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第百八十二話 色とりどりのマカロン

すいません。余計な事をしていて小説が遅れました。何が万華鏡写輪眼だよ…。後フッケという人物の存在を忘れていたので無理矢理挿入したらさらにわからなくなってしまいました。次回は十月二十五日くらいに投稿する予定です。

 テレジアは何事もなかったかのようにディーと自分の一族の繋がりを語った。


 テレジアがムスペルヘイムの一族に拾われる以前、同じヨトゥン巨人族のニブルヘイムの村で村長の長男と次男が流行り病で亡くなった。

 ニブルヘイムと交流があったムスペルヘイムの一族の長はニブルヘイムの村長を不憫に思い、自分の子供を養子に出した。

 その子供というのがディーの父親フロストアンドコールドウィンドである。


 「本人と直接の面識は無いんだが、戦が終わってしばらくしてからフッケってのがグリンの遺品を持って尋ねてきた時に大体の話を聞いている。今はニブルヘイムの村長をやっているらしいね…」


 「あれ?フッケってニブルヘイムの村長の息子じゃなかったか?」


 エイリークは合点の行かぬ顔でテレジアに質問をぶつける。

 フッケとエイリークは戦時中に知り合った間柄だが、彼が村の掟を破って外に出て来たのは父親との衝突が原因だったと聞いている。

 当時は同世代の若者としてフッケの憤りに共感したものだがテレジアの話を聞いた後では別の考えを抱いてしまう。

 フッケはグリンフレイムが命の恩人だと信じて疑わなかったわけだが、実際は作為的な物だったのかもしれない。

 エイリークはしばらく会っていない友人の顔を心配して真剣な顔つきになっていた。

 そしてエイリークの胸中を察したテレジアは彼を安心させるようと落ち着いた口調で話を続ける。


 「フッケはグリンの弟ってのが養子になってから出来た子供らしいよ。私らヨトゥンは生まれてきた事が間違いらしいからね。幸福かどうかは本人次第さ。だが安心しろ、エイリーク。グリンはフッケを利用しようとして面倒を見ていたわけじゃない。そんな器用な事が出来る奴なら死にはしなかっただろうよ」


 そう言ってテレジアは力無く笑った。

 テレジアもまた災厄に見舞われて家族を失った巨人族の生き残りである。

 運良く一人だけ生き延びて命を拾ったわけだが、それが幸福かどうかはテレジア自身もよくわかってはいない。

 そしてフッケが泣きながらグリンフレイムの遺品をテレジアたちに渡した時の事を思い出しながらため息を吐いた。


 テレジアが周囲を眺めると場の空気がかなり湿っぽくなっていた。


 「そうか。教えてくれてありがとよ、テリー。フッケのヤツとはレッド同盟を介して連絡が取れるからすぐにでも親元に帰してやるよ」


 「ハッ。礼は食べ物でいいよ。何ならそこの悪魔をこの村に置いて行ってくれてもいい」


 エイリークは呆気に取られている速人を見た後、渇いた笑顔をテレジアに向ける。


 「はっはっは。それは難しいぜ、テリー。何せコイツはエイリーク依存症みたいなヤツだからな。離れて生活したら死んじまうんじゃねえか?なあ速人」


 エイリークは速人の頭を鷲掴みにして胸元に引き寄せた。

 そして速人の首と肩をロックして固定する。

 速人は何とか脱出しようとエイリークの下腹部を乱打するが効いている様子はない。


 (仕方ない…。これを使うつもりは無かったが…)


 速人は親指の先端に力を集中して部位鍛錬によって研磨された爪と指先を凶器に変えた。


 ズブッ‼


 そして容赦なくエイリークの肋骨と腹筋の間に突き刺した。

 次の瞬間、エイリークの顔は青くなり横に倒れる。

 日々の家事によって極限まで鍛えられた速人の一本拳は数枚重ねた板を貫通する威力を持っていた。

 

 速人は倒れたエイリークを胸に抱いて立ち上がる。

 気がつくと身長180センチ以上の大男が140センチに満たない子供にお姫様抱っこされているという異様な光景が出来上がっていた。


 「テレジアさん、今日は色々とお世話になったね。スウェンスさんのお茶会が終わったらお礼に来るよ。あ、そうだ。良かったら俺が作ったマカロンを食べてくれよ。結構頑張って作った自信作だから味の方は保証するぜ」


