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第百七十九話 それは険しくて遠い道

すいません。またまた遅れてしまいました。次回は九月二十九日くらいになると思います。


 エイリークは右手の親指を立て真夏の太陽のように眩しい笑顔を見せる。


 (この男はこの後、どうなるかわかっていてやっている…ッッ‼)


 速人はまずそう考えた。


 対するテレジアは額に血管を浮かび上がらせながら立ち上がった。

 そして近くにいたエリオットを担ぎ上げ、エイリークに向かって投げつける。

 エイリークはダグザを捕まえて彼の身体を盾として使う。


 ダグザは己の腹部にエリオットの頭が突き刺さって短い悲鳴を上げる。

 飛び道具として使用されたエリオットも首と頭にダメージを受けて気絶する。


 十数年を経て再会した男たちは不本意な形で互いの不義理を繕い合う結果となった。


 「エイリーク、相変わらず卑怯な男だね。股の間に下げている玉は飾りかい?男なら己の身一つで受け止めてみな。こいつ等はアンタの大事な友達だろ⁉」


 テレジアはすでにセオドアを持ち上げている。


 エイリークはベックを抱っこして次の攻撃に備えていた。


 「それはこっちのセリフだぜ、テリー。昔、メシは先に食ったもんが勝ちだって言ったのはアンタだ。自分で言った事も守れないようなヤツは駄目なヤツだって知らなかったのか?」


 テレジアは舌打ちをすると返事の代わりにセオドアを投げつけた。

 念の為に説明しておくとテレジアの”妖精王の贈り物(ギフト)”である”戦神の斧槍(ブリューナク)”は武器限定で生き物には適用されない。

 エイリークは超人的な運動神経を総動員して猛スピードで空中から急接近するセオドアに向かってベックを投げつける。

 二人がぶつかれば物理的に相殺されて被害が出ないというエイリークの非人道的な発想によるものだった。

 だがベックは自分が飛び道具として使用されても希望を捨てなかった。

 彼は優れた動体視力を駆使して激突する瞬間にセオドアの肉体をキャッチして着陸する。

 結果として五十代前半のおじさん(ベック)が三十代前半のおじさん(セオドア)をお姫様抱っこするという痛ましいグロ画像が出来上がることになったが最悪の事態は回避された。


 ベックは気絶したセオドアを優しくカーペットの上に横たえると速人に向かって叫ぶ。


 速人は声をかけられるよりも早く、放たれた矢のようにテレジア目がけて直進する。

 テレジアは既に速人の奇襲を察してファイティングポーズを取る。

 左右上下に体を揺らしながら拳を目の位置にまで上げた。


 (ボクシングとは意外だな、テレジアさん。てっきりワイルドスタンスだとばかり思っていたよ)


 対して速人は舌を舐めずりながら極上の獲物を吟味する。

 ベックの声と共にテレジアのジャブが速人の左目に当たった。


 「速人君。テオはもう大丈夫だ。テリーとエイリークを黙らせてくれ‼」


 速人は拳が当たった瞬間に顎を引いて急所へのダメージを分散させる。

 しかしテレジアはジャブを連射して速人の接近を封じようとする。

 速人は顔の皮膚を破られて出血するが決して止まらない。

 ジャブは敵を牽制するという意味では完成された有効な攻撃手段には違いないが決定打足り得ないという欠点もある。

 特に速人のような擦り切れた皮膚に塩を摺り込んで皮を厚くした肉体を持つ者にとっては足止めするのが限界だろう。


 「了解だ…ぐふっ‼そら俺の間合いに入ったぜ、テレジアさんッ‼」


 「しつこいガキだねえ‼お望み通り顔面を砕いてやるよ‼るしゃああああッ‼」


 テレジアはイノシシの牙を砕いたという逸話を持つ必殺の左ストレートを放つ…フリをして体を右側に反転しながら肘打ちを繰り出す。

 速人はこめかみを肘で切られて出血したが同時にボディアッパーをテレジアの鳩尾に向かって打っていた。

 テレジアは腹筋を絞って打撃の貫通を阻止しようとするが速人の浸透勁はそれを許さない。

 錐を捻じ込むように、螺旋状の經力がテレジアの腹筋を通過して下から内臓を圧迫する。


 (この私がこんな小僧に…ッッ‼)


