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第百七十話 SAIKAI

次回は八月のシンデラナインじゃなくて八月四日くらいに投稿します。毎度遅れてすいません。


 「おい、ダグ。何かヤバイ事になってねえかアレ?」


 エイリークはマルグリットとレミーを自分の後ろに下がらせる。

 戦って倒せない相手では無かったが今戦闘になればキューティクルのダメージケアに深刻な問題が生じてしまうことは必至だろう。

 マルグリットも髪のまとまり具合を気にしている。

 彼女はエイリークほど気合の入った髪型をしていないが毛先のギザギザとしたトガリ具合には常にこだわりを持っていた。


 (いけない。こんなギザじゃダーリンに嫌われてしまう…)


 「そうだな。今の設備では保存状態が不十分というのは認めよう…。せめて今日中にはこれを私の工房に持ち明けらなければすぐにでも変性が始まってしまうだろう…」


 エイリークの心配とは裏腹にダグザの頭の中は先ほど倒した魔物から採取したデータの事でいっぱいになっていた。

 最近は念願の長男アダンを授かってからは妻アレクサンドラから厳しい行動制限を受ける機会が少なくなったので趣味に使う時間が増えた事もまた事実である。

 今こうして未知の研究材料と遭遇した事は、家庭を持ってから遠出が出来なくなったダグザにとっては偶然手に入れた好機には違いない。

 故にダグザは今間近に迫りつつある危機よりも希少価値のある研究材料の確保に興味が行ってしまったとして一体誰が彼を責めることが出来ようか。


 (髪型とか、研究とかそれ以前に、矢で貫かれて普通に死ぬだろ。もうどうなっても知らないぞ、私は…)


 レミーは自分の両親とダグザのあまりにも欲求に忠実な姿を見ながら将来決してこうはなるまいと固く心に誓うのであった。


 「死ねッ!悪魔ッ!」


 ヒュッ!


 ダイアナの妹の一人が速人に向かって矢を放つ。


 カンッ!


 速人は腰に下げた袋からヌンチャクを取り出し、弾き飛ばす。

 同時にもう片方の手から飛礫を撃ち、射手の手の甲に当てた。

 ダイアナの妹は苦痛のあまり弓を落とし後退する。

 他の女戦士たちがすぐに現われ、空いた空間を埋めた。

 ダイアナは号令がかかる前に矢を放った妹に怒号を飛ばした。


 「トリシュ!私が命ずるよりも先に矢を撃つな!あの悪魔はどんな悪霊を連れているかわかったもんじゃないぞ!このお馬鹿ッ!」


 ダイアナはトリシュの頭をデカいククリナイフみたいな刃物の柄で殴った。


 「ぎゃっ!」


 トリシュは思わず悲鳴を上げたが顔は嬉しそうに笑っている。

 当然のようにダイアナの他の妹たちは「トリシュめ、上手いことをやりやがって…」と嫉妬の声を上げている。


 速人はニヤニヤと笑いながら、生暖かい視線をダイアナに向ける。


 「おほほほ…、実に姉妹仲の良い事で。ところでダイアナさん、今日は街に用事があって出て来たんだよ。良かったら案内してくれない?」


 「黙れ、豚面の悪魔。私の独断と偏見で、お前はサンライズヒルの町には絶対に入れてやらない。今すぐ引き返すならば見逃してやろう。さっさと地の底にある闇の国に帰るがいい」


 速人がサンライズヒルの町を去った後に多くの設定が付け足されていた。


 エイリークは速人の頭をぐっ掴んで引き寄せる。

 そして威圧するような口調で速人と町の住人との間にどんな衝突があったのかを聞いた。


 「おい。速人、お前あのお化け猿に乗った野蛮人から嫌われてるじゃねえか。何やったんだよ?」


 エイリークに聞かれて速人は数日前にサンライズヒルの町に訪れた時の事を思い出す。

 町長の家の裏庭にあった壊れた井戸を修理するのを手伝った。

 速人の実家に伝わる簡単な薬の作り方をマティス町長に教え、井戸の水を使った風呂を用意した。

 結果として泥酔したマティス町長とテレジアの息子たちが出来上がってしまったが反省していたので結果オーライ。

 次にヨトゥン巨人足の代表テレジアの立ち合いのもとにマティス町長とドワーフ族の代表ハイデルを仲直りさせた(※ハイデルの一方的なやっかみ)。

 原因はハイデルの健康不良だったので飲料水を無償で提供する事で速やかに解決した。

 とここまで考えた過程では恨まれる要素はゼロだった。


 強いて言うならば次に訪れたウィナーズゲートの町でイーサンたちの移住先としてサンライズヒルの町を紹介したので、その事でダイアナたちは怒っているのかもしれない。


 「町の井戸を修理するのを手伝って…、風呂を作った。他には町の住人が喧嘩していたから仲裁したくらいかな」


 マルグリットは少し怒った顔で速人の頭に軽くチョップをする。

 同時にエイリークは速人の頬を限界まで引っ張ってから手を離す。


 バチンッ!


