プロローグ 23 合流
次回は9月26日に投稿します。
速人はレミーたちの待つ崖の上に向かっていた。
背負った大喰らいの骨、毛皮、爪の重さは許容範囲ギリギリだったのでそれなりの労力を必要とした。今回の戦闘は我ながらかなりの収穫だったと思う。
何よりも戦果、ヌンチャクの潜在能力を再確認することが出来たのだ。
いずれこのまま修行を続ければ全高30メートル近い機神鎧アレスを自分の実力だけで撃破することも不可能ではないだろう。
前回は年齢的なものと、装備が良くなかったのだ。こうしてRPGよろしくレベルアップを続けて、装備を強化すればシュウジ・クロス(マスターアジアの本名)のように生身で巨大ロボットを倒すことが出来るようになるはずなのだ。
速人は明るい未来を思い描き、にこやかな表情で頂上にまで登った。
あくまで仮定の話だが、速人の無事を知ったレミーが感激してお礼のチューをせがんでくる可能性は十分にあった。
しかし、ここで吊り橋効果的なものが作用したとしても出会ったばかりの男女がチューというのはいかがなものだろうかと考えた。
(もしレミーの方からキスをせがまれたとしても、マウストゥマウスは年齢的にも早過ぎるので断ろう。ホッペくらいなら、いや異世界に来て俺は少しばかり開放的になってはいやしないか。健全な日本男児はそう簡単に女子に唇を許したりしないものだ)
一方、レミーは登ってきた速人を見るなり即座に警戒を強めるような顔つきになっていた。
「大喰らいはどうしたんだ?逃げるんじゃなかったのか?」
レミーはさらに厳しい視線を速人に向けた。当然といえば当然である。
自分よりも背が低い少年が、大人が数人がかりでもなければ倒せそうにない怪物を相手に妙な棒を使ってやっつけてしまったのだ。
さらに少年の出身がナインスリーブスに一番最後に現れた野蛮な下等種族である新人への偏見も相まって警戒するなというのが無理なほどだった。
「安心しろ。もう大丈夫だ。敵さんはどこか( ※ あの世 )に行っちまったぜ?」
速人自身は口元にニヒルな笑みを浮かべて、クールに決めたつもりだった。
「嘘つけ!!」
レミーは崖の下を見た。
大喰らいの悲鳴がひどくなった時から見ないようにしていたが大体の状況は察していた。
大喰らいはうつ伏せになって倒れていた。
死体を中心にどす黒い血の色に染まっている。レミーはもう一度、険しい表情で速人を睨みつけた。
「けっこう暴れたからな疲れて眠っている( ※ 永眠状態)だけだぜ?」
しれっと嘘をつく速人。レミーが呆気に取られている間にシエラとアインも下を見ている。
たしかに眠っているように見えなくもない。
二人をこのまま放っておくと崖から落っこちてしまいそうなのでレミーは手を引っ張って元の位置まで連れ戻した。
「嘘つくんじゃねえよッッ!!!」
「レミー、この世に嘘をつかない人間なんていないんだぜ?」
「お前のはデタラメすぎるんだよ!!」
レミーは思わず怒鳴ってしまった。
崖の下の様子を視ることが出来たのは、両親から受け継いだ「鷹の目」という能力によるものだった。
エイリークは天狼族、マルグリットは混血の猟犬族である。
どちらとも似たような能力を持っている為に父と母のどっちから受け継いだ能力かはわからない。
しかし、レミーには絶命した大喰らいの姿がしっかりと見えていたのだ。
会話をするには距離が遠すぎたので、速人は風呂敷を背負い直し、歩いて行った。
速人が近くまでやってくると、しかめっ面のレミーと驚いた表情のアインとシエラが待っていた。
三人とも速人の背中の風呂敷が気になっていたのである。
風呂敷に注目が集まっていることに気がついた速人は一旦、地面に置いた。
「何だよ、せっかく助けてやったのに。怖い顔をするなよ」
そう行った直後、速人は風呂敷の上に覆いかぶさる。
「中身に興味を持つな!」、「絶対に分けてはやらない!」という意志を表明したガードポジションだった。
「ねえ、何が入っているの?」
未知への恐怖よりも好奇心の方が勝ったのか、アインが小さな声で訪ねてくる。
「ハヤト、教えて!教えて!」
シエラは蝶々を見つけたネコのようにキラキラとした視線を向けてくる。
「いつまで上にかぶさっているつもりだよ。お前のものなんて頼まれても取らねえよ」
レミーは興味が無さそうな態度をとりつつも、風呂敷から目を離そうとしない。
実に三者三様の様相を呈していた。
しかし、中身に興味があることには何ら変わりがないのも事実である。
果たしてこの場で正直に怪物の遺体から剥ぎ取ったヌンチャクの材料と答えるのが正しい選択かどうかは疑問だった。
子供の心というものは純粋で、何らかの理由をきっかけに染まってしまうものなのだ。
魔獣さえ倒してしまうヌンチャクの潜在能力を知ってしまえば、殺傷を目的として作られたヌンチャクの負の側面に影響を受けてしまうおそれがある。
レミー、アイン、シエラ。
いずれは速人と肩を並べる実力者に成長して欲しいと思っているが、今はヌンチャクのダークサイドを知るべきではない。
