第二話 掃除 その1
次回は11月10日くらいに投稿します。
翌日の朝。
エイリークの家の一階の掃除はほぼ終了していた。
といっても都合上、改装しなければならない場所があったので完全とはいえない。
エイリークたちの話から察するに築50年くらいの建物だから仕方ないのかもしれないが。
俺は四時間ほど睡眠を経て朝食の支度を始めていた。
そもそも出来る男に無駄な時間はないのだ。世の中には月に一、二回しか休日がないからといって自殺するような軟弱者もいる。しかし、そんな人間は最初から生きる資格を持っていないので当然の帰結であると俺は確信している。生とは苛烈にして雄渾たるべい、なのだ。( ← 超精神論主義者ゆえの発言です。参考にしてはいけません )
俺は昨日、ソリトンの家にお邪魔した際にもらったでかい白菜っぽい野菜( ※女神の白菜という名前らしい)を調理していた。
パンの仕込みはすでに終了している。
作業は並行して円滑に進行すべし。
まずは白菜の葉っぱを一枚ずつ剥いで、沸騰した鍋の中に入れていく。
日本の白菜と違い、海外の白菜は基本的に茹でなければ食べられないものが多い。
白菜を茹でている間に俺は昨日肉屋からタダで譲ってもらったこま切れ肉を包丁で叩く。叩く。ペースト状になるまで叩く。
ミートマッシャーがあるので、それを使ってひき肉を作ることも可能だが肉に臭みが残るので使わない。 十分に叩いて伸ばした肉をボウルに放り込み、細かく刻んだ香草とキノコと一緒に混ぜる。
タケノコがあったらベターだが、ナインスリーブスに来てからはまだ見たことがない。
肉だねを練った後に、軽く茹でた白菜をザルにあける。
そして白菜のあら熱が取れるまでスープを作ることに没頭。白菜ロールの味つけはトマト味なので、スープの味は被らないようにミルクをベースにした味つけにするつもりだった。
アサリがあればクラムチャウダーを作りたいところだが、この世界のアサリはでかくて大味なものばかりなので使うことができない。
かくしてベーコンとうずら葱(※玉ねぎっぽいやつ)のミルクスープが完成した。
出汁は手羽からとったチキンスープ。
塩を軽く降って、味見をする。
ミルクのまろみのある味と主張しすぎないチキンスープの味と香気が食欲を刺激する。
朝食とはこういうものだ。
俺はニヤリと笑いながら粗熱が取れてしなっとした白菜で肉だねを包む。
(…待ってろよ、肉食人類。俺がお前を野菜大好き人間に改造してやるからな)
数分後。俺は香草とキノコ、そして練ったひき肉で作った肉だねを茹でた白菜で包んだ白菜ロールを十六個くらい作った。
多い時で一日餃子400くらいは包むことが出来る俺にとっては朝飯前の作業だった。
ちなみに一人につき三個、予備として一個ずつ余分に作ったという計算になる。
もっとも俺の作った極旨の白菜ロールだ。
おかわりしないやつなどいるわけがない。
俺は大きな鍋の底に規則正しく白菜ロールを並べた後に、別の鍋で作っていたチキンスープをベースにしたトマトスープを注い行く。
この家には落し蓋などという気の利いた道具はないことがわかっていたので、布で代用品を作っておいた。俺は鍋の火を弱めながら白菜ロールの完成を待った。
客間の方から雪近の野太い声が聞こえてきた。
「おはよう。しばらくぶりによく寝たような気がするぜ。ところでディー、体の調子はどうだ?」
声と同時に何かしら動いているような音も聞こえる。律義に布団をたたんでいるのだろう。続いてディーの甘ったるい常時寝ぼけているような声も聞こえてきた。
「おはよう、キチカ。まだ少し頭が痛いかな。でもかなり楽になったよ」
ディーの方はベッドから半身を起こす程度だろう。いくら半病人とはいえ寝たきりのまま食事をするのは健康に良くない。一度、朝食を食わせて十分に休憩をとらせてから眠ってもらおう。俺はスープが沸騰する前に鍋を火から上げた。
ガスコンロも便利だが、微妙な火加減の調整はオーブンの方が優秀だ。もっとも作業に熟練度とセンスが要求されるが。
俺は気を利かせて、自分から雪近とディーのいる客間に赴くことにした。
なるべく鼻クソどもが俺の存在に気がつけるように足音を立てながら廊下を歩く。