 速人の頬はどうにか元通りになったがエイリークの指の跡はしっかりと残っていた。


 (多分、俺の天使のほっぺは赤くなっているだろうな。いっそやっちまうか、異世界技術革命、美顔ローラーの発明を…)


 速人は赤くなった頬をさすりながら考える。

 

 しかし、ナインスリーブスでは既に美容嗜好品として美顔ローラーが存在していたことを速人は知らない。


 「その過程で何人殺したのさね?おばさん、怒らないから本当の事を言いな」


 「ひどいなあ、もう。エイリークさん、マルグリットさん、何でも俺と殺しを結びつけるのは止めてくれよ。俺はこれでも可能な限り殺さないように努力しているんだぜ?」


 「普通は殺すっていう選択肢が無えんだよ!この殺人鬼がッ!」


 エイリークとマルグリットは速人の頭を殴った。


 ガスッ‼ガスッ‼


 速人は拳骨をダブルで食らっても平然としているがエイリークとマルグリットは右手をおさえながら悶絶している。


 (無駄な事をする。そもそも防御の発勁を体得している俺に浸透勁を使えない人間の打撃が入るわけがないというのに…)


 ここでハッキリと書いておくが発勁が使えるからといってパンチを食らっても痛くないわけではない。

 速人の場合は、単にエイリークとマルグリットに匹敵する腕力の持ち主と日常的に稽古を繰り返しているうちに身に着けた能力である。


 「悪魔め、何てヤツだ…。味方にわざと殴らせて自分の不死身ぶりを自慢しているのか…⁉」


 ダイアナは外見ほどエキセントリックな性格ではない。

 本来の性格はむしろ真逆で、一族の伝統と戒律を重んじる常識人だった。

 ゆえにエイリークとマルグリットのパンチを食らってもケタケタと不気味に笑っている速人を見てドン引きしていた。


 「ん?そういえば今気がついたのだが、あの女の子たちの先頭にいるのはテリーのところのダイアナちゃんじゃないか?」


 いつの間にか復活していたベックが冷や汗を流しているダイアナを指さす。

 マルグリットは目を凝らし黒い髪の毛を逆立てたモヒカンヘアーの女戦士を凝視する。

 やがてマルグリットはダイアナの姿を見て最後に会った時よりも身長は高くなっていたが、見覚えのある容姿の持ち主である事に気がつく。


 「あれ?もしかして、アンタはダイアナ?わー!懐かしー!アタシだよ、アタシ!マギーだよ!おーい!」


 マルグリットは満面の笑顔を浮かべながらダイアナに向かって手を振る。

 

 マルグリットの呼びかけによってダイアナたちの様子に変化が現れた。

 マルグリットに続いて今度はベックがダイアナたちに嬉しそうに声をかける。

 テレジアたちと敵対関係にあると思っていた速人にしてみれば予想外の反応だった。


 「おーい、ダイアナちゃん!私だよ、ベックだ!はははっ!そこにいるのはミネルヴァとトリシュとティファニーだろ?みんな、ずいぶん大きくなったね!」


 ベックの登場でさらにダイアナたちの間に混乱が広がる。

 それまで弓矢を構えていた女戦士たちは全員、引き絞った弦から手を離してしまう。

 ダイアナたちはマルグリットとベックの登場に驚き、混乱している様子だった。


 「おのれ悪魔め。ベックとマギーを人質に取るとは…。おそらく心優しいベックを人質にしてマギーを捕まえたのだろう。それ以外考えられん…」


 「どうするの、姉さま?このままではベックとマギーはきっとあの醜い豚面の悪魔に食べられてしまう。次に狙うのは町の子供たちかもしれないよ」


 「もう母様を呼ぶしか…」


 スパパパパパパパンッ‼


 ダイアナは反射的に妹たちの頬を打った。

 こんな些細な事で母テレジアを頼れば全員が半殺しにされるのは間違いない。

 数日前に買い出しに出かけたエリオットたちが大勢の人間を連れて帰ってきた。

 サンライズヒルの町には空き家と土地が十分に余っているので、労働力が限界に達していたのでマティス町長は彼らを歓迎した。

 セオドアの話によれば新しい町の住人たちは戦争で故郷を焼かれ彷徨っていたという境遇だった。

 ダイアナたちも同じような理由で各地を転々としていたので問題なく彼らを受け入れた。

 水の問題は悪魔のおかげで解決したが、食料の方は彼ら自身の蓄えと速人の金で買った分で解決した。

 実際はここまでは円満解決したのだが町の住人が増えた事でダイアナたち自警団の仕事が増えてしまったのである。

 狩りと戦い以外に取り得の無いダイアナたちだったが、自分の子供たちの世話を旦那に任せきりというのも後ろめたさが残るというもの。


 さらにダイアナとしては母の力を借りずに上手くこの場を治めて自警団の存在をアピールする必要があった。

 それというのも新しく町にやって来た住人たちもダイアナの弟たちのように家事や子育てという分野で才能を発揮する者ばかりだったのだ。

 上手く彼らを制御することさえ出来れば、サンライズヒルの町は焼けてしまったダイアナたちの故郷のように女が力で男たちを支配する楽園にする事も夢ではないだろう。


 (私が一族の新しいリーダーとなる為には一日も早く母様に引退してもらわねばならない。だから今は多少の無理をしてでも悪魔と新しい契約を結んで…)


