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第百六十八話 美少女うのビンタ、我々の業界ではご褒美です。

すいません、遅れました。次回は七月二十四日ってことでよろしくお願いします!クポ!!

 

 第十六都市、大市場。

 百年ほど前、第十六都市を放棄したダナン帝国に代わって管理することになったエルフ族が同盟本国から連れてきた解放奴隷の子孫であるブロードウェイ家の人間が興した大商館”ブロードウェイ商店”から始まった下位種族が使う事を許される商業地帯である。

 大市場グランバザールと呼ばれるようになったのは戦後になってからでエイリークが子供の頃は市場と呼ばれていた。


 エイリークはひと月前から家事をほとんど速人に任せっきりだったので見慣れているはずの光景に違和感を覚える。

 案内役の速人はダグザと話をしながら中通りの奥まった場所を目指して歩いていた。


 (野郎…。ダグは俺の子分だぞ?それを親友みたいに仲良くしやがって…ッッ‼)

 ※小学生マインド

 

 急に疎外感を覚えたエイリークは速人の頭に拳骨を落とす。そしてダグザの尻に蹴りを入れた。


 「おい、手前ら。俺様抜きで楽しそうにくっちゃべってるんじゃねえよ。おかげで枝毛が増えちまったじゃねえか。それより秘密の地下通路とやらはどこなんだよ。早く案内しろ」


 エイリークは速人を殴った右手をさすってから三つ編みにしてある髪の毛先を気にしている。

 自分でも認めたくはなかったが、三十代に入ってからは枝毛が目立つようになっていた。

 エイリークの父マールティネスも三十路になってからは早起きしては皆に隠れて洗面台でにらめっこをしていた記憶もある。


 ダグザはエイリークの前蹴りを尻に食らってバランスを崩してしまったが、ベックのフォローが間に合って転倒は免れた。

 心なしか目の下の隈が濃くなっている。

 一方、速人は何事も無かったように周囲の目を気にしながら入り口を偽装した小さな建物に向かって歩いている。

 ”新しい空”の連絡員が潜んでいる可能性は皆無ではない。

 地面の足跡を気にしながら周りに木箱が積み重ねて置かれた小さな小屋の前に立つ。

 即ち、サンライズヒルの町に通じる地下通路の前に辿り着いたということだ。


 「ここだ。この先を通って行くとサンライズヒルの町の近くに出る。セーブをするなら今のうちだぞ。後、回復役や装備を良い物に変えておくとか忘れるなよ」


 速人は笑いながら親指を立てる。

 エイリークたちは速人の言葉の意味が分からなかったので対応に困っていた。


 (そもそもテレビゲームどころか、テレビが無いんだよな)


 …速人は自分がギャグを外してしまった事に気がつき、力なく笑う。


 (いやむしろ「そんなヘラクレスの栄光シリーズじゃあるまいし!」とか言われた方がショックだったな。今の発言は俺の黒歴史として封印しておこう…。さよならターンX…)


 レミーは落ち込んでいる速人の手を引っ張った。

 目の前には雑貨を詰める時に使用していた木箱が無造作に積み上げられている。

 かなりホコリをかぶっているので品質を保存して移送するといった本来の役割を果たすことは難しいだろう。

 ちなみに足場を揃えずガタガタにしてあるのは速人の施した細工である。

 ”新しい空”の連絡員が地下通路を使った時に箱の配置、足跡といった証拠を残させる為だった。


 「おい、速人。お前はよくわかっているのかもしれないけれど私たちは何も知らないんだ。私は大市場は使わないし。わかるように説明してくれよ」


 レミーは腰に手を当て、目と口を尖らせながら言った。

 彼女なりに同性代の子供たちの代表として同行していることに使命感を持っている様子だった。

 速人も今回ばかりは適当に誤魔化すわけには行かなかったので、まずは地面に散布しておいた乾燥した塗料を足で払った。

 草履の下に薄い青の線が出来上がったのを見たダグザが驚いた様子で見入っていた。


 「つくづく呆れたヤツだな。…そんな細工までしてあったのか」


 速人は地面に残った粉を手に取ってから払い落した。

 残念ながら獲物は掛かってはいない。こちらが念入りに罠を張った事に気がついて警戒させてしまったのかもしれない。


 「これは俺たちが敵を警戒してますって故意に伝える為に用意しておいた罠だよ。本命はこっちさ」


 速人は入り口の天井に仕掛けた糸車を外して見せた。

 糸車に気がつかずにここを通れば細い糸をつけて町の中を移動することになる仕掛けだった。

 糸を辿って相手を見つけることが出来れば御の字だが現実はそこまで甘くはない。

 速人はせめて糸車が回っているかを確認する。


 (ホウ…。これは面白いな)


