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第二百四話 六洞帯主、李宝典

ついに登場‼どんな非常識なキャラが相手でも一切突っ込まない真面目人間”李宝典”‼


次回は七月七日に投稿するでよ‼


 「速人。ワシとカミさん(モーガンの事)で何か手伝えることはあるかのう?」


 ハンスが大きな声で速人を呼び止める。彼は結界の中にスコルを閉じ込めた際には妻と二人で速人を連れ出すつもりだった。


 「そうだな。ハンスさん、みんなに言っておいてくれよ。これから絶対に何があっても結界の中を見ないようにしてくれって」


 「はあ?それはどういう意味だい、速人の坊や‼」


 ハンスの妻モーガンが素っ頓狂な声をあげる。近くにいたケイティが耳を抑えなければならないほど、この二人の声は大きかった。


 「これから使う技はさ。俺の実家で門外不出の技なんだ。見たヤツは相手を含めて殺さなきゃいけないからさ」


 速人は極めて爽やかな笑顔で言った。


 げっ‼


 その場にいた隊商”高原の羊たち”の隊員たちは全員、絶句してしまう。


 (ねえ、ケイティ。アレって冗談だよね?ね?)


 (モーガン。私もそうあって欲しいけど、多分アレは本気で言っているわよ?ホラ、ダグ兄が…)


 ダグザは口から泡を吹いて気絶寸前になっていた。


 「わかったわ、速人。要するに私たちがアンタの戦っているところを見なければ良いのよね?」


 いざ事態がどん詰まりとなれば、男性よりも女性の方が決断が早い。レクサは自我亡失となったダグザを押しのけて速人に尋ねる。


 「その通り‼流石はレクサさん‼」


 速人はニッコリと笑いながら大きく頭を振った。


 レクサは首を2、3回ほど横に振るとダグザを連れてその場から離れた。

 速人に大して言いたい事は山ほどあったがレクサたちではスコルを倒す手段は持ち得なかったし、先ほどのスコルの影武者との戦いでも速人の力はスコルに有効である事は実証された。


 「レクサ。君に大してあまりこういう事は言いたくは無いが…恨むぞ?」


 「はいはい。好きなだけ恨んでくださいな、旦那様。ここであの化け物と戦って数を減らすよりも速人に任せて無傷でエイリークを助けに行った方がいいでしょう?」


 レクサは後方の気配が変わる事を察知しながら歩みを進める。


 「…多分、速人の話が正しければエイリークたちが行った場所にいるヤツの方が厄介なんだから」


 そして彼女は独り言ちた後、息を吐く。彼女にとって戦いは十数年前に終わったはずだった。


 ダグザと違って肉親を失ったわけでは無かったが、レクサもまた友人や知人、恩師と言うべき人間を失った。

 だから十数年前にスウェンスが各国の要人らと共に街の皆の前で帝国と同盟に対する「相互不干渉条約」に調印した時に全てが終わったと思っていたのだ。


 「戦争に終わりがあると思っていたから、どんなに辛くても戦っていたのに。あの怪物は何なのよ。…私たちが何をしたっていうのよ」


 「レクサ、多分それは我々全員の責任だ。自分たちが幸福になったからといって現実の問題を見落としていた我々の責任なんだ…」


 ダグザは悔し涙を流しながら妻の肩を叩く。


 (速人。こんなところで死なないでくれよ。お前にはまだお祖父さまを連れ戻してくれた礼を言い尽くしてはいないのだから…)


