プロローグ 32 晴れのち龍騎兵
次回は10月23日に投稿する予定だよ。
速人たちが宿営地を出発してから少し時間が経過した後、森の木々がまばらになり土がむき出しになっただけの道から舗装された道路に変わった。
速人が目を凝らしてみると樹木の種類も変わっている。天然自然のそれではない。人の手によって植え込まれたものだ。速人は自分が開拓村を離れたことを認識させられる。
行軍において速人が配置されたのはエイリークとハンスがいる最前列である。両名ともに逃げ出すには骨が折れる相手である。近くにはレミー、アメリア、他の子供たちも何名かいる。アインとシグルズたちは最後尾のソリトンたちと一緒に行動しているらしい。先ほどアメリアが教えてくれた。速人の落ち着かない様子を見て心配してれくたのだろう。
速人はアメリアにお礼を言うと、軽く頭を下げた。アメリアもまた微笑みながら「どういたしまして」と返事をする。アメリアにはもうしわけないと思うが、速人が出発してから気にかけていたことは同世代の少年たちの行方ではない。
実際行軍の中央をのしのしと歩く巨大な姿が気にかかっていたのだ。見るからにして堅そうな皮膚に覆われた四足で進むそれを何と例えようか。まさに動く鉄塊そのものだった。
「ふむ。使い魔が珍しいか、速人。私の知る限りではエルフは自動人形やゴーレムよりも使い魔を使役すると聞いていたのだが」
ダグザが使い魔と称する大型の獣の上には荷台が括り付けられていてその上には大喰らいの死体や雪近、ディーを含む負傷者が乗っていた。ダグザ曰く、この使い魔は荷物を運ぶには適しているが人を乗せて動くには問題があるらしい。
速人は乗り物酔いを患ったであろう雪近とディーの真っ青な顔を見て「なるほどな」と思った。
「ここまで大きい使い魔を見るのは初めてだな。スタンは鳥みたいな使い魔で遠方とのやり取りをしているみたいだったし」
速人の見立てによればダグザはスタンよりも格上の魔術師であることは間違いなかった。事実使い魔の大きさや能力は主である魔術師の能力に比例する。実際、スタンの使い魔は伝書がせいぜいだったがダグザの使い魔は荷物の運搬以外にもいろいろなことが出来るのだろう。
ダグザは動く巨大な鉄塊の頭上に跨り、魔法杖の力で自在に操作している。本人曰く、足の怪我の治りは思ったよりも良くないとのことらしい。しかし、大量の魔力を消耗する輸送用の使い魔を馬車代わりに使うのは不経済であり、後々エイリークの笑い話の種にされるのは明白だった。ゆえに速人が大喰らいの死体を譲渡してくれると聞いた時には渡りに船と思っていたらしい。
ダグザは魔法杖の先端についたオレンジ色の魔晶石に魔力を送り込み、一旦使い魔の動きを止めた。前列と後列の距離を調整する為の急停止らしい。使い魔の動作はかなりゆったりしたものには違いないがそれでも大きさが大きさだけにそれなりの速度が出ているということなのだろう。ややしばらくして列の後方から子供たちと一緒にソリトンらが現れた。
「ソル。何か変わったことは無かったか?」
ソリトンは軽く首を振る。後ろから両手にカバンを持ち、リュックを背負ったシグルズが息を切らせながらやってきた。アインも大きめのカバンを持っている。どうやら重い荷物を運ぶことが勝手に行動した子供たちへのペナルティらしい。
レミーとシエラも同様にリュックやカバンを持っている。
「こちらは問題無い。もう少し早く歩いても大丈夫だろう」
「ええーッ!?もう少しゆっくり行こうよ!!父さん!!俺、このままじゃ家に帰る前に倒れちまうよ!!」
シグルズの愚痴を聞いたソリトンは少し困った顔をしていた。
しかし……。
ソリトンはアメリアの方を見る。
アメリアは甘やかすな、とばかりにソリトンを睨んだ。
結果、ソリトンは息子の追い縋るような視線を遮るように目を閉じてしまった。
一方問題が無い、という父親の言葉を聞いてシグルズはため息をついた。
落胆するシグルズの様子に気がついたアメリアがシグルズをじっと睨みつけている。
シグルズは咄嗟に速人の後ろに隠れてしまった。
「シグ。文句があるのならお父さんに言わずに私に言いなさい。貴女の要求に応じて手荷物を増やしてあげますから」
アメリアの怒声が周囲に響いた。普段は人前で怒ったりするような性格だけに周囲の大人たちは動揺を隠せない。実は速人が雪近とテントに行っている間にシグルズが集団で勝手に外出した事件の責任をレミーに押しつけようとしたことでアメリアにかなり怒られたらしい。宿営地を出る少し前にシグルズが泣いていたので速人は本人とアインから事情を聴き出していた。
アメリアを諫めようとソリトンがやって来たのだが怒りに火を注ぐ結果となってしまい逆効果になってしまった。
かくしてソリトンとシグルズはアメリアに説教を食らうことになってしまった。
ここで余計なことを言えばソリトンとシグルズへの説教タイムが伸びるだけだったので速人は休憩するふりをしながら三人の様子を見守ることにした。
使い魔たる鉄の巨獣に小休止を命令したダグザが近くまでやって来て速人にソリトン一家の様子を尋ねた。
「なあ、速人。あの説教はいつになったら終わるんだ。もしかするとその私にも責任があるのか?」
その時シグルズが「姉ちゃん、いい加減しつこいよ」とか余計な事を言ってしまった。アメリアの美しい顔が怒りで赤くなる。十分延長は確実だろう。
