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第二百一話 勝手知ったる魔の森へ

次回は六月14日くらいを予定に投稿しています。


 「よし、見つけた。…これだ」


 速人は指先で目的の物を掴むとそのまま引きずり出す。エイリークとダグザは速人の様子から何らかの発見があった事に気がついて急行した。


 「ダグザさん、これだ。アイツらの体の中にはこれと同じ物が入っているはずなんだが…」


 速人はダグザの手の中に黒い輝石の破片を乗せる。ダグザは左手の人差し指と親指で掴んで輝石に目を凝らした。


 「おそらくは魔晶石の類だろうが…、錬成の精度が違いすぎるな。我々にとっては明らかにオーバーテクノロジーというものだろう」


 「何か魔力は感じる?」


 「搾りかす程度にはな。今でこそ黒い水晶な形をしているが、本来はもっと複雑な構造体だった可能性も否定できまい」


 ダグザは輝石の内部を漂う黒い霧状のもやを観察しながら言った。


 実験室に持ち帰って顕微鏡を使って観察すればもっと別の事実が発覚するかもしれないが現状ではこれが限界である。ダグザは未練がましそうな顔をしながら輝石を速人に返す。


 「ふんっ!」


 速人は黒い石を地面に転がすと一気に踵で踏みつぶした。


 「ああっ‼俺様がアクセにしようと思っていたのに‼」


 「頼むから敵にこれを使われて身体が乗っ取られるとか考えてくれよ」


 ふう、と深いため息を吐く。速人はエイリークが砕けた輝石を拾いに行かないように押し出した。


 「ダグザさん、苦戦しているみたいだな」


 速人は周囲の建物の影に潜むスコルたちを見ながら言った。


 「ふむ…。何もかもお前の言う通りになってしまった事はこちらとしても痛ましい話だが、ご覧の有り様だ。この厄介な敵の対処法を思いついているなら教えて欲しいところだが?」


 「そうだな。単純な話、影の外に追い出してから叩くのが一番だと思う。だけど向こうも対策ぐらいは用意しているだろうな」


 速人はこうしている間にも移動しているスコルたちの動きを見て、陣を操る者の存在を確信する。


 「陽光が、光が弱点なのか?」


 「いや光そのものが弱点なんじゃなくて、光への耐性が無いって感じかな。例えば光の下だと思うように動けないとか…」


 「ンなモン、風と水の魔術で鏡を作って光を反射させて当てればいいじゃんかよ」


 エイリークが首の関節をほぐしながら現れる。そして自身の持つ曲刀ファルシオンを頭上に掲げ、魔力を流し込んだ後に刀身に太陽の光を集めていた。


 速人はエイリークの武器に太陽の光が集まっている光景を神妙な面持ちで見守る。

 それは以前に暮らしていた世界では絶対に見られない光景だった。


 「すごいな、魔術ってのはこういう事も出来るのか。見直したよ、エイリークさん」


 「お、おう」


 エイリークは速人から一方的に見下されていると思っているので困惑気味になっていた。


 マルグリットは「ダーリンが照れている」と笑っていたが彼女遺骸がエイリークを弄ると途方もない報復を受けるので、他の面々は苦笑いをするばかりだ。


 「ま、こんなもんか…。で、ここからどうするんだよ?」


 エイリークは曲刀に太陽の光から抽出した魔力を収めた事を確認する。そして試しに二、三回ほど振ってみせる。刀の軌道に沿って光の線が見えた。


 「簡単に説明するとさっきの石ころがあいつらの本体なんだ。それで太陽の光に当たると…例えば幻に実態を与えるとかの効力を引き出し難くなる。それで石を吐き出させたらすぐに破壊する。これで大丈夫だと思うけど」


 「へー」


 エイリークは建物の影の中に隠れているスコルに攻撃を仕掛ける。そしてマルグリットとの神業的な連携ですぐに倒してしまった。


 カランカラン…ッ!


 マルグリットの棍棒を食らったスコルが転倒すると口から黒い輝石を吐き出してしまった。


 スコルは素早くそれを飲み込もうとするがエイリークの追撃に前蹴りを食らってしまう。

 輝石はダグザの放った魔術によって破壊されてしまった。


 ザザザザ…。


 その直後、スコルの肉体は黒い塵と化す。


 「よくこんな事を思いついたな。もしかして術の事を知っていたのか?」


 ダグザはやや驚いた表情で速人に尋ねた。


 「何つーかな、あくまで推理の段階だったんだけどさ。それが的中したみたいで…」


 マルグリットは棍棒を片手で回して武器の中に太陽の光を集める。


 「速人ってもしかしてすごい魔術師の家系に生まれたとか?」


 作業を終えるとマルグリットはあっけらかんに笑って見せた。


 「違うよ、マルグリットさん。あの敵の動きがね、三国志演義っていうお話で諸葛孔明が陸遜を追い払った時に使った術に似ていてさ」


 「ぬう…ッ⁉」


 その時、泉の水面から戦いを見守っていたウワハミの顔が一瞬だけ強張る。


 「そうなのかい、ウワハミ?」


 (おのれ羅漢中、何という書物を残してくれたのだ‼あれでは丞相が詐欺師のようではないかッ‼)