 やがてダグザたちは雪近とディーを残してきた場所に到着する。

 二人は最初ダグザたちの帰還を喜んだが、エイリークたちと速人の姿が無い事に気がつくと気を堕としていた。


 「ところでキチカ。速人に言われた通りに”抜け道”は作っておいてくれたのか?」


 「はい。そっち方は出来ているんですけどね。どうも森の仕組みていうか勝手が普通のヤツと違っていて…」


 雪近は速人に言われて”妖精王の贈り物”の能力を使って自分専用の抜け道を作っていた。

 本来は即興で森の中に通り道を作る能力だが、速人の猛特訓により一日程度ならば”道”を維持できるようになっていたのである。


 「そうか。ご苦労だったな。ここからは戦闘が激化する恐れがあるからこちらの隊員を何人かつけるから先に街に戻っていなさい」


 …とダグザが言いかけた瞬間だった。


 林そのものを揺るがすような衝撃と耳をつんざくような爆発音が響き渡る。ダグザが必死の形相で振り返ると爆発地点は速人とスコルが戦っている場所だった。


 同じ頃、エイリークたちは林の中でオーサーと対峙していた。


 エイリークとマルグリットは爆発音が聞こえてきた方角を訝し気に見ている。


 「ダーリン、今の爆発ってきっと速人が戦っているんだよね…」


 「十中八九、そうだろうな。敵を生きたまま爆破とか、あのガキは容赦って言葉が無えんだよ」


 エイリークはオーサーの姿を見る。


 当のオーサーは腰を抜かして地面に倒れ込んでいた。


 エイリークはマルグリットに後ろを向いているように頼むとオーサーに向って手を差し出す。

 オーサーは無言でエイリークの手を取って立ち上がった。


 「エイリーク、これノーカンで頼むわ…。マジで予想外だった…」


 「しゃーねーな。こっちも高いところに登っちまったソルを下ろすまで話は待ってくれ」


 「了解」


 ソリトンは今でこそ冷静沈着を絵に描いたような風貌な男だが、子供の頃は臆病でパニックになると木の天辺まで登るという奇癖の持ち主だった。

 このクセは、大人になってからはほとんど見る事が無くなったはずだが今回は余程恐ろしかったらしくエイリークたちが何度呼んでも降りて来そうにない。

 そこでエイリークとマルグリットは木の幹に何度も蹴りを入れて落っことす事にした。


 ソリトンは木から落ちる寸前でいつもの冷静さを取り戻し、華麗に着地する。

 降りた際には銀髪を華麗にかき上げて誤魔化そうとしたが額に血管を浮かべたエイリークとマルグリットによってボコられた。


 かくしてオーサーとエイリークの交渉は再開される。


 「まず最初に言っておくが、ここまで俺を追いかけて来てくれてありがとうな。…本当50パーセントくらいの賭けだったんだわ」


 オーサーは深々と頭を下げる。


 「それで話は戻るんだけどよ。実はなエイリーク、お前に合わせたい人たちがいるんだ」


 「あ?もう来てるだろ。お前の後ろにいるヤツ」


 「へ?」


 オーサーが振り返るとそこには仰々しい風格を備えた鎧姿の男が立っていた。


 「お前がエイリーク・ヴァスケスか。我が名は李宝典、樹泉山が六洞帯主の一柱だ」


 李宝典と名乗った男は掌に拳を合わせて一礼する。男の所作があまりにも堂々としていたので、エイリークたちは真似をして礼を返した。


 「エイリークです。…ヴァスケスっていう家名はちょっとしたトラウマなんで恥ずかしいから呼ばないでください」と最後に付け加える。


 「マギーです。ダーリンの奥さんをってます。最近はウェストが太くなって気になっています…」


 「ソリトンだ。一応バーモントという家名はあるが、ベックの家名のパーキンス姓で呼ばれた方が嬉しい」


 次いでマルグリットとソリトンも自己紹介を終える。


 「ふむ。礼儀正しくて宜しい。ナナフシに見習わせたいものだ」


 李宝典は同時もせず潤滑に話を進める。


 「それでリ・ホーテンだったか。お前の話ってのは何なんだよ。脳筋バカにもわかるように話してくれよな」


 「アタシら自慢じゃないけど結構なバカだよ?」


 …なぜか誇らしげな二人だった。


 「では率直に伝えよう。エイリーク、お前は新たな国を興し、この地の王となれ」


 李宝典の突拍子のない提案に、エイリークとマルグリットの目が点になる。


 「…は?」


 「そう難しく考えるな。直ちにこの地に或る二十四の自治都市を平らげて王を名乗ればいい。兵馬と食料はこちらで用意してやる、それだけの事だ」


 「…。ストレートすぎて逆にわけがわかねえよ。もうちっと複雑に頼むぜ」


 「わかった。順を追って説明すれば同盟の盟主と帝国の選帝侯に王の気概無し。また民草は仰ぐべき天が定かならずがゆえに流浪するばかり。今より二十年も経過すれば、新たな大戦が興る事は必然であろう。よって今の民が求めるのは強き君主、覇者なり。大英雄と呼ばれたお前が適任だろう」


