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プロローグ 24 日常への帰還

いつもより少し長くなってしまいました。

次回は9月29日に投稿します。 

 速人たちは入り口付近まで来ると、天井の穴が広がっていることに気がついた。

 薄暗い空間から光のある場所に出てしまったので、少しだけ眩しく感じられる。

 外套を脱いで、調査隊の仲間と同じような格好をしたダグザが数人の大人たちに指示を与えている最中だった。

 顔見知りの大人たちの姿を見つけたシグルズたちはすぐに走って行った。

 大人たちの中にエイリークやソリトンの姿は無かったが、一緒にいた子供たちの中には親がいたのだろう。

 今回ばかりは皆を巻き込んでしまった手前、レミーはダグザたちのところに行こうとしない。アインとシエラも同じくレミーの側にいた。


 「あいつら、おじさんたちのところに行ったら怒られるってことを忘れていやがる」


 レミーが呆れたように呟く。


 ああ、そっちの話か。速人も静かに同意する。


 よくよく考えてみれば子供たちは保護者の同意を得ずに勝手に外出してきたのである。いくら不安だったとはいえ、タイミングを見計らわずに出て行けば怒られるのは間違いないだろう。


 「仕方ねえな」


 レミーは何かの覚悟を決めた様子で、大人たちのところに歩いて行った。おそらくは他の子供たちがあまり怒られないように責任は自分にあると言って説得するつもりなのだろう。

 その分、レミーが大人たちに怒られることになるのだろうが子供たちのリーダーとしてそれらを引き受けるつもりなのだ。

 速人はレミーの中に人の上に立つ人間としての資質を見たようなが気がした。


 「俺たちも行こう」


 速人はアインとシエラの肩をポンと叩き、レミーの後について行くように促した。


 「無事だったか。お前たち」


 ダグザはいつもの渋面で子供たちを迎える。

 こういう時に神経質な感じのするハンサム顔のダグザは子供だけではなく大人たちにまで威圧感を与えてしまう。

 ダグザ本人はどうやってレミーたちに声をかけようかと考えているにも関わらず、難を逃れて無事に戻って来た子供たちはダグザにこっぴどく怒られるのではないかと思って怯えている。

 親たちもまた同様に怯えながら様子を見守っていた。


 「ダグ。こいつらは悪くない。俺がついて来いって言ったんだ。悪いのは全部、俺だから。罰は俺一人が受ける」


 ダグザは少年時代のエイリークを思わせるレミーの顔立ちを懐かしく思うと同時に、完全に勘違いされていることにも気がつき少しだけ傷ついていた。

 子供たちは自分たちがレミーに庇われているということに気がつき、尊敬の眼差しでレミーの後姿を見守っている。この場においてダグザは完全な悪役となっていた。


 「じゃあ今日からヌンチャクの猛特訓だな。安心しろ。来年の今頃には竜巻を起こせるくらいに振り回せるようになっているから」


 速人が朗らかな笑顔を浮かべながらレミーの肩を叩く。

 

 「そんな棒切れを振り回す特訓なんかしねえよ!!そもそも竜巻って何だよ!!」


 「風が黄砂を纏って上に向かってらせん状に吹く風のことを竜巻って言うんだぜ」


 「知りてえのはそこじゃねえよ!!」


 レミーに遅れて現れた速人は風呂敷を担いでいた。

 傍らにはアインとシエラが立っている。

 レミーはすごい形相で二人を睨みつけると、アインとシエラは速人の背後に隠れてしまった。

 

 何かこう昔のエイリークとマルグリットを見ているようでダグザは冷静さを取り戻すことができたような気がした。咳払いをしながら速人とレミーの間に割って入る。


 「まあ、待ちなさい。二人とも。まずはレミー、謝るならば私よりもエイリークたちに謝りなさい。一番心配したのは彼らなのだから。次に速人、レミーたちを助け出してくれたことには感謝するがこの洞穴の中で起こった出来事についてキャンプ場に帰ったら説明してくれないか」


