表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/239

プロローグ 26 和解とまでは言わないけれど

 次回は10月5日に投稿します。重要な話でもないのに字数だけ多くなってしまったことを深くお詫びします。


 ジュワワワ……。


 

 宿営地の調理場で速人は鍋いっぱいの高音の油の中にカットされたトリ肉を入れている最中だった。

 高温の揚げ油とスパイス、そして火の入ったトリ肉の芳醇な香りがあっという間に周囲を満たす。

 披露と空腹の為か料理の匂いをかいだ途端にレミーは陶然としてしまう。

 レミーや他の子供たちもよく知っているフライドチキンの香りだった。

 速人の事は今でも気に入らなかったが、フライドチキンの香りに魅せられてレミーたちの敵意は幾分か和らいでいる。


 速人は二度揚げしたトリ肉を次々と皿の上に乗せている。

 レミーは一個だけなら食べても大丈夫ではないか、と考えたが周りに年下の子供たちがいるので出来ない。

 シグルズがつまみ食いをしようとしたのでここぞとばかりに睨みつける。

 レミーは冷静さをとり戻した後に咳払いをしながら速人に話しかけた。


 「おい、速人。今少しだけ、いいか?」


 レミーに呼び止められても速人は油の入った鍋を見ていた。

 屋外で作るフライドチキンといえど手を抜くつもりはない。

 二度揚げの後半、即ち低温こそがフライドチキンの最重要調理工程と言っても過言ではない。

 しかし、このままレミーを放置するわけにもいかなたかったので速人は鍋の中身を見ながら会話を続けることにした。


 ジュワジュワ。衣が白からキツネ色に変わりつつある。


 この一瞬でフライドチキンの価値は決まってしまうのだ。


 「ああ、いいぞ。何かあったのか?」


 いつの間にかレミーは速人を名前で呼んでくれようになっていた。

 仲間うちのルールを大切にして、義理人情を大切にする。おそらくこれがレミー本来の性分なのだろう。


 「さっきウチの父さんと母ちゃんが勝手にお前の持ってた袋を開けちまった。悪かった。すまん」


 レミーはしっかりと頭を下げていた。

 普段から見下している相手に頭を下げることにどれほどの葛藤があるのか、速人には推し量ることは出来ない。ましてそれが価値観として刷り込まれたものならば尚更というものだろう。

 しかし、速人は平等という言葉に懐疑的だったのでレミーの謝罪で心を動かされることはなかった。

 しいて言うならば食事の時に悪い空気を作りたくはなかった。そういった理由でレミーの謝罪を受け入れることにした。

 速人にとってはあくまでナインスリーブスは異世界であり内部に渦巻くしがらみなどというものは添え物程度にしか考えていなかったということだった。


 「頭を上げてくれ、レミー。俺は気にしてはいないよ。中身を見られて困るような荷物でもないし。エイリークたちには世話になっているようなものだからな。もし気に入ったものがあったら喜んで進呈するよ」


 進呈うんぬんの、後半は完全に嘘である。


 レミーは速人の言葉に納得してくれたようで、頭を上げてくれた。

 表情はどこかしら硬いものだったが、朝に出会った時よりもくだけた感じになっていたような気がする。


 「まだお前のことを認めたわけじゃないけど、今日のことは正直俺だけじゃあどうしようもないことだった。みんなが怪我しないで済んだのはお前のおかげだ。恩に着る。ありがとう」


 レミーは改めて速人に頭を下げた。

 

