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プロローグ 28 雨後の月

次回は10月11日でゴワス。首を洗って待っているでゴワス。

 一方その頃、エイリークとその家族は深刻な雰囲気の中で食事を摂っていた。


 マルグリットはネチネチといつまでも引きずるような性格ではない。レミーとアインには言うべきことを言って、拳骨を落とした後なので大人たちに無断で出かけた話に関しては決着がついていた。


 エイリークは難しい顔で子供たちを見ていた。


 「なあ、レミー。アイン。この前、マギーから学校で虐められてるって話を聞いたんだけどさ。本当?」


 レミーはエイリークから故意に視線を遠ざける。


 テストで良い成績を出せば妬まれる。

 同学年の異性からは女のクセに生意気だ、と陰口を叩かれる始末だった。

 しかし、新しい学校に馴染めていないのは事実だが、虐めを受けているというほどではない。むしろ虐めを受けているのは弟のアインの方だろう。


 レミーは茹でたキノコと山菜を炒り卵で和えたサラダを黙々と食べていた。

 

 アインも何かしら考えがあって黙っていた。

 学校に行くと無視をされる。学校での成績は中の上くらいだが、それでも何かと出来の良い姉と比較される。正直なところ今の環境は居心地は最悪だった。

 しかし、エイリークに迷惑をかけてはいけないという気持ちから今まで不満を口にすることはなかった。


 マルグリットはパンをかじりながら、子供たちと夫のやり取りを見守っていた。

 少し前に家族で都市の上層部つまるところ高級住宅街に移り住むことになったのはエイリークが都市を代表する市議会議員選挙に立候補することを見据えてのことだった。

 エイリークが議員になれば都市で冷遇されている融合種リンクスたちの待遇が改善される可能性も出てくる。


 マルグリットは眷属種ジェネシスであるエイリークとは違い、融合種リンクスの出身であり出自故の苦労というものを知っている。

 子供たちの未来の為にも多少の苦難を強いられることになったとしても我慢しているつもりだった。


 マルグリットは口の中に残ったパンスープで流し込んだ。

 もしかすると近所のパン屋で買うパンよりもおいしいかもしれない。


 一方、エイリークは困惑の極みにあった。

 今まで考えられる限り暮らし向きはよくなっていたし、今のところ戦争が起こる気配はない。

 今のデスクワーク主体の職場に違和感こそ覚えていたが、今こうして久々の調査の仕事を請け負い都市の中に引きこもって自分がやってきた仕事への不信感は募る一方である。

 さらに先ほどマルグリットからレミーとアインのらしからぬ行為の原因は学校で虐めを受けていることと生活環境の変化にあることを指摘された。

 つまり今まで子供たちの良かれと思ってやってきたことが全て裏目に出てしまったのだ。驚くなという方が無理からぬ出来事だった。


 「お父さん。今の学校に行きたくない。僕はシグたちと同じ学校でいい」


 ついにアインが口を開いた。レミーが驚いた様子で弟を見つめていた。


 「アイン!お前、俺との約束を破るつもりか!少しくらい嫌なことがあっても我慢するって言ったじゃないか!」


 レミーはアインの襟首を掴んで詰め寄る。

 アインとレミーは引っ越しをする時に父親の為に我慢をするという約束を交わしていたのだ。

 いつもなら黙ってレミーに従うアインだったが今回ばかりは勝手が違った。

 今回、両親の仕事に同行してシグたちと再会し自分の居場所が都市の上層部ではない、住み慣れた下町であるということを思い知らされたのである。


 「僕はシグたちと同じ学校でいい。速人が教えてくれたんだ。自分がすごく痛い思いをしてでも守らなければならないものがあるって。だから僕はお姉ちゃんやお父さんやお母さんに逆らうことになっても、シグたちのところに帰りたい」


 アインは最後の方では泣き出してしまった。


 ため息をついた後にレミーはアインを解放した。

 おそらく今のアインを怒鳴っても、殴っても従わせることは出来ないということを理解してしまった。

 そして、何よりレミー自身もアインと同じように考えていたからでもある。


 その時レミーはアインが少しだけ遠くに行ってしまったような気がして寂しい気持ちになっていた。


 「アイン。もうお前の好きにしろよ。俺は知らないからな」


 父親の置かれている立場を理解している為にレミーはアインに同意することが出来なかった。

 

 そしてエイリークは……。


 「ハアァッッ!!??アイン、何で今あいつの名前が出てくンだよ!!??今、父ちゃんとアインとお姉ちゃんで話してるんだよなァ!?大体、あのチビ豚が何だってンだよ!!もう何も信じられねえッ!!アインが俺に「ごめんね、父ちゃん。食事中に糞豚糞の話なんかして」って謝ってくれない限り一生口きいてやんないからな!!」