 ダグザは横目で速人の風呂敷を見る。


 速人はすぐに風呂敷の上に覆いかぶさった。


 露骨に怪しかったのでダグザが質問したが、しばらく二人の間で「ナウシカ」「王蟲の子供なんていねんだえよ」みたいな攻防が続いたが、ソリトンが戻ってきたので中断した。


 「ダグ。すぐにここを離れた方が良い。さっき見てきたんだが、大喰らいがいた痕跡を発見した」


 ソリトンは真剣な表情で告げる。

 大喰らいという名前を聞いた途端に周囲がざわめき出した。

 大喰らい、一度出現すれば死ぬまで食らい続けるという厄介な逸話を持つ魔獣の名前を聞いたダグザは口元に手を当てる。

 今現在、ソリトンを含めて手練れの戦士たちが集まっているので魔獣を撃退することは可能だ。

 しかし、子供たちを連れていては思うように戦えない状況も十分に考えられる。

 大喰らいは元来、水棲生物なので陸上までは追いかけてこない。キャンプ場まで戻ることを優先すべきだろう。

 ソリトンもダグザと同じような考えだったらしく帰還する命令を待っているような雰囲気である。


 「わかった。子供たちが見つかった以上、ここに留まる理由はない。ソリトン、お前の言う通りに一旦、キャンプ場まで戻ろう。レミー、ソリトンと私の話を聞いていただろうが緊急事態だ。すぐに引き上げるようみんなに行ってくれ。速人、いろいろ聞きたいことはあるが今は急用で引き上げるから起き上がってくれ」


 ダグザは二人に背を向けて、他の仲間たちに説明していた。

 レミーはダグザの言う通りにアインたちを一か所に集める。速人は地面に置いてあった風呂敷を背負う。


 「これから浮揚の魔術を使う。みんな、一か所に集まってくれ」


 ソリトンを中心に大人たちが、レミーを中心に子供たちがすぐに集まった。

 ダグザが魔術杖マジックワンドを使って地面に大きな円を描くと、そこから地面が持ち上がり洞穴の入り口まで上昇する。

 浮揚は浮遊、飛行と違って術者が空中を移動するのではなく、術の発動前に持ってきた地面の一部分を元に戻すというものらしい。


 外の景色が地下から地上に変わり、レミーはようやく胸を撫でおろす。

 魔物の恐ろしさ、何より自分の力不足でみんなに怖い思いさせてしまったことで心が痛んだ。

 結局、大喰らいや水キツネからレミーたちを守ってくれたのはあの憎たらしい新人ニューマンだった。

 少しばかり見直してやってもいいのかもしれない。

 レミーがそんな風に思いかけた時、ふと速人と目があった。

 

 速人は唐草模様の風呂敷を背負いながら、崖を登っていた。


 (もうこいつについて深く考えるのは止めよう)


 レミーは思いつめた表情でため息を吐いた。 

 何事かと思ってソリトンやダグザがレミーの視線を先を見ると浮遊の魔術によって作られたエレベーターを追い越している速人の姿を見かけた。


 非常識すぎて言葉が出なくなってしまった。


 ダグザとソリトンは二人同時に首を横に振った後に深いため息をつき、互いの肩を叩いて慰め合うことにした。


 やがて即席エレベーターが地上に到達するとダグザは皆を下がらせて、魔術によって掘り起こした地面の一部を元に戻した。

 その際に入り口が大きなっていたのはダグザの魔術の仕業であることも知る事となった。

 速人は発光するルーン文字とか、光り輝く精霊の力みたいなファンタジー的な光景が見られると思ったが後にダグザの口から「よほど大きな魔術儀式でもなければそういうものは見られない」と教えられた。

 そして、ダグザの魔術が終わるのを見計らってからソリトンはキャンプ場に向かって出発した。


 道中、速人は何度かキャラバンの人間に風呂敷の中身について聞かれたが大喰らいの死体から剥ぎ取ったものであることは伏せていた。

 レミーはあの場で見たことを大人たちに言おうと一度は考えたが、目の当たりにしたこと全てが出鱈目な出来事だったのでレミーの正気が疑われかねないと思い黙っていることにした。


 (このまま乗り切って、激レア材料で高レベルのヌンチャク、ゲットだぜ!)