 自分の失敗を潔く受け止める。こういった懐の深さが同世代の子供たちの支持を集めているのだろう。


 速人は横目で鍋の中身を確認しながら、軽く会釈した。


 「見ろよ、レミー!これ、ドーナツだぜ!」


 皿の上に置かれたドーナツを見つけたシグルズが嬉しそうな声で言った。

 湿気を吸って駄目になりそうな小麦を使って、フライドチキンを作る前にドーナツを揚げておいたのだ。

 ドーナツという単語を耳にして、レミーもそちらの方を見てしまう。

 ドーナツを見つけてはしゃぐシグルズの姿を見つけて、速人も思わず微笑んでしまった。

 流石の速人も自分がレミーたち嫌われているのは知っていたのでご機嫌取りにドーナツを揚げてみたものの、受け入れてくれるかどうか心配だったのである。

 しかし、ドーナツの周りに次々と子供たちが集まってくるところを見る限り速人の試みは成功したようだった。


 「おい、シグ。勝手に食うなよ。もし食ったら、顔面殴った後にアムに通報チクる」


 このまま放置しておけばシグルズがドーナツをつまみ食いしてしまうことはわかったいたので、レミーは拳の形を作った。ダメ押しにシグルズの姉の名前を出す。


 「ひいっ!それだけは勘弁してくれよ!」


 シグルズは姉の名前を出されてドーナツの乗った皿からすぐに離れた。

 シグルズにとっては目の前のレミーよりも実姉のアメリアに怒られる方がずっと恐ろしかったのだ。

 シグルズがアメリアの影に怯える様子を見て、レミーは少しばかり薬が効きすぎてしまったか、と反省する。


 「シグルズ君。そのドーナツはまだ砂糖とシナモンをかけていないから、食べるのはもう少し待ってくれよ。絶対にその方がおいしいからさ」


 レミーとシグルズの間に割って入るように速人が助け舟を出した。

 砂糖という言葉に反応したシグルズはすぐにつまみ食いをすることを断念する。

 どうせ食べるなら砂糖のかかった甘いドーナツの方がいいに決まっている。


 そうこうしているうちに速人はフライドチキンを揚げてしまった。

 本来ならば揚げ物は少し温度を冷ましてから出すのが定石だが、子供たちの様子からしても空腹に限界が来ていることには違いない。

 おとなしく待っている大人たちも同じようなものだろう。

 速人はフライドチキンを皿の上に盛り付けた。

 黄金こがね色にからりと揚がった衣つきのトリ肉を見た子供たちは次々と感嘆の声を上げる。

 

 速人に苦手意識を持つレミーもスパイスと油の芳醇な香りにうっとりとしてしまう。

 レミーに至っては気が緩んで腹が鳴ってしまった。

 

 次に速人は別の鍋を蓋を開けた。中には丸くて大きなパンが入っていた。

 速人は調理用ナイフで綺麗に切り分けた。パリッと焼けた外側の皮から口当たりの良さそうなふんわりとした白いパン生地が姿を現す。

 焼き立てのパンなど何日ぶりのことか。

 レミーもこの時ばかりは目を輝かせながらパンを均等に切り分ける速人の姿を見守った。


 「速人。このパン、どうしたの。パンは窯が無いと作れないってお母さんが言っていたよ?」


 シエラは速人のすぐ近くまで来ていた。

 パンに手を伸ばそうとしたがレミーに手を引っ張られて移動させられてしまう。

 本当はレミーも一切れ食べたかったのだ。


 「このパンはお鍋を使って焼いたのさ。本当はシエラの言う通りに窯を使って焼いた方がおいしいのだけれど、ここには窯がないからね。お鍋を使って蒸し焼きにしたんだよ」


 生地を何層にも重ねる複雑な構造のパン(例クロワッサン)を焼くことは難しいが、単純な構造のパンならば焼くことは可能である。

 パンの酵母は以前に暮らしていた開拓村で使っていたものだ。魔法の左様でドライイーストのような効果が期待できる代物だった。

 しかし、魔力が作用する場所でなければ役に立たないという欠点があった。魔法も科学も万能の利器でhない。


 速人は切り分けられたパンにすっかり夢中になってしまったレミーたちを見てニッコリと笑った。


 「大丈夫。みんなが食べれるようにいっぱい作ったから。安心してくれ」


 速人は焼き上がったパンを全て切ってしまうと、カゴの中に入れた。

 パンが焼き上がって間もないが、エイリークたちのところに持って行くころには丁度いい温度に仕上がっているはずだ。


 オッホン!

 

 レミーが咳払いをしながら速人の前に現れた。何か言い難いことを伝えようとしている為か、顔を赤くしている。


 「おい、速人。朝ご飯、父さんたちのところに持って行くんだろ。今回だけは特別に手伝ってやってもいいぞ?」


 ここで無粋な言葉をかけるような真似はすまい。

 速人はに笑顔のまま、レミーたちの申し出を受けることにした。


 「ああ。頼むよ」


 子供たちから喝采が上がり、速人はスープの入った鍋をレミーは温野菜サラダの入った大皿を、シエラとアインとシグルズはフライドチキンを、他の子供たちはパンや皿を持って調理場を後にした。


