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第百七十六話 変わらぬ瞳

 次回は九月十日の投稿を予定しています。


 部屋の中の空気が落ち着いたところでドアノブが外側から回る。

 続いて速人がお茶の入ったポットや茶菓子を乗せたカートと一緒に姿を現した。


 エイリークとマルグリットは並んでソファに座り、膝の上に手を置いて行儀良くしながらお茶とお菓子が振る舞われるのを待っていた。

 レミーも両親と同じく椅子に座り直してお茶を待っている。


 (こいつら、いつの間にかすっかり調教されているな…)


 ダグザは忠犬よろしくおとなしく椅子に座って待つエイリーク一家の姿を複雑な気分で見守る。


 速人はカートをテーブルの前で止めてから家から持ってきた焼き菓子が入った皿をテーブルの上に並べていった。


 ジュリアの子供たちは宝石箱をひっくり返したような色とりどりの焼き菓子を見て驚嘆の声を上げる。

 レミーも初めて見る種類のお菓子を前にして年相応の少女のように目を輝かせている。

 その一方でテレジアは密かに獲物を狙う禽獣が如き視線で焼き菓子と彼女の障害となりそうな敵を見つめていた。

 無論エイリークとマルグリットも他人に譲るという発想は無い。


 「はいはい。みなさん、お茶が入りましたよー」


 速人はお菓子に向かって好意的な視線を向ける子供たちに向かって手を差し伸べた。


 子供たちは「わあ!」と感嘆の声を上げると一斉に集まろうとしたが間一髪の差でハチェットが飛んできて停止する。

 速人は回転しながら脳天目掛けて飛んできたハチェットを受け止めてカートの下に収納する。

 

 「チィッ‼」


 遠くからテレジアの舌打ちをする音が聞こえた。

 その後、子供たちはジュリアとアンのもとに非難する。


 テレジアはソファから立ち上がり、太い首を曲げながら速人に接近した。


 「久しぶりだな、小さな悪魔。相変わらずお前は回りくどい。その毒の入った食べ物は私に持ってきたんだろう。いいよ、お前の度胸試しに乗ってやろうじゃないか?」


 テレジアは眼球を血走らせながら緑と赤のアンゼリカが入ったクッキーを凝視している。

 しかし速人は追い払うような仕草をしてテレジアに着席するように仕向けた。


 「テレジアさん、残念だけどこれは子供たちの分だからさ。お茶が入るまで椅子に座っていてくれないかな」


 「ハッ!…こいつは驚いたよ、とんだ命知らずがいたもんだね。巨神ティターニアの宝、黄金の角と毛皮を持つヘラジカの名にかけて…アンタのせいで私の息子のマイケルと娘婿のリッチが殺し合いをすることに決まったよ!さてこの落とし前一体どうしてくれるんだい」


 テレジアは白い歯をむき出しにして親指を下に向ける。

 この手の仕草は異世界においても変わらないらしい。

 しかし速人は冷めた瞳でテレジアをしっしと追い返した。

 この手の脅迫はエイリークたちと共に生活していれば慣れてしまうものなのだ。

 加えて言うならば兄弟同然に育ったマイケルとリッチがテレジアの命令で殺し合いをさせられても大した見せ場が無いまま双方が命乞いをして終わってしまうだろう。

 彼らのメイクは凶悪そのものだが、化粧を取ってしまえばディーと同じく虫も殺せぬような草食系男子になり果ててしまうのだ。


 「ハイハイ。わかったから。それでお砂糖、いくついるの?」


 速人は小うるさい体ばかり大きく育った元・子供たちに優先してお茶を用意することにした。

 ちなみに同室しているベックとダグザはテレジアの投擲したハチェットに衝撃を受けているので身動きが出来ない。

 典型的な常人の対応というものだろう。

 テレジアは鋼のような筋肉で武装した胸元の前で太い腕を組み尊大な態度を崩さぬまま答える。


 「大きなスプーンに6杯だよ。さっさと終わらせな」

 

 (テレジアさん、甘党だったのか…)

 

 当初速人はノンシュガーを想定していたが、意外にも砂糖の量が多かった。

 一瞬だけ空白の時間が生まれる。

 エイリークとマルグリットは児童と変わらぬ態度でお茶に入れる砂糖の量を言った。

 余談だがナインスリーブスには紅茶が存在するが一般的ではなく、茶葉を発酵させないで乾かしたハーブティーが好まれる。

 わざわざお茶と表記しているのはその為だ。


 「俺様は小さいので2つだぜ‼よくかき混ぜてから出してくれよな‼」


 「アタシはダーリンと同じで‼あ、でも気持ち少なめでお願いするさね‼」


 (言われなくても知っているよ…)


