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第百六十六話 嵐を呼ぶ抽選会

次回は七月十四日に更新する予定です。遅れてばかりでいません…。


 速人は迅速に対応し、多数決によって”殴りっこ”は急遽中止になった。以上。


 エイリークとマルグリット(共に三十三歳)は地面に座り込んでブツクサと文句を垂れている。

 

 速人はサンライズヒルの町に行く人間を決める方法として考え得る中で最も公正かつ公平な手段を提案することにした。

 ダグザは当事者として人選の方法を速人に一任する態度を示す。

 ソリトン、ベックら他の仲間たちもダグザに従うことになった。

 

 速人は雪近とディーを呼んで手近な物を材料にして道具を作る。

 時間にして三十分くらい経過した後、速人たちは木箱を二つ持ってダグザたちの前に現れた。

 それまでふて寝していたエイリークとマルグリットは起き上がり速人の前にやって来る。

 腰のあたりまで伸びたエイリークの金髪にゴミがたくさんついていたので速人は櫛を入れて落としてやることにした。


 その後、エイリークとマルグリットの身体についたホコリなどを落としてから話が始まる。


 「おい速人。何だよ、その箱は。まさか中に毒蛇とかが入っているんじゃねえだろうな。俺様は無敵だから多分死なないけれど、俺様の美しい腕に爬虫類の歯型がつくってのは歓迎できねえな」


 「速人。ウチらの仲間は毒に耐性を持っている人間が多いからダグ兄以外は蛇に噛まれてもピンピンしていると思うよ?昔は毒蛇とか食べたしねえ」


 マルグリットはケラケラと笑いながらつき合いの長いモーガンとケイティの方を見る。

 二人とも少し考えた後、引きつった笑顔のまま首を縦に振っていた。

 察するに毒蛇を食べて死ぬことは無かったがそれなりに苦しんだということだろう。


 一方ダグザとレクサは当時を思い出し、口に手を当て吐き気を催していた。

 こちらの二人は普通に死にかけたということだろう。


 …速人はこの先エイリークとマルグリットに拾い食いをさせない事を心に誓った。


 「違うよ。箱の中にはクジが入っているんだよ。こっちの箱から当り番号が入ったクジを五本引いて、もう一つの箱から全員がクジを引くっていうヤツさ。全員がクジを引き終わったら今度は当り番号を発表して、手持ちのクジと同じ番号だった五人がサンライズヒルの町に行けるっていう話だよ」


 速人は木箱の蓋を開けて中身をエイリークに見せる。

 一方は漢数字、もう一方はナインスリーブスで使われているローマ数字に似た数字だった(※トート数字というらしい)。

 まだ抽選が始まっていないので特に警戒をする必要もないので公開したのである。

 エイリークとマルグリットはクジの仕組みを観察すると余裕のある笑顔を見せる。

 レミーは片方の木箱に入っている漢数字のクジについての説明を聞くとエイリークたちについて行った。

 そして最後にアインは悲しい笑顔を見せた後、シグルズたちのところに移動していた。


 (何かおかしいぞ。よく殴り合いになるという事を除けばエイリークさんの家族は仲が良いのに…。何があったんだ?)


