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プロローグ 35 これでいいのだ! 前編

次回は11月01日に投稿します。

 黒ずくめの男ダールはエイリークたちに大喰らいがもたらした大惨事について語り出した。


 「私がレナードから本件に関わる報告を受けたのはお前たち(エイリークの調査隊)が出発してから一日ほど時間が経過してからになる。実に嘆かわしき事態だ。レッド同盟は人口増加に伴う辺境開発に血道をあげて、マイナス要因が発生しているにも関わらず事を強引に推し進めたこともまた事態の悪化、拡大に繋がったとも言えよう。実際レナードのところに情報が来る頃には三、四の開発拠点と連絡が取れなくなっていたのだ」


 ダールは第十六都市が直接資産を失うことにはならなかったことについては触れなかった。他国の民といえど命の重さに軽重はないと考えるがゆえのことだった。


 何もかも食らい尽くす。大喰らいという魔獣の生態を考えれば考え難い話なのだがエイリークたちが接触した個体とは別のものという可能性もあったので、エイリークたちはダールの話を聞くことにした。


 しかしこの場において速人は自分が接触した個体とダールの周辺地域に被害を出した大喰らいが同一のものであることを確信していた。レッド同盟から派遣されてきたエルフの代官スタンロッドから大喰らいという生物は同種の個体が接触した場合には何よりも優先して共食いを始めるという特性について聞かされていたからだ。


 (スタンのくっそ長い話を聞いてやった甲斐があったものだ)


 速人は故人に心の中で感謝する。そして速人はダールの演説さながらの会話を聞き入っているセイルの腕を取った。


 「どうした、坊主。小便なら適当にその辺ですませてこい。これから若様の演説口調がヒートアップしていいところになるのだ」


 セイルは困ったような顔をしている。

 速人は強引にセイルの腕を何度か引いた。速人の膂力を持ってすれば強引に引っこ抜くことも可能だがあくまで非力な子供が大人の注意を引こうと懸命に努力している姿を演出しなければならない。


 「セイルさん!こっちにスゴイのがあるんだよ!ちょっと見てくれよ!」


 速人が必死でセイルをどこかに連れて行こうとする(※演出)がセイルはビクともしない。ついにダールが拳を握りしめ「立てよ、国民!!」みたいな話をしようとしていた。


 「セイル。いい加減、小僧の相手をしてやれ。このままでは若様の演説に集中できんからな」


 ベンツェルが渋面でセイルに文句を言った。セイルとて速人をどこかに連れ出して説教の一つでもしてやりたいところだが、先ほど落ち込んでいた時にお茶やお菓子をもらった恩がある。泣く子と地頭には勝てぬ、という言葉よろしくセイルは速人の話を聞くことにした。


 「仕方ない。用があるというなら、さっさと案内しろ。若様の独演会は夕方までぶっ通しで続くと思うが、次のインターバルまでには間に合うようにしてもらうからな」


 速人は飛び跳ねて、大げさに喜ぶ。セイルは速人の喜ぶ姿を見て最近すっかり疎遠になってしまった自分の孫のことを思い出し、思わず笑ってしまった。

 セイルの笑顔を見た速人は「早く早く」と腕を引いてダグザの使い魔のところにセイルを連れて行く。


 その頃、エイリークたちは「レッド同盟と帝国のパワーバランスの変化」についてダールから講義を受けていた。エイリークたちはこの時、自分たちの選択が間違っていたことに気がつく。しかし、ダールの講義は終わらない。


 「大喰らいがいくつもの村落を潰して回っているというのに、何故我々のもとに情報が遅れてくることになったか。それはレッド同盟の内部において領土拡大を主張する一派と、下手に領土を拡大して帝国や自治都市群を刺激したない派閥との力関係に変化が生じたからに他ならないのだ。だが結果としてどうなった?被害は収拾がつかないほどに拡大し、大喰らいはかつないほどの脅威になってしまったではないか。大喰らいという魔獣は他個体を捕食することにより様々な特性を獲得することは明白な事実だ。今回に限っては身を潜めつつ村を襲撃するという異例の事態が既に確認されている。魔獣が自ら考えて行動する、これがどれほど危険なことかはエイリークお前にも十分すぎるほどわかっているはずだ。レナード、そろそろ水を用意してくれ」


 レナードは腰に下げた水筒をダールに手渡した。ダールは水筒の蓋を開け、ぐっと飲み干す。


 老人たちの間から「お見事!」と歓声が上がる。ソリトンがエイリークに耳打ちをする。


 「しかし、ダールの話は長いな。無駄な話をしない分、性質たちが悪い」


 エイリークは首を横に振る。ダールの話については概ねソリトンと同じ意見だったが自分が調査隊の仕事を離れているうちに状況が悪化していることを思い知らされた気分になっていたのだ。少なくともエイリーキとマルグリットが勤務していた頃はレッド同盟の魔獣への対応もこうまで杜撰なものではなかったはずである。エイリークは自分が現場に残れば何か違う結果になったかもしれない、という思いを否定はできない。


 「なあ、ダールのおっちゃん。俺からも話があるんだけどちょっといいかな」


 一度口にすれば周囲からの失望や非難は免れないだろう。しかし、このままでは自分のやっていることに納得できない。エイリークは議員への立候補を取り下げ、元の職場に復帰する旨を恩師に伝えることにした。