 速人は小さじで砂糖を盛ってからティーカップの中に入れた。

 エイリークとマルグリットは椅子に座りながら足をバタバタさせて喜んでいる。

 速人はふとレミーの事が気になって彼女の方を見た。視

 線の先でレミーは欠食児童のような態度を取っている両親の姿を知り合ったばかりの大人たちに見られて半切れ状態になっていた。

 速人はテーブルの上にテレジアたちのティーカップを並べながら、行く先々ではっちゃけすぎた両親の為に恥ずかしい思いをするレミーの仄暗い前途を憂いていた。

  

 「レミーはお砂糖いくつにする?」


 「要らない」


 レミーはやや遅れて返事をする。

 普段は子供らしく砂糖の量は多いのだが今は苦い飲み物が御所望らしい。

 そして自分の殻に閉じこもってしまったレミーがベックに慰められている間にダグザがジュリアの母アンに現在の状況を説明する。

 夫マティスの助手として診療所を手伝っているだけあってアンは察しの良い女性で速人たちの事情を理解してくれた。

 しかし速人は何故かサンライズヒルの町を訪れた本当の理由を伝えようとしないダグザの様子に違和感を覚える。

 速人はこの後の展開を察しながら黙々と休憩の支度を続けた。

 それから十分も経過しないうちに部屋の中の全員が着席して世間話などを始めていた。

 その間、速人は専らホスト役に徹してお茶の用意やお菓子の補充を行っていた。

 アンの話ではマティスたちの到着はもう少し時間を必要とするらしい。


 「待ちな、小さな悪魔。私はアンタに話がある」


 速人が子供たちにレモネードのお代わりを用意しているとテレジアが声をかけてきた。

 子供たちはレモネードを手にテレジアのもとに殺到する。

 テレジアの人望は家庭内だけではなく町の中全体に影響している模様だ。

 

 テレジアは大層やりにくそうな顔で子供たちの相手をジェナとマルグリットに任せる。

 頑強に育てた自分の子供たちなら一発殴って追い返すことが出来るが、ジュリアの子供たちは普通に育てられた幼児なのでそうするわけにもいかない。


 「ホラ。こっちに来るんだ。母様は悪魔と話があるみたいだから邪魔しちゃ駄目だぞ?」


 「テリー、普段は優しいけど怒ったら怖いんだからね。おばさんたちと御話をしようか」


 ジュリアの子供たちは二人に説得されてテーブルの反対側に移動する。

 テレジアは再びソファにどかっと腰を下ろしてから大きく息を吐いた。


 「フン。小娘たちの世話になるなんて私も焼きが回ったもんだね。やりにくいってらありゃしないよ。それで話ってのはエリオットとセオドアの事さ」


 テレジアは皿の上に乗っている焼き菓子を五個くらい掴んだ。

 そして無造作に口の中に放り込む。するとラム酒と砂糖漬けにされた果実の香りが口内に充満する。


 テレジアは食べ物など口に入ればそれで良いよ考えていたが、この時は個別に吟味しなかった事を後悔した。


 テレジアが放心している間にエイリークが会話に割り込んでくる。

 左手には十枚以上のクッキーが確保されていた。


 (この男には他人に譲歩するという発想が無いのか…)


 速人はエイリークとテレジアから焼き菓子の入ったバスケットを隔離する。

 このままでは何も無くってしまうし、いずれ二人が衝突するのは目に見えていたからである。


 「おい、テリー。その話なら俺様も混ぜろよ。言っとくが当事者は俺様たちだぜ?つうか速人、何でそんな遠いところにバスケット移動させてんだよ。もっと近くに置いてくれよ」


 パシッ!


 エイリークがバスケットに手を伸ばそうとするとテレジアが叩き落とした。

 叩かれたエイリークの手の甲は赤くなっている。

 エイリークは今まで戦場で戦った強敵の前でしか見せない鋭い視線をテレジアに向ける。

 一方、テレジアはそんなエイリークを鼻で笑ってやり返す。


 ギギギギ…。

 

 「さあ、エイリーク。こっちに来るんだ」

 

 「テリーも離れて」

 

 ベックとダグザは協力して二人からテーブルそのものを離した。

 しかし二匹の獣の対立は続く。

 

 「ハンッ。半人前が偉そうな口をきくもんじゃないね。私は速人コイツに話があるんだ。何ならアンタのところのダグとうちのネイト(※テレジアの実子、三男。マイケルの弟)に油風呂で我慢比べでもさせてみるかい?」


 「ハッ!こっちこそそのセリフ、そのまんま返すぜ!アンタこそ見ない間に婆さんになっちまったな!ネイトもかなりM属性だがな、うちのダグもなかなかのもんだぜ?油風呂対決だって一時間くらいは楽勝だってんだ。なあ、ダグ?」