 車に巻いてある糸の長さに変化は無かった。

 しかし、糸を巻き上げた痕跡らしきものは発見することが出来た。

 仕掛けを発見した人間はかなり用心深い性格だが、糸の巻き方までは知らなかったようである。


 速人は一度、車の一番下まで巻いた後にバッテンにしてから巻くのである。

 今、手元にある糸車は全て横巻きにされていたのだ。

 この事実だけでも、相手は針仕事の経験が無い人間即ち男性ではないかという推論が生まれる。

 作業の途中、速人はレミーとマルグリットの母娘と目が遭ったが何も考えないことにした。


 (さて、この事実を言うべきか言わぬべきか…)


 速人が微かな証拠を発見して神妙な顔つきをしているとダグザとエイリークがやって来た。

 入り口の前にはマルグリットとレミーとベックらが待っている。

 出発の準備が整った旨を伝えにきたのだろう。


 「速人、我々は可能ならば今日中にサンライズヒルの町に行きたい。案内を頼む」


 ダグザは普段よりも真剣な表情になっていた。

 一方、エイリークは速人の指先の汚れに気がついて説明を求める。

 全体的に雑な男だが、それは性格から生じたものであって本質ではない。

 仮に観察力を測定するテストをすればダグザと変わらない結果を出すことだろう。


 「おい、速人。お前指どうしたんだよ?もしかしてお前がさっき言っていた”罠”に敵が引っかかっていたってワケじゃねえよなあ」


 「ああ、そうだよ。さしあたっては、敵は罠を見破って逃げて行ったってところかな。どっちにしろここは使われてないみたいだから向こうが仕掛けた罠は存在しない。安心して使えるはずさ」


 速人はマルグリットたちに手を振りながら入り口前まで移動する。

 そして、ダグザとエイリークは適当な探りを入れた事を後悔していた。

 二人とも”果たしてこのまま町を空けて良いものか”と首を捻って悩み出す始末である。

 エイリークは現時点で敵が動き出す可能性は皆無と考え、慎重派のダグザさえ敵が動き出すのはもう少し先くらいにしか考えていなかった。


 「ダグよ。速人の方が正しかったってのは超ムカつくが俺たちの見通しが甘かったってのは認めなきゃならねえな…。これからエリオに会いに行くって時に幸先が悪いにも程があるぜ」


 エイリークは獅子のたてがみのような長髪を乱雑に掻く。

 この十年間、自分たちに油断があったとは思えない。

 考えられる可能性といえば戦争が終わっていなかったというだけの話だったのだ。

 今にして考えれば動乱の首謀者グリンフレイムも巨人族にとって最大の禁忌と恐れられている”ハガルの槍”を手に入れようなどと考えたのか理解できなかった。

 仮にグリンフレイムが”ハガルの槍”を手に入れて力を得る事になれば、それはヨトゥン、ギガント、タイタンといった巨人族の全てを敵に回すことになるのだ。

 全巨人族の解放を訴えるグリンフレイムの方針からすれば”ハガルの槍”は障害でしかない。


 「私もそう思う。おそらくまだ何かをたくさん隠しているのだろうが、今は目の前の問題に集中しよう。とりわけ速人を見失って通路の中に取り残されないように注意せねば」


 ダグザは地下通路の扉に手を当てる。

 次に自分の魔力を流し込んで扉の開閉をコントロールしている術式の起動条件を自立型から受動型に切り替えた。

 速人から地下通路の報告を受けてから調査を進めた成果でもある。

 古いドワーフ族の使っていた魔術回路だったが、使用されている式の系統が古い物でだったので容易に乗っ取ることが出来た。

 これもダグザの曾祖父エヴァンスと祖父スウェンスが第十六都市の中に息づく魔術回路を古代ドワーフからレプラコーンの術式を上書きしたからだった。

 