 エイリークは個人的な理由でぶち切れていた。


 ガンッ!夫のあまりにも大人げない言動にマルグリットはスプーンで力いっぱい叩いた。

 自分たちの父親のあまりにも狭量な姿を見せつけられたアインとレミーは会話を中断し、食事をとることに没頭した。


 「食事中にすまない。みんな話を聞いてくれ」


 広場に集まった調査隊のメンバーとその家族たちが食事を終えた頃に、ダグザが呼びかけた。

 エイリークを始めとする調査隊のメンバーたちは食事前に大喰らいの話を聞かされていたので次々とダグザの方を見る。

 ダグザはコホンと咳払いをした後に大喰らいが既に倒された後であることを説明した。


 「実は先ほどレミーから聞いた話で魔獣・大喰らいをこの速人が退治してくれたことが判明した。速人の勇気ある行動に拍手を」


 子供と大人たちから一斉に拍手が送られた。その中にはレミーやアイン、マルグリットの姿もあった。


 「ハッ、どうせ何か汚い手を使ったに決まっているぜ。あいつの顔を見ろ。目的の為には手段を選ばない卑怯者の顔をしているぜ」


 エイリークは吐き捨てるように言った。

 しかし、速人の作った料理はしっかりと食べていた。手についたフライドチキンの油を舐めたりしているエイリークの姿を見たレミーとアインの父親に対する評価がダダ下がりしていった。


 「次に、私は速人から大喰らいの遺体を譲り受ける許可を得た。これから皆でもう一度、下に降りて大喰らいの死体を回収したいと思う。準備が出来次第、出発するつもりだ。都市ホームに戻るのはその後になると思うが了承して戴きたい。以上だ」


 大喰らいの脅威が去った。

 

 新たな情報が公開され、調査隊の面々は困惑の声をあげる。

 しかし、彼らのサブリーダーとも言うべき存在であるダグザの口から次に為すべきことを伝えられ騒ぎは次第に収束していった。ダグザは速人の肩を叩く。


 「速人。案内を頼めるか?こちらは随行するメンバーを厳選する。食事の後始末は残った連中に任せよう」


 速人は一瞬だけ考えた。

 食事の用意も出来ないような人間にまともな後片付けなど出来るはずもない。

 しかし、功率から考えれば大喰らいの死体がある場所まで自分が案内するべきだろう。


 「いいぞ」


 ダグザは、速人の了解を得るとソリトンとハンスを中心にした回収班を結成した。

 勿論、その中にはエイリークも含まれている。

 子供たちの中からも同行を希望する者が何人かいあたが、時間の都合から今回は諦めてもらうように説得した。

 これ以上この場所で時間を費やせばもう一泊する羽目になる。

 ダグザが真剣な表情で説明すると、子供たちは思いとどまってくれたのだ。


 今回ばかりは子供らに感謝しなければなるまい。


 宿営地を出発した調査隊のメンバーは速人に先導を頼りに大喰らいの死体がある場所に向かって歩き出す。

 移動する途中、ダグザたちはむごたらしい死に方をしている水キツネを見て意気消沈する。

 流石に嘔吐する者はいなかったが、それでも体調を崩し目的地に着くまで何度か休憩することになる。

 

 あまりにも不甲斐無いダグザたちの姿を見て、速人はため息を漏らした。


 「目的地に着いたぞ」


 大喰らいの死体を見たダグザたちは愕然とする。

 レミーから速人の戦いぶりを聞かされた時も子供に倒されるような魔獣ならば大した大きさでは無いと甘く見ていたのだ。

 さらに追い打ちをかけるように全身を引き裂かれた大喰らいの死体が嫌でも目に入る。

 高位の魔術を使ってもここまでひどいことにはならないというほどの惨状だった。


 ダグザは何事もないように立っている速人に対して脅威のようなものを感じていた。


 「ハンッ!俺がお前くらいの年齢にはこれの三倍くらいは大きな魔物を倒していたぜ!つうかさ、この程度の魔物を倒して俺より強いとか考えていたとしたら、速人お前の器もたかだか知れたもんだなあ!?」


 エイリークが早速文句をつけていた。


 ダグザはこの時なかりは、エイリークの図太さに敬意を払った。

 ダグザとてここに来るまではえげつのない物を見せられるという覚悟はあったが実物は想定外だった。

 大喰らいの死体は川の水に浸かっていた為に腐敗が始まっていない状態だったが、重傷の大喰らいが撤退としていたことは誰の目から見ても明らかだった。

 