 速人は急におとなしくなってしまったエイリークの姿に妙な不安を覚えていた。

 そして、追い打ちをかけるように血相を変えてやって来たダグザとレクサが速人の前に現れる。


 「速人ッ!まさかそのクジを使ってサンライズヒルの町に出かける人間を選ぶつもりではないだろうな!」


 ダグザは怒りで顔を真っ赤にしながら速人に詰め寄った。

 普段から目の下に隈を作り不機嫌そうな顔をしているダグザだが今はパワーアップした状態になっていた。

 生まれたばかりのダグザの息子アダンが居合わせれば大泣きするのは間違いないだろう。

 当のアダンは離れた場所でベックの妻コレットらに抱っこされていた。


 次にダグザを除けてレクサが現れる。

 こちらも夫のダグザ同様にかなりぶち切れた様子だった。

 ダグザとアレクサンドラは隊商”高原の羊たち”のまとめ役だけに流石の速人も戸惑いを隠せない。


 「アンタ一体、何考えてるンのよ!クジなんてやったらエイリークとマギーが勝つに決まってるじゃない!却下よ、却下!」


 レクサは白い歯をむき出しにしながら速人の襟首を掴んで持ち上げた。

 いつもならダグザが止めに入るところだが腹に据えかねているらしく速人の弁明を待っている。

 速人はまるで見当がつかないと事情を打ち明けようとしたがレクサの小人族特有の怪力が咽頭を圧迫して声に出して伝えることは出来なかった。

 やがて速人の大きな顔が酸欠で真っ青になった頃にソリトンとケイティが現場に姿を現した。


 「レクサ、速人はおそらくエイリークとマギーの強運について何も知らないはずだ。その辺で止めておかないと大変な事になると思うぞ」


 ソリトンは冷静な表情のまま”首吊り(ネックハンギング)(ツリー)”の体勢で掲げられた

速人を見る。

 速人の白目は充血し、陸に上げられた魚のように口をパクパクさせていた。

 ソリトンとケイティは変わり果てた速人の姿から一瞬、目を背ける。

 結局、速人は意識を失う一歩手前の状態で後から駆けつけたアメリアとシグルズの手で救出された。


 「…レクサさん、エイリークさんとマルグリットさんの強運とは一体何の事ですか?…ゴホッ!、ゴホッッ!」


 速人は酸欠によって混濁した意識のまま尋ねる。

 話が終わると喉が詰まって咳をしていた。

 一方レクサはアメリアとシグルズの助けを借りて何とか起き上がることに成功した速人の姿を見て正気を取り戻し、露骨に視線を外していた。


 「もう。知らないなら知らないって言ってよね。アンタ、私の兄さんより頑丈だから少し強く締めちゃったのよ。…エイリークとマギーは子供の頃からとんでもない強運の持ち主だから私たちが何かを決める時にはコイントス、クジ引きはやらないっていう暗黙のルールがあったのよ」


 速人は潰されかけた喉に手を当てながら首を縦に振る。


 (この雲一つない青空のどこかで…グッドラック、ジム)


 いい笑顔でサムズアップ。

 そして青空の彼方で微笑むレクサの兄ジムの受難を人知れず労った。


 アメリアとシグルズは速人に休むことを勧めたがクジ引きで出向するメンバーを選定しなければ今後無断でサンライズヒルの町に行く人間が出て来る可能性があったので傷ついた身体に鞭を打ってでも起き上がる。

 現在のサンライズヒルの町の住人たちはマティスやエリオットたちだけではなく遠くの国から戦火を免れて辿り着いた者たちもいるのだ。

 過去のしがらみが原因で衝突するような事態だけは回避したかった。


 「まあ…、事情が事情だけに万人が納得できる方法など最初から存在しないのであらゆる意味を含めての運試しですから。ご勘弁ください、レクサさん」


 レクサ(※35歳、女性。一児の母)は口をへの字にしたままだったがそれからは何も言って一応は了承してくれたようだ。

 速人(※推定年齢十歳、男)はレクサとダグザに笑い掛けながらクジの入った木箱を持ち上げて上下左右に振る。

 ダグザたちの言うエイリークの強運とはどの程度のものかは知らないがベストは尽くしておくべきだろう、と考えた末の行動だった。

 そんな速人の姿を遠方からエイリークとマルグリットとレミーが粘着質な視線を送っていた。


 「ケッケッケ。無駄な足掻きとも知らずにあのクソチビが…。今日こそは俺様の方が上だってことを教えてやるぜ。メーン‼」


 「ギャハハハッッ‼そうさね、ダーリンの言う通りさ。頑張った分だけ結果が追いついてくるなんて甘ったれた理屈はアタシらには通用しない。…ていうかさ、ダーリン。今回はアタシも勝ちに行くから…そこんとこ夜露死苦‼」


 「ハッ!…あの野郎には一度でもいいから泡吹かせてやりたかったからな。今日こそは格の違いってヤツを教えてやるよ。父さん、母ちゃん。私今日は下剋上果たすつもりで勝負するから、手加減無用で」


