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プロローグ 36 これでいいのだ!(後編)

次回は11月04日に投稿します。

 「ダールのおっちゃん!実はな、俺…」


 ダールは振り返り、毅然とした態度でエイリークに諫言する。


 「エイリーク。以前私は君に伝えたはずだ。個人の武勇はひけらかすものではないということを。私の愛弟子である君たちならばこれくらいのことをしても当然のことかもしれないが、子供たちを連れて戦うということは危険なことだとは考えなかったのかね?」


 「お待ちください、ダールトン殿。若輩のエイリークらはかの暴威を放置すれば故郷にまで及ぶと考えてのことでしょう。血気盛んなのは若さゆえのこと。加えてエイリークは仁義の男マルティネスの息子なのです。たまには御身の愛弟子をよくぞやったと褒めてやるべきではありませんか?」


 レナードはダールに蛮勇を示したことに対して諫言するのではなく、故郷に迫る脅威に対して迅速な対応を計ったことを褒めてやれと注意した。何よりも主従関係に重きを置くレナードにしては珍しい態度である。そもそもレナードはダールよりも年上であり、さらにダールの親友マルティネスの名前まで出されては何も言えなくなってしまった。レナードは片目を閉じてエイリークたちに笑いかける。


 ここは私に任せておけ、とでも言っているつもりなのだろう。さらなる窮地に立たされたエイリークたちを、速人は底意地の悪そうな笑顔を浮かべながら見守っていた。

 かくして速人を先頭にダールとボルク隊のメンバーは現場に向かった。速人は開封された荷物の前に立って、得意気に武勇伝などを披露する。レナードたちは呆れたような顔をして聞いていたが、ダールだけは大喰らいの死体の切断面などをしっかりと見ていた。そして老人たちの前でパンチを打つふりをしている速人を見る。まさか、な。ダールはいくつかの考えをまとめながら家臣たちのもとに戻った。


 「レナード、君も実際に見てみるといいぞ。魔獣のサイズに関しては完全な想定外だ。詳しい調査をすれば魔獣による被害はかなりのものとなっているはずだ」


 「ええ。その点に関しては私も同感です。まさか坊ちゃんのメタトロンを使わなければ運ぶことが出来ないほどの大きさとは思いませんでしたよ」


 メタトロンとはダグザの使い魔の名前である。ダールの発言に従ってレナードたちは大喰らいの死体を見て回っていた。その間、ダールはダグザたちを呼んで大喰らいの死体をどうするかについて提案を持ちかけた。


 「ダグザ。私からの提案だが、この大喰らいの死体は我がルギオン家の研究機関に預けるのはどうだろうか。何せあのサイズだ。調査隊の研究所くらいでは扱い切れるものではないぞ」


 早速来たか。


 ダグザは知らぬうちに身構えてしまう。父ダールにダグザの功績を横取りしようとかそういった意図はない。しかし、ダグザとて研究者として世間に認められたいという気持ちもある。はっきり言ってしまえば、この件に関してはダールには口出しして欲しくはない。


 その時,ダグザの背後にいた速人がダールに向かって言った。


 「何言ってんだよ!これは俺がダグザにあげたんだからダグザのものに決まってるだろ!人の物を勝手に持って行ったらドロボーっていうんだぞ!」


 速人としてはダグザに助け舟を出したつもりだったが、かなり危険な賭けだった。ダールは額に浮かんだ血管をひくつかせながら腕を組んでいる。顔色に変化の兆しは無かったが雷が落ちる寸前である。


 「勘違いをしないでくれたまえ、少年。別に私は息子から研究成果を取り上げようとしているわけではないのだ。ただ子供の君に理解できるかどうかは甚だ疑問だが、大型の魔獣を解剖、研究する為には大きな施設と人数が必要となる。残念ながらダグザの所属する組織では両方とも欠けていると言わざるを得ないのが現状だ。しかるに我がルギオン家の、いやダグザにとって実家なわけだが研究機関ならば研究に必要なものを全て用意できるのだ。大人の世界はとても忙しいことだらけだ。一つの出来事に時間をかけているわけにはいかない。故に効率面から考えても私の案の方が順当であると思うのだが、どうだろうか?」


 「じゃあさ、そこの一番偉い人をダグザにしてやれよ!じゃないと俺絶対嫌だからな!」


 速人はあくまで所有者はダグザと一歩も譲らぬと言って聞かない。


 「うぬう」とダールは唸った。


 火花を散らすダールと速人の姿をエイリークたちは固唾を飲んで見守る。ダールは速人の子供という立場を弁えぬ言い分に腹を立てる一方で立派な大人として成長しているはずのダグザたちを子供あつかいしている自分の過失にも反省をしていた。