 「別に自慢してないだろ、俺」


 「俺はな、お前のそういところが気に食わないンだよ!!ガキならガキらしく「ざまあ!」とか「どやっ!」って自慢しろってんだ!大人ぶりやがって!」


 「あー、オホン。二人とも、これから私が重量操作の魔法を使って運べるようにするから喧嘩はその辺にしてくれないかね?」


 放っておくと喧嘩に発展しそうな雰囲気だったので速人とエイリークの間にダグザが咳払いをしながら割って入ってきた。


 エイリークはハンスによって速人から引き剥がされた。


 「コレ。バラバラにして運んだ方が早くないか?」


 エイリークは大喰らいの死体を見ながらダグザに聞いた。仮に魔法か生来の能力で運搬してもそれないりに時間がかかってしまう大きさだった。

 

 「まあ出来るものなら解体してから魔法をかけた方が良いのだが、ここには解体する道具もまたそういった技術に精通した人間がいるわけでもない。多少雑なやり方になってしまうが仕方あるまい」


 実際魔法だけを使って運搬する手段は、持ち運びする対象を傷つけてしまうことが多い。

 加えてこの場所で解体するにしても通常の倍の時間がかかってしまうだろう。

 ゆえに今回に限っては効率を優先することにしたまでだ。

 宿営地で死体にシートを被せたりする際にはいろいろと文句を言われるのは間違いないだろうが時間的な余裕はない。止むを得ぬ処置だった。


 速人は腰に括りつけてある短刀を鞘から抜いた。


 あまり見ない形の片刃の刃物だったので、ダグザたちは思わず見入ってしまった。


 「速人、まだどこかの部分を持って行くつもりなのか。まあ、元はお前の物だから文句を言うつもりはないが一旦上に戻ってからにしてれくないか?」


 速人はダグザの言葉を聞き流しながら短刀を両手で持ち上段に構える。

 そして大喰らいの死体に向かって勢い良く振り下ろす。


 ゴトンッ!!


 大きな物が地面に落ちた音に続いて、浅瀬に水飛沫が上がる。大喰らいの左腕が肘のあたりから切断されていた。


 「動いている生物なら無理だが、死んでから時間が経った死体ならコイツで一発だ。胴を水平に半分にしてから手足を落としてやるぜ」


 そう言った後に速人は再び上段に構えて次々と大喰らいの死体を切り分ける。ダグザたちはガクブルしながら大喰らいの死体がバラバラにされている光景を見届ける羽目となった。

 その中で速人への対抗意識をメラメラと燃やしながらエイリークは一人、鼻息を荒くしている。


 「おい。みんな、ちょっとここで待ってろ。俺がこれの三倍はでかい魔物をやっつけてくるからよ」


 「エイリーク。お前はどこまで大人げない男なんだ。こんな子供と張り合ってどうする!少しは成長しろ!」


 ダグザのもっともな意見に全員が首を縦に振る。速人は大喰らいの手足を切り落とした後に、今度は首を切り落としていた。切断面からどす黒い血が出ていたので念の為、水につけて洗い流すことにする。


 「おいおい止めたって無駄だぜ。ダグ、お前らは本当に敬意を払う相手が誰かってのを知るべきなんだ。そして速人、テメーだけは謝っても許さねえ。首を洗って待っていやがれ(洗っている最中)。黄金のたてがみと呼ばれた俺のすごさをたっぷりと教えてやるぜ!」


 その直後、どこかに出かけようとしたエイリークは竹馬の友たちの手によってボコボコにされた。

 その間、速人は手慣れた様子で大喰らいの死体を宿営地から持ってきたシートで包んだ後に中身が空気に触れないように縄で縛っていた。


 ついでにこれ以上騒がれる面倒なので転がっているエイリークも縄でグルグル巻きにする。


 こうして一行はダグザの重量操作の魔法によって軽量化された大喰らいの死体とエイリークを担いで宿営地に戻ることになった。


 速人たちが大喰らいの死体を持って宿営地にまで戻ってくると、食事の後片付けは終わっていた。


 居残り組と子供たちは大喰らいの死体を見るなり感嘆の声を上げる。

 死体のサイズが途轍もなく大きいだけに大喰らいを倒した人物が速人であることを未だに信じていない者も少なからずといったところだった。


 そんな中、速人は必要以上に騒がれてレミーたちの心証が悪くなることを避けなければならないと考える。

 速人はテントから戻ってきていた雪近を見つけて次の一手を打つ為に炊事場にまで戻った。


 ダグザはどこかに行こうとしている速人を見つけて声をかける。


 「速人。どこに行くつもりだ。用事が住んだ以上、我々は早々に出発するつもりだぞ?」


 速人は口に人差し指を当てて笑顔を隠す。

 そして、片目を閉じて振り向きざまに微笑みながらこう告げた。


 「フッ、お花摘みだ☆」


 ダグザは愕然とした表情とままその場に止まる。


 速人の不穏な発言を聞きつけたレミーがその場に現れた。


 「そういう情報はいらねえんだよ!!」

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