 外見だけは整った親子三人は性根の腐った下衆みたいな笑い声を上げた後にガッシリと手を組んだ。


 エイリークたちの異常性の強い意気込みに周囲の人間たちは怯えている。

 

 かくして速人主催の「運試し!誰がエリオットとセオドアとマティスに会いに行くかを決めるクジ!」大会が開催される運びとなった。


 (来た…)


 速人は全員がクジを引く前に雪近を呼び出し、ナインスリーブスの数字で書かれたクジが入った木箱から五枚引かせた。

 次にディーと一緒にもう一つの漢数字で番号が書かれたクジの入った木箱を出す。

 ディーは木箱を持っている役で、速人は不正が行われていないかを調べる見張り役だ。

 最初に帝愛グループの利根川行雄のような顔になったエイリークが速人の前に現れる。

 速人はジト目で高レートパチンコ台”沼”があるパチンコ店の支配人一条のような顔になったマルグリットと帝愛グループの会長兵頭和尊の次男和也のような顔になったレミーを見た。三人の危険人物度指数はもはや神レベルのそれに達していた。

 速人はエイリークの挙動に注意しながらクジの入った木箱をさし出す。

 しかしエイリークは木箱に手を出さなかった。

 普段ならば小学校二年生くらいの児童のように決して他人に譲る事はない感性を持ったエイリークの行動に速人の警戒心は高まる。


 「あー…、俺様はクジを引くの一番最後でいいぜ?どうせ最初から俺って決まってるんだからよ」


 エイリークは羽虫を追い払うように手を振った。

 彼の端正な口元には余裕の笑みが含まれていたが、思惑が明確になっていないので殴る事も出来ない。

 速人はため息を吐いた後、マルグリットの方を向いて木箱をさし出した。

 マルグリットはエイリークに向かってウィンクすると木箱に手を突っ込む。

 そしてゴソゴソと手で探ると中から漢数字で「七、三、四」と書かれた小さな札を取り出した。

 マルグリットは札に書かれている記号(※数字であることを認識できないので)を見て首を傾げている。

 速人は数字である事を説明しようとしたが、先にダグザがマルグリットに説明してくれた。

 物を教えることに関してはダグザは速人の何歩も先に行っている人間だけに嬉しい誤算だった。


 「マギー、それは速人のいた場所で使われていた数字だ。私の記憶が正しければ「734」と書いてあるはずだ。速人、それで合っているかね?」


 速人はすぐに頷いて返事をする。

 学者肌のダグザは速人が元に住んでいた世界の文化に興味を持ち、以前から言語や文化について話し合う機会が多かった。

 ダグザ自身の能力も相まって今では簡単な漢字と平仮名を使って文章を作れるほどになっている。

 マルグリットは「流石はダグ兄」と素直に感心を示し、他の仲間たちもクジが公平なものであることを認め始める。

 しかし愛妻マルグリットから褒められたダグザに嫉妬した見苦しい中年エイリークはスカスカとやって来て速人から木箱を強奪する。

 海を思わせる青い瞳には余裕のそれは失われ、嫉妬に身を焦がす灼熱の炎が宿っていた。

 とばっちりを恐れた人々はすぐにエイリークから距離を置いた。


 「おい。次は俺様だ、この速人野郎が。あの人生丸ごとアテ外れっ放しの根暗地底人にいつまでも良い顔はさせねえ。そこのババア(※アレクサンドラを見ながら)と一緒に俺様のビクトリーしながらグローリーをゲットする姿を見やがれってんだ!メェェェーーーンッ‼」


 エイリークは木箱に思い切り手を突っ込んで札を手にする。

 しかし、札に書いてある数字を見ないでポケットに入れてしまった。


 「エイリークさん、数字を見なくていいのか?」


 速人はエイリークの手を観察しながら尋ねた。

 エイリークの手は全体的に大きな造りで、それこそ手品師向きだったので複数の札を持っているのではないかと警戒したのである。

 そんな何かと他者を疑ってかかる速人の態度に嫌気がさしたエイリークは面倒くさそうに答えた。

 

「どうせ俺様が勝つのはわかってんだ。後は他の雑魚助どもに引かせてやんな…。言っておくが勝率がさらに上がるから妙な勘繰りは止めとけよ?ケケッ」


 エイリークは捨て台詞を残すとスキップしながらマルグリットの元に向かった。


 (イカサマ嫌疑をかけられた方が勝率が上がるだと?どういう意味だ?)


