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第二百五話 この世で最も強き毒、その名は人の邪心

次回は書き溜めの為に七月十四日くらいを予定しています。すいません。

 時は少しだけ遡り、舞台は速人とスコルの決戦の場となる。


 スコルの肉体は街で化けた時よりも小さくなっていたが戦闘力は格段に増していた。

 両手の鉤爪は刀剣のように伸び、振り回せば同一線上の対象を容赦なく焼き切った。

 今のスコルには龍種の神格が宿っていたのである。

 

 速人は猛火の脅威に臆する事無く冷静に対処する。

 攻撃範囲内から素早く逃れては反撃の隙を伺い、急所にヌンチャクを当てる。

 棍の先端に装着された鉤爪の部分はスコルの毛皮と肉を剥ぎ取っていた。

 一撃、また一撃と速人の攻撃を受ける度にスコルは己の肉体の一部を失う。肉と毛皮を削ぎ落された痛みなど最初から問題にしてはいなかったが、スコルは速人の企みに気がつきつつある。


 「小僧。お前が我が肉体をどれほど傷つけようともすぐ元通りになる。何を企んでいるかは知らんが、ことごとくが無駄な努力だと思え‼」


 スコルは右腕に意識を集中し、剥がされた部位を瞬間再生させた。

 そして巨体を翻してサマーソルトキックを放つ。


 速人は身体に当たるギリギリのトイミングで後方にジャンプしてこれを回避する。技の直後に衝撃で地面がめくれ上がり、木の破片と土が爆散した。


 「ホオオオオオッ‼」


 速人は両足を肩の広さまで開いて、ヌンチャクを構える。そして不動の拠点から全方位に向ってヌンチャクを振り回しスコルの放った飛礫を弾き飛ばす、攻防一体のヌンチャク技”炎の種馬”だった。

 飛来する猛威の数々をヌンチャクで打ち返し、撃ち落とし、ひたすらに破壊する。ヌンチャクを極めんとする速人に死角などない。


 「バカな……ッッ‼」(※ダブルミーニング)


 スコルが空中で身を翻して蹴りを放ち着地するとそこにはヌンチャクを構えた無傷の速人のが立っていた。速人の足元にはそこの部分だけ土や木片が残っていない空白が出来上がっていた。


 「毎日家族の中で一番最後に起きて来る自堕落の化身のような中年夫婦(エイリークとマルグリットの事)ならば大怪我をしていたところだが、毎日太陽が昇る前に起きて家事をしている俺にはこの程度の技は効かん。威勢が良いのは口先だけか?」