 その頃、集会場では意識を取り戻した雪近が速人の私物を包んだ風呂敷を元に戻していた。

 ダグザやソリトンも頑張ったが前に見た時と結び方が違っていたのでどうしたものかと悩んでいたのである。

 無論、勝手に開けてしまったのだから黙っているつもりはなかった。

 次に速人と顔を合わせた時には謝罪するつもりでもあったのだ。

 ダグザは風呂敷を元の姿に戻すように名乗り出てくれた雪近に対して素直に感謝する。

 やがて雪近は中身がぎっしりと詰まった風呂敷をまとめてしまう。

 きっと速人本人が見たら文句の一つでも言われそうだが前の姿よりもいくらかはマシになった、……はずだ。


 あまりダグザにも自信がない。


 「こんなもんでどうっすか?」


 雪近はマルグリットに殴られた頭を撫でている。正直なところまだ痛かった。


 「キチカ、君はよくやってくれた。ありがとう。後は我々の誠意次第だろう」


 「すいません、ダグザの旦那。俺も器用な方じゃないんで。速人に伝わるといいっすね。誠意」


 雪近は横目で不格好にまとめられた風呂敷を見ながら苦笑する。

 ダグザはもうしわけなさそうに雪近に軽く頭を下げた。そして地面に横になってふてくされているエイリークとマルグリットを睨んだ。見るからに反省する気ゼロである。


 「ダグ兄さ、何いまさら一人だけ良い子ぶってんの?アタシらが袋を開けてる時に止めなかったダグ兄も同罪だよ。おとなしく覚悟を決めるんだね」


 そう言ってマルグリットは横になりながらそっぽを向いてしまった。


 (お前はいくつだ!?子供を二人、生んでいる母親だろうに!!)


 ダグザは大声で叫んでやりたい気持ちだったがソリトンとハンスに止められる。


 「終わっちまったことをグダグダ言ってもどうにもならねえよ。あのチビ豚のおかげで大喰らいから逃げる必要も無くなったわけだし、後は運命ってヤツを受け入れようぜ」


 エイリークは死んだ魚のような目つきをしていた。

  マルグリットも横になったまま首を振る。

 今は何よりも空腹が辛かったのだ。

 二人の大人げない態度を見てキレそうになったダグザをソリトンとハンスが羽交い締めにして止めていた。

 その時、子供たちの賑やかな声が炊事場の方角から聞こえてきた。

 たくさんのパンが入ったカゴを両手で持ったレミーを先頭に食器や料理を持って子供たちがやって来たのだ。

 一番最後に湯気が立っている大きな鍋を持って現れた速人が子供たちに丁寧な指示を与え、次々と食事の準備をしていく。

 その時、フライドチキンから漂う香ばしいスパイスの匂いをかいだエイリークが目を見開き、上半身を起こす。双眸には雷光にも似た輝きが宿っていた。


 「肉だッ!!肉の匂いだよッ!ハニー!!」


 ガバッ!!


 マルグリットはエイリークよりも起き上がっていた。

 そして、フライドチキンの乗せられた皿を持っているアインたちのもとに走って行った。

 エイリークも獣のように四足でマルグリットの後を追いかける。


 両親の姿を一部始終、見ていたレミーはあまりの恥ずかしさに目を背ける。


 「アイン!!アンタの母ちゃんは誰だい?アタシだろ!?さあ、その肉をさっさとこっちに寄越すんだ!!」


 かなりのゲス顔になったマルグリットはアインからフライドチキンの皿を取り上げようとした。

 レミーが先回りしてマルグリットの前に立ちはだかる。

 レミーはすわった目つきで両親を見上げている。


 「おい、何で俺たちの邪魔をするんだよ!!レミー、いつからお前は父ちゃんと母ちゃんより偉くなったんだ!?一番大きい肉は俺様のもんだと最初から決まってんだよ!!」


 (こんな親もう嫌だ……)


 レミーは深いため息をつく。

 そして、後ろで速人に鍋を置いてスープを装う準備をしていた速人に向かって告げた。


 「速人。あいつらを黙らせろ」


 「御意ッ!!シャァァッ……!!」


 レミーからの初指令に速人は心を躍らせる。

 スープを掬うお玉を持ったまま、速人は能面のような表情で首を縦に振った。

 その直後、うねる影と化した速人は迅雷の勢いですっかりゲス顔になってしまったエイリークとマルグリットの背後に回り、きゅっと頸動脈を締める。

 その一瞬で白目になってしまった二人はほぼ同時にうつ伏せになって倒れてしまった。

 周囲の大人と子供たちは額に汗を浮かべながら見守るばかりだった。


 鍋でパン(バケット)を焼くことも可能ですが、フライパンでプチパンを焼く方が簡単です。

 その気になれば炊飯ジャーでも焼けます。まあ、オーブンが一番おいしいのですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