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第百七十八話 奇縁

 色々やる事があって遅れてしまいました。次回からは特に気をつけます。次回は九月二十二日に更新する予定です。

 

 話はおよそ一か月ほど前に遡る。


 それはセオドアとエリオットはウィナーズゲートの町で知り合ったイーサンたちを連れてサンライズヒルに戻った日の出来事だった。

 セオドアたちは速人が用立てた予備の食料を町の倉庫に保管して、詳しい話し合いは明日の午後にするという約束をイーサンたちにしてマティス町長の家に帰った。

 やがてセオドアは夕食が終わった頃にテレジアの一族がやって来て”新しい住人”の待遇について話をすることになった。

 正直その日は気苦労が重なって後回しにして欲しかったが、町の警備を担っているテレジアが相手では邪険にすることは出来ない。

 セオドアは欠伸をかみ殺してマティスたちとテレジアたちを迎え入れた。


 「時にセオドアよ、お前は私を舐めているのか?それとも私を亡き者にして一族を乗っ取ろうとしているのか?」


 テレジアはソファに腰を下ろし、天上を眺める。

 

 セオドアは全身をロープで巻かれ、逆さ吊りにされていた。

 今のセオドアは口に猿轡を噛まされているので何も話すことは出来ないが、必死の形相で首を横に振って”どちらでもない”という意思を伝えようとしていた。

 地面に涙と汗の雫が落ちている。テレジアは気がつかないフリをしながら怒りに燃えるマティスを見る。


 マティスはセオドアが囚われの身になった直後、シャツを破ろうとして妻アンと娘ジュリアに怒られたばかりだった。


 「テリー、いい加減にセオドア様を解放しろ。あのままシャンデリアのように吊るされていたら…、謙虚でお優しいセオドア様が斜に構えた意識の高い性格になってしまうではないか‼」


 「ハンッ!今の卑屈な性格と合わされば、足して二で割って丁度いい性格になるんじゃないか?…また汁が落ちたね、汚らしい。マイケル、縄を切って落としてやりな」


 テレジアは肩についたセオドアの涙を手で払いながら長男マイケルに命じる。


 マイケルは他の兄弟たちと一緒に急いで逆さ吊りになったセオドアを救出に向かった。

 マティスの家の天井にはフックが刺さった穴がいくつも残っている。

 今現在のサンライズヒルの町ではテレジアに逆らう者は私刑を受けるという不文律が出来ていたのだ。


 その後、セオドアはマイケルの弟ネイサンと義兄ジョージによってロープを切られて無事に解放される。セオドアは数日後、この事件がきっかけで白髪が十数本増た事を知る。


 「大丈夫かい、テオ?毎度の事だけど、俺の母ちゃんが無理ばっか言ってすまないな。今日の晩飯で食べた魚の骨が喉に刺さって機嫌が悪いんだ」


 マイケルは顔が真っ青になっているセオドアに耳打ちをする。

 セオドアは何とか意識を保ちながら首を縦に振った。

 

 テレジアは横目で二人を監視しながらポケットからリンゴを取り出してかぶりつく。

 表面の汚れ具合からして先ほど倉庫に入れたばかりのリンゴに違いない。

 しかしここで間違って「しっかり食ってるじゃねえか!」と言えばセオドアは朝日を拝む事は出来ないだろう。

 セオドアは世の中の理不尽さと己の無力感に打ちひしがれる。


 どの世界に生まれようとも弱者には嘆く暇さえ無いのだ。


 「フンッ。じゃあ話を戻すけど、何の目的であの憐れな連中を村に連れてきたんだい?まさか首に鎖付きの首輪でも嵌めて死ぬまで働かせるつもりかい?だったらいい趣味してるよ、アンタは」