 「タイム‼いきなりハードルが上がりすぎだ‼情報まとめるから、ちょっと待ってろ‼」


 エイリークはソリトンとマルグリットとオーサーを連れて移動し、円陣を組んだ。


 (何故敵方の俺が?)という至極もっともな突っ込みを我慢しながらオーサーは会議に加わる。


 「おい、オーサー。アイツの言葉の翻訳頼む」


 「さっき街で俺が言ったのと同じ話だよ。今の王様連中は駄目駄目だから、エイリークが自治都市をまとめて王になれってヤツ」


 話が終わるとソリトンが小さく手を上げる。普段より思いつめた表情となっていた。


 「…俺は個人的にはオーサーやリホウテンの話に賛成だ。このまま同盟や帝国が強引な領土の再配置を行えばノートンのような犠牲者が増え続ける。オーサーやイアンがいくら努力しても限度がある。彼らに意見する為には同等か、それ以上の権力が必要だ。融合種リンクス族だけじゃない眷属種ジェネシス族だって家畜のように移住させられている…何より俺はアムやシグに自分の事を誇りに思って生きて欲しい」


 ソリトンの話を聞いたマルグリットは落ち込んでしまった。


 マルグリットは融合種リンクス族として差別を受ける側として生きてきたが、レミーやアインは第十六都市の中で差別とは無縁の世界で生きてきた。ゆえにこの先、二人が融合種族の母親の血を引くという理由で困難な立場に追いやられる事を何よりも恐れてしまう。


 「あのな、それはアイツらの問題てあって俺らは関係ねえよ。ハニーも考え過ぎだって…人間ってのはな、どこに生まれたかじゃなくてどうやって生きていくかの方が大切なんだよ」


 がんっ‼


 エイリークはマルグリットの頭を掴んで頭突きを決める。マルグリットは目に涙を溜めながら頷いた。次にソリトンとオーサーに頭突きをしてから李宝典と話を続ける。


 「俺は敵側だっつーの…ッ‼」


 オーサーは額を赤く腫らしながら文句を言う。


 李宝典はオーサーの怪我は大事に至らない事を確認するとエイリークからの返答を待った。


 「それで返事はどうするつもりだ、エイリーク。王となるつもりならば全面的に支援をする。だがこちらの意に反して敵対するというならば身の程という物を思い知らせてやろう…」


 「答えはNOだ。俺は王様になる気は無えし、その程度のトラブルなんざ自分で何とかしてみせる。後な、他の連中の事は自分で決めさせる。俺が出来るのはそいつらの身の安全を守ってやるくらいだ」


 李宝典は目を閉じて首を横に振る。心なしか眉間にしわを寄せている。


 「…実に愚劣にして浅薄な考えだな。そもそも人は誰かが道を示さなければ歩き出そうとさえしない自堕落な生き物だ。か弱い者に「自分の考えを持て」と言う事がどれほど残酷な行為かを考えた事はないのか?」


 「お前、テオの親父みたいな事を言いやがるな。何が正しくて間違ってるかなんて誰にもわからねえんだよ。誰かがすっ転んだら手を差し伸べてやるのがせいぜいってところだ」


 エイリークは李宝典を睨みつける。


 エイリークが子供の頃、親友セオドアの父親は何かとベックやマルグリットたちと距離を置くように説教をした。

 彼は”おエイリークの将来に良くない”とか”人間には生まれ持ったさがという物がある”と人前であるにも関わらず凝り固まった差別的な方便を繰り返した。

 それを意に介するようなエイリークでは無かったが、彼が口を開く度にマルグリットたちが落胆した表情でエイリークの姿を見ていたのを今でも覚えている。

 だが何よりもエイリークが許せなかったのはセオドアの父親が自分の子供を人前で出来損ないとこき下ろす事だった。

 セオドアは彼なりに父親の期待に応えようと努力していたのに、セオドアの父親は何かと他者を引き合いに出して彼の努力を認めようとはしなかった。

 つまりエイリークにとって李宝典の言う”万民にとっての教導的な立場”など押しつけがましい僭主のそれでしかない。


 「俺のダチにテオっていう馬鹿でスケベでどうしようもなく出来が悪いヤツがいたんだけどよ。そいつはそいつなりに頑張っていたんだぜ?でもアイツの親父はそれを認めようとはしなかった。何かにつけてエリオの方が優れてるとか、融合種リンクス族に劣るとか貶しやがった。全く自分がどれほどのものだと思ってるんだよ。けどな、お前はテオの糞親父以下だ。どれほどの力を持っているかは知らねえけどよ。他人をペテンにかけて操り人形にしてそれで平和だと?世間様を舐めるのも大概にしろよ‼」


