第百七十五話 ジュリアとの再会
かなり遅れました。すいません。今度は遅れないようにします。次は9月6日くらいに投稿する予定です。
「そろそろ私とベックの存在にも気がついて欲しいのだが…、君たちの会話に入ってもいいかね。ジュリア、テリー?」
ダグザは後ろにベックを連れてジュリアの前に現れた。
要するに活火山のようなテレジアが恐かっただけの話だが、子供の頃からよく知るジュリアが登場したことで話しやすい空気になったと判断したからである。
テレジアは極めて不快そうに十数年ぶりとなるダグザとベックの姿を見ていた。
しかしテレジアの娘のジュリアに言わせると、今のテレジアは”旧知の人間の元気な姿を見て落ち着いている”というのだから世の中の懐の深さと刃計り知れない。
レミーは母マルグリットに負けず劣らずの鍛え抜かれたテレジアの剛腕を見て目を輝かせている。
強さに勝る物無し、とやはり彼女はエイリークとマルグリットの娘なのだ。
「ええっ⁉ダグ兄、ベック。サンライズヒルに来ていたの⁉」
ジュリアはようやくダグザとベックの存在に気がつき、素っ頓狂な声を上げる。
ダグザは額を手で覆い隠して冷静さを保とうとした。
ベックは苦笑しながらジュリアとテレジアに再会の挨拶を始める。先ほどのアンとの接し方に比べて丁寧なものに変わっていた。
「私たちはずっとここに居たよ、ジュリア…。むしろ私の方こそいきなり家にまで押しかけてすまないと思っているよ、ははは…」
「もしかしてダグ兄たちがサンライズヒルに来た理由ってエリオとテオを連れ戻しに来たの⁉」
ジュリアは血相を変えてダグザたちに訪問の理由を尋ねた。
なぜならばジュリアたちが第十六都市を出た時点ではエリオットとセオドアは戦争犯罪者の血縁として指名手配されていたからである。
現在はダールとスウェンスがあらゆる手を尽くしてくれたせいもあってか、彼らの親が犯した罪とは無関係であることが証明されていた。
ダグザはジュリアに現時点においてエリオットとセオドアにかけられた嫌疑の数々が解消されていることを穏便に伝えた。
エリオットの妻ジェナはそれを聞いて安心して一息つく。
二人の後見人であるテレジアはさも興味が無さそうにあくびをしていた。
「その事件に関しては安心してくれ、ジュリア。父上とお祖父さまの尽力で二人の嫌疑はとうの昔に晴れている。…いや今回、こちらに来た理由は別にあってだな。エリオたちが来てから離そうと思うんだが、それでも構わないかね?」
「私は構わないけど、…ジェナはいいの?昨日テリーが変な事を言い出してから急に機嫌が悪くなってしまったよだけど…」
ジュリアの口からテレジアの名前が出たところでエイリークたちの注意は自然と彼女の方に集まる。
当のテレジアはそれがそうしたと言わんばかりに動じる様子を見せない。
そこでテレジアとエイリークたちの様子の変化に気がついたジュリアが昨日の町内会議の中でテレジアが”速人がサンライズヒルにエイリークを連れてやってくる”と予言めいた話をしていたことを打ち明けてくれた。
それを聞いたジェナ(※早とちりの為)とテレジア(※元凶)はどことなく居心地の悪そうな顔をしていた。
「あのねエイリーク、気を悪くしないで聞いてね。実は昨日テリーが町内会の会合で妙な事を言い出したのよ。いつか速人君がサンライズヒルにエイリークと一緒にやって来るって…」
ジュリアは不安を紛らわせる為に一度、呼吸をする。
その話の中でテレジアは速人の到来によってエリオットとセオドアは自分たちの未来に関わる選択をさせられるとも言っていたのである。
テレジアの話を聞いたその時は「まさかあんな子供が」と訝しんでいたが、こうして実際にエイリークたちの姿を見た後ではテレジアの”予言”を信じないわけにもいかない。
ジュリアはいつしかエイリークとマルグリットを夫セオドアを連れ去りにやって来た全く別の人間だと感じるようになっていた。
当然エイリークたちも幼なじみから敵愾心のこもった視線をぶつけられて気持ちがいいわけがない。
「ジュリア、私から一言良いだろうか。これは先ほどジェナたちにも説明した事だが今回のサンライズヒルの町にやって来たのはテオやエリオを逮捕しに来たわけではない。そして速人はサンライズヒルに我々を案内する事には反対していた。外見は怪物のようだが何かと気の利くヤツだ。我々が町に行けば、君たちが不安に思う事を察していたのだろう…」
そこまで言ってからダグザは長いまつ毛を伏せる。
不安を煽らぬように言葉を選んだ(※速人への悪口も含めて)つもりだがジュリアは目に見えて動揺していた。
