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第百七十四話 TERRY COME‘S BACK‼ ~ 地上最強の女戦士 ~

すごく遅れてばかりですいません。次回は八月三十一日に更新したいと思います。


 アンはエイリークとマルグリットとの思いがけない再会に微笑むが、彼らの後ろにいるベックの存在に気がつくと表情が曇る。

 ベックとマティスの家族は子供の頃からの友人であり、夫のマティス同様にアンもまた昔なじみの友人たちに嘘をついてサンライズヒルの町に引っ越した事を気に病んでいたのである。

 

 ベックは旧友の心の負担を減らそうとして特に驚いた様子を見せるような事は無かったが、内心ではマティスがアンとジュリアを連れて第十六都市を去った事に少なからずとも落胆していた。


 「ベック…。まさか貴方が一緒に来ているなんて夢にも思わなかったわ。だけど、いい加減にその興奮すると服を脱ぐ癖は止めた方がいいと思うわよ?コレットとケイティが今の貴方を見たらどう思うかしら…」


 アンはベックが身に着けている着衣がやたらとヒラヒラのついた薄いブルーのシャツであることから彼が元から来ていた衣服ではないことに気がつき、ベックの”興奮すると衣服を脱ぐ”クセが治っていないということに気がついた。

 幼なじみのかなり恥ずかしい性癖でかなりイラッとしている。

 ちなみに同様の悪癖を持つ彼女の夫マティスも度々、感情のボルテージが上がると身に着けているシャツを破るというジャンバルジャン体質(※速人が命名した)は改善されていなかった。


 「すまん、アン。私は二重の意味で悪い事をしたと思っている。速人君が着替えを持っていなかったら多分上半身うえだけ裸になっていただろう…。ところでマティスの馬鹿野郎はどこに消えたんだ」


 ベックはマティスの名前を出すと途端に機嫌が悪くなった。


 速人もいい加減に気がついていたがベックは身内を相手にすると対応が大雑把になる傾向が強い。

 兄貴分のアルフォンスと話をしている時などは頻繁に殴り合いになっていた。

 きっとベック自身、エイリークが乱暴な性格になってしまったのは自分の責任でもあることに気がついていないのだろう。


 (深淵を覗くものは、また深淵に覗かれている。何て深い言葉なんだ…。たしかラーメンマンか愚地独歩の言葉だったよな…)

 

 同時に速人は第十六都市に帰還した時、ベックの妻コレットにどういう説明をすれば良いものかと知恵を絞っていた。


 「お目当てのマティ(※マティス町長の愛称。本人が嫌がるのでごく親しい人間しか使わない)なら新しく引っ越してきた人たちと一緒に畑仕事をしているわよ。心配なら手伝ってあげればいいじゃない?」


 アンは呆れながらベックを一蹴する。ベックもまたアンの対応がお気に召さなかったようで終いには「お前のそういうところは変わっていないな!」と小声で悪態をついていた。

 どんな時でも社交的で温和なベック(裸になるクセはこの場合、大目に見る)しか知らない速人は驚きのあまり呆気に取られてしまった。

 アンはそれきり速人たちを置いて家の中に入ってしまう。速人は途方にくれてしまったが代わりにベックが頭から湯気を出しながらズカズカと入って行く。

 エイリークとマルグリットは毒気を抜かれたような顔をしながらベックの後について行った。


 速人とレミーは不慣れな出来事の連続に言葉を失っていたが、ダグザが他の大人たちに代わって状況を説明してくれた。


 「速人、レミー、ベックの事なら気にしなくていいぞ。昔なじみの相手をする時は自分の感情を前に出しているだけだ。私としてはベックには普段からもう少し気を楽にして話をしてもらいたいところなのだが…」 ※ダグザは震えています。

 

 ダグザはそう言って速人とレミーに軽く会釈をしてから居間に向かった。

 速人とレミーは互いに顔を見合わせてから何も言わずにダグザの後ろをついて行く。

 今のやり取りで他人の事など考えたことのないレミーにもベックとダグザの人知れぬ気苦労というものを理解することが出来た。

 そしてレミーは他人ひとの家に上がり込んで住人の許可を得る事もなくソファに寝転がってじゃれ合っている両親の姿を見ながら呟く。


 「私は自分の両親みたいにはならない…。私はまともな大人になるんだ…」


 その言葉には覚悟と決意が込められていた。

 だが速人はシグルズとアインを暴力で支配して喜んでいるレミーの姿を思い出しながら心の中で囁く。


 (レミー、蛙の子はオタマジャクシだよ。君が変わろうと思わない限り何も変わりやしない。…そうヌンチャクを俺に習えば必ず未来は変わるけどな)


