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第百五十八話 疎遠となった関係修復の鍵とは?

完全復活!はしてないので、とりあえず次回は六月二十九日に投稿を予定しております!

 

 速人はエイリークの翡翠の瞳を覗き込む。

 いつもは何も考えずに発言してから突飛な行動を繰り返すだけの男だが、この時ばかりは憂いを含んだ戸惑いの色を見せていた。

 エイリークは速人の図抜けた観察眼に気がつき手を振って追い払う。

 そして調子が悪そうに苦虫を噛み潰したような顔で速人の提案に賛成する返事をした。


 「わかったよ…。いや違うな。わかってるよ、そんな事は。俺だって爺ちゃんを放っておくつもりは無かったんだ。これはタダの言いわけなんだが、ウチは祖父さんの代から世話になってるから俺がもう少し立派になってから会いに行こうっていう気持ちもあった。結局何一つ変わらなかったが、ソコは否定しねえよ。んで、速人俺は何をすればいいんだ?」


 「お茶会の準備は俺が進めておくから人を集めたり、仕事のスケジュールを調整しておいてくれよ。途中で邪魔が入ったらそれこそ台無しだからさ。当日はみんなでスウェンスさんと昔話でもしながら一日過ごしてくれ」


 その時、人並みをかき分けて目と鼻を真っ赤にしたダグザが現れた。

 右手に持っているハンカチは涙と鼻水で水を吸った雑巾のようになっていた。

 速人とエイリークはすぐにレクサの姿を捜したが予想通り数名の女性メンバーと一緒にメリッサとの思い出に浸って涙を流していた。


 「認めよう。お前の作ったお祖母様のケーキは本物だ。今こうして味わってみると、父上が泣いた理由がよくわかる。速人、我々の手でお茶会を成功させれば祖父は自分自身を取り戻せると考えてもいいのだな?」


 ダグザは話が終わると再び泣き出してしまった。

 エイリークは二歳年上の幼なじみが周囲を気にせずに泣いているので困惑した表情で速人を見ている。

 おそらくはエイリークの周囲の人間で”何があっても泣かない”のはダグザの役割だったのだろう。  

 速人はダグザの世話をエイリークに任せて他のメンバー達の様子を見て回る。

 この場にいる大半の人間は涙を流しながらメリッサとスウェンスとの思い出を語り合っていた。


 (成功するには成功したが、思った以上の効果が出てしまったな)


 速人は満足と後悔の気持ちが次第に半々となっていた。

 そんな複雑な心境のまま歩いているとレミーたちに呼び止められた。

 レミーは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら号泣しているマルグリットを親指でさす。

 このままマルグリットを放置して家に帰ればレミーに文句を言われる事は間違いないだろう。

 速人は駆け足で現場に向かった。


 「速人。これどうしてくれるんだよ?…ウチの母ちゃんだけならともかくベックもおかしい事になってるぜ」


 ベックは地面にうずくまって大泣きしていた。


 (しまった。そっちだったか…)


 ベックの妻コレットと娘ケイティは激情家の側面を知っている為に落ち着いていたが、孫のアメリアとシグルズは見ている側が憐れみの感情を抱くほどに動揺していた。

 その間にもベックは地面を何度も叩いてあうあうと泣いている。

 ホスピタリティの高さに定評がある速人でも今のベックには打つ手なしといった状態だった。

 そんな中、のしのしと目を赤く腫らしたシャーリーとアルフォンスの夫婦がやって来た。

 側には夫妻の息子ケニーと甥のアンソニーが顔を赤や青に晴らしながら無表情で同行している。

 それは獅子シャーリーに逆らった野うさぎたちの末路だった。

 シャーリーは右足を大きく振り上げてベックの顔面をサッカーボールのように蹴飛ばした。

 

 余談だがナインスリーブスにもサッカーに似たスポーツ競技が存在する。


 げしっ。


 ベックは風に吹かれた枯草のように通りの向こうまで転がって行った。


 「起きな、ベック。悲しいのはアンタだけじゃない」


 シャーリーの瞳は相変わらず充血していたが、声色の冷たいものだった。

 ベックは無言で起き上がる。


 いつの間にかしわが目立つようになっていたベックの額にはつま先の痕が出来上がっていた。

 それを見た瞬間、シグルズとアインが小さな悲鳴を上げる。

 逆にアメリアとレミーはベックの頑丈さやシャーリーの蹴りの威力に感心している。

 