 速人は不気味に笑った。

 そうして速人がぐふぐふと笑っているうちに一行はテントが立ち並ぶキャンプ地まで戻って来た。

 

 入り口からやや離れた空間にある定例の会合などを開く為に設けられた集会場では、ズタボロになったエイリークがうつ伏せになって倒れていた。

 近くには仁王立ちになったマルグリットが立っている。

 マルグリットは虚ろな表情で「メシ」とか「ハラヘッタ」と呟いていた。

 空腹時のマルグリットは手近な相手を見境なく殴る。

 幼い頃からの彼女の悪い癖を知るダグザは呆れながらマルグリットに注意をする。


 「またいつものご立腹か。マルグリット、お前はいつまでも変わらないな。いい加減、母親としての自覚をだな」


 言葉の途中でダグザは意識を失う。

 そのままダグザは左側に倒れ込んだ。マルグリットは子供たちをギロリと睨みつける。


 「何だい。無事だったんじゃないか」


 レミーがマルグリットの前に出た。


 「母ちゃん。悪いのは俺だ。だから罰を受けるのは俺だけでいい」


 マルグリットはレミーを見た。

 昔の無鉄砲だった頃の自分を思い出す。

 今のレミーはその気になれば自分の力だけで何でも乗り越えられる、そんな風に考えていた頃の自分と同じような顔をしていた。

 かつてのマルグリットは自分の失敗が原因で命の恩人に大怪我をさせてしまったことで自らの過ちを思い知らされた苦い経験がある。

 そして、命の恩人であるマルティネスとアグネスはもうこの世にはいない。

 マルグリットは一生を費やしても返しきれない恩を返す機会を失ってしまったのだ。

 だから、せめてマルティネスとアグネスの孫であるレミーに責任というものを教えてやることがせめてもの償いだと思った。


 「生意気言うな」


 ゴンッ!


 マルグリットはレミーの頭に拳骨を落とした。

 レミーは堪らず打たれた頭を押さえている。

 ケンカで負け知らずのレミーがたった一発の拳骨をくらって悶絶している姿を見た子供たちはざわめいた。

 またレミーが頭に拳骨を受けた時の音があまりにもいい音だったので、大人たちも戦慄を覚えていた。


 「次、アイン」


 「ごめんなさいっ!お母さん!」


 観念したような顔でアインが母親の前に出た。

 マルグリットは息子の頭に拳骨を下ろし、アインは目を閉じる。

 ゴンッ!また大きな石がぶつかったような音がした。


 その後、レミーについて行った子供たちは全員マルグリットの拳骨を受けることになった。


 「最後、シグ」


 「待ってよ、おばちゃん!俺はレミーに脅かされてついて行っただけだぜ?だから俺が殴られるのは絶対におかしいって!」


 シグルズは慌てて何とか自分だけは助かろうと必死に言いわけをする。

 マルグリットは無表情のまま、シグルズの頭にも拳骨を落とした。


 ソリトンは息子に同情する反面、自分の代わりにシグルズのことを怒ってくれたマルグリットに感謝していた。

 シグルズはいざという時に自分の子供をしっかりと怒ることが出来ない。

 

 ソリトンは小さなため息を吐き、自分の不甲斐なさを反省する。


 しかし、隣でシグルズが拳骨を落とされて半泣きになっている様を見ていたアメリアは違った。

 灰がかった青い瞳の奥には炎が宿り、胸の間で組んだ腕にはかなりの力が込められている。

 そうアメリアはシグルズの言動に怒りを感じていたのだ。


 「連帯責任だよ、シグ。約束破ったら、みんな一発殴るのがおばさんが子供の頃からのルールだったんだからさ」


 それはお前が勝手に考えたルールだろう。

 成長したかつての子供たちは言葉を喉の奥に押し込んだ。

 そんな時、雪近がテントから外に出てきた。気を失っていたディーという青年の容態に何か変化があったのだろうか。


 「速人!さっき、ディーが目を覚ましたんだ!お前に礼が言いたいってよ!」


 雪近は嬉しそうな声で言った。

 そして速人の近くまで走って行く。


 ゴツンッッ!!!


 マルグリットは自分の近くを走り抜けようとした雪近にも拳骨を落とす。意図した出来事ではない。反射運動だった。


 「ぐお……ッ!」


 雪近はその場で崩れ落ちる。


 「あっ、ごめん」


 無関係な雪近を殴ってしまったことに罪悪感を覚えるマルグリット。

 困惑した表情を浮かべるマルグリットの前に突然、速人は姿を現した。


 「さあ、お約束です。マダム、私の頭にも一発どうぞ!」


 「じゃあ……、って痛ッ!!!」


 速人に言われた後、少し考えてからマルグリットは拳骨を振り下ろす。


 しかし、快音は響かない。


 鍛えられた速人の頭は岩のように硬かったのだ。痛みのあまりマルグリットは速人を蹴り上げた。


 「フッ。これもまたお約束なのです」


 マルグリットの蹴りで、空中に打ち上げられた速人は爽やかな表情で笑った

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