 「ダグザ。ルギオン家の家長として尋ねる。大喰らい及び第十六都市周辺に出没する魔物の生態調査を、お前に任せても問題はないか?」


 ダールの言葉にダグザは戸惑ってしまった。ダールは他人に言われて考え方を変えるような人間ではない。変心のきっかけが速人の言動だったにせよ研究者として勇躍する第一歩を踏み出す機会は今をおいて他にはない。ダグザは試練も止む無しと覚悟を決めて答えた。


 「はいっ!必ずやご期待に添えるよう誠心誠意、研究活動に取り組んでいきたいと思います!」


 ダールの隣で速人はニッコリと笑っていた。親子の騒動が無事に収まり、周囲もまた安堵に胸を撫でおろす。


 「後日、私の事務所の方に来なさい。そこで今後の予定と予算について話し合いをしよう。第三者を交えての会合になるので服装等にはくれぐれも気をつけるようにしたまえ。そして、少年。君の名前は何といったかな?」


 シュババッ!!


 速人はその場で宙返りを決めた後に姿勢を低くしてキャッチ・アズ・キャッチ、通称ランカシャースタイルの構えに移行する!!


 「全日本美少年チャンピオン、不破速人!!」


 あまりにも図々しい宣言にその場の全員がイラッとした。


 「フンッ!君程度に美少年チャンピオンが務まるというならウチのダグザには永世王者が務まりそうだな!と話が逸れてしまったが、これで君の要望に応えたつもりだ。感謝したまえ。そして、ここからが重要だ。私を泥棒呼ばわりしたことを取り消し、謝罪してもらおうか。私は生まれてこの方盗みを働こうと思ったことなど一度も無いのだからな」


 ダールは腕を組んで不快を顕わにしている。速人はその場で正座をして両手と頭を地面につけた。それはそれは見事な土下座だった。


 「大変もうしわけありませんでした。以後気をつけます」


 「わかればよろしい。もう十分だ。立ち上がり給え」


 速人はすくっと立ち上がった。そしてまたダールに向かって一礼する。


 「ところでダールのおっちゃん、俺の話なんだけどよ。俺やっぱり調査隊に戻ることに決めたわ。議員への立候補も止める。ゴメンッ!!」


 エイリークは深々と頭を下げた。金色の長髪が勢いのあまり風になびく。ダールはしばらくエイリークを真正面から見据え、沈黙を守り続けた。


 「エイリーク、君は自分の言葉の意味を理解しているのか?」


 エイリークとて自分の言葉の持つ意味を十分に理解しているつもりだった。もしもエイリークが防衛軍の内部でそれなりの地位を得ることになれば融合種に対する待遇格差をある程度緩和することが可能となる。だがそれは同時に今回起こったような魔獣による被害に目を瞑らなければならなくなるのだ。将来的なものを考えれば防衛軍に身を置くことの方が正しいのかもしれないが、大喰らいのような魔獣が現れた時にはすぐに対処することは難しい。そしてエイリークには目の前で苦しむ人間を見捨てることなど出来ようはずもない。故にそれが例え皆の期待に背くことになろうとも決断せねばならなかった。


 「俺だってもうガキじゃない。自分の言っていることくらいはわかってるさ。けど、俺には今すぐに助けを待っている人を見捨てることは出来ない。今ここでダールのおっちゃんやソルたちに見捨てられても文句は言えないと思ってる。だからこの通りだ。だけどこれがマルティネスの息子のエイリークが選んだ道なんだ。本当にごめんっ!!」


 そう言った後にエイリークはもう一度、地面に額をつける。ダールは憮然とした表情でエイリークを見下ろす。エイリークの頭を下げる姿は人を信じたが故に命を失うことになったダールの親友マルティネスの姿と重なった。ダールは知らずのうちに奥歯を噛み締めていた。


 (幼稚な理屈。子供のような言いわけ。しかし信じた者の為に命を懸けることを厭わない。たしかにお前はマルティネスの息子だ。エイリーク)


 ダールの抱いていた懸念は見事に的中する。エイリークに戦う術を持たぬ人々を見捨てることなどできようはずもない。それを一番よく知っているのは幼い頃からエイリークを知るダール自身なのだ。エイリークがダールに直接打ち明けて来たことから察するに相当の決意があってのことだろう。