次にマルグリットがジュリアと話を始める。
マルグリットは勇猛果敢な女傑だったが、盗賊の遺児であり自身の親からも鬼子として忌み嫌われてきた自分を友人として迎えてくれたジュリアの落胆する姿を見てしまっては弱気になってしまう。
そこで少しでもジュリアの精神的な負担を和らげようと優しい声をかける。
「ジュリア、心配すること無いって。何があってもアタシたちはずっと友達さ。アタシはアンタが嫌がる事なんて絶対にしないし、誰にもそんな事はさせない。町に残っている連中だってみんな同じ気持ちさ。今日こっちに来たのだって二人の元気な姿が見たいっていう理由がほとんどだしね」
マルグリットはジュリアの肩を叩いて微笑んだ。
ジュリアもまたマルグリットの思いやりのある優しい性格(※レミーとアインはあまり見たことがない)を知っているので、微笑みながら頭を縦に振った。
二人の間に流れていた緊張感の漂う空気が少しだけ和らぎダグザとベックは胸を撫で下ろしていたが、マルグリットが自分以外の人間と仲良くしている姿を見て気を悪くしているエイリークはソファに置いてあったクッションを嚙んでいた。
「でもマギー、本当に大丈夫なの?この前、ウィナーズゲートから来た行商人さんから聞いた話なんだけどエイリークは今度の選挙で市議会議員に立候補するんでしょう?そんな大事な時期にサンライズヒルに来る暇なんてあるのかしら…」
ジュリアもセオドアたち同様にエイリークが議員に立候補するという話を知っていた。
肝心のエイリークとマルグリットは突然振られた話題に頭がついて行かず首を傾げている。
(クソ!もう忘れていたのか、この大馬鹿者め…‼)
ダグザは幼なじみ二人の間抜けな姿を見て大方の事情を察して代わりにエイリークが議員立候補を止めた話をした。
口を開く度にダグザの血管が震えていたのは気のせいではないはずだ。
レミーとベックは苦笑しながらダグザたちの姿を見守った。
「ああ、その話か。ふう…、実はエイリークがいつも通りの気まぐれで立候補を辞退してしまったのだ。あれにはほとほと手を焼いたよ…。いあや私より父上の方が大変だったかもしれないな…」
ダグザは当時の心境を思い出しながら深々とため息をつく。
当時はエイリークの立候補の為に用意された資金云々よりも、エイリークの世界での活躍に期待した人間たちの説得にかなりの時間が費やされた。
しかも最終的には「エイリークのいつもの気まぐれ」という言葉に頼らなければならなかったのはダグザとしても心苦しい。
当時は慣れぬアダンの世話もあってロクに睡眠時間を取ることが出来なかったことも記憶に新しい。
またダグザの表情から並々ならぬ苦労を察したジュリアは低頭するダグザの頭を撫でてやった。
そしてエイリークの方を向いて一喝する。
「エイリーク!アンタいい加減に大人になりなさい!」
エイリークは超人的な反射神経を使って悠々と回避する。
そしてマルグリットの隣に移動して”あっかんべー”をした。
ジュリアは肩を震わせながらエイリークを睨みつける。
エイリークを捕まえて説教をしてやろうとジュリアは追いかけるが卓越した運動能力を持つエイリークを捕まえる事が出来ない。
かくしてジュリアは部屋の中でぶっ倒れるまでエイリークと追いかけっこをすることになった。
体力が底を尽き、ソファで横になっているジュリアをエイリークは嘲る。
「お前みたいなのろまに捕まるほど俺様は年齢をくっちゃいねえよ。せいぜい養命酒でも飲んで体力をつけることだな」
「後で覚えてなさいよ…。アンタなんかうちのお父さんにやっつけてもらうんだから…」
ジュリアは捨て台詞を吐いた後に突っ伏してしまった。
彼女は病弱だった以前に比べれば体力は常人と同じくらいになったのだが、元々運動が得意ではないのでバテるのも早い。
「それにしても相変わらず仲が良いな、お前たちは。もう十年以上は会っていないのだろう?」
ジェナはマルグリットと一緒に寝込んでしまったジュリアの様子を見ている。
テレジアはソファに寝そべりながら革の水筒を開けて赤い液体を飲んでいた。
ラベンダーによく似た香気からして中身は赤ワインだろう。
「ハッ。基本、友情ってのは時間は関係無えからな。お互い生きてさえいれば、この先何年経っても俺様とハニーと子分共の関係が変わることはねえよ…」
エイリークは”お互い生きてさえいれば”と言っている最中に少しだけ心を痛めてしまう。
今日サンライズヒルの町に来たからにはエリオットとセオドアに、生きる意志を失ってしまったスウェンの現状とメリッサの死を伝えなければならない。