 ギリギリギリ…ッ‼、


 ウワハミは歯を食いしばしながら首をぶんぶんと振った。普段はおとなしいウワハミの変貌に流石のコウヨウシュも声をかけるのを躊躇ってしまう。


 「アレが我が宿敵の本領だ、李宝典師淑。敵の動向を細かく観察して術を見破ってしまう。やはりここは我が出張って決着をつけねばなるまい…ッ‼」


 柵の中でナナフシが好戦的な笑みを見せる。彼が祖先から授かった仙才の一つである雷が光を放っていた。


 「吠え猛るな、未熟者。お前の出陣を許さぬのは私の考えだけではない。両面獅の直々の伝言でもあるという事を忘れるなよ?」


 李宝典はナナフシに背を向けたまま恫喝する。

 ナナフシは何も言わずに柵から離れて胡坐をかいた。かつて人界において並ぶもの無しと言われたナナフシだったが、ありとあらゆる面で己を上回る両面獅の名前を出されては何も出来ない。


 「あらら、おとなしくなってしまったね」


 コウヨウシュは口元を羽扇で隠しながら笑いを堪えている。彼からすれば普段から何を言っても聞く耳を持たないナナフシが凹まされて溜飲が下がる思いなのだろう。


 李宝典はコウヨウシュに見向きもせずに答える。


 「それを何かが生み出した以上、式なればこそ陣や術はいずれ破られる物。無敵と呼ばれた蓬莱山の十絶陣も凡庸なる者の屍の山が払い除けたのだ。我が術もその例外ではない」


 だが今は何よりも速人の姿を目に焼きつけていた。術を見破られた事よりも、術で拵えたスコルの影武者を倒された事よりも李宝典にとって速人は相容れぬ存在となっていたのだ。


 「つまりあの魔術の正体知っていたのか?」


 「まだまだ推理の段階だけどね。それでもエイリークさんたちのおかげで正体がわかった。これは魔晶石を媒介に敵を増やす術だ。ある程度、数を減らせば魔晶石の本体が出てくるはずさ」


 速人は呼吸を乱したスコルがいないか、遠間から探る。

 この場合、李宝典の術によって再現されたスコルの分身たちの精巧さが仇となった。

 速人は電光石火の勢いでエイリークの戦果に対して反応が遅れたスコルに襲いかかる。


 スコルは爪や毛皮といった獣化させた部分で速人のヌンチャクを防ごうとするが全て不発に終わる。

 その理由とは、速人の狙いがヌンチャクによる攻撃では無いという事だった。


 ダンッ‼


 右足で地面を叩き、そこを拠点とする。

 左の掌で相手の顔面を抑えてから一気に左脚で地面を打つ。


 徒手(※体術的な解釈)の”面打ち”という技法に崩拳の技術を加えた”槍打”という打撃技だった。槍(棍)の先端で相手を打つ動作に似ている事がその名の由来である。


 速人は敵の肉体に触れた瞬間に”輝石”の位置を探り当て、槍打で体外に放出させる。


 (ナナフシの肉体は外勁に対しては無敵だったが、内勁とりわけ纏糸勁に対しては無防備だった。つまり奴らの作った仙具に対して発勁による攻撃は有効という事だ。やっぱり読んでて良かったぜ、漫画版(小学館)「バーチャファイター」‼)


 速人は心の中で「拳児」の作者が書いていた「バーチャファイター」の漫画に感謝した。


 そして地面に転がった黒い輝石はソリトンがナイフで破壊した。数分後、建物の影に隠れていたスコルの影武者たちは全て倒されていた。

 一番の功労者であろうエイリークとマルグリットはどこか現実感のない光景に落ち着かない様子だった。それもそのはず倒されたスコルたちは皆、黒い輝石に姿を変えてしまったのである。

 さらにダグザの”石のストーンブラスト”という攻撃用の魔術で輝石を破壊してしまったので塵芥になってしまった。


 「おい、速人。念の為に言っておくがよお…スコア的に俺とハニーが一番たくさん敵を倒したんだからまずそれを忘れるなよ」


 エイリークにしては珍しく息を乱していた。エイリークとマルグリット、全体の三割。他のメンバー、六割。速人、一割という具合だった。


 (ダグザさんは他のみんなを手伝いながら、最後は石を処分してくれたんだから一番の功労者はダグザさんじゃ…)


