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第二百六話 滅殺奥義‼ 獄門の六、磔(はりつけ)‼ 

 速人の8個の必殺技の一つ、磔が登場します。本シリーズでは「磔」の他に「釣瓶」、「火車」が登場します。どんな技か想像してみよう!


 次回は七月十九日に投稿する予定。

 「仲間の為に己の命を顧みぬとは、敵ながら天晴なヤツだ…」

 

 スコルは爆心地において生存していた。但し無傷ではない。

 彼の全身を覆っていた天然の装甲たる緑色の毛皮と鱗には凍りつき、焼かれ、引き裂かれ龍種の持つ再生能力をもってしても追いつかないほどの夥しい傷痕が見られる。


 ぐっ。スコルは無言で左腕に刺さった木片を引き抜いた。そして開いた傷口に手を当てて応急処置を施す。


 「…?」


 その最中、スコルは二の腕に引っかかっていた黒く細い糸を見つける。速人がスコルの肉体を拘束しようとしていた道具だった。


 (これは…魔術で鍛えた繊維か。あの爆発に耐えるとは信じられない強度だな)


 スコルは黒い糸が緑色の体液に癒着する前に取り除く事にした。

 龍種の持つ超常の域に達した再生能力をスコルは完全に制御する事は出来ない。特に今のスコルのように消耗した状態ならば取り込んだ繊維ごと肉体を再生する可能性もあった。

 そう通常ならば、黒い糸は異物として体外に排出されるのだろうが今のスコルは極限ではないにせよかなりの精神、体力を消耗している。


 (追撃はあるまい。仮に小僧が生きていたとしても立っていられるかどうか…)


 スコルは己の命の刻限が近づいている事を察して一刻も早く門の前に戻ろうとする。スコルの最後の使命とはオーサーとの約束を果たす事、即ち李宝典とエイリークとの接見が終わるまでダグザたちの足止めをしなければならないのだ。


 「急がねば私に残された時間はあとわずかなのだ…」


 スコルの頬に一筋の涙が流れる。それは命が失わる事を惜しんでの事か、スコル自身にも理解できない。なぜならばスコルは身体の各所から伸びている糸によって身動きが取れなくなっていた。


 「つくづくおめでたい奴だな。勝利を確信するのは俺のそっ首を拝んだ時だけだぜ?」


 少し離れた場所に速人が立っていた。小さな体に張り付いた落ち葉を払いながらスコルの方にゆっくりと近づいてくる。

 

 速人は無傷では無かったが、あの爆発に巻き込まれたとは思えぬほどの軽傷だった。そして速人はこれ見よがしにダグザから渡された呪符を見せる。


 「いや実際、危なかったよ。一瞬だけ”土王城壁”の中から脱出できる呪符これが無ければ今頃バラバラになっていただろうな…」


 速人は大きな口の端を歪ませながらヌンチャクを八の字に振り回す。


 (本来ならば術者が結界の中を自由に行き来する為に用意する呪符か。失念していた。まさか真剣勝負の最中にそのような事を考えていたとはな)


 もしも敗因があるとすれば、速人の悪辣さを侮っていた自分の甘さなのだろう。


 スコルは敗北を受け入れ、自嘲気味に笑った。


 「無から生じた私にとって主から知性を与えられた事は、親から愛を受けた事に等しい」


 腹部が内側から発光する。スコルは残った力を集結させて体内に龍種の秘宝”如意宝珠”を作り出そうとしていた。


 (完全な”如意宝珠”を精製して外気に触れさせばすぐに崩壊して、結界ごと林を焼き払うぐらいの事は出来る(※オーサー完無視)。神仙の一柱たる李宝典殿ならば生存は可能だ。何よりこの小僧を主に合わせるわけには行かぬ。この小僧は人の形をした破滅そのものだ…)


 スコルは自我に目覚められた時にフラスコの外で愛おしそうに自分を見つめる水夾京の顔を思い出していた。


 「私は主の愛に報いる為にこの命を費やす。主の意志に反する結果となってしても悔いは無いッッ‼」


 「…俺も同じだよ、犬っころ。大の男が一宿一飯の恩義を忘れるような生き方はしたくねえんだ。あの世で俺を憎んでくれや」


 速人は服の内側から三本のヌンチャクを取り出す。そしてヌンチャクを両手に持ち、空中に投げてジャグリングの要領で合計四本のヌンチャクを振り回した。


 スコルは全てを諦め何かを悟ったかのように頷く。


 「貴様の前途に死と呪いを…」


 スコルは糸で樹木に繋がれた腕を振るう。


 速人は自分のすぐ近くに張ってあった糸をヌンチャクで立ち切り、スコルの攻撃を後ろに避ける。


 ぶおんっ‼


 その直後、スコルの額と背中をどこからか飛来した木の枝が貫いた。スコルの貌が苦痛に歪む。

 少なくとも如意宝珠を精製している間は、スコルの肉体は無敵にはなり得ない。


 速人はスコルの反応が遅れた事を確認すると二本のヌンチャクで肩のつけ根を打って肉を削ぐ。敵に対して一片の温情を抱く事は無い。

 続いて速人はスコルの体に刺さった短刀の柄をヌンチャクで叩いて落とした。短刀が地面に落下すると同時に糸が一人でに疾走はしってスコルの肉を斬り裂く。


 ザクザクザクッ‼


 一瞬で糸が巻きついていた木の枝数本がまたもやスコルの肉体を貫いた。


 スコルは身体を前に倒して胸部を庇う。不完全な状態の如意宝珠を破壊されても爆発する事は無い。


 (ここは天然の牢獄と化していたのか…)