 放心状態の速人は肩を指で押されてそちらの方を見る。

 レミーが腰に手を当て、自信満々な様子で立っていた。

 口元には意地悪そうな笑みを浮かべている。

 実際レミーは普段からお世辞にも良い性格とは言えないが、今は磨きがかかった状態だった。

 レミーは速人が木箱を出す前に入り口に手を入れて中をまさぐる。


 「あふんっ!嫌っ!そんな指で直接なんて…とっても痛いわ。まだ前戯もしていないのに…。レミーもっと優しくしてよ…」


 突然の出来事に速人は驚き悩ましい悲鳴をあげる。


 レミーは右手を鉄槌の形に作り、速人の頭を殴った。

 レミーは速人を思う存分、殴ると同性代の子供たちが集まっている場所に向かった。

 その後アインを先頭に他の人間が次々とやってきては箱の中からクジを引いて行った。

 最後の方にやってきたアルフォンスとダグザにはレミーに対して下ネタを出した事で散々怒られた。


 シャーリーには説教の代わりに目玉が飛び出るほどの強烈なハンマーパンチをもらった。

 古風な下町の肝っ玉母さん(もしくは世紀末覇者)だけに年頃の娘への下ネタは禁止らしい。

 最後に現れたベックとコレットからも速人はガッツリと「やっていい事と悪い事」について説教をされる事になった。

 そして速人はこの場にいる全員がクジを引いた事を口頭で確認すると別の場所でもう一つのクジを引いている雪近をこの場に呼び戻した。

 雪近は先ほど引いた三ケタのナインスリーブスの数字が書かれた札を速人に見せる。

 速人は早速、五枚のクジのナインスリーブスの数字と漢数字をイコールで結んで地面に書いてから順に読み上げた。


 「えーと、御集りになりましたみなさん。これから別の場所で雪近が引いた五枚のクジを俺が読み上げます。手元のクジと同じ番号が呼ばれた方はこちらの方まで来てください。…最初は996番の方、どうぞ」


 しばらく待ったが誰も来なかった。

 否、読み上げてすぐにマルグリットが「一番はアタシじゃなかったか。残念」みたいな事を言っている。

 アメリアたちの中にいたレミーは手元の札を見て残念そうな顔をしている。


 速人は嫌な予感を覚えながらエイリークの姿を捜した。


 いた。


 意外にもエイリークは速人のすぐ近くでウンコ座りをしていた。

 そしていやらしい笑い方をしながらまだ見ていない札を速人に渡す。

 速人は急いで札の数字を確認する。

 エイリークから渡された札には漢数字で「九九六」と書かれていた。

 エイリークは大きく口を開いて笑いながら立ち上がる。

 毎度の事と慣れているはずのダグザたちも不快そうな顔でエイリークの姿を見ていた。


 「おい、昔から俺様の尻に金魚の糞みたいにくっついている子分ども。お前らはこうなる事はわかっていたよな?そして速人、お前は今日この場で生涯決して勝つ事の出来ない格上の存在というものを思い知らされたわけだ。詫びはどうした?いつも馬鹿にしてごめんなさい、エイリークさんって言ってみろよ!ギャハハハッ!」


 エイリークは腹を抱えながら大笑する。

 速人は普通に頭を下げてエイリークに今までの非礼を詫びることにした。


 「うん、俺が悪かったよ。いつも雑にあつかってごめんね、エイリークさん。じゃあ次の札を読み上げるよ、734。734の人、出てきてください!」


 こうして速人はクジの抽選会を粛々と進めた。

 あまりのすげない速人の態度にブチ切れたエイリークは地団駄踏むことになった。


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