 ひゅんひゅんッ‼ひゅひゅんッ‼ひゅんッ‼


 速人は身体を一周するようにヌンチャクを振り回す。


 「このような小細工で私を倒すつもりか?」


 スコルは骨が剥き出しになったワニのような口を開けてから一気に閉じる。


 ぶっ‼ぶっ‼


 次の瞬間、木と木の間に張り巡らされていた黒い糸が食いちぎられた。


 があッ…べっ‼


 そして、こんな不味い物は食べた事がないとばかりに口外に吐き出す。


 「おいおい。それはダグザさんに頼んで作ってもらった特注品だぞ?多分食べたらお腹を壊すだろうけど胃の中に収めておけって」


 「断る。仮に魔術で強化された糸で私の動きを封じたところで無駄な事だ。主の制御を離れた私の肉体の強度ならばご覧の通り容易く食いちぎる事が可能だ」


 「へえ、そりゃあすごいな。墓碑銘に”怪力無双”って刻んでおいてやるよ」


 スコルは両手の鉤爪を振り下ろす。


 ギギンッ‼


 速人は以前の物よりも棍の部分を大きく作ったヌンチャクを交叉させて是を受け止める。


 スコルは剥き出しとなった金色の歯を噛み締めながら力を込めた。


 「さっさと潰れろ、下等動物ッ‼」


 「ははッ‼悔しいか、進化の頂点クン‼短時間なら俺でもこうやってショベルカーくらいのパワーを持ったお前の力を受け止められるんだ。ヌンチャクを舐めるなよ?」


 普通は出来ない。


 ダグザがこの場にいたらツッコミを入れる場面だった。速人はヌンチャクをバツの字にしてスコルの攻撃を受け止めた後、力を横に逃がしながら回避した。


 ドンッ‼


 スコルの爪が地面に突き刺さり、巨体から自由が失われる。速人は間髪入れずに跳躍すると木の幹を駆け上がってスコルの背後を取った。

 速人は空中からスコルの背中を目指して襲いかかる。


 「背中そこは私の弱点ではない。小僧、刺突し穿たれろッ‼」


 スコルの獣じみた絶叫と共に背中から四本の角がせり上がってきた。

 速人はヌンチャクでねじ曲がった角を全て破壊する。


 そして速人はスコルの背中に降り立った。


 「…体をデタラメに作りすぎたな。人間の体ってのはそれ自体が奇跡的にバランスの取れた芸術作品なんだよ」


 そして背中の中心に向かって正拳突きを打ち込む。


 ガンッ‼


 それは巨大化したスコルの全身を震わせるような一撃だった。


 「ギャヒンッ‼」


 スコルは悲鳴を上げながら転がってその場から離脱する。


 「くくっ…無限の再生能力に無敵の防御力か。もう何でもアリだな。だが自分の身体に施した魔術が強力であるほどに魔力の循環は重要になってくる。現実世界でのマッサージ技術の応用だ。こちとら伊達に年間百人以上のジジイやババアの体を揉んでねえんだよ‼」


 速人は地面を蹴ってスコルに接近し、左の脇腹を蹴り上げた。


 「ぐぎゃああああッ‼」


 スコルは絶叫し、嘔吐しながら地面をのたうち回る。同じ頃、自分の家で寛いでいたベックとアルフォンスは速人にマッサージしてもらった部分に違和感を覚えていたという。


 「速人の野郎、力いっぱい揉みやがって…。手の跡が残っているじゃねえか」


 アルフォンスはいつの間にか赤くなっていた右のふくらはぎを摩る。赤くなった部分に痛みは無いが、速人がマッサージしている時に帳面を覗きながら作業をしていた事が今さら気になっていた。


 (ひょっとして俺は実験台にでもされていたんじゃないか?)


 アルフォンスはふと気になって部屋の窓から外の景色を見る。


 (そういえばオーサーを見つけたら教えてくれとか言っていたな。妙な事にならなければいいんだが…)


 アルフォンスは怪我の具合を確かめながら大市場の中心にある百貨店の方に向った。


 一方、スコルが横転して現場から離脱しようと試みたがそれを許す速人では無かった。スコルが起き上がろうとすれば足にヌンチャクを当て、足を庇おうとすれば今度は手を狙う。

 敵に反撃のきっかけなど一分いちぶも与えない。

 横たわった状態から反撃に転する事が不可能と悟ったスコルは地面に向って突風の如き息を吐いた。


 息吹を吐く際に、力をコントロールする暇が無かったのでかなりの小規模になってしまった。

 だがスコルの起こした突風は周囲の草木と土を巻き上げ速人を後退させるに至る。


 (マズイ‼接近戦では勝てないッ‼さらに距離を取らなければ…)


 スコルは体内で火の魔力を練り上げて”ファイア息吹ブレス”を使おうとする。だが時既に遅し。この時点においてスコルがどれほど足掻こうとも既に速人の術中にあった。


 速人は火の魔力を宿した魔晶石の欠片をスコルの肉体にばら撒く。”炎の息吹”に反応した赤い魔晶石は瞬く間に着火してスコルの肉体の上で破裂した。


 「ぐうッ…がはッ‼貴様、何という事をッ‼」


 スコルは喉の奥に自分で起こした火気を飲み込んで咽返むせかえる。出口を失った火気はスコルの頭部を内側から焼いた。


 「昔から考えていたんだよ。竜が火を吐く時に背中か腹に一発入れたらどうなるかってな‼」


 速人はスコルの左側に回り込んでわき腹に短刀を突き刺した。


 ナインスリーブスは基本的に四大精霊と呼ばれる存在によって魔力が循環している、と言われている。これはナインスリーブスという世界の創造に携わった水夾京という仙人がヨーロッパ出身の医者だった事が原因である。


 速人は開拓村にいた頃、エルフのスタンロッドから聞いていたのである種の魔術が効力を発揮すると魔晶石が反応するという性質を理解していた。さらに速人は角小人レプラコーン族の魔術師ダグザから研磨した魔晶石の近くで魔術を使うと暴走して破裂するという話を聞いている。

 そして速人が今さっきまで握っていた短刀の柄には赤い宝石が埋め込まれていた。


 (魔術が使えない俺でも他者の魔力を応用して魔術道具を使う事は出来る…。そしてお前の肉体の性質も理解出来た)


 速人はスコルの腰の上に移動して別の短刀を突き刺した。不幸にも外皮を強化しすぎたスコルはそれに気づかない。速人は髪の毛ほどの細い糸を短刀の柄に巻きつけて別の場所に移動した。


 「羽虫ごときが、龍種の力を覚醒させた私に勝てるつもりか‼その小賢しい企みごと引き裂いてやる‼」


 「なるほど龍退治か。つくづく俺の家系は因果なものだな」

 

 その時、速人は自身の祖父不破隼介の言葉を思い出していた。


 (いいか、速人。童子様が故郷への恨みを忘れなかった時に、俺たちは恩返しとして童子様を殺さなければならなくなった。だから俺たちはこの世に災いを為す者を滅ぼさなくちゃなんねえ、相手が誰でもだ)