 スコルは速人に背を向けて脱兎の如く駆ける。しかし要するにそれが良く無かった。


 ぞぞぞぞぞぞっ‼‼


 スコルが肉体を再生する際に謝って取り込んでしまった速人の仕掛けが一斉に発動する。

 先端が鉤状になった無数の針がスコルの骨に食い込んで糸が巻き上がる。糸は木の幹に巻き取られ、スコルの肉体はバラバラに吊るしあげられた。

 彼の並みはずれた筋力と再生能力は極限の状態で自分の体を破壊する為に真価を発揮する。抵抗するどころではない痛みに反応する度にスコルの肉体は捻じられ、引き裂かれ、挙句の果てには千切られていく。こうなっては断末魔を上げる時間さえもなくスコルは己の肉体が解体され、つるし上げられる光景を見ているしかなかった。


 そうスコルは逃げるべきではなかったのだ。


 数分後、スコルの体が二十四等分くらいになったところで、速人が姿を現す。

 彼の小さな手には糸と先端が鉤状になった釣り針が握られている。この時、スコルは敗者に課せられた拷問の如き処刑が終わった事を確認する。その意識が失われる最後の瞬間、スコルは速人の勝利を寿ことほいいだ。


 「お前の勝ちだ。この先に進んで、もっと恐ろしい目に遭って来い。化け物の私は地獄にさえ行くことが出来ないが、ここからお前の苦しむ様を見ていてやる」


 スコルは光を失い、視界が霞む中で速人を見ようとする。


 速人はゆっくりと右手を下げてから手刀の形を作った。


 「堕獄必定は武士の誉れ。犬っころ、その戯言は冥途の土産に取っておいてやる」


 ずぶッ‼


 速人は鋼鉄にも比肩する手刀でスコルの胸に穴を開ける。そして皮膚と骨と肉を搔い潜り、目的の物を引き当てた。


 「ぬぐうッ‼」


 スコルは口から血の泡を吹いて絶息する。


 ぐちゃあっ‼


 速人はいい感じの水色というスコルの血液に塗れた右手を引きずり出した。


 (かつてアーシェス・ネイは解呪の為にダーク・シュナイダーの肉体から心臓を取り出したという…。俺もいつかやってみたいと思って毎日手を鍛えていたわけだが、こんな形で叶うとはな。読んでいて助かったぜ、BUSTARD‼~暗黒の破壊神~‼アニメ版ネトフリから現在(2022年7月)配信中だぜ‼)


 速人は敬愛する萩原一至先生の一日でも早い業界復帰を祈りながら、スコルの体内にあった如意宝珠を頭上に掲げた。そして満面の笑みを浮かべながら土王城壁の呪符を使って結界の外に出る。


 その頃、ダグザはいつも以上に真っ青な顔で頭を抱えていた。


 (あんな物、見るんじゃなかった。いや絶対に見るべきじゃなかった…)


 ダグザは内部の様子を皆に内緒で覗いた事を猛烈に後悔する。速人の精神性というか凶暴さに慣れてきたつもりだったが見当違いだった。加えて速人から戦闘前に”見たら殺す”という鶴の恩返しのような忠告も受けている。


 (果たしてあの殺人鬼に私の言いわけが通用するのか…)


 ダグザが深刻そうな顔で一か所をぐるぐると回っていると結界の出口の方から”高原の羊たち”のメンバーの声が聞こえてくる。はやとが無事に帰還したのだ。


 (待て待て私。ここで動揺する素振りを見せればそれは中を覗いていた事を白状するようなものだ。ここは一つ冷静にすっ呆けようではないか)


 ダグザはハンカチで額の汗を拭うと快活な表情で走り出した。その姿を彼の妻レクサと妹分のケイティとモーガンが三者三様のジト目を向けている。


 「…あれは見ちゃいけないものを見てたわね。駄目押し食らったのに何でやるんだか…」


 レクサは幼い頃より行動を共にしている夫の姿を戒めるような視線を向けていた。ダグザは冷静な男だが、たまにルギオン家の血筋というか好奇心を制御しない悪癖を持っていた。


 「そうそう。ダグ兄ってさたまに無鉄砲になるのよね。どんだけ痛い目に遭えば反省するのやら…」


 ケイティは昔ダグザがエイリークと一緒に戦場を見に行って大量のゲロを吐いた時の事を思い出す。あの時はダグザの両親以外に穏健派の父ベックもダグザを怒っていた。ダグザは普段は頼れる年長者の役割を果たしているだけに失望も深い。


