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第百九十八話 不死身の戦士スコル

次回は六月十日くらいに投稿する。

 水夾京はスコルの眼を介してエイリークたちの姿を確認していた。

 特に水夾京を警戒しているわけではないので、世界樹の根を介して彼らの意志も用意に知る事が出来た。


 スコルはゆっくりとした歩調でオーサーのすぐ近くまで移動した。


 「?…前のヤツとは違うんだな」


 オーサーはスコルの外観が以前と違っている事に気がつく。


 (安心しろ、オーサー。以前の個体とは別物だが、その”スコル”は味方だ)


 オーサーの疑問に答える為に水夾京が間髪入れずに説明を付け足す。

 以前に裏切り者を処分する為に送り込んだ”スコル”は与えられた命令をそのまま実行する傾向が強く、諜報活動には不向きだったので回収したのだ。


 「スーパーエイリークパーンチ‼」


 エイリークが一足飛びで接近してスコルの顔面を殴った。

 普通の人間が相手ならば吹き飛んで転倒するほどの威力である。


 だが、スコルはパンチの威力を上半身を仰け反らせる程度に止めてしまう。


 「マルグリットラブリーパーンチ‼」


 そこにマルグリットが脳天からスウィングブローを叩き込む。


 スコルは身を引いてダメージを分散させようとするが、エイリークとマルグリットのミドルキックが腹部にヒットした。


 「お前ら‼それ大人がしちゃいけねえ事だろ‼」


 オーサーは無体の極みのような光景を前に思わず突っ込んでしまった。

 普通ならば相手の話を聞いて情報収集しなければならない局面で容赦なく攻撃してきたのである。


 エイリークは首を横に振りながらオーサーに向けて通告する。


 「オーサー、…まず俺たちの話を聞け」


 「この街じゃアタシらが法律さ」


 エイリークとマルグリットは肩を突き合わせて勝ち誇っている。


 (駄目だ。こいつら全然成長しちゃいねえ…)