 速人は二人の間に入って喧嘩の仲裁に入った。

 このままでは何の罪もないネイトとダグザが本当に油風呂に入る事態にまで発展しかねない。というかいい加減に自分たちで勝負をしろと文句をつけてやりたかった。


 「はいはい。二人とも喧嘩はそこまでにしてくれよ。大体、テレジアさんは俺に話があるんだろ?だからエイリークさんは俺とテレジアさんの話が終わるまで少し待っていてくれよ、悪いようにはしないから」


 エイリークは不満そうな顔をしながら引き下がって行った。

 おそらくは「エリオットとセオドアに無理強いはしない」という速人との約束を覚えていたのだろう。…そう思いたい。


 テレジアはおとなしく自分の席に戻ったエイリークの姿を見守っている。そして話の続きを切り出した。


「邪魔が入ったが、私からの話は簡単なものさ。…エリオットとセオドアの魂が欲しいなら羊の肉を出しな。セオドアから聞いているよ、何でもオークの老いぼれから山のように大きな羊を取り上げたらしいじゃないか?」


 テレジアの話題に登場する羊とは、トマソン老人と孫のジョッシュが連れていた羊マルコの事だろう。

 当時は決して円満解決とは言えないが正当な手段で購入したことには違いない。

 そしてセオドアとエリオットは一部始終を見ていたはずである。

 速人は悪意たっぷりに歪曲された負の伝言ゲームの結末を聞いて歯ぎしりをした。

 

 しかし、羊の入手経路を聞いて誰よりも驚いたのはエイリークだった。


 「速人‼お前何やってくれたんだよ‼あの羊、そんなヤバい方法で手に入れやがったのか‼ダールが聞いたら一人で旅に出ちまうぞ、馬鹿‼」


 エイリークは速人の襟首を掴んで勢い良く振る。

 ダグザの父ダールトンは良くも悪くも規律を重んじる性格で人に害する悪事を働こうとは考えた事もない男である。

 もしも間違ってテレジアの話が耳に入れば、気に病んでダグザに家督の全て譲り渡し一人で旅に出ても決しておかしくはないだろう。

 速人は急いでエイリークの誤解を解く為に必死に弁明する。

 気がつくとマルグリットとジェナも子供たちをアンに預けてから戻っていた。


 「待ってくれ、エイリークさん。それは全然違うから…。何でそんな話になったかは知らないけど、あの羊はトマソンさんっていうお爺さんからお金を払って買ったものだから安心してくれよ…」


 「ハッ!どうだか!セオドアはアンタがその老いぼれの孫娘と孫を人質にとって無理矢理、悪魔の契約を結ばせたって言ってたよ?この前サンライズヒルに引っ越してきた連中も、アンタの命令で”誓約”の魔術をかけられたそうじゃないか。ああ、おそろしいことだね。だから羊の肉はどうなったんだい?」


 テレジアの話に”誓約の魔術”という言葉が出たところで部屋中の人間の注目が速人に集まった。

 ナインスリーブスにおいて”誓約の魔術”は禁忌に類するものであり、かつて世界を恐怖で支配した巨神ヴォーダンの負の遺産として今の世の中でも恐れられている。

 ダグザは当然としてエイリークとマルグリットでさえも速人を恐怖の対象として捉えていた。

 

 速人は居心地の悪さを覚えベックに助けを求めようと彼の方を見るが、ベックは部屋の入り口の方に下がってしまう。


 (クソ。何でこんな事に…。俺は可能な限り誠実に振る舞っているというのに、どうしてこんな扱いを…)


 速人が出血するまで拳を握っていると部屋の外から男たちの賑やかな声が聞こえた。

 その中にはマイケルとエリオットらの声も混じっている事に速人は気がつく。

 そして誰かがドアノブを握り、外側から扉を開けた。扉の中から最初に現れたのは…。


 「速人‼こっちに来るなら連絡ぐらいしてくれよ‼俺っち本当に嬉しくっていてもたってもいられなくなってさ、仕事を切り上げて来ちまったよ‼」


 農作業用のつなぎを来たガタイの良い男たちが次々と速人の前に殺到してハグをしたり、キスをした。

 結果、一瞬にして速人はベタベタのクシャクシャな姿にされてしまう。

 彼らの正体は速人がウィナーズゲートの町で出会った融合種リンクス族の難民たちだった。

 リーダー格のイーサンはしつこく速人を抱き締めてキスをしている。


 速人はイーサンに悪意があればすぐに首をへし折ってやるつもりだった。


 「…。悪いな、速人。こいつらがどうしてもって言うから連れてきたんだ」


 セオドアが遅れて扉の中から姿を現した。

 服装は以前と変わらない革鎧ハードレザーである。

 

 「テオ…」

 

 「エイリーク、本当に来てたのか」

 

 セオドアはやがて十数年ぶりの再会となるエイリークの姿を見た。

 エイリークは理解が追いついていないようで呆然としながらセオドアの顔を見ている。


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