 ダグザは地下通路の扉を開けたままの状態にするとエイリークたちに中に入るように指示をする。

 このままダグザたちがサンライズヒルの町に到着すると同時に扉を完全に閉じてしまう予定だった。 

 入り口の近くは数日の間、ソリトンとハンスが定期的に見張りにつくことになっている。

 敵の手が想像以上に長い為に必要以上、厳重に管理しなければならなかったのだ。


 エイリークはマルグリットとレミーと親子三人で手を繋いで通路に入って行った。

 続いてベックと速人とダグザが足を踏み入れる。

 通路は速人たちが入った時と変わらぬ殺風景な石造りの床が続いている。

 速人はダグザから渡されたカンテラを持って先頭に進み、その後ろをベック、レミー、マルグリット、エイリーク、ダグザの順に歩いて行く。

 道中エイリークたちはサンライズヒルの町の思い出話をしていた。

 話の途中で速人は何度か現在のサンライズヒルの町について聞かれたので放置された畑と空き家、そして他国の避難民たちが医者であるマティス町長を頼って暮らしていることを説明した。

 テレジアと彼女の家族、ハイデルたちドワーフの難民たちに関しては一切口外しない。

 ダグザの世代はともかくレミーの世代になるとダナン帝国の評判は極端に悪くなっている。

 速人は特に肩入れするつもりはなかったが、あの泥まみれになったカッツやハイデルたちにはこれ以上不幸になって欲しくはないと考えていたのだ。


 「こんな面白そうな場所があるってことを教えてくれないなんてよ。お前もつくづく根性の腐った野郎だな、速人。よし決めたぜ、ハニー。今日中に地下王国を制覇して俺たちの秘密基地にしちまおうぜ」


 「アハッ!それはいいね、賛成ッ!レミー、アンタの父ちゃんと母ちゃんのカッコイイ姿を見せてあげるよ!ついておいで!」


 「いい年齢トシして何を言ってるんだよ、二人とも…」


 エイリークとマルグリットとレミーは声を掛け合いながら通路の先に走って行く。


 速人はベックとダグザの方に頭を下げた後、三人の後を追いかける。

 ベックとダグザは子供の頃からまるで勝っていないエイリークたちの姿にため息をついてしまう。


 ベックはカンテラを魔力で点灯した後、ダグザと一緒に早歩きでついて行った。

 

 あえて説明するまでもない話だが、ここは前回通った怪物が生息する場所である。

 速人がカンテラに火を入れないでエイリークを追いかけたことも理由があってのことである。

 

 そしてその頃、第十六都市のエイリークの屋敷では雪近とディーが留守番役のケイティの食事の準備を手伝いながら世間話をしていた。


 「今頃、速人はあのカタツムリかコウモリかよくわからない魔物と戦っているだよね…」


 「大丈夫だぜ、ディー。今回はエイリークの旦那が一緒なんだ。それにマルグリットの姐さんやダグザの旦那もいるんだ。俺たちの千倍は役に立っているぜ」


 二人はソリトンの家族にチキンソテーとラタトゥイユを食べてもらう為に野菜を切ったり、出かける前に速人がカットしてくれた鶏肉の切り身に塩と胡椒で下味をつけたりしていた。

 あまりの手際の良さに手伝いを申し出ようとしていたソリトンの妻ケイティとシグルズとお留守番のアインは言葉を失っている。

 雪近とディーの家事の腕前はケイティのそれを遥かに凌駕していたのだ。


 ちなみに台所の破壊神アメリアとソリトンはケイティに説得されて食堂で皿と食器の準備をしている。


 「でもさ、キチカ。ここだけの話、レミーはああいうの大丈夫なのかな。ホラ、俺の姉さんも普段は素手で熊をやっつけたりしているけれど以外に足のいっぱいついた虫とか駄目だからさ。あ、これトップシークレットね」


 「…ジークリンデがムカデが駄目だったなんて初耳だぜ。気をつけてやらねえとな。でもレミーの肝っ玉の太さも相当のものだぜ?あんな化け物くらいどうってことねえよ!」


 「そうだよね!天井にくっついてウネウネしながら移動するところ、たまに思い出して夜中にトイレに行けなくなることもあるけどレミーはエイリークさんの子供なんだから逆に退治しちゃうよね!…それでさ、キチカ。俺が姉さんの弱点をここで言った事はお墓まで持って行ってくれよ。約束だからな」


