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プロローグ 22 死闘決着 「やれやれだぜ」

次は9月の23日に投稿する予定です。

 「速人よ。ヤツの腕をよく見ろ。ヌンチャクを持っているか?否、ヤツは素手で戦っているではないか。人は銃を手にしてようやく猛獣と対等、という言葉がある。ならばヌンチャクを持った人間と猛獣。どちらが強いかなど最初から比べるまでもあるまい」


 黄金の兜を携えて、男は闇の中から姿が現した。

 男の名は童虎、多分全員で108人くらいの血の気の荒いお兄さんたちの集団の中で唯一、武闘派の女神様から武器を使うことを許された天秤宮を守護する聖なる戦士っぽい人物である。

 普段は心臓の鼓動を極端に抑えて老人の姿でいることが多い。

 白い外套マントをはためかせながら男は速人を睨みつけた。


 「もう一度言うぞ、速人よ。お前に足りぬものは覚悟のみ。相応の覚悟をもって戦いに臨めば勝利を手に入れることなど容易いことだろう。しかし、お前は苦心の末に手に入れたヌンチャクを失うことを恐れるあまり目の前の現実から逃げようとしているだけだ。失うことを恐れるな。お前が真心こめて作ったヌンチャクとて道具にすぎぬ。道具はもう一度、作ればいい。だが人の命はそうはいかぬ。守るべき者を守らずして何がヌンチャク使いだ。恥を知れ!!」


 速人はヌンチャクを手に取った。

 この世界に来て作った何本目かのヌンチャクだ。自分の分身と呼んでも過言ではない。これを手放すことは自分の半身を失うことにも等しい。


 「言いたいことばっか言いやがって」


 ボロボロになったヌンチャクを全力で握りしめ立ち上がる。

 ヌンチャクの感触を、思い出を決して忘れぬように固く握る。

 雨の日も、風の日もヌンチャクを振り回した。

 やがてヌンチャクの手触りが骨身に刻み込まれる頃、速人は拳法の型にヌンチャクの動きを組み込んで一心不乱に振り回した。


 (※ ウィキペディアやブルース・リーの著述によればヌンチャクの扱いは既存の拳法と短棒(あるいは筒)の動きに組み込んだものと記されている。)


 拳足の動きにアトランダムな棍の動きを加え動線の途切れを補う。

 即ち技術に攻撃と防御を一体化させたのだ。

 修業の日々に費やされた体力と精神の量は並ではない。身を削る思いで身につけた代物だった。

 文字通りの相棒を手放すには相応の覚悟を必要とする。


 (未練を断ち切れ、だと!?部外者ごときが簡単に言ってくれる!)

 

 だがしかし、我執によって守るべき者即ち弱者の命が失われるともなれば話は違ってくる。己は武の追求の為ならば、殺人も辞さない外道畜生だが武の本領即ち弱者の擁護を忘れたわけではない。


 (ここが俺の決戦場というわけか)


 速人は歯を食い縛る。事実、手にしたヌンチャクへの未練はいまだに断ち切れたわけではない。

 しかし、機を見計らったように当のヌンチャクは速人の背中をそっと押してくれたのだ。


 「ご主人様。これは別離わかれではないヌン。今ここで僕が壊れても新しいヌンチャクと一緒に武道を極めて欲しいチャク。形が失われても僕らの魂は一つだヌンチャク」


 「そうか。一足先にあの世とやらで俺の悪足掻きを見ていてくれ、シロー(ヌンチャクの名前)よ」


 以上、妄想終了。

 実際、一秒にも満たない時間だったが速人の覚悟は決まった。


 ヌンチャクをひゅん、と左右に振り回した後に左肩にかける。


 大喰らいの殺し方が決まったのだ。

 その直後、大喰らいの横殴りの一撃が速人に迫る。当れば下手をすると上半身そのものが失われてしまいそうな一撃だった。

 (拙い。荒い。そして何よりも遅い。今や俺の心は灼熱の炎の塊と化しているというのに、お前はまだそんなところで這っているだけか?)

