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プロローグ 30 愛(ドーナツ)に全てを捧ぐ者

 次回は10月の17日に投稿します。私の好きなミスドのドーナツはオールドファッションとフレンチクルーラーです。

 「それは仕方ないな。ディー、大体お前は身長のわりには肉が足りない。だからもっと肉を食って、筋トレして、毎日ヌンチャクをぶん回せ。そうすればいずれ性格も明るくなって喧嘩も強くなり、いじめっ子の首なんか簡単に捩じ切れるようになるぞ」


 速人はディーの腕をがっしりと掴む。

 ヌンチャクを喧嘩の道具にすることは不本意だが、この手の自分に自身の無い人間を洗脳することは容易い。

 見せしめにディーの幼なじみ連中をやっつけてやれば信者になってくれることだろう。


 不穏な空気を察知した雪近は慌てて速人をディーから引き離した。


 「ヌンチャクはいいだろ、ヌンチャクは。ディー、次だ。次。俺が村を出てってからの話をしてやれ!」


 「うん。母さんたちと日課の山羊の世話をした後に、畑に向かう途中誰かに呼ばれたような気がしてそこからあまりよく覚えていないんだけど、キチカも知ってる秘密の抜け道を通ってほこらに行って長老が一緒じゃない時は入れないはずの祭壇の中に入れるようになっていてその時に頭の中で「ご苦労」って言われたような気がしたんだ。そこからは村の祖先がどういう目にあって今の場所に追いやられてきたとか、そういう嫌なものを見せられて気がつくと世の中全てに復讐してやろうとすっかりその気になっていてあそこでキチカのことに気がつくまで何もわからないままやっちゃいけないことをたくさんやったと思う」


 全てを伝えるとディーは項垂れてしまった。

 速人はマグカップにお湯を注いで、手渡した。

 ディーはカップを手に取った後にゆっくりと口をつける。


 雪近は何ともやるせないような表情で二人の姿を静かに見守っていた。


 「村は、ミッドガルの村は大丈夫なんだろうか。俺は村の人間じゃないんだが、この両手に現れた刺青みたいのが浮かんできた時に長老のおっさんからアレスのことを見せてもらったんだ。あれが外に出たら祠とかが崩れて多分村は無事じゃすまないと思う」


 今は長そでの外套でわかりにくいようにしているが雪近の両腕には古代上位魔法言語ヒエログリフの紋章が浮き出ている。

 速人はそれをスタンというエルフの代官から妖精王の贈り物「ギフト」の所有者である証拠と教えられていた。やや冷たく接しているように見えるが、速人なりに雪近の複雑な立場は理解しているつもりだった。 

 だが野郎を、まして同じ日本男児を甘やかすつもりは毛頭ない。( ← ココ重要 )


 「最悪、壊滅している可能性も考えた方がいいと思うぞ」


 速人は冷淡に告げる。下手に期待して絶望するよりも、最悪の結果を想定して臨んだ方が良いと考えていたからだ。案の定、雪近とディーはほぼ同時に沈黙してしまった。


 「自分で自分の故郷を滅ぼしたかもしねえとかひどすぎるぜ。他に言い方はねえのかよ」


 「無い。皆無だ。あれこれ考えるよりも今は行動することを優先すべきだ、と言っている。まずは第一にディーの体力を万全の状態にまで回復させること。次は情報収集だ。エイリークたちに聞けばミッドガルの隠れ里だったか?それについて何かわかるかもしれないからな」


 不明瞭な言伝ことづてを頼りにするよりも実際に現場に赴く方が確実だろう。

 速人はそのように考えていた。ディーの心情を考えれば、雪近のようにオブラートか何かで包んだような優しい言い方をすることも必要なのだろうが新人ニューマンは想像以上に難しい立場である為に新しい情報を得る為にはかなりの労力を要する。

 