 速人は赤と黄色の円形の焼き菓子をポケットから取り出した。

 外側の生地にはマーガレットの花が彫られている。

 いつの間にかマカロンの出来栄えを一目見ようと周囲に人だかりが出来ていた。


 「フン。何だい、これは。アンタの故郷じゃ捕まえた人間の魂をこんな形にしてしまう呪いが流行っているのかい?…ハンッ、私には通用しないけどね」


 テレジアは興味が無さそうな素振りを見せながら赤いマカロンを手に取った。

 いつの間にか復活していたエイリークは青いマカロンを取って匂いを嗅いでいる。

 鼻腔にブルーベリーの爽やかな甘い香りが流れ込んだ。

 テレジアは間髪入れずにフォークでエイリークの右目を突き刺そうとしたがスウェーバックで回避される。

 殺気を完全に消した狩人の熟練の一撃も本気を出したエイリークが相手では形無しである。

 テレジアのフォークは盾として使われたマイケルの頬に刺さり、彼の悲鳴を聞きながらエイリークはマカロンをパクリと頬張る。

 サクサクとした焼き菓子独特の食感の後に広がるブルーベリーの香りとクリームの濃厚で優しい甘味。


 (これでマイケルの悲鳴さえ聞こえなければ…)


 エイリークは少年のようにあどけない笑顔を浮かべながら極上の美味に酔いしれていた。


 一方、マイケルはカーペットの上で悲鳴を上げながら左右に横転している。

 

 「うるさいよ、マイケル」

 

 「ひぎいっ‼」

 

 テレジアはマイケルの鳩尾につま先を叩き込んで一気に黙らせた。


 「へえ。前にカフェで食べたマカロンとはまた違う味のヤツだな。外側も凝っていて美味いけど、中のクリームも濃厚だけど食べた後はサッパリしているぜ」


 「うんうん。ダーリンの言う通りさね。お店で売っているマカロンはアタシにはちょっとボリュームだけど、これは何ていうか小ぶりだけど一個で満足できるよ。流石は速人さね」


 マルグリットは黄色いマカロンを食べていた。

 テレジアは気絶しているマイケルを睨むとテーブルの上に置いてある残ったマカロンを総取りする。

 十数個は置いてあった既に五個くらいになっていた。

 レミーは緑色のマカロンを素早く口の中に入れてよく噛んでいた。

 ダグザはテレジアの方を見ないようにしながら必死に咀嚼を終えようとしていた。

 エリオットとジェナはテレジアと目が合うと気まずそうに口元を隠していた。

 テレジアは大きな足音を立てながらソファに座ると残ったマカロンを一気に口の中に入れた。


 バリボリバリッ。


 そして落ち着いてマカロンの味を堪能できなかった事を後悔しながら一気に嚙み砕く。


 次の瞬間、テレジアの精神は時を越えて過去に戻っていた。気がつくと年齢は三十数年ほど若返り、狩りのの装束を着て集落の出入り口の前に立っている。

 手には義理の父から貰った短弓を、腰には実父から授かった吹き矢を下げていた。

 どちらも”今”から数年先に失われた道具だった。

 そして、テレジアは一瞬で今自分の置かれた状況を思い出す。

 グリンフレイムの母親が生きていた頃、彼女に少しでも元気になってもらおうと遠くまで狩りに出かけた事があった。

 その時の収獲はゼロだったが、テレジアを心配した家族が総出で迎えに来てくれた。

 夫のグリンフレイムが背中には生まれたばかりのジェナを、隣にはダイアナたちを連れている。その後ろにはグリンフレイムの両親と兄弟たちが、最後に遅れて次男のジョーが現れた。


 (やれやれ。一番見たくもないものを見せやがって…。お前は私にとっては最低の悪魔だよ)


 テレジアが目の前の妄想を振り払おうとした時、不意に彼女の手をグリンフレイムが掴んだ。

 か弱い子供のような力しか持たない男だったが、大切な時に限ってやけに力強くなる。


 「何か落ち着かないようだけど。テリー、どうかしたのかい?」


 テレジアは一瞬だけグリンフレイムを見た後、重なった手を退けた。


 「悪い、グリン。私はまだそっちへは行けない。ガキどもにはまだ私が必要だ。親父とお袋にはお前から上手く言っておいてくれ」


 「そうか、それは悪かったね。ああ、そうだ。ジョーが君とお話をしたいって…」


 心の真ん中がズキリと痛む。

 次男のジョーが死んでから三十年以上、時間が経過しているがただの一度も忘れた事はない。

 あの時と変わらぬ声色でジョーはテレジアに語りかける。


 「母様、みんなに僕は大丈夫だって伝えてね。いつまでもここで待っているから」


 そしてグリンフレイムとジョーは、彼の父親と他の家族たちは過去の景色と共に消えてしまう。


 テレジアの薄茶色の瞳から涙が…、ガシガシガシィッッ‼


 彼女は両手で自分の顔面を殴り始めた。

 テレジアは自分の顔が痣だらけになるまで殴ってからニィッと好戦的な笑顔を速人に向けた。


 速人は小さく舌打ちをしてテレジアの心が折れなかった事を悔しがった。


 あまりの突発的な出来事に周囲は色めき立ち、言葉を失う。


 (おいおい。毒入ってねえよな…)


