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プロローグ 31 出発、あるいは帰還

次回からは第十六都市編になります。内容的には速人がもう一人の異世界から来た人に出会ったりする話になる予定です。投稿は10月20日になる予定です。

 エイリークたちの話がひと段落ついたところで速人が提案をしてきた。

 

 「ところでエイリークさん、ダグザさん。みんなのおかげでディーが何とか歩けるまで回復したからお礼を言いたいそうなんだけど、今大丈夫かな?」


 ダグザは周囲を見渡した。


 ソリトンやハンスは騒動の後に他のメンバーのところに行って帰りの支度を手伝っている。速人はダグザの行動からある程度の事情を察していた。

 結果、ディーの待遇に関してはダグザたちと交渉する必要があるのかもしれない。

 ソリトンたち、融合種リンクス絡みならば尚更だった。過去ナインスリーブスにおいて「大戦」と呼ばれる戦争においてヨトゥン族は「人間狩り」という残虐な行為を繰り返した。ヨトゥン族に捕まった融合種や新人は人肉フレッシュゴーレのようなム魔導兵器や魔導兵器の核となる人工魔晶石の材料にされたと伝えられている。


 生来保有する魔力が少ない種族はヨトゥン族にとっては奴隷にする価値も無かったのだ。ヨトゥン族が戦に敗れ、


 勢力を失った時に彼らを追い詰めたのは他ならぬ融合種リンクスたちである。


 「ああ。我々のことならば心配しなくていいぞ」


 ダグザのことを気にかけていたソリトンがこちらの様子を伺っていたが、ダグザは心配することは無い、と手を振ってその旨を伝える。

 ソリトンは軽く頭を振るとさらに奥のテントの解体を手伝いに行った。

 雪近に時折支えられながらディーはダグザとエイリークの前に現れた。

 どうやらディーはいつも不機嫌そうな顔しているダグザが苦手のようである。それを見た速人は仕方ないとばかりに二人の橋渡し役を買って出ることにした。


 「ディー。こっちの魔法杖マジックワンドを持っている黒い髪のお兄さんがダグザさん。”高原の羊”という隊商キャラバンから派遣された調査隊の副リーダーをされている人だ」


 ダグザの容姿は洗練されたものであり、それにふさわしい威容も備えている。ディーはやや気おくれした様子でダグザに挨拶を返す。

 

 「ど、どうも。お世話になっています。村の掟で本当の名前を名乗ることを許されていませんが、みんなからはディーって呼ばれています」


 「こちらこそ、よろしく。ディー君。私はキャラバン”高原の羊”の第六調査隊に所属するダグザというものだ。先ほどの速人の説明を訂正させてもらうが、この隊の副リーダーは私ではない。向こうでテントの解体を手伝っているソリトンという男だよ。私は調査隊の本部から派遣された監督役というわけさ」


 ダグザはそう言ってから右手を差し出す。ディーはぎこちなく笑いながらダグザと握手を交わした。

 二人の自己紹介が終わったところで雪近がディーと速人の待遇について訪ねてきた。


 「あのー、ダグザの旦那。都市に戻ったらこいつらは一体どうなるんですか?出来れば俺と同じところに連れて行ってくれると嬉しいんですが……」


 雪近は都市の外周区域と呼ばれる場所にある修道院で生活をしていた。

 修道院は都市の外壁の内側にある通称「外周」と呼ばれる居住区域において祭事と司り、役場のような仕事もしている。

 本来、都市の内部で暮らすでさえ困難な話なのだがエイリークの知り合いというだけで特別待遇を受けているのだ。


 空気を読まぬ雪近の発言を聞いた速人は「やはりこいつはただのバカ」という評価を下した。

 現にエイリークとダグザも困った顔をしている。

 実際エイリークもこの前、職場で同僚から遠回しにそのことを指摘されている。


 「キチカ。それは無理な相談だな。速人はレッド同盟の所有物であり、ディー君については例え本人にその気が無くても不法入国者だ。速人は国境警備隊に引き渡し、最寄りのレッド同盟に所属する国に引き渡さなければなるまい。ディー君は上層の司法機関で裁判を受けて数年間、強制労働した後に解放されるという処遇が待っているだろう」


