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プロローグ 19 勇気の証

次回は9月14日頃に投稿するぜ。


 薄明りの中、紅玉のごとき双眸が子供たちを見つめていた。

 元から視力が高い、というわけではないが獲物を見つけた時にだけ能力が高まるのだ。本能のなせる技なのだろう。


 崖の上には高い魔力を秘めた融合種リンクスの子供が三人、極上のエサだ。

 他にはつまみにもならぬ劣等種のガキが一人。あれは不味そうだから別に食べなくていい。


 岩山の如き巨躯に大量の空気を溜め込む。周囲に気泡が浮き出る。


 水キツネの肉には飽きた。そろそろ上等な肉が食いたい。

 そして、”大喰らい”と呼ばれる怪物は背中と脇にある通気孔から溜め込んだ空気を一気に排出した。


 まず障害物を取り払わねばならぬ。

 

 「ゴ!ゴ!ゴォルルルゥゥゥアアアアアアアアーーッッ!!!」


 砲弾と化した”大喰らい”の巨体が中くらいの岩が重なって出来た構造物を完全に破壊した。

 今度は飛沫どころではない、川そのものが陸地になだれ込む。

 それから間も無く周囲一帯は浅瀬に変わってしまった。

 川底から岩ほどの大きさの怪物がゆっくりと姿を現した。


 レミーは下の様子を見ないように頂上を目指した。

 途中、傷が何度か痛んだが我慢しながら登った。

 速人が比較的安全な進路を教えてくれたので無事に頂上までたどり着くことが出来たといっても過言ではないだろう。

 おかげでレミーはわずかな時間で山の頂上まで登ることが出来たのだ。

 すぐ後から速人がアインとシエラを連れて登ってきた時には感謝しながら、非常識な体力に呆れていた。 やっぱりコイツは気持ち悪いヤツだ、と笑ってしまう。


 速人はシエラとアインを地面に下ろした後、下の様子を見た。

 案の定、”大喰らい”が壁を何度も殴りつけている。

 言うなればここは土砂が盛り上がって出来た高台のような場所である。

 ”大喰らい”の破壊活動が続けばやがて山が崩されてしまうだろう。実際、残された時間はかなり少ない。

 レミーたちの追跡を諦めた”大喰らい”がシグたちのところに行く可能性も十分にある。

 エイリークたちと合流してから最良の方策には違いないが今からでは遅すぎる。

 

 その時、速人の脳裏に東京ドームの地下核闘技場に君臨する絶対王者っぽい少年の声が響いた。ような気がした。


 「速人。お前はそうやって逃げ場を捜すつもりか。お前の持っているヌンチャクは飾りなのか?」


 青年は暗闇の中、シャドーボクシングを続ける。パンチ、キックを連続で虚空に向けて繰り出し続ける。全身、汗まみれになりながらもシャドーボクシングを続ける。

 何をしているんだ?目の前には何もいないというのに。

 否。速人もやがて青年の目の前に立つ、青年のイメージが作り出した虚像の姿に気がついた。

 青年は我武者羅にシャドーボクシングを演じているのではない。戦っているのだ。

 おそらくその相手は地上で最も強い男。たとえば全高10メートル以上はありそうな象のお肉でBBQをやってしまいそうなおじさんだ。

 例え相手が規格外の化け物でも一歩も退かない。それが真のマーシャルアーツなのだ。


 速人は奥歯をぐっと噛み締めた。ピンポン玉に黒いマジックで点を描いたような両目には涙さえ浮かべている。

 俺は間違っていた。駄目駄目だった。刃牙の言う通りだ。俺は一時の安息を得る為にヌンチャク使いとしての使命を忘れるところだった、

 速人は希望に瞳を輝かせる。今の速人の顔はチョコレートが大好物の怪獣に似ていた。

 

 俺にはこの世界ナインスリーブスでヌンチャクを広め、ヌンチャク使いたちの理想郷”ヌンチャクパラダイス”を築く使命があるのだ。


 速人は目を閉じる。そして希望の未来を思い描く。

 

 「速人。ヌンチャクって本当に素晴らしいな」


 成長したレミーが赤いチャイナドレスを着ていた。勿論、腕にはヌンチャクを持っている。

 

 ついにデレたか、レミー!


 そして場面は変わり、目の前には成長したアインとシエラが……!!

 二人の手には色違いのヌンチャクと産着の赤ん坊を抱きかかえていた。

 

 「速人、いや老師。僕たちの子供の名前を考えたんだけど、男の子はヌン。女の子はチャクってのはどうかな?」


 「きっと二人とも素晴らしいヌンチャク使いになるだわさ!」


 アイン、そのネーミングセンスは最高だ!

 

 シエラ、その語尾はどうかと思うぜ!


 二人の腕には男女の赤ん坊が抱かれている。おそらく双子だろう。

 そんな都合の良い話があるとは思えないが妄想なのでオッケーだ。


 速人はかなりアレな感じのキラキラした視線でレミーたちをじっと見つめている。

 レミーたちは速人の異常な視線に気がつき、後方に下がった。


 足元が大きく揺れて、速人の妄想が中断された。

 速人が崖の下を見ると、”大喰らい”と目が合った。

 以前、スタンは魔獣の仲間は視力が低いと言っていたが怪物の双眸はしかと速人の姿を見ている。

 文書の知識も存外にあてにはならないものだな、と速人は考える。

 目には目を、殺意には殺意を。

 殺意に満ちた眼光を受け止めて速人は意を決した。

 殺意の根源を断つことを、大喰らいを殺すことを心に決めた。


 魔獣と人間は共存できない。

 ならば残された道はただ一つ。殺されてやることが出来ない以上、殺して生き残るしかない。


 「レミー、シエラ、アイン。俺はこれから下に行って、時間を稼ぐ。やや遠回りになるが、ここからシグたちのいる場所まで行くことが出来るはずだ。音が遠ざかったらすぐに出発してくれ」


 速人は腕の中のヌンチャクの感触を確かめる。

 二本の棒、そしてそれらを繋ぐ綱ともに限界が近い。

 次にレミーとアイン、シエラの顔を見る。

 知り合って間もないが、この三人には彼らの帰りを待つ家族がいる。

 この世界をただ一人彷徨う自分とは違う。

 もしも己に使命というものがあるならば、レミーたちを家族のもとに返してやることなのだろう。

 そう考えた時に、速人のヌンチャクを握る自然と力が籠った。

 やり遂げる。必ず成し遂げる。

 俺なら出来る。


 速人は笑った。


 「お前は一緒に来ないのか?」


 レミーが真剣な表情で速人を見た。

 いくらちんちくりんで不細工で憎たらしい相手でも死んで欲しいとは思わない。

 しかし、己の命を盾にして怪物の相手をすることで自分たちを守ろうとする速人の決意だけは理解してしまったのだ。

 レミーの表情も自然と曇ってしまった。


 「ああ。シグたちと合流したら、すぐに出口を目指してくれ。それで宿営地まで戻ったらここで見たことを全てエイリークたちに伝えてくれ。あの化け物が人里にまで出て行ったらそれこそ大事になりかねない」


 また地面が揺れた。大喰らいの巨大な爪が岩壁に突き刺さったのだ。

 レミーはアインとシエラの肩を抱いて体を支えた。速人はヌンチャクを片手に背を向ける。


 「俺も向こうについたら、父さんたちを連れてすぐに戻ってくる。だから絶対に死ぬなよ、速人」


 初めて名前で呼ばれた。速人は思わず口元を綻ばせる。


 そして、速人は覚悟を決めた。

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