プロローグ 25 一難去ってまた一難
次回は10月2日に投稿するんだってばよ!
マルグリットに蹴り飛ばされた速人は上空に打ち上げられた後に、きりもみ回転しながら地面に落下した。
そして犬神助清(青沼静馬)のごとく湖面ならぬ大地に突き刺さる。その姿はブリテンの救世主のみが抜くことを許されるという伝説の名剣カレッドブルフのようであった。
「なんて石頭なんだい、この子は」
マルグリットは右の拳をさすりながら悪態をつく。
ぐるるる、とマルグリットの腹が鳴る。ようやく話が落ち着いた今になって主に空腹を訴えてきたのだ。
だが、よくよく考えてみると普段ならとうに朝食を済ませているような時間だった。今日に限って起き抜けに子供たちの不在を知らされてから動いてばかりだった。
「ああ、腹減った。モーガン、ご飯お願い」
モーガンは幼なじみの無茶な要求を困り顔で返した。
マルグリットはウェーブのかかった金髪の女性の肩を叩く。シエラの母親のモーガンだった。
マルグリットの幼い頃からの友人で無茶な頼みを押しつけられることが多い。
「あのさ、マギー。料理しようにも材料が無いって。それにアタシの料理の腕なんてアンタと大して変わりないよ?」
マルグリットとモーガンの料理。
食材を茹でる。食材を適当に切る。食材を焼く。
宿営地の食糧庫には調理の手間がかかる材料しか残っていない。
二人は自分たちの料理スキルが皆無であることに再確認する羽目となった。
他の面子も同時に深いため息を吐く。何でこのメンバーで来ちまったのか、と今さらながらに後悔していた。
その時、足元から速人の声が聞こえてきた。
「ふふふふっ。お困りのようですね、マダム。ですが心配無用です。食事ならば、このわたくしにお任せあれ」
正直、夢に出てきそうなほど気持ち悪い光景だった。いっそこのまま残った足も埋めてしまおうかと思うほどである。
しかし、昨日の夕食に出されたおいしい料理のことを考えるとそうも言ってはいられない。
マルグリットとモーガンは速人の脚を片方ずつ持って、ずぼっと大根のように地中から引き上げた。
「悪いことしたね、速人だっけ。おばさん、お腹が空くとこの通り見境が無くなっちゃうんだよね。あははは」
マルグリットが豪快に笑う。
本当に反省しているかどうか疑わしいものだ。
しかし、美女の笑顔には笑顔で応えるのが紳士たる者の使命。
速人もまた逆さまの状態で朗らかな笑顔を返した。
宙づりになったままの速人を憐れんだモーガンの計らいにより地面に降ろされることになった。
おそらくマルグリットだけなら地面にそのまま落とされていただろう。
「ありがとうございます。それでは私は料理を作ってきますので、これにて失礼」
速人は深々と頭を下げるとそのまま調理場に戻って行った。
「ああ、任せたよ。頑張ってねー」
マルグリットは手を振って速人の後姿を見送る。
昨日の食事の出来栄えからして不味いものが出てくることはないだろう。
「マギー、アンタは昔から良くも悪くも変わんないね」
「あははは!細かいことを気にしても仕方ないじゃないのさ!どんな料理が出てくるんだろうね」
程無くして男がのそのそと頭を押さえながら起き上がってきた。調査隊の監督役を務めるレプラコーン族のダグザだった。
「痛ッ。この馬鹿力め。頭蓋骨にヒビが入るところだったぞ、マギー」
気がつくとダグザはマルグリットの後ろに立っていた。
完全に回復していない為か、足元がふらついている。
顔の殴られた箇所が赤く腫れあがっていた。
ダグザは後で何か良い薬を持っていないかと速人に相談するつもりだった。ダグザ自身回復魔法が使えないわけではないが、得意分野ではなかったのだ。
「マギー、モーガン。至急の用件だ。すぐに広場にみんなを集めなさい」
「了解」
ダグザに言われてマルグリットとモーガンは調査隊のメンバーと子供たちをすぐに集めた。