 「お、応ともよ。男と男の約束ってヤツだな」


 ディーはセリフの最後の部分だけ特に強調しておいた。

 ディーの姉は村一番と呼ばれる戦士で、次の”大戦士”となる優秀な人物である。 

 勇敢で気高く、心優しい性格の持ち主だったが虫の類が苦手であることは周囲に隠していた。

 数年前に山奥で倒れていた雪近を助けた時に一目惚れをして婚約する間柄となったのだが、実はジークリンデの髪にくっついていた蜘蛛を取ってくれたのが原因であることは身内しか知らない。

 

 物語の中で語られることはないが、ディーと雪近が故郷のニブルヘイムの村に帰った時に秘密をバラしたことを知られてディーは姉に半殺しにされる。


 速人は前に来た時に爆発が原因で埋まってしまった場所まで移動した。

 無機質な魔法人形ゴーレムが放置されていた空間に通じる通路は壁によって封鎖されていた。

 一種の防護シャッターのような管理システムが機能しているのだろうか。

 速人はカンテラを頼りに通路を引き返し、さらに下の階層に向かって進む。

 歩いている途中、サンライズヒルの町の近くを流れる川の水と同じ匂いを嗅ぎ取ったからである。

 大して難しい理屈ではなく都市の水路とサンライズヒルの町の近くを流れる川の一部が繋がっているということだろう。


 速人はベックにカンテラの光量を小さく調節してもらい、水路を目指して歩いた。


 エイリークたちは相変わらず大声で話をしながら速人の後ろについて行く。

 そう、この時まではエイリークとレミーは元気だったのだ。

 しかし数十分後、二人の態度は急変する。

 きしょい系のモンスターとのエンカウントが続き、出口に辿り着く頃には魂の抜け殻のようになっていた。


 全身に藻を生やしたサンショウウオっぽい怪物 → 撃破。


 エイリークとレミーとベックのMPが半分になった!


 やたらと足の速い巨大ヤドカリ → 撃破 !


 エイリークとレミーとベックのMPがさらに半分になった!


 顔だけ人間っぽい水棲トノサマバッタ → 撃破。

 エイリークとベックとレミーはやる気がゼロになった!


 デロデロデロデロンッ!


 速人は多くの戦利品を手に入れて喜んでいる!


 「…」


 なつかしい光の下で、レミーはかつてないほどに衰弱していた。

 美しいエメラルドの瞳は涙に濡れて、健康的な白い肌も血色を失い青白くなっている。

 レミーは先ほど通路の中で過ごした一時間にも満たない中で異形の怪物の脅威というものを知り尽くした。


 ふわっ。


 その時、衰弱したレミーを心配した母マルグリットは抱き締めてやろうとする。

 しかし、レミーは必死の形相で母親から飛び退いてしまう。

 マルグリットは力なく笑った後に「落ち着いたらお話しようね」と言って離れて行った。

 レミーは母親を傷つけてしまったことに気がつき、涙を流す。


 そんな時、奥の通路からスキップをしながら速人が生物の器官と思われる謎のアイテムを持って現れる。


 「どうしたレミー?トイレなら向こうの水路の方ですませて来いよ。どんなにでっかい音が出てもあそこなら聞こえないからさ!」


 速人は中型のスピーカーくらいの大きさの黒い物体を持っている。

 正直、いつどこで手に入れたか聞きたくもない代物だった。

 速人はレミーの体調に問題が無いことを確かめると次に頭を落として歩いているエイリークのところに行こうとする。

 その瞬間、レミーは速人の手を強く握りしめた。


 (フウ…。もう告白のイベントが始まっちまったか。駄目だぜ、レミー。告白は伝説の樹の下で、卒業式まで我慢だ)


 速人はレミーに古式ゆかしいきらめき学園の伝統を教えてやろうと微笑む。


 しかし…。


 「お前には人の心ってもんがわからないのかあああああッ!たまには反省しろおおおッ!」


 レミーは絶叫してから速人の頬を叩いた。


 速人は親指を立てながら微笑む。


 我々の業界ではむしろご褒美です、と。

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