 速人はレミーの為に用意したピンク色のヌンチャク(※未使用品)を握る。

 いかなる時でも速人はヌンチャクと家事を忘れないのだ。


 「フン、何だこの家は。第十六都市から尋ねてきてやったのに、お茶も出ないのか⁉」


 ベックは部屋に入るなり文句を言いながらソファにドカっと腰を下ろした。身内限定のプチ内弁慶外地蔵である。

 左隣の四人用のソファーには既にエイリークとマルグリットが寝転がっている。

 遅れて居間に入ってきたダグザとレミーはエイリークとマルグリットの右側にある一人用の椅子におとなしく座る。


 (これ以上、放っておくとベックさんが大変な事になるな。とりあえずお茶を用意しよう)


 速人はベックの為にティーセットを持ってアンのいるキッチンに向かった。

 以前にマティスの家にお邪魔した時、屋敷の大体の間取りは理解していた。

 

 速人はマティスの家のキッチンに到着するとアンに許可を得てからお茶の用意を始める。

 アンはすっかりつむじを曲げてしまったベックに呆れながらも速人の申し出を快諾する。

 キッチンの中には少女たちが何人かアンの手伝いをする為に来ていた。


 「すいません、アンさん。これからベックさんたちにお茶を用意したいと思いますのでキッチンなどを少々お借りしたいのですが…」


 速人はそう言ってからぎこちない笑顔を浮かべて頭を下げる。

 そして腰に下げた大きなポーチから焼き菓子の入った布袋を取り出した。※買収


 アンは早速、紐を解いて焼き菓子を取り出す。

 キッチンにいた子供たちは文句を言っていたが「これはね。私の為に速人が持って来てくれたんだから、最初は私よ?」と言っていた。

 筋肉の要塞のような男の妻だけあって言いわけも強引だった。

 この辺はベックの娘ケイティや妻コレットに近いものがあると速人は妙に納得する。

 アンは速人が持ってきた白い渦巻き堅のメレンゲクッキーを5個くらい食べてしまった。


 「あら、おいしいわね…。速人ちゃん、キッチンなら好きに使っていいわよ。洗い物も終わってしまったことだし」


 アンはまた数個のメレンゲクッキーを口に入れてはサクサクと音を立てながら食べている。

 少し前までは不機嫌だったアンも今では頬を緩ませメレンゲクッキーに夢中になっていることから気に入ってくれたのだろう。

 速人は会釈をすませると手早くベックとアンの家族の分のお茶を用意することにした。

 

 その頃、居間には大ぶりな刃をそなえた戦斧ほどもあるハチェットを持った女戦士テレジアがマティスの家を訪ねていた。

 テレジアはまず部屋の隅にあるコート掛けにハチェットを置いてからベックにソファから離れるように命令した。


 「ベック、久しぶりだね。まず命が惜しければそこを退きな。アンタの選択次第ではウチのマイケルが酷い目に遭うよ?」


 ベックはテレジアの恫喝に臆することなく普通にソファから離れる。

 過去に同じような状況で判断が遅れてしまった為にマイケルが拳骨を落とされたのを覚えていたので従う他なかった。

 次にテレジアは隣のソファでくっついて横になっているエイリークとマルグリットとレミーを順に見てから、まずエイリークを睨みつける。

 エイリークは中指と人差し指を立ててテレジアを威嚇した。


 「おやおや…。これはまた懐かしい顔ぶれだね、エイリーク。残念だけどここは私の別荘みたいなところさ。…さっさと入場料くらい出したらどうなんだい?」


 ギンッ‼


 森に棲む魔物たちの動きを封じるほどの凄まじい眼光がエイリークに向けられる。

 

 ダグザは反射的にソファから立ち上がり、ベックの方に逃げ出してしまった。

 レミーは覇気で四方を威圧するテレジアに羨望の眼差しを向けていた。

 彼女の座右の銘も両親同様に”弱肉強食”である。


 「相変わらず強欲なおっさんだな、テリー。そして俺様の方こそ残念だよ。ここはマティスのおっさんの家だから俺の別荘みたいなモンだ。入場料を払うのはアンタの方じゃねえのか?それともアンタの息子マイケルが人間不信で家から出て来なくなるくらいほっぺをつねってもいいのか?」


 エイリークはソファに寝ながらテレジアを睨みつける。

 もう誰の家かわからない混沌とした状況だった。

 テレジアは人型の生物の指っぽい何かを口の中に放り込んでボリボリと食べ始める。

 

 「ハッ…‼相変わらず口だけは一人前だね。おっと小腹が空いちまったよ」

 