 (ええ…ッ‼アタシ、もう飲み込んじゃったさね‼)


 エイリークとマルグリットはマカロンを先に食べてしまった事を後悔していた。


 「つくづく恐ろしいガキだよ、お前は。こんな食べ物ごときで、まさか死んだ旦那と息子に会う事になるなんてね。心臓を抉り出してから、焼いて食ってやりたい気分さ。ハッ!」


 「流石はテレジアさん。実はマカロンの生地に使った香料なんだけどさ。昔テレジアさんがコレットさんに渡した花から作ったハーブオイルを使った物なんだ。懐かしい匂いがしたろ?多分それが原因で昔の出来事を思い出しちゃったんじゃないかな。変な物は入れてないよ(今回は)」


 テレジアは鼻息を荒くしながら速人に背を向ける。


 速人の言った通りに第十六都市の避難所で暮らしていた頃、ベックの妻コレットに形見代わりに故郷で育てていた草花の種を渡した事があった。

 テレジア自身、今まで忘れていたがまじないの効果や薬効があるという話はグリンフレイムから聞かされていた。


 (さて、妙な事になる前に子供たちに菓子を食べないように言わなくては…)


 テレジアが何か言おうとするとジェナとダイアナは急いで口の中に入れたマカロンを噛んでから飲み込んでしまった。


 「ふぐっ…⁉母様、どうしたんだ?お菓子ならエイリークが全部食べてしまったよ。ねえ、ジェナ」


 「ああ、ダイアナ姉様の言う通りだ。エイリークめ、どんな幻を見せられても助けてなんかやらないからな」


 ジェナとダイアナはエイリークを指さしながら無理矢理な感じで笑っていた。

 

 「ああ、そうかい。その先は自己責任ってヤツだ。自分の尻は自分で拭くんだね」


 テレジアはため息をついた後、二人の娘に背を向ける。

 二人とも、いや家族全員が表立って口には出さないがグリンフレイムとジョーの事を今でも忘れられないのだろう。

 仮にも一族の長である自分が軽率な事を口にした、とテレジアは反省する。


 案の定ジェナとダイアナは昔懐かしい故郷に咲いていた花の香りを嗅ぐと大粒の涙を流して泣き出してしまった。

 迫害と追放の果てにようやくたどり着いたムスペルヘイムの村は火に焼かれ、水に流されてテレジアたちの記憶の中にしか存在しない。


 テレジアはマカロンを食べた自分の子供たちの目を覚まさせる為に拳骨を落として歩く羽目になった。


 「ぐおっ‼待ってくれ、テリー、私はまだ食べていないよ?あ痛っ‼何でもう一回殴るんだっ‼」


 最後にマティスの頭に拳骨が落とされた。

 テレジアはマティスが悲鳴を上げる度にもう一回、追い拳骨を足して行く。

 鉄拳制裁が終わる頃には、マティスは白目になって口から泡を吹いていた。

 速人はマティスを気絶状態から立ち直らせた後、氷嚢を頭の上に乗せた。


 「小さな悪魔よ。ご覧の通りだ、このデカブツだってまだ大人になりきれちゃいないのさ。多分、第十六都市あそこに戻っても色々と問題を起こすだろうがアンタに任せるよ」


 「わかった。でも最終的にはスウェンスさんが決める事だろうから、俺も出来る限り応援させてもらうよ。なるべく家には早めに帰すつもりだけど町の事はテレジアさんたちにお願いするよ。それじゃあまた元気でね」


 速人は危なっかし歩き方をしているマティスをベックと二人で支えながら家を出た。

 残りのメンバーはダグザを先頭に今後の予定について話し合いをしながら追って来る。

 レミーは同世代のエリオットの子供たちと他愛ない世間話をしていた。

 速人は先頭をエイリークたちに譲り、ベックとマティスと一緒に最後方に移動する。

 ベックはマティスに肩を貸して先に家を出て行き、速人は最後の最後でテレジアとアンに向かって深々と頭を下げた。


 アンとジュリア、そしてテレジアの子供たちは満面の笑みに手を振って速人たちを送り出してくれた。


 そして速人が先に行ってしまったベックとマティスを追いかけようとした時にテレジアから声がかかる。

 速人はテレジアの気の抜けたような声質に違和感を覚えながら耳を傾けた。


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