 

 速人は鼻で笑った。

 大喰らいの爪が眼前まで迫っている。当たればロウソクの炎のように消されてしまうのだろう。

 だから笑うしかなかった。速人は止まって見えるようなものに当たるような間抜けではないのだ。

 

 (この程度の攻撃、避けるまでもない。爪の先が触れてから躱せばいいのだ)


 速人の頬に爪の先端が触れるやいなや、速人は動きの流れに沿って威力そのものを受け流す。

 当ったはずの爪はさして効果を出すこともなく肩透かしを食らった。

 そして、避けながら次の攻撃に速人は備える。

 近代近接格闘技の頂点ボクシングでいうところのスリッピングアウェイという技術に似ていた。

 もっとも速人が使ったものは浮き身という古流体術によるものである。

 大喰らいは意外の反応に驚きを隠せないが、この場はそれだけでは終わらない。

 大喰らいの攻撃の威力そのものを得た反撃の一撃が彼の鼻先を吹き飛ばしたのだ。


 「ホッ!……、ハイハイハイッ!ハァタァァーーッ!!」


 速人が元の世界にいた頃の記憶が鮮明に蘇る。


 格闘テレビゲームの話だ。


 黒いランニングシャツを着た男の下段蹴りが相手に当たると、その相手は何度か攻撃を繰り出した直後に反撃を食らう。


 九龍クーロンの読み、当時の速人は漢字を読むことが出来なかったので父親に読んでもらったのを記憶している。

 

 今、再現した技はそれだった。

 敢えて敵の反撃を誘うような一撃を与えた後に反撃の反撃を食らわせるという技だ。


 (なるほど。これが先人の教えというものか)


 大喰らいの喉元を覆っている装甲が剥がされる。

 ヌンチャクが敵の横面をものの見事に撃ち抜いたのだ。再び、手に戻ったヌンチャクを握りしめた速人は敵の怯む様を見てニヤリと笑った。


 速人の嘲笑に気がついたかどうかはともかく大喰らいの猛攻は続く。

 爪を使った連撃は全て回避され、今度は反対側の頬を殴られた。

 速人は身体を反転させながらさらに大喰らいとの間合いを詰める。

 腰から脇へ、脇から肩へと這うように右手から左へと持ち手を換えながらヌンチャクをスライドさせる。 勢い増したヌンチャクがそのまま下顎にぶち当る。

 さらにヌンチャクを上空に向けて振り上げ、速人もまた跳び上がる。


 ビシッ。ヌンチャクに入ったひびが大きくなった。


 「最後の、制空烈火棍だッ!!」


 続けて空中で一回転をした後に大喰らいの脳天にヌンチャクを振り下ろした。そのまま連続で三回転しながらヌンチャクで頭蓋を粉々に粉砕する。


 両手から伝わってくるヌンチャクの感触は既に頼りない。

 ヌンチャクの死が間近に迫っているのだ。大粒の涙を流しながら、速人は大喰らいの脳天を粉砕した。


 「ぎょふッ!!」


 大喰らいは昏倒しながらも何とか立ち続ける。

 否、頭上から攻撃を防ごうとする本能が倒れることを拒んでいた。

 

 やがて大喰らいは割れた頭蓋から脳漿と血を垂れ流しながら、酔っぱらいのように歩き出す。

 速人は肺から空気を押し出し、仕上げにかかることにした。

 

 その時、速人の耳にヌンチャクの幻聴が木霊した。


 「行くぜ、相棒。これが最後の炎の種馬だ。しくじるんじゃねえぞ?」


 速人はヌンチャクから遺言(幻聴)をしかと受け取り、全力で振り回した。

 これが今の速人が使いこなすことが出来る最大のヌンチャク奥義。

 全周囲に向かってヌンチャクを振り回すことにより動線の途切れを無くす、とどのつまり運動時間が増えれば増えるほどに破壊力が増す技だった。

 その名も”炎の種馬”、どういう意図で名付けられたかは速人にもよくわからない。


 余談だが、繁殖期の激しさを語るなら種馬よりも雌豚の方が適当だと思う。


 速人は全力でヌンチャクを振り回しながら大喰らいに向かって襲い掛かる。

 炎のオーラを纏うヌンチャクを手にして、瞬く間に大喰らいを難無く斬り裂いた。


 覚悟を決めた男とヌンチャクの前ではたとえ相手が敵の攻撃をものともしない無敵の要塞も紙くず同然なのだ。


 「オギョワァァァァーーーッッ!!!」


 腕に続いて、今度は胸に真一文字の傷をつけられた大喰らいは悲鳴をあげる。

 生まれて初めて受けた激痛に身を震わせる。いくら大喰らいが怯んだ様子を見せようとも速人は決して容赦はしない。

 