 「うんうん、お姉ちゃんの言う通りだよ。ダグ兄のそういうところって親方にそっくりだよねー」


 モーガンは両腕を組んで頭を何度も縦に振っている。


 やや時間が経過した後、女性陣は同時にため息を吐いた。


 ダグザはハンス、ケニー、トニーらに囲まれて歓待されている速人の前に到着した。


 「無事だったか、速人」


 ダグザは速人の働きを労うように肩を叩く。


 「ダグザさん、普通に痛いから止めて」


 速人は引きつった笑いを浮かべるダグザの手を取り、ゆっくりと放す。ダグザは速人の素っ気ない態度に怒りを覚えるが、そう言われてみると速人は全身に大小様々な傷を負っていた。


 「すまない。今回は私の配慮不足だった。お詫びと言っては何だが治療を手伝わせてくれないか?」


 ダグザは破顔しながら背中のリュックから消毒液や包帯を取り出す。速人はダグザから応急処置セットを奪い取ると地面に腰を下ろして治療を始めた。


 「何か手伝う事はないか?」


 「けっ…裏切り者に背中を預けるほど俺は優しくねえよ」


 速人はダグザを一睨みすると治療に戻る。スコルとの戦いで受けたダメージは未だに回復していない。


 「悪かったと言っているだろう。そのお前の事が心配だったんだ…」


 ダグザは速人の隣に腰を下ろしてから頭を下げる。


 「今回だけは特別に見逃してやるけどさ、これっきりにしてくれよ。俺は六百年続く暗殺者の一族の末裔なんだ。いざとなれば友情よりも家業の方を優先しなけりゃならねえし…」


 速人は応急処置を終えるとすぐに立ち上がる。


 「ダグ兄と速人、二人とも何の話をしているんだ?」


 大市場の顔役であるアルフォンスの息子ケニーが驚いた様子で二人に尋ねる。

 人懐こい大きな瞳が印象的な青年だが、顔立ちは若い頃に”高原の羊たち”に所属していた母親シャーリー似らしい。


 「ふっ、覗き魔のおっさんに社会のルールを教えていただけさ」


 速人はダグザを蔑むような目で見ている。

 最初からダグザ本人に悪意が無い事はわかっていたが”見るな”と警告した事を無視したのは許し難い。

 速人の一族に伝わる”獄門”と呼ばれる技は門外不出であり、それを見られる事は奥義を破られるにも等しいのである。


 速人はこのネタで会話のマウントを取る事を考えていた。


 応急処置を終えた速人は高原の羊たちのメンバーを集めて次の作戦の話を始める。


 一方”高原の羊たち”の暫定リーダーであるダグザは相変わらず落ち込んだ様子のままだった。


 「速人、これからワシらどうしたらいいんじゃ?万が一にもエイリークとマギーが負けるとは思わんがのう」


 隊員随一の巨漢ハンスが身を乗り出して速人に問う。

 彼はエイリークたちの実力を疑ってはいなかったが歴戦の勇者の勘が今回の敵の異常な強さに一抹の不安を覚えていた。若いトニーやケニーらは”それはハンスの杞憂だ”と苦笑していたがレクサを始めとする古参のメンバーたちは難しい表情のままだった。


 「俺は…、エイリークさんたちに急いで合流した方がいいと思っている。さっき倒したヤツの強さはどう考えても普通じゃないレベルだった」


 「だけどさ、速人の坊や。アンタそいつをあっさりと倒したじゃないか」


 ハンスの妻モーガンがいつもとは違った険しい表情になっている。

 彼女はマルグリットらと同じく盗賊の作った集落で生まれ育った人間だった。エイリークとマルグリットの強さを疑うような発言をした速人にちょとした憤りを覚えていたのかもしれない。

 しかし速人は首を横に振ってモーガンの疑問に答える。


 「多分オーサーのバックにいる奴らはさっき戦ったヤツよりも強い。エイリークさんとマルグリットさんとソリトンさんでも無事でいられる可能性は低いよ」


 「…エイリークとマギーが喧嘩で負けるってそんなの信じられないよ」


 その時、速人に詰め寄って行きそうなモーガンの肩をレクサが掴んだ。レクサは速人の懸念もモーガンのマルグリットに対する信頼も十分に理解している。


 「落ち着きなさい、モーガン。マギーたちは滅多な事じゃ死なないから。そんな事はアンタが一番良く知っているでしょ?それで速人、貴方はこれからどうするつもりなの?まさか三人を見殺しにするつもりじゃないでしょうね」


 レクサもモーガン同様にエイリークたちの身の危険を心配していた。エイリークとマルグリットが戦いで負けるなど考えた事が無かったが、今回の敵はオーサーも含めて未知数な部分が多い。


 「これからみんなの前でそれを説明するから少し待っていてくれ」


 速人はレクサにそう告げるとスコルとの戦いで使った武器の点検に入る。今回の戦闘は予想以上に武器を消耗してしまった。街に戻るまで補充出来ないので、残った武器で戦うしかない。


 (こんな子供まで戦いに巻き込むなんて、私たちもヤキは回ったものね…)


 レクサは腕を組んでため息を吐くとダグザを含める残りのメンバーをその場に集める。




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