 ダイアナが野望を画策している間に、マルグリットたちが目の前に移動していた。

 マルグリットは満面の笑みを浮かべながらダイアナに挨拶をする。


 「ダイアナー!お久しぶり!これ、この可愛い女の子が私とダーリンの子供のレミー。本当はもう一人アインっていう男の子もいるんだけど、事情があってお留守番してるんだよー」


 ダイアナは驚きのあまり鼻水を垂らしながら大きく口を開いている。

 それもそのはずマルグリットとレミーは一足飛びでダイアナたちのいる高台に現れたのだ。

 マルグリットは子供の頃から飛び抜けた運動能力の持ち主だったが、今では超人レベルに達している。

 ダイアナは自警団のリーダーとしての威厳を保つ為に余裕のある笑顔でマルグリットを歓迎した。

 しかし冷汗で蛮族メイクが剥がれ落ち、父親似の柔和な顔が露わになっている事にはまだ気がついていない。


 「久しぶりだな、マギー。元気そうで何よりだ。お前とエイリークたちの活躍は遠くの地でもよく聞いていた。かつてお前たちと共に戦った事を心から誇りに思う」


 ダイアナはマルグリットの向かって右の拳を出す。

 マルグリットは白い歯を見せながらニッコリと笑い、自分の拳をコツンと合わせた。

 

 ダイアナ、突き指。


 ダイアナが必死の形相で右手をふーふーしているところに今度はレミーが現れる。


 レミーはモヒカンの女戦士に憧れの眼差しを向けていた。


 「すげえ…。何ていうかカッコイイ…ッ!本当にこんなカッコイイ女の人(※レミーの主観)が母ちゃんの友達のなのかよ…。信じられねえ…」


 「でしょ!でしょ?母ちゃんだってカッコイイ友達たくさんいるんだからさ。たまには尊敬してよね。それでダイアナは強くてカッコイイだけじゃなくてとっても優しいお姉さんなんだよ?」


 マルグリットはレミーにダイアナの事を褒めてもらって嬉しそうにしている。

 ダイアナは何とか完全破壊を免れた右手で強引に拳の形を作り、健在であることを訴える。

 

 ダイアナの妹たちは弓矢を収めて近くに集まっていた。

 間近で観察するとダイアナの実妹ったちは基本的に父親似である為にメイクの下は穏やかな顔をした者が多かった。


 「おいおい、マギー。私に優しいは勘弁してくれ。これでも私は一族の戦士の長だぞ(※まだ正式には引き継がれていない)。敵味方から恐れられてこそ、慕われる謂れはない。そういえばお前の娘というのは…、ひぃっ‼エイリークッ‼」


 ダイアナはレミーの顔を見た瞬間に悲鳴をあげる。

 ほぼ同時にレミーの顔を見たダイアナの妹たちも顔面蒼白になっていた。


 昔、テレジアたちが第十六都市の外に作られた難民キャンプに身を寄せていた時にダイアナたちはマルグリットと知り合った。

 その時にマルグリットと仲良さげに話をしていたダイアナたちはエイリークの見苦しい嫉妬によって今でも悪夢を見るほどの虐めを受けていたのである。


 レミーはとても嫌がっているが、今の彼女の容姿は同じ年頃の父親の生き写しだったのだ。


 「エイリーク、まさかお前だけ年を取っていないのか⁉まだ我々をいじめ足りないというのか‼マギー、悪い事は言わない。こんな性質たちの悪い男とは別れろ‼」


 ダイアナの発言をきっかけにエイリークの過去の悪行が次々と暴かれた。


 レミーは顔面を引きつらせながら父親への不信感を募らせる。

 マルグリットとダグザは全く反論できずに苦笑しながら半泣きになっているダイアナたちを慰めた。

 

 だが自分以外の人間がマルグリットに親しくされている事に腹を立てたエイリークが突然やって来て両者の間に立った。


 「黙って聞いていりゃあ…、ある事ない事好き放題しゃべくりやがってッ‼この性悪女どもが、お前らリアル尻百叩きの刑にしてやるから覚悟しやがれ‼」


 エイリークは指をポキポキ鳴らしながらダイアナたちに接近する。


 ダイアナたちは抱き合いながら恐怖のあまり絶叫する。

 

 ダイアナの家族全員でやらされた”気絶するまで止めない縄跳びの刑”はまだ記憶に新しい。


 この時すでに速人は半袖を肩までまくり上げ、ベックはTシャツを脱ぎ捨て戦闘準備に入っていた。


 「うひゃあああああッ‼エイリークが増えたああああああッ‼」


 果たして、ダイアナたちはエイリークの魔の手から逃げることは出来るのか?次回に続く。

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