 決して最良とは言い難いが速人とディーの立場は曖昧すぎてダグザやエイリークの権限ではどうすることも出来なかった。

 市議会で派閥を従える現職の議員であるダグザの父親を頼るという手段も無いわけではないが、ディーの出自に問題がありすぎる。

 ダグザは雪近に憎まれる覚悟で言いにくいことを伝えるしかなかったのだ。

 そして、ダグザの話を聞いた雪近の表情は当然暗いものになってしまった。

 クソ憎たらしいことばかり言う同郷の少年とこちらの世界に来て出来た友人が辛い立場に立たされているというのに、雪近は何もしてやれない。

 このままでは世話になったエイリークたちにより多くの負担をかけてしまう。そういった無力感に打ちのめされていた。


 雪近は拳を強く握りしめた。速人は雪近の肩の上に手を置く。


 「雪近。このまま三人で都市の外に逃げ出そうとか妙な事を考えるなよ。俺は実力的に問題は無いが、お前と茹でたホワイトアスパラみたいな女男(※ディーのこと)ははっきり言って重荷にしかならない。逃避行の途中、絶対に適当なところで見捨てると約束してやる。とりあえず性格が悪そうなオッサンの話を最後まで聞いてやれ」


 ビキィっ!!


 指摘を受けた性格の悪そうなおっさんの額にそれはそれは深い皺が刻まれたそうな。


 雪近とディーは暗黒のオーラを漂わせるダグザの方を見ないようにした。

 

 ダグザは速人の肩を強く掴んだ。


 「さて速人君。君の推察は概ね正しいが、現状を鑑みるにあたって自由行動はお薦めできない。その理由は二つほどあるのだが説明してもいいかね?」


 速人にとってダグザの力などさして脅威ではなかったが立場の違いをはっきりとさせる為にも少しだけ本気を出してやることにした。

 この時、エイリークは速人の小ブタの蹄のような手が小さな傷だらけであることに気がついた。それはねん挫と骨折を繰り返して作り変えられた戦士の手に他ならなかった。

 ノーム、ブラウニー、レプラコーンといった大昔に小人族と呼ばれていた種族は力に優れた者が多く存在する。

 この一見、ひょろ長いだけのダグザもかなりの力の持ち主である。間違っても新人ニューマンなどが太刀打ちできる相手ではない。

 しかし、目の前のブタ餓鬼は例外だ。

 それを証拠に手を引き剥がされたダグザは苦悶の表情を浮かべていた。


 「差し詰め、レッドと帝国の関係が悪化している。国境付近で魔物の活動が活発化している。。この辺かね?ああ、ダグザ君。君はもう少しカルシウムを……、いや緑黄色野菜や小魚を食べることをお薦めするよ。私のような頑丈な身体になりたければ筋肉よりもまず先に骨格を強化をするべきだからねえ」


 速人はダグザを見ない。


 万力を締め上げ熱した鉄片を固定するようにダグザの手を掴んで放さない。


 これは懲戒ではない。教育だ。


 雪近がそろそろ止めてやれよ、と声をかけようとするが速人はひと睨みで封じ込めた。


 「正解だ。不足分を付け加えるとすれば、我々の本拠地である第十六都市シックスティーンはレッドと帝国、どちらに与するか決められない状況にある。……痛いから、……逆らわないから、……もう許してください」


 速人はダグザを解放してやった。その気になれば肘から下が動かなくなるようにすることも出来たが、ダグザという男にはまだ利用価値がありそうなので止めていおいた。

 一方のダグザは目に涙を浮かべながら後退していった。


 「雪近。今はおとなしくダグザさんの言うことを聞いておけ。彼ほどの知恵者ならばきっと良い方向に導いてくれる。仮に脱走に成功しても帝国に捕まれば二人とも間違いなく処刑されるぞ」


 グラム帝国。通称、帝国。


 ドワーフの支配するナインスリーブスにおける最大勢力を持つ国家である。

 グラムとは古のドワーフの王ダインが鍛えた剣の名前である。

 強固な法治国家で庇護者には寛大、敵対者には苛烈であることで知られる。

 過去の数度の大戦でドワーフ族と敵対した巨人族やエルフとは特に仲が悪い。新人ニューマンにおいては畜生同様のあつかいを受けている。


 レッドエルフ王国同盟。通称、レッド同盟。

 ハイエルフの支配から解放されたエルフたちが作った中小の国が集まって出来た集合国家。

 レッドエルフとはハイエルフよりも後にナインスリーブス来たエルフ族の総称。昔はハイエルフの方が優勢だったが、現在は力を失い形成が逆転している。

 巨人族や小人族、半妖精族を保護しているので帝国との仲はあまり良くない。


 自治都市とは、二大勢力の支配を逃れて独立したものである。

 戦争の度に協力する側が変わるので双方から疎ましく思われているのも事実である。


 雪近は処刑という言葉を聞いて黙り込んでしまった。


 雪近は速人ほど割り切れるような性格ではないので無理からぬことなのだろう。


 これも若さというものか。速人は自嘲気味に笑った。


 「ディー君。君の身柄はしばらくの間、我々の監視下に置かれるわけだが間違っても危害を加えるような真似はしない安心して欲しい。私の実家もかの帝国と揉めていたことがあってね。帝国に引き渡すなどもっとのほかだ」