 速人が何か言おうとしたところダグザがトントン、と肩を突いてくる。


 「速人、今さらだが私の事は気にしなくてもいいぞ。それよりも今はオーサーを追いかけなければならない」


 ダグザは力無く笑った後にため息を吐いた。


 (…大人だ。ここに大人の不始末を収めてきた真の大人がいる…)


 速人はエイリークとダグザの歴史を垣間見たような気がしたので配慮と理解を示した。


 「ホラ、エイリークさん、マルグリットさん。今月分のお小遣いの追加だよ。大事に使ってね」


 速人はリュックから6000QP分の硬貨を取り出してエイリークとマルグリットの手に乗せた。


 「やったぜー‼これで明日はメッチャ豪遊できるぜー‼よっしゃ、オーサーの野郎をぶちのめしまくってボーナスゲットだー‼」


 「がんばろうね、ダーリン‼」


 バカ夫婦は合計12000QPをどう使うかを楽しそうに話し合いながら町の出口に向かった。


 「何あいつ等、速人君からお小遣いもらってるの⁉」


 一連のやり取りを見ていたケイティが思わず素っ頓狂な声を上げる。


 「最近ウチにお金を借りに来ないと思ったらそういう事だったのね。ケイティ、今はとにかくオーサーを追いかけましょう。反省会はそれからよ」


 レクサはケイティの手を引いてエイリークたちを追いかける。

 今のレクサは主婦業に重きを置いてはいるが、かつてはダグザと共にエイリークの片腕として隊商”高原の羊たち”を率いていた女傑である。

 この先の戦いがどれほどの苦戦を強いられるかを今の肌身で感じていた。

 ケイティもレクサと同じ考えだった様子で首を縦に振るとエイリークたちを追いかけて行った。


 二人の後ろを他のメンバーたちも足早に追いかける。


 その頃、速人はスコルたちの気配を嗅ぎつけ遂に根源となる者に辿り着いていた。

 いつもエイリークたちの殿しんがりを務める役割をしていたダグザは速人と行動を共にしていた。

 

 「ダグザさん、あれはまだ生きているのかな?」


 速人は建物の隙間に置かれた黒い鏡を指さした。

 ダグザは短刀の形をした魔術杖ワンドを鏡の方にかざして魔力の有無を確かめる。

 鏡からは微量の魔力を感じ取る事は出来たが、魔術道具アーティファクトとしては機能を停止しているのに近い状態だった。


 「いや、残念だが死んでいるだろう。それよりも…」


 ダグザが言い淀んでいると速人はヌンチャクで容赦なく金属を磨いて作った鏡を砕いてしまう。

 鏡面を完全に砕かれた鏡は魔力を失い、塵となってしまった。


 「ん…もしかして必要だった?」


 落胆したダグザは引きつった笑いを見せる。


 「ククク…、知っているくせに聞いてくるんじゃない‼私だってそれなりに敵の罠とかとは考えてはいたさ‼でも考古学的な価値とか、魔術の研究とか少しぐらい欲を出してもいいだろ?」


 「多分これは通信機能も持っているだろうから念入りに壊しておいたんだよ」


 「通信機能?どこからどこに通信するというのだ。そもそも通信の魔術を使うには二つの地点に同等の力を持った二人の魔術師がだな…」


 速人は地面を人差し指を向ける。次の瞬間、即座に理解したダグザの目の色が変わった。


 「世界樹だよ。どこかの世界樹から世界樹に情報を送っているんだ。確か第十六都市に使われている人口世界樹の根っこも不完全だけど世界樹として機能しているんだよね…」


 「待ってくれ。その話が事実とすれば発信源或いは送信先が限定される…。オーサーが主な潜伏先に第十六都市を選んだのは偶然では無かったという事か…」


 ダグザは突如として無言となり独り言ちながら思案する。


 速人はヌンチャクを袋に収めながらダグザと共にエイリークたちの後を追いかけた。


 一方、樹泉山では李宝典の用意したスコルの分身が消え失せていた。

 逆探知を想定した李宝典は速人に先んじて仙具を破壊したのである。


 「やれやれ、一千年の錬成が無駄になってしまったね。今の心境は如何に?」


 コウヨウシュはやや皮肉を含んだ視線を李宝典に向ける。

 しかし李宝典は一瞥もせずにオーサーの待つ郊外の森へと続く門に向かう。


 「全ては万物必滅の理に従ったまでの事。…後悔は無い。されど我が槍の出番がある事を願うばかり」


 李宝典は袖の内に隠した仙具の宝物庫に通じる門から朱槍を取り出す。

 ウワハミとナナフシは驚嘆を、コウヨウシュは恍惚の表情で李宝典の姿を見た。


 「ほほう。それは実に楽しみな事だ。李宝典、君の槍を振るう姿が見れるかもしれないのか。それは実に素晴らしい事ではないか」


 李宝典は右手で印を結んで門の入り口を解放する。その行き先はオーサーとエイリークが戦時中に使っていた合流地点だった。



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