 その頃、速人はセイルに自分の武勇伝について語っていた。セイルは速人の話を苦笑しながら聞いていたが、速人が荷物を縛っている紐を解き中身を表情が一転する。


 「このでっかいお化けはみんな俺がやっつけたんだ。エイリークにもほんのちょっとだけ手伝わせてやったんだけどなっ!まあ俺一人でも楽勝だったけどな!」


 「そうかそうか。速人が一人で倒してしまったのか。話はわかったからとりあえず若様のところに報告に行こう。後で、私がご褒美にお菓子を買ってやるからな?」


 速人は歯を見せてニカッと笑う。セイルは速人の頭を撫でながらダールのところに戻るように説得する。速人は「お菓子!お菓子!」とはしゃぎながら走って行ってしまった。セイルは笑いながら速人を追いかけた。


 「所詮はジジイよのう」


 「おーい!待ってくれー!」と喜色満面で背後から追いかけてくるセイルを見た速人は暗黒面を全開にした笑顔になっていた。


 「わか、(ドガッ!!速人の高速肘鉄が入る)ダールトン殿、ご報告があります。吉報です」


 丁度エイリークが一大決心をダールに伝えようとしている場面でセイルと速人が戻って来た。ダールは会話を中断されて不機嫌そうな顔をしたが、謹厳実直なセイルの人柄を知っている為かすぐに普段の表情に戻る。


 「セイル。まずは君の報告から聞こうか」


 「はい。実は例の魔獣の話なのですが、ダール殿の教え子たちが既に討伐してしまったようです」


 吉報か、と独り言ちた後にダールの表情が驚愕に変わる。エイリークを含める調査隊のメンバーはダールの薫陶を授かった者たちばかりである。また同様にボルク隊の隊員たちも口々にエイリークと調査隊のメンバーを称賛し始めた。


 反面、身に覚えのない功績を絶賛されて調査隊のメンバーは居心地の悪さを覚える。セイルの脇から現れた速人が腰に手を当て、胸を逸らして自分の手柄であることを主張した。


 「あのでっかいお化けは俺が一人でやっつけたんだぜ!エイリークたちは後ろで俺のお手伝いをしていただけなんだ!だから一番偉いのは俺なんだからな!」


 セイルは鼻息を荒くしている速人の頭を撫でる。速人は腕を曲げて力こぶを作り、どう扱えばいいか迷っているダールや子供の自慢話を囃し立てるボルク隊の隊員たちに見せつけた。


 「わかった。わかった。お前さんは立派に戦ったんだな」


 速人はさも得意気に、年齢相応の少年のように振る舞った。だがダールの動向にだけは細心の注意を払うことを忘れない。速人は再びセイルの手を取って、今度はダールやボルク隊の隊員たちを連れてダグザの使い魔が待機している場所まで案内した。


 余談だが雪近には既にディーを連れて別の場所まで移動するように言っておいた。


 「あの糞餓鬼…ッ!!殺すッッ!!うがああああ!!」


 一方エイリークは歯噛みしながら速人への憎悪をさらに募らせていた。ダールと友人たちへの決意表明の機会を台無しにされたからである。


 奇声を上げながらエイリークは腰に下げた小剣ファルシオンで雑草を伐採した。いつものことながらも彼の行動は彼の家族を居たたまれない気持ちにさせる。


 「落ち着け。エイリーク。確かに私もあの糞餓鬼を地下世界に追放したいのは山々だが、結果としてお前が父上に言おうとしたことに繋がったのではないか」


 「ほほう。ダグザ”坊ちゃん”は長年苦楽を共にした親友の俺様よりも尊敬する”パパ”のご機嫌取りの方が大事なんでちゅね。いっぺん死ぬか、こらあああッッ!!??」


 「よく考えろ、脳筋単細胞エイリーク。あのままお前が調査隊への復帰や議員立候補の取り下げを父上に伝えたならば雷が落ちるどころの騒ぎではないぞ」


 ダグザは努めて冷静に事の重大さをエイリークに伝えた。エイリークの表情も苦いものへと変わる。なぜならばエイリークに軍部中枢への人事異動や議員への立候補を薦めたのはダール当人なのだ。エイリークがダールからの提案を引き受け、いつも厳めしい顔をしているダールが我が身に起こった幸福な出来事のように喜んでいたことを想えば当然そのようになってしまう。


 ダールにとってエイリークは今は亡き恩師の孫であり、また今は亡き親友の息子でもあるのだ。


 エイリークとしても怒り心頭を発するダールも恐いが、失意に項垂れるダールの顔はそれ以上に見たくはなかった。


 「エイリーク。お前の気持ちはわかるが今はとりあえずダールたちのところに行こう。このまま速人に辻褄合わせをされると俺たちの凱旋パレードが催される運びになるかもしれないぞ」


 何もしていないのに凱旋パレード、という暗黒の未来を冷徹に告げるソリトンの言葉を聞きその場にいた全員がげんなりとした顔になっていた。


 エイリークたちは急いでダグザの使い魔がいるところに移動する。


 老人たちのエイリークの武勇を称える歓声も最早痛々しいものにしか聞こえない。案の定、エイリークが到着する頃には荷物の一部が開封されて、ダールとレナードに大喰らいの死体を検分している最中だった。


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