そういち早く判断した速人は嘘をついて誤魔化すことにした。
決してもう一度下に降りて解体するのが面倒だったとかそういうわけではない。
あくまで未来の為への投資なのだ。
速人は爽やかに笑ってみせた。
「傷口に貼る酸っぱい匂いの湿布とか、お腹の調子が悪い時に飲むすごく苦いお薬の材料だよ。ダグザさんにもしも川の近くに行った時、見つけたら採ってきてくれって頼まれたんだ。かなり臭いけど、見るか?」
それを聞いたレミーたちはすぐに首を横に振る。
彼らがダグザを苦手としているのはいつもの何かとぶっきらぼうな態度だけではない。怪我した時や病気の時に、子供が嫌がりそうな湿布や薬を持ってくることが原因の一つでもあったのだ。
「わかったよ。もう袋の中身のことはいいから、早くシグたちのところに行こうぜ」
アインとシエラも首を縦に振る。
速人は「俺は別にかまわないんだぜ?見るか?見ちまうか?」と性格の悪そうな笑顔を浮かべてダメ押しに出る。
レミーは崖とは反対側にある坂道のほうへ一人で歩いて行ってしまった。
「お姉ちゃん、待ってよ!」
「レミー!」
ずかずかと歩いて行ってしまったレミーの後をアインとシエラが追いかける。
速人は風呂敷を背負って三人の後について行った。
余談だが、レミーが坂道を下って行ったことは正解だった。
川沿いの道には水キツネの死体がたくさん転がっていたからだ。
レミーは薄々と気がついてるだろうが、アインやシエラは逃げたくらいにしか思っていないだろう。
速人は基本的に強さを誇示して恐れられるよりも、道化として相手に笑われる方が良いことであると考えている。
結局、自分が強いかどうかは自分が知っていれば良いことなのだ。
真の強さとは上っ面ではない、隠された奥底にあるものという速人の哲学でもあった。
ズシリと重たい風呂敷に詰まった戦果が何よりもそれを雄弁に物語る。
速人はアインとシエラが坂を転げ落ちないように用心深く見守る。
それこそが強者の役割なのだ。
坂を登ったり、下ったりしながら二つくらい越えたあたりでシグたちのいるであろう大岩にまでたどり着いた。
レミーが疲れている様子を見せていたので、代わりに速人とアインとシエラがシグルズたちを呼び掛けた。
「シグ!帰ってきたよ!アインも、レミーも一緒だよ!」
シエラの声に気がついたシグルズたちは次々と下にやってきた。
多少、無責任にも思うが友人たちを心配していたのだ。
「シグ!遅れてごめんね!」
降りて来たシグを見るなり、アインが頭を下げる。
先に行ってしまったシグたちを咎める様子を見せないシエラとアインの姿を速人は誇らしく思った。
「アイン!シエラ!お前ら、無事だったのか!」
シグルズたちは二人のもとに駆けつける。
待っている間に不安が頂点に達した為か、皆泣き出してしまった。
そんなシグルズたちをアインとシエラは「大丈夫だ」と言って優しく迎え入れていた。レミーは何か言いたそうだったがアインたちが落ち着くまで黙っている様子であった。
「ドレイ!アインたちを連れてきてくれて、本当にありがとうな!」
シグルズが速人のところに来て礼を言ってくれた。呼び名は相変わらず「ドレイ」のままだったが、結果的に全員無事だったので何も言わないことにした。
だがレミーがシグルズの頭に拳骨を落とした。
「おい、シグ。さんざん世話になっておいてドレイはないだろ。子分のお前が恩知らずだと、俺まで馬鹿だと思われるじゃねえか」
レミーのゲンコツが痛かったらしくシグルズは目に涙を浮かべている。
「じゃあ何て呼べばいいのさ」
レミーは速人の近くを一周した後に、顔をじっと見つめる。レミーを近くで見ると髪の色はマルグリットのような赤みがかった金髪だが、エメラルドの瞳や整った鼻の形など顔のつくりはエイリークによく似ている。
将来は赤いミニスカートのチャイナドレスが似合うヌンチャク美人になるだろう。極めて有望な人材だ。
「うーん。豚みたいな顔をしているから、それに何か不潔そうだし……いっそブタクソでいいんじゃないか。なあ、ブタクソ?」
この世には絶対につけてはいけないあだ名というものがある。
ブタゴリラ。
ゲジゴン。
ゴリライモ。この辺りだ。
どう考えても友人につけるあだ名ではない。絶対に悪口だろう。
先ほど命名された「豚糞」もその類のものであることは間違いない。
速人は殺意の籠った瞳でレミーを睨みつける。
「素晴らしいネーミングセンスですねえ。速人、感激しちゃいましたあ。うふん。ところでレミーさんはエイリークさんにそっくりですねえ。主に中身が」
「テんメエ、今ここで決着つけるか?ああッ!!??」
逆鱗に触れられたレミーが速人の首を絞める。
さして抵抗もしなかったので速人の顔は真っ青になってしまった。
その後アインとシエラに止められて、レミーは引き下がった。
これでは益々、あの何かと大人げない父親と同じではないかと反省する。
速人も少し言い過ぎてしまったか、と反省している。
その後は特に何も起こらなかったので、レミーたちは無事に入り口まで辿り着くことが出来た。