 仮定の話ではあるが、ディーがヨトゥン族である事を明かせばエイリークたちを敵に回す可能性は今でも存在するのだ。慎重かつ迅速に行動しなければならない。


 「それで、ディー。お前はどうなんだ。結果は最悪なものになるかもしれないが、それを受け入れる覚悟はあるか?」


 雪近を相手にしても埒があかないので、今度はディーに尋ねることにした。

 ディーは故郷が壊滅している、という仮定の話をしてから顔色があまり良くない。

 彼の性格を考えれば、アレスで雪近を殺そうとした記憶すら受け入れがたいものなのだろう。


 わずかな沈黙の時を経て、これから自分はどうするべきかについて考えた後に決心したディーは口を開いた。


 「正直今の俺にはこの先どうしていいかわからにけど、速人が正しいと思う。俺は自分でミッドガルに帰って村がどうなっているのかを自分の目で確かめたい」


 ディーの言葉からは決意の堅さのようなものが感じられた。

 現実を受け入れる覚悟。そして本意ではないとはいえ自分がやってしまったことの責任を全て引き受ける決意のようなものが感じられた。

 速人もよりもディーと長い時間を過ごした雪近は思わず黙ってしまう。


 「もうお前の好きにしろよ。俺はまあ最後までつき合ってやるけどよ」


 「ありがとう。キチカ」


 ディーに頭を下げられて、気恥ずかしい思いをした為に雪近は咄嗟に顔を背けた。


 速人は「若造どもが青春してるな」とほくそ笑む。速人の生暖かい視線に気がついた二人の若者は歯ぎしりしながらジト目で睨んだ。


 「それじゃあ今後はディーは身体を休ませることに集中して、雪近はディーの一日も早く健康体に戻れるよう看護に集中してくれ。俺は都市で働いてお前らを養ってやるからよ」


 速人は宿営地の近くで見つけた野生のリンゴ(クラブアップルのようなもの。この世界では妖精のリンゴと呼ばれている)の皮を剥き、芯を切り取ったものを皿の上に乗せていた。


 いつの間に用意していたんだ、と二人は冷や汗を額から垂らしていた。


 ディーと雪近は速人の提案に対して何も言い返せなかった。

 どう考えても自分たちよりも速人の方が生活力が高いことは間違いなかったからである。

 二人は速人の用意した野生のリンゴが乗った皿に手を伸ばし、シャクシャクと音を立てながら食べてていた。



 雪近とディーの食事が終わった後に速人は二人を伴ってエイリークたちを訪ねることにした。

 調査隊のリーダーであるエイリークと彼の補佐役であるダグザにさえディーを紹介しておけば他のメンバーに怪しまれる可能性も少なくなることを見込んでびことでもあった。

 速人たちのテントの近くには誰もいなかった。

 速人の予想ではレミーあたりが中の様子を伺っているばかりと思っただけに不測の事態が発生したのではないかと疑ってしまう。


 そんな速人の意見を求めるように雪近が速人を見つめていた。

 議論するよりも一刻もエイリークのもとを訪ねよう、と速人が持ち掛けようとしたその時に事件が起こった。


 宿営地の集会場からすすり泣くようなエイリークの声が聞こえてきたのだ。


 すわ何事か、と速人たちは集会場に向かって走り出す。


 そこには横に転がって泣き叫ぶエイリークの姿があった。予想外の事態に速人たちは絶句する。


 「もう何もかも嫌だ。死にたい。今すぐ消えてしまいたい。俺なんか生まれて来なければ良かったんだ。いっそ誰か殺してくれ。うええええええええええ……」


 (このまま頸椎を踏み潰して殺してしまおうかしら)


 速人は足元に転がる身長185cmくらいの金髪の大男を見ながら粗大ゴミの後始末について考えていた。

 

 レミーとアインはどうしているのだろうか。

 あまりに情けない父親の姿を見てショックを受けているのではないかと気の毒に思い、速人は二人の姿を探した。


 二人は少し離れた場所でマルグリットと一緒にいた。


 ダグザとソリトンたちは子供たちにエイリークの姿を見せないように他の面子を説得して回っている。


 もっともエイリークが問題を起こすことに慣れているせいか混乱はすぐに収まったようだ。


 速人は自分とディの今後の処遇について相談する為にダグザの方へ向かって歩き出した。


 がしっ!


 大きな手が速人の右の足首を掴んでいた。エイリークの右手だった。


 速人は舌打ちをすると、その場でしゃがみ込んで手を外そうとする。

 かなりの剛力だったので外れそうもない。というかエイリークの右腕に彫り込まれた入れ墨が金色に輝いていた。

 このように眷属種ジェネシスと呼ばれる人種は自身の血統と模様の形をした魔導書グリモワールを併用することで祖先から受け継いだ特別な力を使うことが出来るのだ。

 一般的には能力スキルと呼ばれている。

 今、エイリークが使っている力は一時的に筋力を増幅する効果を持つ能力スキルだろう。

 

