は苦笑する。ここまで来て他力などに頼ってたまるものか。

 俺は焼け焦げたヌンチャクを構えて、不敵に笑ってやった。


 「異能の有無を応えるならば無と答える他はない。俺にはヌンチャクがある。そして、今は雪近、お前が傍らにいる。俺たちが力を合わせればきっとあの真っ赤っか野郎だって一矢報いることができるはずだ!」


 雪近は俺の言葉を聞いて両手で口を押えながら絶句していた。

 差し詰め「とんでもない馬鹿に関わってしまった」と後悔しているのだろう。

 だが、時すでに遅し。

 紅蓮の翼をはためかせ機神鎧アレスは俺たちを決して逃さぬように周囲を炎で覆ってから目の前に現れた。


 「相変わらず逃げることだけは一人前だな、キチカ」


 アレスの声を聞いた雪近の表情が変わった。


 「その声はお前、まさかディーか!?待て待て。お前何でアレスなんかに乗っているんだよ!?」


 「卑しい新人ニューマンごときがヴィザールの後裔たる俺の名を鳴れ慣れしく呼ぶな!!」


 アレスから台詞の後半が苦しそうな声が聞こえる。

 アレスの手の甲が割れて真紅の鉤爪が姿を現した。おそらく爪の先端がわずかに触れただけで融解しそうな温度だろう。

 赤い機神鎧はそのまま雪近めがけて鉤爪を振り下ろす。

 しかし、当の雪近は現実を受け入れられず立ったままになっていた。


 「紅龍雲霞脚ぎゃくてんひっしょうきゃくッッ!!!」


 俺はボロボロになったヌンチャクを限界以上に回転させてから雪近の方に向かって投げる。そして、ダッシュした後に空中で旋回中のヌンチャクに飛び乗った。

 俺は即席の足場を飛び越えて雪近の襟首を掴んでその場から飛び去った。

 棒立ちのまま雪近を救うためとはいえ俺は秘中の秘である奥義を使ってしまったのだ。

 足場になってくれたヌンチャクはアレスの炎の爪を受けて消滅した。


 今度という今度こそ次は無い。


 「悪い。あれに乗ってる奴は俺がこっちに来てから初めて出来た友達で、ディーは本当はこんなことをする奴じゃないんだ」


 炎によってさらに赤く彩られるアレスを見ながら雪近は友人の変貌に落胆し、力無く崩れる。


 「お前本当にすごいな。こんな玩具でアレスをやり過ごしちまうなんてな」


 俺はヌンチャクを玩具呼ばわりした男の頭に拳骨を振り下ろした。わりと本気で。


 「痛ッ!!!」


 雪近はその場にしゃがみ込んで頭を押さえている。古武道では鉄菱、空手では中高一本拳という形に作った拳で殴ったから痛いのは当然だろう。

 その気になれば頭蓋の縫合を外すことも可能だ。頭骨と頭蓋を外されると一時的に虚脱状態になってしまうので即ガードとか出来なくなる。


 「ヌンチャクを馬鹿にする者には死の制裁を下さん」


 「すいませんでした」


 雪近から謝罪を引き出したのも束の間、向こうの森に続く道を塞ぐように赤い鎧の巨人が現れた。

 

 俺は残ったヌンチャクを構える。とうとう戦う覚悟を決めたのか、雪近も懐から十手を出している。


 「良いことを教えてやろう。追い詰められたネズミはヌンチャクを手に取り、やがて猫をも倒す」


 「そのネズ公、すげえな!」


 「馬鹿め、貴様の相手は猫では無い。この世で最も無慈悲な神だッ!!」


 アレスは再び鉤爪を振り下ろしてきた。地獄の炎もかくやと思われる熱気を浴びながら俺はかつてない逆境を打破すべく闘志をむき出しにする。


 我、百度死に挑みてただの一度も死を恐れず。


 本当におそろしいことは俺が死ぬことではない。俺が生きている間に俺の本懐が果たされずして、俺の一生が終わってしまうことだ。


 なあに死ぬ気になればアレスの鎧に傷の一つくらいはつけてやるさ。


 俺はヌンチャクを握りしめてアレスに襲いかかった。


 「ついに見つけたな。お前だけの心のヌンチャクを」


 聞き覚えのある太い声。風に靡く三つ編み。口元には微笑を見せる。窮地に立たされた俺の前に現れたのはかつてこの世界に俺を導いた烈○王によく似た男だった。 

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