そしてタイミング最悪でソリトンが「シグも反省しているようだし今回はこれくらいで許してやってもいいんじゃないか?」と全く文脈を読んでいないような発言をしたので、さらに三十分の延長が見込まれることになった。
アメリアの声もさらに大きくなっている。
「多分ダグザさんの責任じゃ無いと思うけど、何も言わないほうがいいんじゃないかな」
その後ソリトンとシグルズはアメリアに説教を受け続け、親子揃って肩を落としながら歩く羽目になった。気落ちした二人を心配して速人と雪近はアメリアを説得して荷物を半分ずつ持ってやることにした。尚、その際には速人と雪近までアメリアから説教を受けることになったことも付け加えておく。
「まあ、アムの気持ちはわからないわけじゃないけどよ。お前はどう思う、速人?」
雪近の話によるとディーは一人でも大丈夫だと言っていたらしい。まあ半分くらいの理由は乗り物酔いが酷くなってきたので降りてきただけなのだろうが。速人は思ったことを感慨深げに語った。
「俺も同感だな。アメリアさんはシグに期待しているからこそ感情的になってしまうのだろうよ。まあ、
我々の業界では美少女に怒られるということはむしろ”ご褒美”なんだがな」
うっとり。
今度は自分がアメリアに怒られる姿を想像した速人は陶酔の笑顔を浮かべる。
速人の笑顔があまりにも不気味だったので雪近はぎょっとして後退してしまった。
同時に雪近は自分と速人の間には決して埋まらぬ溝があることを思い知らされた。
雪近が速人の隣で悩んでいた頃、速人は空の様子を見ていた。
速人自身第十六都市については何も知らないが、目的に到着する時間を逆算することぐらいは出来る。以前ダグザは夕方までに到着したいと言っていたから今の速度で二、三時間も歩ければ到着するものと目算をつけていた。
さらに時間が経過すると、道の端に立て札があることに気がつく。立て札には矢印しか書かれていないので道路標識のようなものではないのだろう。おそらくは現地の人間だけがわかるような急ごしらえの立て札に違いあるまい。
速人は周囲の土が掘り起こされた土地を見て、この場所が休耕地ではないかと考えていた。
やはり自分が生活していた開拓村などとは違って労働力が豊かで贅沢な土地の使い方が出来るのだろう。 速人は畑の跡に残る枯れた植物を見る。野鳥か何かに啄まれた鶉葱だった。元の世界でいうところの玉ねぎに似た植物だった。
ブゥゥゥゥン。
速人は虫の羽音を聞いたような気がして、自分の真上を見る。夕方の近い青空で甲虫が連隊を組んで空を飛んでいた。先頭がクワガタで、後ろはカミキリムシやカブトムシが左右合わせて十二匹くらいだ。
よく見ると背中には人間が乗っている。
ここは異世界ナインスリーブス、何があってもおかしくはない。
速人は甲虫の背中に乗っている人間と目が合ったような気がしたので手を振ってみた。
げしっ。後ろからお尻に蹴りを食らった。
(この蹴りの速度、重さはレミーだろう。実にいい蹴りだ)
背後には不機嫌な顔をしたレミーが立っていた。蹴りを受けたはずの速人が嬉しそうな顔をしていたので、さらに不機嫌な顔をしている。エイリークが速人を引き取るという話を聞いてから、また不機嫌になってしまったのだ。
「何やってんだよ、速人。見えちゃいけないものでも見えたのか?」
「見ろよ、レミー。空に人を乗せたでっかいクワガタが飛んでいるぜ。あれに石ころでもぶつけて落っことせば面白いだろうな」
速人はレミーにもわかるように上空のクワガタに向かって指をさす。レミーは文句を言いながらも速人の指さす方角を見つめる。
たしかに速人の言うように空の上には巨大なクワガタが背中に人を乗せて飛んでいた。それから間もなくして隊列の中から二体の甲虫が地上に向かって降りてきた。背中に乗せている人影はこちらに向かって手を振っているように見える。
「おい速人、ちょっと待て。あいつらこっちに向かって降りてくるつもりだぞ。どうするんだよ!?」
甲虫は翅を羽ばたかせ、速度を調節しながら下降している。着地するまで時間はかからないだろう。まずはレミーをエイリークのところまで逃がして、自分は時間稼ぎをする。己の役割を即決した速人はレミーにその旨を伝える為に前方を片手で制した。
「レミーは奴らのことをエイリークさんに伝えてくれ。俺はここに残って相手をするから」
速人は思わす舌打ちをする。敵は思った以上の手練れであり、判断が遅れてしまった。
人を乗せた甲虫は速人とレミーの進路と退路を遮るように着地する。驚いたレミーが短刀を抜こうとしていたが、速人はすぐに短刀の柄に手を当てて止めさせた。相手に明確な敵対する意思がない限り、こちらから手を出すのは得策ではないと判断したからだ。
甲虫の背中に乗っていた者たちは皆、鎧兜で身を固めていた。腰には近接戦闘は勿論のこと投擲武器にもなり得る魔法の手槍を下げている。鎧を着た者たちの一人が速人とレミーに声をかけてきた。
「落ち着け、エイリーク。私だ、ボルク隊のセイルだ」
セイルと名乗った男の兜は自動的に展開し、素顔を現す。
少し色素の薄い白い肌、黒い髪に黒い瞳。年齢は五十代後半くらいの口ひげをたくわえた初老の男だった。速人は知り合いなのか、とレミーを見たがまるで面識の無い人物だったらしく速人を見返すと首を横に振った。
セイルの左右のこめかみには角が生えていた跡がある。レプラコーン族独特の風貌だった。もしかすると彼はダグザの親類かもしれない。速人はセイルの出方を待つことにした。