 李宝典はエイリークの方に向って手を出す。そして静かに言葉を紡いだ。


 「否。人には器という物があり、その器の大きさは生まれた時に決まっている。目先の物事しか判断出来ない者に事物の大局を知れという方が無体なのだ。お前の行いは羊の群れの中に狼を放って放置しているに過ぎぬ。羊には羊使いが、狼には檻が必要なのだ」


 「ハッ、話が全然通じねえな。俺様は万能で寛大だが、暇人じゃねえんだ。最近は寝起きにパジャマをたたんどけとか、うるせえ事ばっか言うヤツがいるしよ…」


 エイリークはそう言って地面に唾を吐く。


 「そーだ!そーだ!」


 マルグリットは拳を突き出してエイリークの意見に同調した。

 二人とも最近は速人に命じられて枕やシーツの交換を自分たちでさせられている。


 (それは普通、自分でやる事だろう…)


 オーサーとソリトンは深く考えないよう努力していた。一方、李宝典はさして動じる様子はない。


 「時にオーサーよ。お前は先に樹泉山に向え、門は開けておいた。私はこの男の英雄としての器を計らねばならん」


 「ええっ⁉李宝典殿、絶対にこいつ等こっちの言う事聞かないと思いますけど、良いんですか⁉」


 「…何も問題はない。この程度の輩、腕の一本でも失えば考えを改めるだろう」


 李宝典は右側の空間に向って魔晶石を投げ入れる。

 空間に波紋が生じた直後、どこか別の場所に通じるであろう”穴”が出来上がった。


 オーサーは手慣れた様子で”門”に向う。


 「エイリーク。友人として一応忠告をしておくが李宝典殿は神にも等しい実力者だ。くれぐれも怪我しねえ程度にしておけよ」


 「オーサー‼」


 オーサーは空間の隔たりに足をかけ一気に向こう側に渡る。


 彼にしてみれば、ここから先は一つの賭けだった。

 最強のエイリークとて圧倒的な力を持つ李宝典の前では考えを変えざるを得ないだろう。

 李宝典は、六洞帯主と名乗る者たちは世界の在り方を変えられる実力の持ち主である。

 仮に彼らと敵対しようものならば己の無力を思い知らされた後に死を迎える事になるだろう。


 (だが逆に考えれば連中の後ろ盾さえあれば今の世界を変える事が出来るんだ、エイリーク。頼むから早めにその事に気がついてくれよ…)


 オーサーは友の無事を祈りながら半泣きになって駆ける。


 一体いつどこで自分は間違えてしまったのか、と自問自答を繰り返しながら彼は闇の中をひたすら走るしかなかった。


 エイリークが抜け穴に向おうとするとその前に李宝典が立ちはだかった。


 「退けよ、おっさん。俺様はあの泣き虫に用があるんだ」


 エイリークは李宝典の鼻先の前まで踏み出す。だが腰に下げた武器ファルシオンの柄に手を触れる事はない。


 「泣き虫か、言い得て妙というものだ。しかしオーサーは”世界の捧げもの”となる覚悟を決めた男だ。お前も運命を受け入れて覇王となれ、エイリーク」


 「テメエを泣かしてからオーサーの後を追っかけてやるぜ。さっさと抜けよ、おっさん」


 エイリークは李宝典に背を向けて何歩か下がり、鞘から愛刀を引き抜いた。

 マルグリットは戦鎚を、ソリトンは短剣を構える。


 李宝典はエイリークたちの武器を確認すると地面に手をかざす。次の瞬間には電光と共に正八角形の絵図が現れる。李宝典の右手で印を結ぶと八卦図から一振りの刀を取り出した。


 「柳葉刀か。得意な武器ではないが…まあ、いいだろう」


 李宝典は片刃の曲刀を手に取ると軽く振って仕上がり具合を確かめる。


 「エイリークよ、己の意志の正しさを認めさせたければまず力を示せ。…弱者の戯言に耳を貸す者などいない」


 李宝典の持つ柳葉刀が持ち主の戦意を受けて煌めく。エイリークたちもまた各々の武器を構えて李宝典との戦いに臨んだ。

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