 ダグザは苦笑しながら語った。

 ダグザは何度か摩ってみたが、ひりひりするし右手のすわりが未だによくない。


 ディーはもうしわけなさそうに頭を下げる。


 「速人。お前はレッド同盟の国境警備隊に引き渡すつもりだが、こちらは我々の知り合いを通じてお前の置かれた状況を説明するつもりだ。捕まったり、罰を受けたりすることはないだろう。安心してくれ」


 「ウン。ワカッタ。ミンナ、トッテモタノシカッタヨ。オレ、ムコウニイッテモミンナノコトワスレナイヨ」


 口をおしゃべり人形のようにカクカクさせながら速人は言った。


 あまりにも白々しい態度に憤ったエイリークは速人の襟首を掴む。そして、速人の身体を何度も上下に振り回した。


 「テメー、絶対警備隊の人間をった後に自由の身になろうとしてるだろ!!吐けッ!吐きやがれってんだ!!」


 いくら身体を揺さぶられようとも反応はない。当の速人は死んだ魚のような目つきをしていた。


 「……仮にそうだったとしてもアンタに迷惑はかけないよ。俺のことはそっとしておいてくれよ。……なあ?」


 速人は盛大なため息を吐く。


 雪近に忠告しておきながら、速人は最初から一人で逃げ出すつもりだったのだ。


 (なるほど。木を隠すなら森、とはこういうことか)


 速人の真意をエイリークはダグザの方を見て叫んだ。


 「おい、ダグ。こいつをここで逃がしたら絶対に駄目だ。犠牲者というか行方不明者と身元不明の死体が増えるだけだ。俺たちで徹底的に管理してやろうぜ」


 「具体的にどうするつもりだ?」


 エイリークは速人をじっと見つめた。

 どこかに隠し持っていたドーナツをエイリークに見せつける。


 がしっ。反射的にエイリークはドーナツを受け取ってしまった。

 

 そして口の中に放り込む。


 もぐもぐもぐ。


 ドーナツの甘みが心に余裕を与え、エイリークは思考する。

 仮に速人を森の中に捨てたとしても自力で生存するくらいのことは造作もないことだろう。

 子供たちを助けたくだりからして弱者を放っておけない、くらいの分別はある。

 むしろ手元に置いて監視した方が得策というものだ。


 エイリークは残り一口くらいになったドーナツを見る。

 速人を味方につければ家事を全て押しつけられるのではないか。

 エイリークは残ったドーナツの欠片を口の中に放り込んだ。


 「ウチで引き取る。キチカと生白い兄ちゃんも、俺のところで面倒を見る。それで問題はないだろう?」


 これがドーナツ効果(誤用)だ、と速人はニヤリと笑った。


 またダグザもエイリークの提案に賛成せざるを得なかった。

 エイリークは自治都市が創設された頃から続く名門の出身である。

 さらに彼の祖父、父親と彼自身は第十六都市シックスティーンの住人ならば知らぬ者がいないほど名の通った英雄でもある。

 今さら部外者の何人かを保護したところで意義を唱える者などいないだろう。

 問題があるとすれば彼の家族があの三人を受け射られるかどうかだ。

 マギーは問題ないだろうが、レミーやアインはどうだろうか。ダグザはアイリークの子供たちを生まれた頃から知っていたので筋違いであることを自覚はしていても心配してしまう。


 「エイリーク。私としてもお前がキチカたちの保護役を買って出ることは喜ばしいことだが、お前の家族の問題でもあるのだからせめてマギーたちに相談してから話を進めた方が良いのではないか?」


 「その心配はないよ、ダグ兄。アタシは元からマールやアグネスたちのおかげでこうして生きていられるわけだしね。今さら家族が三人くらい増えたところで問題はないさ」


 もぐもぐもぐもぐ。


 速人から渡されたドーナツを頬張りながらマルグリットが現れた。

 一緒について来たレミーとアインは冷めた表情でドーナツに懐柔されている両親の姿を見ている。

 あまりにも憐れな光景にダグザは涙を流した。

 マルグリット、ソリトン、ハンス、モーガン、他の調査隊のメンバーはエイリークの両親が帝国の軍隊と交渉して命を救われた者たちである。

 速人たちの境遇に理解があってもおかしくはない。

 ダグザもエイリークの両親が生きていた頃に世話になったことがある身の上だ。

 ダグザはエイリークとマルグリットの決定に半ば呆れながらも納得することにした。


 その後エイリークから速人たちの待遇に告げられてその旨を了承した調査隊は宿営地を引き払い、一路第十六都市を目指すことになった。

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