 一つ、力なき者たちの為。


 一つ、ヌンチャクの為。


 相手が粉微塵になるまで攻撃を止めることはない。


 速人は先ほどの爆発攻撃でむき出しになった大喰らいの上半身を見た。厚い甲殻が剥がれ落ちて、中のオレンジ色の皮膜が露出している。

 元の黒い鎧を着たような状態に戻るにはかなりの時間を必要とすることだろう。


 「お前の弱点、遠慮無く狙わせてもらうぞ!」


 そう言ってから速人はむき出しの身体にヌンチャクをぶつける。

 当った部分が爆ぜて、血と肉片が飛び散った。


 しかし、速人は止まらない。それは終わりではないからだ。

 次々とヌンチャクを振り回し、大喰らいの身体を削る。その時、大喰らいは本能で自身の敗北と死を悟った。

 この場に留まり続けることは死を意味することを理解してしまったのだ。

 大喰らいにとっては生涯初の逃走だったが、躊躇うことは無かった。

 速人に背を向けて川の中に逃げ込もうとする。

 しかし、敵の逃走を見逃す速人ではない。

 水の上を滑るように走り、左の大腿を切り裂いた。

 大喰らいに利き足というものがあるかは知らないが、腿の腱を切断されて大喰らいはうつ伏せの状態で倒れ込んだ。そのまま這って逃げようとしたが腕を思うように動かすことが出来ない。


 「背中の装甲をぶち抜いて、心臓を抉り出してやる!」


 前に倒れた大喰らいの背中に何度も棍を突き立てる。

 見た目からして堅そうな部位だったが、やると決めたからには最後までやるのが男といものだ。

 鬼の形相で速人は大喰らいの背中に向かってヌンチャクの棍で突いた。


 一点集中。雨だれが岩を穿つがごとく、されど怒涛の勢いで速人のヌンチャクは大喰らいの背中に穴を開けた。大喰らいの血が天に向かって噴き上げる。


 「ホォォォォォォーーーッ!!!」


 そして速人は真下で背を向ける大喰らいに向かってヌンチャクを振り回した。

 正しくダムを崩壊させる蟻の一穴のように、僅かな亀裂を中心にして鋼鉄に匹敵する硬度を備えた大喰らいの甲殻という甲殻を破壊していった。


 「ゴギャアアアアアアアアーーーーーッッ!!!」


 速人は瞬く間に大喰らいの背甲を全て剥がしてしまった。


 ヌンチャクはもう原形を留めていないほどに壊れていた。


 だが、それでも終わらない。


 背後を守る最後の砦である肉と骨を穿つ。その奥で脈打つ心の臓に辿り着くまで骨を砕き、肉を引き裂いた。大喰らいの命に終焉を刻みつけるまでヌンチャクを突き立てた。

 やがて心臓部と思われるものを見つける。

 何かの植物でいうところの球根に似た器官だった。

 大喰らい本体は虫の息にも等しい状態だったが、こちらにはまだ余力が残っているのは火を見るよりも明らかだった。


 さあ、最後の仕事だと言わんばかりに速人は脈打つ心臓を掴みそのまま外に引きずり出した。

 太い管のようなものが何本かついていたが、外に出した際に全て切って捨ててしまった。

 心臓を抜かれた大喰らいの口から黒い体液が吐き出される。コールタールのように見えるがおそらくは血の塊だろう。


 速人は手にした大喰らいの心臓を見つめる。

 球根というよりもどちらかと言えば肉で出来た玉ねぎによく似ていた。重さからして中心に何か入っているかもしれなかったのでとりあえず何層かになっている皮を剥がしてみた。

 べり。べり。べり。やはり玉ねぎに似ていた。

 心臓と思しき器官の中には大きな宝石が入っていた。

 天井からわずかに差し込む光に照らしてみせると深緑の輝石であることがわかった。

 速人は宝石に興味は無かったが、今後何かの交渉の材料に使えそうなので持って行くことにする。

 少し濁った川の水で軽く洗った後に軽く拭いて、布に包んだまま道具袋に入れる。


 速人は大喰らいの死体を一瞥する。解体すれば、毛皮や骨などは道具の材料に使えるかもしれない。だが、肉はどぶ川のような臭いがしてとても食べられるようなものではなかった。

 優先順位的に考えるとレミーのところに戻るのが妥当なのだが、ヌンチャクのパワーアップのことを考えるとどうしてもやるべきことがあるような気がした。

 速人は短刀でヌンチャクの材料になりそうな腕の骨や爪、首の周りの毛皮などを切り取っておいた。

 解体作業が終わった後に、あらかじめ用意しておいた唐草模様の風呂敷で包む。

 そして、最後に物言わなくなった大喰らいの死体に向かってたった一言だけ告げた。


 「お前のミスはたった一つだぜ。お前は俺とヌンチャクを敵に回した。それだけだ」


 ドギューーーン!!


 速人はどこぞの海洋学者(第四部)のように人差し指を突きつけた。


 大喰らい、再起不能リタイア


 To Be Continued!!


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