 テレジアは下腹部に意識を集中してダメージの軽減を図るが、その間に速人はテレジアの真上に飛翔する。

 速人は肘を振り上げテレジアの首筋に向かって振り下ろした。


 「これが本物の鎖骨割りってヤツだ。さっさと寝ちまいなッ‼」


 ごりゅっ‼


 テレジアは己の鎖骨が砕かれる音を聞きながら意識を失った。

 

 速人は気絶したテレジアをソファに寝かせてから呆然とするエイリークを見据える。

 速人は無表情のまま首もとを親指でかっ切る動作をするとエイリークに向かって接近する。

 

 エイリークは手近な飛び道具になりそうなもの四人掛けのソファ、テーブル、そして今にも逃げ出そうとしているレミーと目が合った。


 エイリークは手のひらに雷の魔力を集中すると音も無くレミーの背後に立ち、電撃の魔術を使った。

 

 バリッ!


 レミーは電光に包まれた後、糸の切れた操り人形のように倒れそうになる。

 エイリークは娘の肩を愛おしそうに抱き上げた。そして投球フォームに入る。


 この時、速人の眼球は爬虫類のように開き、額に浮かび上がった血管が震えていた。


 「いいか、速人。…俺様は俺様の為に愛娘レミーを投げる。これは親子で合意の上の正当防衛で悪いの絶対にお前だ。もしもお前に人間の心があるなら当たってやれ、以上」


 そしてエイリークはレミーを持ち上げ力いっぱいにぶん投げた。

 意識を失ったレミーは野球のボールのように空を飛ぶ。


 速人はソファの上に乗っているクッションを取って構える。

 一度、レミーの頭を胸で受け止めてから両腕に持ったクッションで挟む。

 レミーは父親エイリークによってかなりの速度で投げられた為に威力を完全に殺すことは出来ず、流石の速人も後退させられたが途中からベックが背後で支えてくれたので倒れることは無かった。


 速人はぐったりしたレミーをベックに預けるとエイリークに向かって歩いて行く。


 「おい。いい加減にしろよ、おっさん。今日はここに何しに来たんだ?」


 速人は首を左右に傾けてから、右腕を大きく回した。

 本気で殴るという意思表示である。


 一方、エイリークは泣き叫んで抵抗するマイケルを飛び道具として使用する断念して上着を脱ぎ捨てる。

 実戦と訓練で見事に鍛えられた肉体は周囲の注目の的となった。

 

 エイリークは華麗なワン・ツーを披露してギャラリーを沸かせた。


 「シュッ!シュッ!俺がタダのカッコイイおじさんだと思ったら大間違いだぜ…!そろそろどっちが強いかハッキリさせないとなあッ‼」


 エイリークは構えを小さくしてから速人との距離を一気に詰めた。


 ドガドガドガドガドガッ‼

 それはマルグリットとレミーにとってはいつもの見慣れたケンカだった。

 速人はエイリークの攻撃を攻撃の悉くを身体の前面で受け止め、直後に人体の要所に向かってカウンターを当てる。

 最初のニ、三回は互角の状態だが長引けば長引くほどにエイリークがボロボロになる。

 そして今は速人が馬乗りになってエイリークを殴っていた。

 やがてエイリークがガードポジションを厭ってうつ伏せになって逃げようとしたところで速人のバックチョークが炸裂する。

 エイリークは最愛の妻マルグリットに助けを求めようとしたが、肝心のマルグリットは親友のジュリアと世間話に花を咲かせている最中だった。


 全てに絶望したエイリークは鼻水を垂れ流しながらすすり泣いた。


 「速人君、そこまでだ。いくらこの馬鹿でも反省しただろう。許してあげなさい」


 ベックは慈愛に満ちた声で速人に踏み止まるように言った。

 しかし、ベックの隣に立つレミーは路上に転がる犬の糞を見るような目つきでもがき苦しむエイリークを見ている。


 「速人、許す必要は無えよ。ションベン垂れ流すまで首を締めてやれ」


 速人はレミーに向かって何度か首を横に振った後、エイリークの髪の毛を十本くらいまとめて引っこ抜いた。


 「んぎゃあああああああーーッ‼」


 エイリークが絶叫した後に速人は拳骨を一発入れて制裁を終了させた。


 そして話はエリオットとセオドアの説得に戻る。


 今、部屋にはセオドアとエリオットの家族とエイリークたちが残っている。

 エイリークは髪の毛を引っこ抜かれた箇所を抑えながら、憎悪に満ちた視線を速人に向けている。

 