 彼の言う”童子様”とは速人の母方の故郷に伝わる英雄”青龍童子”という人物の事だった。


 「くくっ…正しく”この世に滅せぬ者のあるべきか”だな‼」


 ざくっ‼


 速人は凄みのある笑顔を浮かべながら、スコルの背中に短刀を突き刺した。


 「読めたぞ、小僧。ナイフに仕込んだ火の魔晶石を連続爆破して私の肉体を破壊せずに解体するつもりか。なかなか悪くない戦法だな‼」


 スコルはそう言って首筋に刺さった短刀を引き抜く。短刀の柄には人間の髪の毛ほどの糸がついていた。


 (身体の拘束と連続爆破による再生能力の無効化。つくづく気にいらん)


 ブツッ‼


 スコルは力任せに糸を引き千切る。そして速人の短刀を掌に収めて水の魔力を流し込んだ。


 ピシピシィ…。


 短刀の柄に埋め込まれた赤い魔晶石に亀裂が走り、瞬く間に塵芥と化す。


 四大元素の特徴とは地水火風の精霊の力が同等であり、特に自然界が作り出した魔力の結晶体である魔晶石は別属性の魔力を注入されると原型を保つ事が出来なくなる。


 「このように私が全身から水の魔力を発すれば貴様の愚策はそこまでだ…。所詮は猿にも為れぬ新人ニューマンのガキが後悔する暇さえ与えんッッ‼‼」


 スコルは龍種の象徴たるねじれた角に魔力を集中させて水気を作り出した。頭頂部、背中、左右の肘から皮膚を突き破って山羊のような角が現れる。

 しかし、力の代償として生身の部分が崩壊して機械の義手のような物に置き換わった。


 「ぐ…ッ‼これしきの痛み…」


 スコルは苦痛に呻きながら速人の動向を注視する。


 「その醜い、化け物のような姿がお前の覚悟か。いいぞ、お前には俺を殺す資格がある。互いに譲れぬ物の為、命という命を根こそぎ削り合おうじゃねえか」


 速人は半獣半人の姿となったスコルの姿を見てほくそ笑む。


 「水蒸気に焼かれて死ね‼水天アプサラス抱擁テンプテーションッッ‼」


 スコルは口を大きく開き全身から高熱の蒸気を発した。灼熱の咆哮がダグザの作り出した”土王城壁”内部に響き渡る。


 「はははははッ‼お前、つくづく賭け事に向いていない性格だな‼切りジョーカーってのは最後まで取っておくもんだぜ‼」


 速人は自分の腕に巻かれている糸を引く。糸は即座に巻き上げられてスコルの体を縛っていた物が消えて、その代わりにバスケットボールくらいの大きさの青い魔晶石がついた糸がスコルの体に巻きついた。


 青い魔晶石はスコルの魔力に反応して周囲に白い冷気を放った。

 冷気は瞬く間に木々を凍らせて霜を作る。しかしスコルの放った高熱の水蒸気は冷気で凍った部分に触れると爆散した。


 「これしきの爆発では我が肉体は…ッ‼」


 スコルは両腕を重ねて顔面を庇うようにガードを固める。青い魔晶石の内部に込められた”瞬間冷凍”の効用を持つ水の魔力、”水天抱擁”の魔術の高熱を含んだ水蒸気が僅かな手順の違いによって術者自身を襲う。

 体内に如意宝珠を宿す龍種と同等の力を得た自分ならば耐えられる、という自信がこの時のスコルにあった。


 ドドドドッ‼


 スコルは周囲の木々が堰を切ったように自分に向って倒れ込んでいる事に気がつく。


 「しまった…ッ‼罠は一つでは無かったのか⁉」


 「その通りだ。短刀に仕込んだ糸はお前の体だけじゃない、お前の周りに生えている木にも繋がっていたんだ。もちろん木にも魔晶石がついた短刀が刺してある」


 その時、スコルの目の前に爆発によって砕けた木の残骸が飛来する。木の幹には赤い魔晶石が仕込まれた短刀が刺さっていた。


 スコルはガードを解いて木の残骸を叩き落としたが、同時に魔晶石の発した火の猛威を浴びる事になった。


 「バカな‼こんな周囲一帯を同時に爆破すれば貴様も死ぬぞ、小僧‼」


 速人は氷雪と火炎の乱気流に囲まれながら笑っていた。


 「はははッ‼お前がどこの誰で、どんだけ凄いかは知らねえがよく覚えておけよ犬っころ‼お前が戦っている相手は全宇宙きっての最低最悪の邪心を持った種族!”人間”だって事だ‼」


 次の瞬間、ダグザの作り出した土の結界”土王城壁”を内部から揺るがすほどの爆発が発生する。

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