 エイリークとダグザはそれが例のヒヒの物だと知っていても絶句してしまう。


 しかし、それまで背もたれのついていない椅子に座っていたジェナが立ち上がってテレジアのおやつを取り上げた。

 そして厳しい口調で母親に説教をする。


 「母様、駄目じゃないか。ヒヒの肉を食べるとお腹を悪くするから止めろとアンに言われたはずだ。これは私が捨てておくから晩ご飯まで我慢しろ」


 ジェナはテレジアが肩にかけているポーチから人間の成人男性くらいの指をボトボトとテーブルの上に落とし、自分の携帯している布袋に入れてしまう。


 ダグザとベックは手で口を覆って吐くのを堪えた。

 一方実の娘にしかられたテレジアは自分の指を舐めた後に舌打ちをする。


 「ハンッ‼ずいぶんな口をきくようになったじゃないか、ジェナ。ここで族長の座をかけて私と勝負するかい?」


 テレジアは革のベストの内側から刺突用のダガーを取り出し、ジェナに向ける。


 ジェナは苦笑しながら手を横に振る。

 結局、マルグリット以外の誰にもわからなかったのだがこれがテレジアとその家族の日常だった。


 「それはまた今度だな。母様と戦うのはダイアナ姉さまの方が適任だろう。あの人の方が私なんかよりずっと人望がある。それに”妖精王の贈り物”持ちは族長にしてはいけない、そうだろう?」


 ジェナは悪戯っぽく笑いながら指をボロ布に包み直してからマティス町長の家のゴミ箱に捨てた。

 後でこれがアンに見つかって二人はたっぷりと怒られるのだがそれはまた別の話である。


 テレジアは両手を投げ出し大きく息を吐いた後、ソファに背中を預けた。

 それから間も無くして扉の外が騒がしくなる。ジェナは夫エリオットがマイケルと一緒に戻ってきたのかと思って暗い表情になっていた。


 「ちょっとテリー、町の中に大きい鳥をいれちゃ駄目ってこの前の集会で決めたでしょ?…もうイライザに頼んで牧場の方に連れ戻してもらったから!」


 居間の扉の開いて現れたのはマティスの娘ジュリアだった。

 ジュリアは頭巾を外しながらテレジアの座っているソファのところまで歩いて行った。


 ジュリアはサイズがぶかぶかの上下が繋がった作業着を着ていることから仕事の休憩をしに家に戻ったというところだろう。

 テレジアはソファの上で寝返りをうって怒れるジュリアから目を反らした。


 ジュリアは回り込んで説教を続けようとしたその時にエイリークとマルグリットの存在に気がつく。

 

 エイリークはアンのようなしっかり者の主婦となったジュリアに挨拶をする。


 「よう、ジュリア。久しぶり。何かふけちまったな。昔の面影が全く無えよ」


 エイリークが余計な事を言った直後、マルグリットは腹を肘で突く。

 エイリークは悶絶しながらソファの下に落ちてしまった。

 そしてマルグリットは起き上がってジュリアを抱き締める。


 当のジュリアといえば突如として出現した昔なじみの姿に困惑するばかりだ。


 「ジュリア、会いたかったよ!アタシ、マギーだけどわかるよね?…ねっ?」


 マルグリットは加減をしながらジュリアの身体を引き寄せる。

 幼い頃のジュリアは身体が弱く、友人たちの中でも特に大事にされていた存在だった。


 ジュリアは本音を言えば骨折して窒息死してしまいそうな状態だったが、マルグリットの優しさを知っていたのでそれを隠しながら微笑む。


 「アハッ!私がマギーのことを忘れるわけないじゃないの…。あれ…、そういえばエイリークってさっき床に転がったんじゃなかったけ?」


 ジュリアは椅子に腰を下ろしているレミーを見ながら呟く。

 レミー本人はまた自分が子供の頃のエイリークと見間違いをされた事に感づき、気分を悪くする。

 すぐに椅子から立ち上がると地面に転がっているエイリークの横っ腹につま先を叩き込んだ。


 レミーは追い打ちを食らってさらに苦しむエイリークを無視すると、今度はジュリアに自己紹介を始めた。


 「初めまして、ジュリア。私はレミー、エイリークとマルグリットの長女です。年齢は十歳、よろしく」


 レミーは挨拶をすませるとジュリアとテレジアに向かって頭を下げる。


 マルグリットはレミーの折り目正しい態度に身の危険を感じてジュリアを解放した後、ソファに座った。エイリークは腹部に負ったダメージから回復すると遅れてマルグリットの隣に腰を下ろした。

 時折、「痛え…」と言いながら腹を摩っていることからまだ完全に回復したわけではないらしい。


 「こちらこそ。初めまして、レミー。私はジュリア、エイリークとマルグリットとは子供の頃から友達だったわ。貴女があまりにも子供の頃のエイリークに似ているから間違えてしまったけど本当にごめんなさいね」


 ジュリアは恐縮しながらレミーに頭を下げる。


 レミーは「別に気にしていないから」と言って元の椅子に座る。※すごく気にしている。


 テレジアはレミーの姿を一瞥するとエイリークに近況について尋ねる。


 「エイリーク、マギー。アンタら一緒になったのか。それはおめでたい事で何よりだね。それで子供はこの娘だけかい?」


 「ううん。もう一人、アインって男の子がいるよ。アインもダーリンに似てとってもカッコイイ男の子なのさね」


 テレジアに家族の事を聞かれたのがよっぽど嬉しいのか、マルグリットはとても上機嫌になっていた。


 (じゃあもっと大切に扱えよ…)


 レミーはマルグリットとエイリークに聞こえるようボソリと呟いた。


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