 速人はカップを片付けながら平然とした様子で無視をしている。


 「…それで今さらなんだけど、俺たちに何の用事があってサンライズヒルまで来たんだ。会うだけなら次からは連絡さえくれたらこっちから出向くぜ?」


 セオドアが椅子から身を乗り出してエイリークたちに尋ねる。

 風の噂で聞いたエイリークの出世に配慮してこのままずっと第十六都市には行かないつもりだったが、本人が否定したならば事情も変わってくる。

 セオドアとて昔の仲間たちや恩人たちと正式な形で別れの挨拶をしたいという気持ちがあった。

 町を去るのは「皆に合わせる顔がない:という理由もあったが、今はそれ以上にサンライズヒルの住人として町を守らなければならないという使命感の方が強い。


 「ああ。その話ね。その話は…ダグザさん、ヨロシクオネガイシマス」


 エイリークはガラにもなく歯切れの悪い返事をする。

 セオドアとエリオットには直に会いさえすれば無条件で第十六都市に帰ってくるとまでは言わずとも挨拶がてらに顔を出すくらいは容易に引き受けてくれると考えていた。

 速人に”理想と現実のギャップに苦しむことになる”と注意されていたので、ある程度は覚悟はしていたが十数年の時を経て二人は大人の対応をしている。

 今さらメリッサの死を伝えても大した反応は得られないと弱気になっていた。


 「実は久々にお祖父さまの家で茶会を開くことになったので、テオとエリオにも参加してもらえないかと思ってやって来たんだ。お祖父さまも年齢としを召しておられる。今回が最後になるかもしれないから、その…参加してくれないか?」

 

 「…爺ちゃんが?どういう事だよ、ダグ」

 

 しかしいざスウェンの名前が出てくるとセオドアとエリオットは困惑してしまう。

 同様に彼らの家族も不安を隠せないでいる。


 ダグザは話の後、頭を下げた。彼もまたサンライズヒルの町に来る前に速人から言われた言葉の意味を痛感している。彼らは本当に街を離れた後に出来事を何も知らないのだ。

 加えてサンライズヒルを取り巻く状況も決して良い物とは言えない。

 果たしてこのまま現実を伝えるかのが正しい事なのか、とダグザは苦悩していた。


 速人は遠間から苦悩するエイリークとダグザの姿を冷やかに見つめていた。

 

 エリオットはジェナやセオドアと話をすませると右手を上げた。

 ダグザたちの視線はすぐにエリオットに集まる。


 「ダグ、お前たちの事情を理解できないわけではないが正直今のところは無理だ。速人から聞いているかもしれないが第十六都市の外の治安は低下の一途を辿っている。お前たちの努力があるからこそ紛争に発展していないのだろうが、それでも俺たちはサンライズヒルを空けるわけにはいかない。それに今の俺はリュカオンのエリオットではない。テレジアの一族のエリオットだ。…スウェンには悪いが今回は見送らせてもらう」


 エリオットは眉間に皺を寄せ、曇った表情でダグザの申し出を断る。苦汁の決断だった。

 彼の傍らに身を置くジェナも夫と同じく苦悶の表情となっている。

 戦時中、テレジアが一族を率いて第十六都市に救援を求めた時にただ一人それに応じた人間がスウェンスだった。

 スウェンスは周囲に反対されながらもテレジアたちを受け入れ、無償で生活物資を分け与えたのである。

 当時、子供だったジェナも厚恩を忘れたことはない。


 ジェナの姉兄きょうだいたちも不安そうな目でダグザたちの会話を聞き入っていた。


 「そこを何とかならねえか、エリオよ?別に戻って暮らせって言ってるんじゃないんだ。顔を見せるだけでもいいからよ」


 「エイリーク、こんな話をお前にはしたくないが街の外の暮らしは常に死の影がつきまとっている。ここはわすかな間に天災に見舞われて町が無くなってもおかしくはない場所なんだ。少なくとも俺は余程の理由がない限りは留守にするわけにいかない。…今の俺には家族もいるしな」