 ジュリアとアンの母娘がギョッとした顔でセオドアを見る。


 セオドアは首を何度も横に振ってすぐに否定する。

 そもそも速人がイーサンたちは速人の手引きでサンライズヒルに来る事になったわけであってセオドアとエリオットは関わってはいない。

 いや速人がついでだから全員殺すと言った時は猛反対した。


 「あいつらは悪い奴らに騙されて盗人の手伝いみたいなことをやらされていたんだよ…。今さら善人を気取るつもりはないけど見捨てられなくてさ」


 ブォンッ…ドガンッッ‼


 セオドアの足元にテレジアのハチェットが投げつけられ、床板が無くなった。

 次にテレジアは指を鳴らし、地中に消えたハチェットを回収する。

 これが彼女の持つ”妖精王の贈り物(ギフト)”、”戦神の斧槍(ブリューナク)”だった。

 テレジアの娘たちは母親の武技が全く衰えていないことに感激していた。


 セオドアは無言で足元に埋まっている斧剣ハチェットを回収して持ち主に返した。


 (これ後で俺とおやっさんで直さなきゃならねえだよな…)


 セオドアは穴の開いた床にボロ板を当て、修繕している自分と義父マティスの姿を思い浮かべ嘆息する。

 一方テレジアは今の蛮行についてアンとジュリアから説教を食らっていた。

 二人の話を一通り聞いた後、耳をほじっている。反省した様子は見られなかった。


 「クックック。…人助け、結構な事じゃないか。そんなにやりたければ死ぬまで一人でやるといいさ。私は手伝わないけどね。だが私が言いたいのはそういう事じゃない。今回のこれはお前の仕業じゃないだろ?」


 テレジアは冷たい瞳でセオドアを見据える。

 セオドアは心の内を見透かされたような気がしてビクリと震えた。

 

 そしてテレジアは再びハチェットの柄を握り、アンに止められた。

 テレジアも結構な力持ちだが、アンも戦時中は前線で戦っていた経験があった為に後れを取るような事は無かった。

 テレジアとアンの視線が火花を散らせている局面でエリオットがなぜセオドアの行動ではないと思ったのかという疑問をぶつける。

 エリオットは空気が全く読めない男だが物事の核心を見極める資質を備えていた。


 「お待ちください、義母上ははうえ。俺とテオは確かに彼らに救いの手を差し伸べましたが、それは彼らに同情したからです。俺たちもあの時、義母上に拾ってもらわなければ確実に死んでいましたからね。何故俺たちの考えではないと思ったのですか…ぐふっ‼」


 次の瞬間、テレジアの右の拳がエリオットの鳩尾に突き刺さっていた。

 そして、腹を抱えるような姿で前に倒れ込むエリオットに向かってテレジアは侮蔑の視線を送る。


 「近いよ。大体、アンタはジェナの旦那なんだ。よその女、取り分け未亡人である私に接近したらジェナが不安に思っても仕方ないんじゃないかい?」


 エリオットは薄れゆく意識の中最愛の妻ジェナの姿を見る。

 案の定、ジェナはテレジアの宣言通りに母親に夫を取られまいかと心配しているような顔をしていた。


 「確かに、心得ました。義母上…。それとジェナ、大丈夫だ。義母上は強すぎる。俺には受け止めきれない…」


 ゴトッ。


 エリオットの青い瞳から光が失われ、金色の長いまつ毛に覆われた瞼を閉じてしまう。


 セオドアは呆気に取られていたがすぐに正気を取り戻す。

 なぜならば彼は今、テレジアによって襟首を取られて真上に持ち上げられている。


 セオドア、本日二度目の”首吊り(ネック)(ハンギング)(ツリー)”状態だった。


 「セオドア、お前は賢い男だ。仮に、そこで失神しているエリオなら損得無しに人助けをすることもあるだろうよ。だが馬鹿エリオットの尻ぬぐいばかりやってきたお前は違う、例え目の前で苦しんでいる人間がいても冷酷で狡猾な知恵が働いて見て見ぬフリも出来るだろうよ…。さあ、本当の事を言いな」


 ググッ…。

 体格的にはセオドアの方が少しだけ勝っているが、筋力ではテレジアは遥かに凌駕している。

 ナインスリーブスにおいて肉体的なステータスの差異は必ずしも結果に繋がらない。

 生まれ持った身体能力、魔力の操作技術、それらをコントロールする技術の練度が今日のセオドアとテレジアの差となったのだ。


 (エリオは気絶しちまったし、マイケルがテリーに反抗できるとは思えねえよ…。勇人、俺は自分の命を生かす為に非情の決断をするぜ)