特殊な訓練を受けて育った俺は普段から足音を消してしまう悪癖があるのだ。
コンコン。俺は閉じられた扉を軽くノックする。
「雪近。ディー。朝メシを作ったんだが、食べるか?」
雪近とディーはがやがやと部屋の中で相談している。「マジかよ!」とか「朝ご飯食べれるかな?」みたいな声が聞こえてくる。
二人の緊張感の無さに俺は「お前らは修学旅行に来た男子学生かよ!!」と突っ込んでやりたい気分になった。
「わかった。すぐ行く。デイー、お前はどうする?」
「キチカが行くなら、僕も行こうかな。お腹空いているし」
会話が終了した後に扉が開き、二人の男が出て来た。雪近はさっぱりとした顔つきをしていたが、ディーは大きな欠伸をしていた。
昨日は気がつかなかったがディーの方が雪近よりも背が高い。
生意気な。
実際ディーはかなり整った容姿の持ち主だが、どこか抜けたような風采から「独活の大木」という言葉がぴったりの男だった。
基本、この世界ナインスリーブスの住人は醜悪と揶揄される新人族ですらハリウッド映画に出てきそうな美男美女ぞろいである。
数ある古代種の中でも最上位種と呼ばれる巨人族、ハイエルフ族、ドワーフ族は輝いて見えるほどの美しい容姿の持ち主だった。
俺が珍獣呼ばわりされても仕方ないかもしれない。まあ面と向かって言われたら中身のはみ出たアンパンマンみたいな顔にしてやるつもりだが。
俺は二人を連れて居間に向かった。
屋根裏にあった大きな板と使用していない家具を使って食事用のテーブルを作っておいたのだ。
テーブルの上にはすでにスープの鍋やロール白菜の入った鍋が乗せられている。食器はエイリークの家族のものを勝手に使うわけにはいかなかったので、食器棚の奥にあった来客用の皿を使わせてもらった。
一昨日と昨日は即興で作ったパンばかり出していたので今日はフランスパンを焼いた。
一口サイズに斜め切りにしてカゴの中に入れてある。
そのうち何枚かはガーリックトーストにしておいた。
俺の作り上げた食卓には最低でも四品目は食べ物が並ぶのだ。
俺の用意した食事を見たディーと雪近の様子は違っていた。
「あのー、速人さん。俺もこのパンだっけ、その…焼いた餅みたいのを食べないと駄目なのか?」
雪近は憮然とした表情でテーブルの上に広がる朝食を見ていた。
まあ俺と同じ日本人といっても江戸時代の人間だ。陶然洋食は慣れていないだろうし、正月でもないのに朝から贅沢な食べ物を食べることに抵抗を感じているのは仕方ないことだろう。
嫌と言っても食わせるつもりだが。
一方、ディーは手を叩いて喜んでいる。
「すごいよ、速人!!朝から御馳走だね!!僕、こんな豪勢な朝ご飯なんて生まれて初めてだよ!!」
子供のようにはしゃぐディーの姿を見た俺は秘蔵のジャムの入ったビンを出す。ちなみにビンといってもガラスじゃなくて陶器製のものだ。
「ブルーベリーのジャムもあるぜ?」
俺はビンの蓋を開ける。中には藍色に輝くブルーベリージャムが入っていた。
「うわあ!!感激だよー!!」
「うわあ…って海苔の佃煮か?いや匂いが違うな」
見慣れない食べ物に戸惑う雪近をよそにディーはフランスパンにたっぷりのブルーベリージャムを乗せてかぶりついた。
やれやれ、子供かよ。
俺は湯気を立てる白菜ロールと野菜の入ったミルクスープを二人に用意してやることにした。
俺たちが和気あいあいと食事を楽しんでいるとエイリークが大きな足音を立てながら現れた。
エイリークは部屋に入って来るなり俺を睨む。
俺はエイリークを故意に起こさなかったわけではない。
一応、起こしに行ったが起きなかっただけの話だ。
「このクソチビ。また朝から野菜のフルコースかよ。いいか俺はな、朝から野菜を食うと大幅にパワーダウンするんだよ」
エイリークはディート雪近の反対側に座る。
ガキかよ。
俺はすぐにエイリークの分の白菜ロールとスープを用意した。
どうせ後でぐだぐだと文句を言うに決まっているのでパンも大きなものを用意しておいた。
エイリークはスープを啜った後、豪快にフランスパンにかぶりつく。俺は何とも良い食べっぷりだなと素直に関心する。
「白菜は要らん。中身だけ食ってやるぜ」