 エリオットは断固として譲らぬという意志の輝きを宿した瞳を旧友たちに向けた。

 彼としてもエイリークたちの懇願を聞き入れないのは決して本意ではない。

 スウェンスとメリッサは互いの両親から疎んじられてきたエリオットとセオドアからすれば命の恩人でもあるのだ。

 さらに記憶が正しければ二人は七十を超える高齢の域にある。

 第十六都市の整った環境でも健康を保つ事は難しいだろう。

 エリオットは元気だった頃のスウェンスたちの笑顔を思い出し、無意識にエイリークたちから目を逸らしてしまった。


 (ヤマアラシのジレンマというものか…。問題を先送りしても意味はないだろうに)


 速人は小さく嘆息する。


 エリオットとエイリークが膠着状態に入ったところでセオドアが提案をしてきた。


 「…よしっ!わかったぜ、エイリーク。街には俺が行ってやるよ。エリオの事はそれで勘弁っしてやってくれ。コイツは俺と違って町の人間だけじゃなくてダイアナとマイケルからも頼りにされている。ジュリアと俺の子供たちは義父おやっさんと義母おふくろさんに任せておけば大丈夫だろ?」


 セオドアは家の中の雰囲気が暗くならないようにする為に明るい口調で語る。


 エイリークたちもそんな彼の意図を理解しての事かぎこちない笑みを浮かべながら頷いていた。

 ジュリアは気持ちの整理がついていない様子だったが、セオドアの意見を尊重して同意する。

 速人の活躍で町の暮らしに光明が見えてきたのだが、果たしてこの先の未来が保証されたかといえば不十分と言わざるを得ない。

 口にこそ出さなかったがジュリアはセオドアの用事が少しでも早く終わることを望んでいた。

 アンはジュリアの不安を察してか彼女の手を握っている。


 (まるで駄目だな。あれではセオドアさんたちはスウェンスさんの周囲にはまだ多くの人がいると思い違いをしているだろうに…)


 速人は目を閉じて憎まれ役になる覚悟を決めていた。


 「そうと決まれば時間が惜しいぜ。今から出発すれば今日中には街に着くだろ?慌ただしい再会になっちまうが、こっちも落ち着くまではしばらく時間がかかる。その辺もまとめて俺が爺ちゃんに謝っておくぜ」


 果たしてセオドアたちに十年間に何が起こったのかを受けち明けるべきか。

 仮に全てをぶちまけてしまえば彼らは失意の念に囚われ、ふさぎ込んでしまって二度と街に戻って来ない可能性もあった。

 エイリークは一時の感情に任せてサンライズヒルの町にまで来てしまった事を後悔していた。

 つまるところ今のセオドアたちがスウェンスがメリッサと昔と同じく元気に暮らしていると思っている事を、今の一言で思い知ってしまったのだ。


 (クソが。こうなる事を知っていてここに来たわけじゃなかったのかよ…)


 メリッサの訃報を聞いた時の絶望がエイリークの心を深く抉る。


 「…そ、そうだな。それがいいかもな…」


 「うん。アタシもそれがいいと思うさね」


 マルグリットも夫と同じく歯切れの悪い返事をする。

 

 セオドアたちはエイリークの様子がいつもと違うことに気がつき不穏さを感じながらも沈黙を保っている。

 ダグザとベックも表面上は冷静さを装っていたが内心ではエイリークたちと同様に八方ふさがりの状態だった。


 (いい加減、潮時だろう)


 速人はわざと周囲に聞こえるように大きな足音を立てエイリークの座っているソファまで歩いて行く。

 

 エイリークは不機嫌そうな顔で速人を見た。


 「…何だよ。まだお前の出る幕じゃねえよ。ガキは引っ込んでろ」


 エイリークは身体を横に倒して速人から目を逸らした。

 速人はエイリークから視線を外すと今度はセオドアたちを見た。

 エリオットは速人の目つきから不穏なものを感じ取り、黙り込んでしまった。

 

 「エイリークさん、悪いけれど時間切れだ。このまま無駄に時間を潰すくらいならセオドアさんとエリオットさんには俺から全部、説明してやるよ。エリオットさん、セオドアさん。残念な話になるけれど、スウェンスさんは十年くらい前にメリッサさんが死んでしまってから自分の家で一人で暮らしているんだ」

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