 オーサーは頭痛と眩暈を同時に覚える。

 そして、よろめきながら倒れそうになったオーサーをスコルが支えた。


 スコルの顔は土埃で少しだけ汚れてしまったがダメージは受けていないように見える。

 そこに一旦後ろに下がってから助走をつけたエイリークがドロップキックをかましてきた。


 だがスコルは微動だにしない。

 それどころかエイリークの全体重を乗せた強力なドロップキックを正面から受け止める。


 「…その奇襲は覚えたぞ」


 スコルはよろめきながらもエイリークの下半身を掴もうとする。

 しかしマルグリットがスコルの左側に回り込んでわき腹につま先を叩き込んだ。


 「マルグリットキューティーキック‼」


 スコルはわき腹を抑えながら前傾する。

 動作の継ぎ目を狙った恐るべき連携だった。


 「ぬぐッ‼」


 結果としてスコルは倒れなかった。

 両手を地面につけると四足歩行する獣のような姿勢でエイリークたちから距離を置く。


 「何だあの野郎…。流行はやりの”獣っ子キャラ”で俺様から人気を奪うつもりか…?」


 エイリークは地面に向って唾を吐く。


 しかし内心では「その手があったか」と膝を打つ思いで聞いていた。


 「ちょっと白いアンタ‼大の男が動物系の萌えキャラみたいな事をして人気者になろうなんてさ…親が見たら悲しむよ‼」


 マルグリットは自分の子供たちが見たら家出しそうな下種顔でスコルに向って中指を立てる。


 その時、ダグザは”この場は二人に任せて自分たちは帰ってもいいのではないか”と考える。


 「スコル、大丈夫か?」


 オーサーは心の底から心配している顔つきでスコルを見る。

 それもそのはずわずか時間でスコルの体は全身が足跡だらけになっていた。


 経験者ゆえの配慮である。


 「…機能的には問題は無い。だが今の肉体では彼らの捕縛は難しいだろう。主、肉体を適応化させたい。…許可を」


 スコルはオーサーを一見た後、樹泉山にいる水夾京に思念を送った。

 世界樹の根が張り巡らされた場所ならば悪条件が揃わない限り、いつでもスコルと水夾京は意思疎通が可能だった。


 「よし‼私が許可をする‼スコルよ、そのはっちゃけすぎた二人に世間の厳しさという物を教えてやれ‼泣いて謝ったくらいじゃ許してやらんからな‼」


 水夾京は額に血管を浮き上がらせながら応答する。

 多少の抵抗は覚悟の上だったが、問答無に殴る蹴るの暴行を受けて黙っていられるほど達観はしていない。

 スコルは主の許可を得ると背中に意識を集中する。


 スコルの肉体は大半が水夾京が現在のナインスリーブスに存在する物質から構成されているが、脳と脊髄の要所には崑崙山で精製された丹薬が使用されている。


 スコルは全身に”気”を通して、自身の肉体に埋め込まれた仙具を励起させる。

 背中に数本の突起が生じ、皮膚を内側から突き破って石柱が立つ。

 ダグザにはそれが何かの波を受け取る為の装置に見えた。


 「これで少しはマシな戦いが出来る」


 スコルは何らかの枷が外れた事を実感する。


 両手を地面から放してエイリークの姿を見た。

 今や瞳の色は青から赤に変わっている。


 「エイリークウルトラターボパーンチッ‼」


 エイリークは右手をぶんぶん回しながらスコルに殴りかかった。


 スコルは敵の攻撃を視認すると膝を折ってから素早くエイリークの背後に回り込もうとする。


 「馬鹿な‼今の攻撃が見えているというのか‼」


 常軌を逸した反応速度と運動能力。

 しかし…。


 ガズッ‼


 ソリトンの驚愕の声と同時にスコルの横面から地面に沈んでいた。


 「やはり俺の出番は無さそうだな…」


 ソリトンはなるべくエイリークの方を見ないようにしながら首を横に振る。


 「安心しろ、ソル。お前が間違っているわけじゃない。エイリークとマギーがデタラメすぎるだけだ」


 ダグザはすっかり自信を失ってしまったソリトンの肩の上に手を置く。


 「ダグ兄‼ソル‼下がって‼」


 その時、マルグリットが背後から二人の首をを掴んで緊急離脱させた。


 マルグリットは既に魔晶石から作られた鎚を構えている。

 次の瞬間、石畳を突き破ってスコルが襲いかかってきた。


 すぅぅぅぅ…。


 マルグリットは大きく息を吸い込んで”溜め”を作る。


 敵は並の相手ではない事は先ほど殴った時に気がついている。


 「うおおおおおおッ‼」


 マルグリットは肉食獣のように大声で叫びながらスコルの背中に拳を振り下ろした。


 身の危険を察知したスコルは振り返って攻撃を受けようとする。


 「愚か者、拳は囮だ。後ろに避けろ」


 動作の寸前に樹泉山から李宝典が念を送る。


 「ッ‼…承知した」


 スコルは魔力で突風を起こして後方に下がった。


 「チッ‼こっちのフェイントに気がつきやがったか‼」


 マルグリットはスコルを取り逃がした事に腹を立て地面を蹴る。

 

 スコルは回避した後、壁に密着しないよう風の魔術を解除して着地する。

 再び地面に手をつけて疾走。手足の爪は獣と見紛う程に伸び、建物や壁に傷跡を作る。

 そしてスコルは瞬く間に建物の上に陣取った。


 「ダーッハッハッハッ‼馬鹿と煙は高いところが好きってな‼地元民ジモティなめるなや‼」


 そこに背後からエイリークの高笑い。

 鍛えられた腕を弓弦のように引き上げ、既に殴りかかる体勢に入っていた。


 スコルは絶句して振り返る。

 されど時すでに遅し、ほぼ同時にエイリークの掌底がスコルの顔面に炸裂する。


 エイリークはスコルの顔を掴みながら落下した。

 スコルは抵抗する事を試みるが後頭部から地面に叩きつけられる。

 

 着陸した瞬間エイリークの指の間から憤怒に染まったスコルの青い瞳が見えた。

 エイリークの野性が敵の危険性を察知して警鐘を鳴らす。

 