ピキィッ!!俺の眉間に太い血管が浮いた。
エイリークはぞんざいに俺の芸術作品をフォークの先端で何度かつつく。
そして、俺はフォークで白菜ロールの包みを解き中身だけを食べようとしたエイリークに稲妻のようなコンビネーションブローを当てながら全部食べさせた。
食後、ヤツの口のまわりが赤いのは何もトマトソースを口にしたからではない。
やがてエイリークは白菜ロールにトマトソースを絡めながら食べるようになっていた。
口の中でよく噛んでから飲み込む。
最初は違和感を感じていたようだが、もう三個目の白菜ロールを食べるころには喜ぶようになっていた。
こうして俺たちはいくつかのアクシデントがあったものの無事に朝食を終えることが出来た。
朝食の後、エイリークは町の宿にいる家族を迎えに行くと言って出て行った。
俺はエイリークに、雪近とディーと俺の三人で家の掃除の残りをやっておくので家族と合流した後は衣類や必要になりそうな日用雑貨を買った方がいいと進言する。
正直な話、昨日全員で掃除をした時にエイリーク一家は邪魔だと判断したからである。
「それもそうか。じゃ、まかせたぜ」
エイリークは少し考える素振りを見せた後、家を出て行った。その後、俺は雪近とディーに庭の草むしりや玄関や外の通路の掃き掃除をやらせて二階と屋根裏の掃除に取りかかることにした。
エイリークの実家は周囲の家と比べても大きな家で中庭などは分担して掃除しなければ無駄に時間を費やすことになるだろう。
その後、俺はさらに作業のスピードを上げて二階に放置されたままになっている木箱や衣装棚の中身などを屋敷の外に運び出し、モップがけと拭き掃除を終わらせる。
結局一通りの作業が終わるまで晩までかかってしまった。ナインスリーブスに来てからこのサイズの邸宅を掃除する機会はほとんどなくなってしまったことが原因だろうか。
俺は自分の掃除スキルが衰えていることに気づかざるを得ない。
そんな失意の中、俺は雪近とディーのいる中庭にまでふらりと歩いて行く。
俺はゴミどものあまりに雑な仕事を目の当たりにして唖然とした。
庭の芝生にはまばらに丈の高い雑草が残り、石畳にはいくつも石ころが見える.塵や枯葉などもたくさん残っている。
奴等の仕事ぶりとえいば、「雑魚が二人そろったところで何が出来る?」という死亡フラグの立った悪党のセリフを肯定するような「やらせなかった方が良かった」ような状況になっていた。
しかし、慣れない仕事をやらせた為に雪近とディーは疲れ切っている。
ここでこのゴミクズどもを怒鳴るだけなら我儘大王にも出来るだろう。
寛容だ。東西新聞の大原社主が山岡士郎の無礼や富井副部長の粗相を許すように、俺にも寛容の精神を発揮しなければならない時がきたのだ。
たかだか半日庭掃除をしただけで憔悴しきった雪近が苦笑しながら俺に話しかけてきた。
しかも仕事を終えたいっぱしの男のような顔をしているから性質が悪いというものだ。
「俺たちの仕事を見ろよ、速人。俺たちだってやれば出来るんだぜ。へへっ」
「うんうん。僕たち、今回は頑張ったんだよ」
二人とも心底満足そうな顔で、内心は自己犠牲呪文発動1ターン前くらいになっている「ばくだん岩」みたいな精神状態の俺に仕事の成果を報告する。
なでなで。俺は無言で二人の頭を撫でてやることにした。
俺は二人のためにお湯を温め、風呂お準備を始める。ゴミクソ兄弟は互いの仕事を褒め称えながら顔や手についた泥を落としていた。
つくづく使えないゴミクソというものは傷を舐め合うことが好きなようだ。
二人を風呂に入れた後、俺は夕食の準備を始める。
明日からは本格的なゴミ出しや、家屋の破損個所の修繕をしなければならないので今日はもう休んでもらうことにした。
俺たちも本宅ではなく庭にある物置で暮らさなくてはならない。
職場が変わり微妙な立場になってしまったエイリークの評判を落とさない為の対策でもある。
きっとエイリークに相談すればおそらくは「気にするな」と言うだけなので、今夜あたりに今後の予定こみで雪近とディーに打ち明けるつもりだった。
やがて空が夕暮れから夜の暗がりに変わった頃門あたりから賑やかな声が聞こえてきた。エイリークたちが帰って来たのだ。