 セオドアは涙を流しながら首を激しく縦に振った。


 「実はウィナーズゲートの町に入る前におかしな連中に目をつけられて、速人がそいつらを皆殺しにしちまったんだよ…」


 セオドアはありのままの出来事を打ち明けた。

 そして話が進むにつれてテレジアたちの顔が驚愕のそれに代わり、話の後半になるとほぼ全員が”聞かなければよかった”という感じの顔になっていた。

 テレジアはセオドアの話が終わると渋い顔をしながら手を払う仕草をする。

 

 テレジアたちと比較的長い時間を過ごしたセオドアにはそれが”速人やつの話は二度とするな”という意味合いであることを知っている。


 「凶王ヴォーダンの腕輪(※テレジアの一族は誓約の魔術をそう呼んで忌み嫌っている)を嵌めるとか、悪魔の考える事はわからないね。エリオ、もし自分のやった事を気に病んでいるのなら早く忘れちまいな。あの小さな悪魔に我々の常識は通用しない。あの何の役にも立ちそうにない連中も仲間に入れてやろうじゃないか」


 「わかってもらえると俺も嬉しいよ、テリー。道中に聞いた話だが、イーサンたちは完全な被害者さ。帰り道で別れちまったが他にもトマソンって名前のオークの爺さんとも知り合いになったんだ。ああ、そうだ。そのトマソンっていう爺さんがこれまた大きな羊を連れていて…」


 セオドアは少しでもテレジアに好印象を持ってもらう為にトマソンの二人の孫、クリスとジョッシュの話をする。

 しかしテレジアは興味が無さそうな顔で大きな欠伸をしていた。

 その時、復帰したエリオットがキリーの家の近くで遭遇した不思議な事件の話を始めた。

 自らを神仙と名乗る怪人、七節星ナナフシと彼の意のままに従う鎧姿の巨人(※エリオットたちにはそう見えていた)、緑麒麟との激闘をエリオットは興奮しながら語り尽くす。

 普段は口数の少ないエリオットが自ら進んで語る姿にジェナは驚いていたが、それでもテレジアは適当に聞き流している様子だった。


 「義母上ははうえ、信じられないかもしれないが今の俺の話は全て真実だ。この際だからサンライズヒル周辺だけではなく、ウィナーズゲートの町の周辺も巡廻した方がいいのではありませんか?」


 テレジアは腰にさした小刀を抜いて、刃の先端をエリオットの方に向けた。

 エリオットは刃物を抜く動作と殺気が全く感じられなかった事に戦慄する。

 先ほどの戦斧のようなハチェットを足元に投げつけられるよりもずっと恐ろしかった。

 そして、テレジアは小刀をナプキンで拭きながら義理の息子に質問に答える。


 「その必要はないね、エリオ。自分の身は自分で守るのが、荒野を生きる者に課せられたルールだ。アンタの理屈はあくまで都市に住む人間独特の意見でしかない。よその人間ならば放っておくつもりだが、お前は私の娘ジェナの夫だ。だから最初で最後の注意をしてやるよ。私たちはあくまで自分の身を守る事に徹する、それだけさ」


 「しかし、あの全身が金色に光るエイリークの親戚みたいな男(※エリオットはエイリークの親戚)はこうも言っていました。我々は機神鎧を使う者だ、と」


 エリオットの口から”機神鎧ヴォーグ”という単語が出て来た途端に部屋の中の空気が緊迫したものに変わる。

 テレジアは眉間に皺を寄せ、豪気な性格のダイアナも大きく目を開いてエリオットの方を見ている。

 エリオットは”機神鎧”という言葉を口外してから後悔をしてしまう。

 ヨトゥン巨人族に限らず、巨人族にとって”機神鎧ヴォーグ”という言葉の持つ意味は恐怖の対象でしかないのだ。

 気がつくと気丈なジェナも恐怖に身を震わせながらエリオットの手を掴んでいた。

 エリオットは己の浅はかな言動を反省して皆に謝罪をする。


 「フン、この私だって人の子さ。機神鎧ヴォーグの名前を聞けば身体が震えちまうのさ。まあ万が一ということもあるだろうから巡廻の話は考えておいてやるよ…。それでお前らが遭遇したエイリークのようにイカれた男はどうなったんだい?」