 ダールは今日何度目かの盛大なため息を吐いた。


 余談だが、今日最初のダールのため息の原因は気分がすぐれないダグザの妻を見て慌てふためいた時に自分の奥さんから「心配なら自分でダグザのことを探しに行け。後うるさいから出ていけ」言われた時である。


 「そこまでの覚悟があるというならば、私からはもう何も言うことはない。マールの息子として恥じぬよう振る舞うといい。私が出来ることはせいぜい君の助けとなり、たまに諫言するくらいだ。もう頭を上げたまえ。子供の手前、都合が良くないだろうに。子供という生き物は常に親の背中を見ているのだ」


 言われてすぐにエイリークは立ち上がり、家族の姿を見る。

 マルグリットは穏やかな顔でエイリークを見ていた。

 レミーは少しだけ恥ずかしそうに、アインは驚いた表情でエイリークを見ている。

 まだまだ自分は一人の人間として、また父親として学ぶべきことがたくさんあるということを思い知らされあ。

 気がつくとダールがエイリークに右手を差し出していた。

 エイリークはごく自然にダールの手を取り、握手を交わす。やや嫉妬の混じった視線を投げかけながら親友のダグザが拍手をした。

 続いて幼い頃から同じ時間を過ごしてきた友人たちやエイリークを支えてくれたボルク隊の隊員たちもダールとエイリークに向かって拍手を送る。

 その中には速人と雪近の姿もあった。そしてエイリークはダールに告げる。


 「俺馬鹿だから、これからも多分いろいろ迷惑かけると思うけどよろしく頼む。ダールのおっちゃん」


 「そう思うなら少しは成長したまえ。少なくとも君の父親マルティネスを越えるくらいに」


 ダールとエイリークは恥ずかしそうな顔をしながら握手を交わした。それから隊の先頭で二人は昔話をしながら第十六都市までの道のりを歩いて行った。何らかの収穫があったわけではない。ただ今は過去を振り返り、ともに過ごした時間を顧みる。


 そう今のエイリークたちは、これでいいのだ。と速人は人生を悟りきった老人のような顔しながら二人の姿を見守るのであった。


 速人が後ろを見ると、ダグザが杖を使って身体を支えながら普段よりも遅れた調子で歩いている。速人は引き返してダグザのすぐ近くまで歩いて行った。


 「あのなダグザさん。そんなに早くに歩けるようになるわけないだろ?悪いことは言わないからメタトロンだっけ、あれに乗った方が良いんじゃないのか?」


 ダグザは無言で首を横にふった。今ダグザの使い魔メタトロンはレナードによって上空から制御されている。何か都合の悪い事でもあるのだろうか。


 「レナードは私の妻の父親でね。義理の父親に格好の悪いとこを見せたくはないというわけさ。それにレナードに脚を痛めているところ見られたら父に何と言われるか…」


 何ともダグザらしい理由だったので、速人は時折転びそうになっているダグザを支えながら歩くことにした。しかし、ダグザの普段とは違った様子に気がついたダールたちが二人の前にやってきた。


 「ダグザ。私の見立てによれば君が怪我をしているように見えるのだが?」


 「ええと、これは…」


 ダグザが何かしら言う前に、ソリトンがありのままの出来事を伝える。


 「ダール。その怪我は昨日ダグ兄が靴擦れを起こしてしまったことが原因らしい。今ダグ兄が履いている靴はスウェンからの贈り物だそうだが、スウェンも耄碌してしまったらしいな。まあ、年齢が年齢だ。仕方ないだろう」


 ダールの顔にひびのような深い皺が現れた。そして、全身を震わせる。


 「おい、セイル。最近、親方が靴を作っているところなんか見たことがあるか?」


 「いや。ない」


 セイルとベンツェルがひそひそと話をしていた。その時、老人たちの会話を聞いたソリトン以外の人間はダグザの履いている靴を作った人間が誰なのかを理解した。


 ソリトンに悪意はない。ただ彼は思ったことをそのまま口にしてしまう性格なのだ。


 その後、調査隊の隊員たちは第十六都市に到着するまでダールの説教話を聞かされたことは言うまでもない。

 次回からは「第一章 たそがれの、琥珀色の夢」が始まります。第十六都市を舞台に帝国の初代皇帝の意思を受け継ぐ秘密結社の暗躍とヌンチャクボーイの大活劇がはじまります。ご期待ください。    

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