 「テメエ、まあだ余裕があるな…。よっしゃ駄目押しだ‼」


 エイリークはスコルの襟首を掴んで建物の壁にぶつける。

 スコルのは背中から壁に激突して、前のめりに倒れてしまった。


 「やり過ぎだ、エイリーク。彼に救護を…」


 ダグザが戦闘不能状態となったスコルのところに行こうとした。


 「駄目だよ、ダグ兄。アイツ、まだ全然元気だから」


 マルグリットがダグザの袖を掴んで無理矢理止めた。


 「いやどう考えても流石に骨折くらいは…」とそこまで行ってダグザは言葉を失う。


 スコルは何事も無かったように立ち上がり、敵意に満ちた視線をエイリークたちに向けていた。


 「見ろ、ダグ。奴の傷口が塞がっているぞ」


 ソリトンは戦闘によって負傷したスコルの姿を指さしながら驚愕する。

 顔面の割られた箇所から何かの植物の蔓のような物が生えていて、傷を縫合していた。


 「馬鹿な。ヤツは世界樹ユグドラシルと融合しているのか…。あれではまるで伝説の巨神族ではないか…ッッ‼」


 スコルは袖の無いジャケットを脱ぎ捨て”秘紋”を外気に晒す。

 背中から生えた石柱がアンテナの役割をして第十六都市の地下深くに埋没する人造世界樹から魔力を吸い上げる。

 この世で最も古き”命”が息の根を取り戻した。


 「どうだ。エイリーク、ダグ。これが俺の協力者たちの力の一端だ。この力があれば同盟や帝国と対等に戦える。他人の暴力に怯える必要が無くなるんだ…、素晴らしい事じゃねえか⁉」


 オーサーは泣き笑いの表情で眼下にいるエイリークに言った。

 

 最初からこうなるはずでは無かった。

 六洞帯主の強大すぎる力を知ればエイリークたちがオーサーの心情に寄りそう事など無くなってしまう。


 「愚かな人間に為り果てたな、オーサー。他者の力を頼みに世界を変えようなど、と昔のお前に言って聞かせやりたいところだ」


 ダグザは双眸から涙を流しながら頭上のオーサーを見上げる。


 「もうお前と問答するつもりはねえよ、ダグ。どうせ口の喧嘩じゃお前には勝てないしな。スコル、とりあえずあの口達者な角小人レプラコーンを殺せ。エイリークの考えも変わるかもしれねえからよ」


 スコルは無表情でオーサーの方を見る。

 そして樹泉山にいる水夾京にさらなる力の解放の許可を求めた。


 「主、さらなる秘紋の解放をください。現状の私の性能では些か手に余ります」


 「良かろう。第三の秘紋までの解放を許す。後、目障りな角小人の小僧も排除して構わん」


 水夾京は即答する。

 ダグザの容姿は彼にとって因縁深いかつての同志を思い出させていた。


 (あのダグザという小僧、ヤツに似すぎている…。おのれダナン。死して尚、父たる我らに歯向かうつもりか…ッ‼)