 「ええと…。速人が倒してくれました。俺たちも一応、手伝ったつもりなんですが…。なあ、テオ?」


 「ああ。俺もその場にいたけど、散々だったよ。相手がもうボロボロなのに、速人のヤツは微塵も容赦せずにあのヌンチャクとかいう妙な武器で相手を殴ってさ。最後は身体がバラバラになったところを思い切り殴ってさ」


 その後、セオドアは速人の残虐行為をそのままテレジアたちに伝える。

 話の後半、七節星ななふしの仲間である表喰うわはみが全身を凹凸がくっきりするくらい殴られて泣いて許しを請う場面になる頃にはテレジアが「もういい」と言って強引に話を中断させるほどであった。


 「あの小僧、やはり悪魔だったか…。ところで悪魔はお前らの身の安全と引き換えに何を望んだんだい?あの奸智に長けた悪魔がタダで人助けをするなんてありえないね。きっと何か恐ろしい取引を持ち掛けたはずさ。さあ、話してみな?」


 いつの間にかテレジアの目は好奇心の輝きを取り戻していた。

 セオドアとエリオットはそう言われて当時の記憶を掘り返す。

 エリオットは速人と自分との間に育まれた友情について考えていたが、セオドアは速人がトマソンから羊を譲り受けていたことを思い出していた。


 (そういえばあの大きな羊の名前はマルコっていってたな。ジョッシュっていう子供のペットで、譲る時にずいぶんと揉めていたようだけどどういう話だったっけ?)


 セオドアは何とか思い出そうとしたが、その時は意外な場所でキリーと再会したのでそちらの方が気になって記憶がハッキリとしない。

 テレジアの暴力的な眼力に圧倒されてデタラメな話をしてしまう。

 追い詰められると出まかせを口走る、これがセオドアという人間の最大の欠点だった。


 「そういや速人はトマソン爺さんから羊をもらっていたよ。山のように大きな羊だったな、毛並みは金色でさ。なあ、エリオ?」


 「ん?ああ、俺も覚えているよ。トマソンさんから羊をもらっていたな」


 テレジアは「ふうん」と言い残した後、再び椅子に座り直す。

 そして両腕を組みながら目を閉じて何かを考えていた。


 セオドアは嵐が去った物と考え胸を撫で下ろす。


 その後、ダイアナを中心にイーサンたちの処遇について議論を交わして会合は終わってしまう。


 テレジアはいずれ密かに速人の会いに行って羊の肉を強奪する算段を考えていた。

 

 そして話は今に戻る。

 テレジアは鬼の形相で速人を睨みつけていた。


 「古来より最強の女戦士たちの側には常に勝利を呼ぶ神の使い、黄金の羊がいた。小さな悪魔よ、取引だ。セオドアとエリオットの魂を持って行ってもいいから黄金の羊の肉を私に寄越しな!」


 「母様、ひどい!私のダーリンだってたまには役に立つ時だってあるのに!」


 「テリー、勝手な事を言わないでよ!下の子はまだ赤ん坊なんだから洗濯はテオにも手伝ってもらわないと大変なんだから!」


 ジェナとジュリアの口から同時に非難の声が出る。

 セオドアとエリオットは共に真っ白になっている。

 テレジアは「しっしっ!」と右手を振って二人を追い払ってしまった。


 「だからさ、テリー。羊はもう無いのさね。結構前にアタシらが食べちゃったんだよ。…ゴメンね」


 マルグリットが再び頭を下げた。

 テレジアは怒りのままに速人とセオドアとベックの順に拳を落とした。

 しかし最初に速人に拳骨を落としたのが運のツキで、かなりのダメージを受けて残りの二人は頭蓋骨破壊を免れる。


 そこにエイリークが追い打ちをかける。


 「メッチャ美味かったぜ?」

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