マルグリットに拳骨をもらった子供たちはまだ自分の頭をさすっている。
余計なことを言ってボコボコにされたエイリークに至っては誰だかわからないくらいに顔を腫らしていたが毎度のことなので誰も心配していなかった。
憐れに思ったハンスがエイリークを支えている。
集まった者たちの中には頭に出来たたんこぶをさする雪近の姿もあった。
「みんな、聞いてくれ。こうして子供たちが無事に戻って来てくれて一安心したいところだが、非常事態が発生してしまった。ソルたちが先ほど渓谷を調査している最中に大喰らいの出現した痕跡を発見したらしい。まだ本体に至っては未確認だが、今の我々には手に余る存在であることには違いない」
ダグザは子供たちの姿を見る。
ダグザの意図を理解したハンスらは頭を縦に振る。
だが、その時エイリークとマルグリットの夫婦はしゃがみ込んで地面に放置してある速人の唐草模様の風呂敷の包みを開けていた。
「エイル、これ何だろうね?」
やたらと尖った黒い物体を手に持ったマルグリットがエイリークに尋ねる。一方、エイリークは動物の牙のようなものを持っていた。
「あのチビ豚野郎。これで新しいヌンチャクとかを作って俺たちに自慢するつもりだぜ、ハニー。よし、これを全部バラバラにしてどっかに隠してやろうぜ。けけけっ!」
そう言ってエイリークは下卑た笑いを漏らす。腫れ上がった顔のせいか何かの魔物のようにも見えた。
「アンタさ、そういうのはいい年齢なんだから止めなって」
マルグリットは言動に反して次々と風呂敷の中から厚手の布のようなもの、触った感じからして鉱物のようなものを取り出していた。
「父さん、それアイツのものだろ?勝手に出したりするの止めろよ。母ちゃんも恥ずかしいから止めてくれよ」
いくら憎たらしいとはいえ他人の持ち物を許可無く触るべきではない。両親の不埒な行為を見かねたレミーが二人の前に飛び出して行った。
そして、風呂敷の中から取り出された品物を次々と元の場所に戻していく。
相手が子供とはいえ他人の持ち物を勝手に持ち出すべきではない。娘に正論を突きつけられたマルグリットは反省する。
レミーは母親を一瞥した後、風呂敷を可能な限り元の状態に戻した。
「レミー。君はこの包みの中身について何かを知っているのではないか?」
「ああ、知ってる。ていうかさ、俺さっきダグに言ってなかったっけ?この袋の中身はアイツが大喰らいと戦ってやっつけた後に剥ぎ取っていたものだよ」
レミーはダグザに不機嫌そうな顔をしながら言った。
言って見れば、一番世話になりたくない人間に命を救われたのだから文句の一つでも言ってやりたいのが人情というものだ。
ダグザの悪い予想が的中した。
大人が数人がかりでも倒せないような魔獣を同性代の中では小さい部類に入る子供が倒して退けたのだ。
ダグザは速人の底知れない戦闘能力を目の当たりにしたような気がいて顔面蒼白になっていた。
「でもさ、きっとアイツすっげえ怒るぜ。俺たちがいくら袋の中身を見せてくれっていっても見せてくれなかったからな。ダグなんか頭の皮を剥がされるかもしれねえな」
ダグザは咄嗟に頭を両手で覆ってしまった。
そして、そのままささっと後退りしてしまう。
速人の凶暴性はとっくに承知している。
ソリトンとハンスはダグザとの距離を取る。速人との諍いに巻き込まれたくないという意思表示だった。
「ダグ、大丈夫だよ。俺がアイツに謝ってきてやるから。それよりうちの父さんと母ちゃんがアイツの荷物に触らないように見張っていてくれよ」
レミーは他の子供たちを連れて調理場に行ってしまった。
ダグザは恐る恐る元通りになった速人の風呂敷を見た後、エイリークとマルグリットに厳重注意することにした。
場合によっては速人の逆鱗に触れたばかりに命の危険が関わってくる可能性があったからだ。