  水夾京は私憤から生じた憎悪を露わにしてスコルに念を送る。

 彼が自らの意志で樹泉山から出て行った者にどれほど期待を寄せていたかを知るウワハミと李宝典は複雑な心境で見守っていた。


 同じ頃、スコルの肉体に変化が起こった。


 ミリ…。ミリミリミリ…ッ‼‼


 突然スコルの背中が膨れ上がり、そこから不釣り合いなほどの大きな手足が生えた。

 否、手足に止まらず肉体そのものが出て来たのである。

 元の人間の部位は上半身しか残ってはいなかった。


 「おいおい、何だありゃ…。ガキどもが見たら泣くぞ」


 「それよか、ダーリン。アイツなんか殴る度に体が硬くなってるようなきがするんだけど…」


 「流石は俺のハニーだぜ。俺も今同じ事を考えてたぜ」


 怖い物知らずのエイリークとマルグリットでさえ異形の姿に息を飲む。

 やがて建物の屋根に届くほどの身長となったスコルは眼下にいるエイリークに言った。


 「どうやら待たせてしまったようだな。これで対等な条件で戦えるというもの…ぶッ⁉」


 スコルの人間の頭の部分にエイリークの踵落としが直撃する。


 スコルのわずかな隙を狙ってエイリークは彼の体を駆け上がっていたのだ。


 「このデカブツが…ッ‼俺様より背の高い奴は絶対に許さんッ‼」


 エイリークはスコルの頭蓋を何度も踏みつけた。

 スコルは人間の部分の両手を使って頭を守ろうとするが間に合わない。


 「このまま踏んづけて俺様を見上げるくらいの身長にしてやるわ‼あだだだだだだだだーッ‼」


 エイリークが巨大化したスコルを容赦なく連続で踏んでいる姿を見たハンス(※エイリークより大きい)は顔を真っ青にしていた。


 「大丈夫だ、ハンス」


 ソリトンは憐れなほどに怯えているハンスの肩に手を置いた。

 ハンスは両目に涙を浮かべながらソリトンの手を握る。


 「ソル…。ワシは一体どうしたらいいんじゃ…」


 ソリトンは春の陽光を思わせる素敵な笑顔を見せる。


 「俺は家族を連れて毎日見舞いに行くから」


 …ハンスは圧倒的な絶望の中、言葉を失ってしまった。


 「調子に乗るなよ…」


 スコルは頭と顔を靴跡だらけにしながらエイリークを睨みつける。

 そして巨大化した両手でエイリークを捕まえようとした。


 「ハイ。それダウトね…ッッ‼」


 マルグリットはスコルの巨大化した胴体の鳩尾の部分に向って蹴りを入れる。


 「げうッ‼」


 スコルは前崩れになって両膝をつく。

 肉体が二段重ねのアイスクリームのような構造となっても鳩尾が急所である事には違いないらしい。


 エイリークはスコルの注意がマルグリットに向けられている間に魔術の詠唱を終わらせる。


 「地熱を以って敵を穿て。地母神ガイア息吹ハウリング‼」


 たった二小節の単純な呪文だが、威力は絶大。


 エイリークの真の強さとは単純な力や武術だけに止まらない。

 生来、身体に宿した膨大な魔力を自在に操作する感応能力にあった。


 「ぬうッ‼」


 スコルは足元から熱風を浴びる。

 並の術者の魔術ならば無傷のままでいられたが、エイリークの風と火と大地の属性を同時に扱う”地母神ガイア息吹ハウリング”を直に浴びて皮膚が焼け焦げてしまった。


 「おいおい。どんなもん食ったらそんな体になるんだよ…」


 エイリークは拳についた煤を払いながら目の前に立っているスコルを見る。

 呪文を使った後は相手を殺してしまったのではないかと後悔したが、蓋を開けてみれば杞憂に終わる。

 

 スコルが黒焦げになった自身の皮膚を強引に引き剥がすと既に新しい皮膚が仕上がっていた。


 「…エイリーク、無事か‼」


 気がつくとエイリークの身を案じたダグザがすぐ近くまで来ていた。

 エイリークは額のバンダナを締め直してダグザを見る。

 普段は滅多に見る事が出来ない真剣な表情だった。


 「ダグ、久々の強敵だ。俺様は本気を出す事にするぜ」


 「ッ‼」


 次の瞬間、エイリークとダグザに向って復活したスコルの拳が振り下ろされた。


 ガガンッ‼


 ダグザは携帯している短刀の形をした魔術杖ワンドでそれを受け止めようとしたが、それ以前に不可視の盾が二人への攻撃を阻む。


 「ちょっとウチの旦那に何してくれてんのよ‼オーサー‼」


 ダグザの前には円形の盾を構えたレクサが立っていた。


 「ダグ兄、急いで土壁作ってよ‼街の中でアタシが本気を出したら建物が壊れちゃうからさ‼」


 マルグリットは息を大きく吸い込み次の攻撃の準備に入っている。

 結果として加減はするのだろうが、彼女が本気で妖精王の贈り物を使えば建物が倒壊するだけでは済まない。

 ダグザは短刀型の魔術杖に意識を集中して魔術の発動を急ぐ。


 「わかった。土王の加護。地の底より、呪いの首飾りによって約束は果たされる。断界土壁ワールドエンドウォールッッ‼」


 ダグザが呪文の詠唱を終えると地面から次々と土の壁がせり上がってきた。


 「ハイハイ、ダグはこっち。後はエイリークとマギーに任せるわよ」


 レクサはダグザの手首を掴んでソリトンたちのいる場所にまで下がって行った。

 本来ならばエイリークたちに助勢してやりたいところだが、今のレクサでは本気を出したエイリークたちの足かせにしかならないと考えた結果でもあった。


 「やれやれ、レクサにまで気を使わせるとは俺様も焼きが回っちまったな、ハニー?」


 エイリークは腰に下げた曲刀ファルシオンを引き抜きながら自虐的に笑う。


 「アハッ‼言えてるさね‼じゃあこれが終わったら反省会って事で‼」


 マルグリットは不敵に笑いながら右腕を大きく振り回す。


 「ダグのおごりでな‼」


 エイリークとマルグリットは同時にスコルに向って駆け出した。




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