本心を言ってしまえば他人に代わってもらいたい仕事だが、同時にこれだけは自分がやり遂げねばならぬという使命感もある。
少なくとも彼らが第十六都市を去った理由の一つには必ずエイリーク自身が関わっている。
(こうして実際に来ちまうと色々余計な事を考えちまう。昔はぶっつけ本番で何とかなってたような気がしたんだけどな。…俺もすっかりおっさんになっちまったって事か…)
エイリークは盛大なため息をついた後、獅子の鬣のような金髪を掻いた。
エイリークがそのまま黙り込んでしまうと部屋の中に沈黙の空気が流れる。
テレジアは水筒を空にすると蓋を締める。
「エイリーク。時間と共に、人は変わる。変わらざるを得ない。ただのうるさいガキだったお前が大勢の命を背負う英雄と呼ばれる存在になったように、エリオットとセオドアもおそらくはお前の知る二人ではなくなっているだろう。人間とはそういうものだよ。それで英雄殿に質問だ。例えばみじめに変わり果てたアイツらに会って、アンタはそれで後悔しないのかい?」
エイリークは両手を投げ出しながらテレジアの明らかな挑発を笑った。いや笑うしかない。
過去の経験からすれば彼女こそ人間の変容によって衝撃を受けた張本人だろう。
今は飾りのついたショルダーパッドを外しているので見ることが出来るが、あの左肩の矢が貫通した痕こそが人間の変容がもたらした悲劇の何よりの証拠だ。
「絶対に。無えな」
エイリークは自信たっぷりに笑った。
「それなら結構」テレジアもまた目を伏せて満足そうに笑う。
今から十数年前に生きる希望全てを失ったようなエリオットとセオドアを家族の輪に迎え入れた時から、このような日が来る事だけは彼女も覚悟をしていた。
自らの意志で出て行く者を止める事は誰にも出来ない。
彼女の夫グリンフレイムが運命に抗う為に家族を捨てたように。
テレジアの返事と共に今度は穏やかな沈黙が部屋の中を包んだ。
ドタドタ…。
数人の足音が廊下の方から聞こえてくる。
エイリークたちはエリオットとセオドアが到着したものかと思い、咄嗟に身構えてしまう。
入り口の扉を開けて現れたのは先ほどベックと喧嘩別れしたアンと小さな子供たちだった。
子供たちは見慣れぬ来客に驚いた様子だったが、それ以上にソファの上にうつ伏せになっているジュリアの姿を見て驚いている。
アイン(現在8歳)より一つくらい下の子供たちはすぐにジュリアの方に向かった。
「お母さん、大丈夫?どっか痛くしちゃったの?お熱は出ていない?」
「ええ、大丈夫よ。お母さん、ちょっと人生に疲れちゃって休んでいるだけだから」
ジュリアは身を起こして子供たちの頭を撫でる。
子供たちは作業着姿のジュリアに抱きつこうとしたが、祖母のアンに止められる。
なぜならば、ジュリアはついさっきまで野良仕事をしていたので泥だらけだった。
「駄目よ、貴方たち。ジュリアにくっついたら服が汚れるでしょう?ジュリアも、もうおばさんなんだからソファで寝ないの。ちょっとテリー、昼間からワインを飲むなんてはしたないわよ…全く」
そこからアンの説教が始まった。
ジュリアとテレジアとエイリークは頭を垂れながら各自の素行の悪さについて怒られることになった。
アンは、ベックの妻コレット同様にエイリークにとっては母親のような存在なので面と向かっては文句を言う事が出来ない。
エイリークたちがアンから説教を受けている間に、マルグリットたちはアンと一緒にやって来た子供たちについて尋ねる。
ジュリアの子供である事は明白だが、父親の存在が気にかかる。
彼女の父マティスは男女関係については古風で厳しい考えの持ち主だったので娘の結婚相手ともなれば厳しい条件を出されたはずである。
「あのさ、ジェナ。ジュリアの旦那さんって誰なのさね。大体、子煩悩なマティス医師の事だからお眼鏡に叶う相手じゃないとジュリアの手を握ることさえ許してくれないだろうし」
ジェナはジュリアの子供たちの相手をしながら苦笑する。
テレジアの一族の中でも無口で不愛想なジェナだが、生まれた時からつき合いがあるジュリアの子供たちから慕われた。
そして今、ジュリアの子供たちはマルグリットたちを不思議そうに見つめている。
マルグリットは彼女たちの顔に子供の頃のジュリアの面影を見て思わず微笑んでしまう。
「セオドアだ。全くあんないい加減な男のどこが良いのやら…。もうわかったと思うが相手がセオドアならマティスは二つ返事で話を進めたぞ。元々セオドアとジュリアは良い仲だったみたいだしな」
ジェナは当時のセオドアとジュリアの姿を思い出しながらクスリと笑う。
一方マルグリットはマティスのセオドアへの偏愛ぶりを思い出してげんなりとしていた。