 地味に足の骨が軋んでいた。


 「俺の……語るも涙。聞くも涙の、話を聞いてくれ」


 エイリークは大粒の涙を流しながら速人に心のうちを訴える。


 速人はバスケットの中のドーナツ(完成版)を取り出し、エイリークの口の中に詰める。

 エイリークはドーナツを頬張りながら、速人が雪近とディーに食事を与えていた時間に何が起こったのか話し始める。


 「お前らがメシを食いにテントに戻っている間に、俺はマギーやレミー、アインたちに出発時間が迫っているみたいなことを伝えようとしたんだ」



 ※ 以下は回想シーンです。



 「ハニー、お元気してたかい?」


 俺様(←エイリークのこと)は愛する妻マルグリットに声をかける。

 最愛の夫の存在に気がついたハニー(マルグリット)はすぐに俺様の方に振り返る。豊かなバストがぷるんと揺れたような気がした。


 うん。いつでも抱きしめたくなるような素晴らしいボディだ。


 「ああん。愛するダーリン。待っていたわん。うっふん。本当は人気のない場所でたっぷりハグしてあげたいんだけど、子供たちがいるからまた後でねん。うっふーん」


 ※ あくまでエイリークの主観による再現シーンです。


 俺はハニーを抱き締める。

 それから愛する娘レミー、息子アインも抱き締めた。

 俺様の事を超尊敬している俺様の家族は俺様のハグを受け入れてくれた。

 多分、後でみんなに自慢するつもりだろう。

 おいおい。俺様のハグは家族限定のプレミアなんだぜ?


 「ところでエイリーク、アタシ考えたんだけどさ。都市ホームに帰ったらアタシら家、出る事に決めたわ。そういうわけでヨロシク」


 ※ 回想シーン 終わり。



 そこでエイリークは死者ののような顔つきになってしまった。

 そして、赤ん坊のように大声で泣き出した。


 速人は沈黙した。


 今のエイリークにかける言葉が見つからなかったからだ。


 速人は絶縁宣言をしたマルグリット当人を見る。


 またいつものが始まったか、と呆れた表情で夫の痴態を見ていたがなぜかそこに違和感を覚えた。


 速人はバスケットからドーナツを取り出し、上にイチゴのジャムを塗ってからエイリークに渡した。

 エイリークはすぐに起き上がり、涙を拭いた後にジャムつきのドーナツを食べる。

 時と場合によるが泣く子に甘い食べ物を与えるのは異世界共通の処置方法なのだろう。


 エイリークは完全に立ち直ったわけではないが幾分かは冷静さを取り戻した様子だった。


 「マダム。貴女は先ほどエイリークさんに別居するように伝えたようですが、それは事実ですか?」


 マルグリットは速人の質問の意図を理解していない様子で、細く整った顎に手を当て考える素振りを見せる。この時点で速人は大体の状況が把握できていた。

 しかし、マルグリットよりも早く速人の言葉に驚いたレミーが聞き返してきた。


 「いい加減なことを言うな!!父さんと母ちゃんが別居ってそんな話してたのかよ!!」


 かなり焦った様子である。レミーの狼狽ぶりも無理もなかろう。

 誰の目から見てもエイリークとマルグリットの中は良好そのものだ。

 それを証拠に、レミーの話を聞いたアインもかなり驚いている様子だった。

 レミーは速人の肩を掴んでガクガク揺さぶる。


 ボーイッシュな美少女に振り回される(物理的に)。こういうのも悪くは無いものだ。


 いつしか速人はにやけ顔になっていた。


 「そうだよ、レミーの言う通りさ。速人、アタシ一人の収入じゃあ子供どころか自分一人で食っていけないって」


 マルグリットはがはは、と豪快に笑う。

 そんな実母の顔を見たレミーとアインの姉弟は引きつった笑顔になっていた。


 それは大人としてどうなんだろう。速人もまたエイリーク一家の未来が少しだけ心配になっていた。


 「マダム。エイリークさんは貴女から絶縁宣言を受けたのではないかと思い込み、泣き出してしまったというわけなのですよ。私は同性として同情を禁じ得ません」


 速人の話を聞いたレミーとアインは開いた口が塞がらないような状態になっていた。

 レミーは凄い剣幕で母親に詰め寄ろうとする。

 速人もエイリークの説明とマルグリットの伝えたかったことの間に大きな隔たりがあることを確信していた。


 「いやいや。そういう話じゃないんだって。本当さ。ただアタシはさ、今のお手伝いさんとかがいる豪邸じゃなくて元の下町の借家の方に戻ろうって言ったんだけどさ。あれ?やっぱりアタシの説明、足りてなかった?」


 その後、マルグリットは自分の子供たちと周囲の大人たちから説教を食らう羽目になった。

 やがて騒動が落ち着いた後に速人は「やれやれだぜ」と言いながらも、宿営地から引き上げる準備を終えた調査隊のメンバーにドーナツをふるまった。

 ここでもドーナツの甘さは人々の心に潤いをもたらし、ぶち切れていたレミーも砂糖まみれのドーナツを口に含むことによって怒りを収めてくれた。


 人類を救うのは愛ではない。甘い甘い砂糖まみれのシュガードーナツだ。


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