 速人とアルフォンスは半死人と化したケニーとアンソニーの従兄弟を治療しながら慰めていた。


 「わかっているさ、シャーリー。でもこれだけは言わせてくれ。私はね、今ほど自分という人間の弱さに腹が立ったことは無かったんだ…」


 ベックは涙まじりに立ち上がり元の場所まで歩く。

 ベックの歩く姿は非常に頼りないものだったが、その原因が精神と肉体どちらのダメージによるものなのかは速人とて知る術は無い。

 ベックは心細そうにしているシグルズの前で立ち止まり、頭に手を乗せてゆっくりと微笑む。


 「じ、祖父ちゃん、大丈夫?…俺が父さんか母さん、呼んでこようか?」


 ベックは優しい顔のまま首を横に振る。

 実際はもう痛すぎてゲロを吐きそうな気分だった。

 シャーリーは地面に唾を吐いて不快を露わにしていた。


 「全くアンタもウチの旦那も面白くないったらありゃしないよ。今のがラッキーだったら泣きを入れて謝りに来たっていうのにさ…。苦労性の頑張り屋ってのも考えものだね」


 (ラッキーさん…ッ‼‼)


 速人は肉屋のラッキーが自分の家の店先で健気に働く姿を思い出しながら顔面蒼白となる。

 しかし当のラッキーは人だかりの中で同世代の人間と一緒にメリッサの思い出で盛り上がっていた。 

 ラッキーとシャーリーは都市の外から労働奴隷として連れて来られた人間である。

 彼らの身元を引き受けてくれたのがアルフォンスの父親とスウェンスとメリッサだった。

 顔の数か所を赤と青に腫らしたケニーがふんぞり返る母親シャーリーの姿を見ながら忌々しそうに語る。


 「おい速人。あのクソババアはベックおじさんにだって散々世話になったくせに今じゃ王様みたいに振る舞っていやがる。ガキの俺が言うことじゃねえが、メリッサ婆ちゃんのことなんか全然覚えちゃいねえぜ…。あ痛ッッ‼」


 速人は急いでケニーの頬に冷たい布巾を当てた。

 母親と同じくリスの融合種リンクス族であるケニーの自己再生能力は高いものだが、受けたダメージはそれよりもさらに大きい。

 速人はケニーの口にぬるま湯を含ませてうがいをさせた。

 速人はケニーとアンソニーの様子が落ち着いたところでメリッサに関する情報を聞き出すことにした。


 「ケニーさんとトニーさん(※アンソニーの愛称。実はアルフォンスの父親の名前から取ってつけたらしい)はメリッサさんと会ったことがあるの?」


 速人はケニーの背中をさすりながら尋ねる。

 二人の年齢はエイリークよりも十歳くらい年下だったので面識はないものとばかり思っていたのだ。


 「ああ、お前知らなかったっけか。それは…があっ!げふっ!げふっ!マジ背中痛ええよ!」


 ケニーが何か答えようとしたところで咽ってしまったので、代わりにアンソニーが速人の質問に答える。

 アンソニーもまたケニーとシャーリーの獅子と兎の戦いに介入しようとしてシャーリーから反撃を食らったのである。


 「俺たちが子供の頃は十歳を過ぎたら兵士になる訓練を受けさせられたからな…。俺のお袋もシャーリー伯母さんと同じ解放奴隷だからさ。第十六都市まちの人間になる時にダグ兄のお祖父さんの世話になってるんだよ」


 「…トニー、奴隷なんて言葉を使うな。ンなモンはな、人間を物みたいに売り買いする最低の人種クズが喜んで使う言葉だ」


 アンソニーが”解放奴隷”という言葉を使った時にアルフォンスが不機嫌そうな声を出す。

 速人がこの間立ち寄った第十六都市の外にあるウィナーズゲートの町では数十年前までは定期的に奴隷商人たちが集まり、奴隷たちを売買していたという話がある。

 当時は戦争が原因で人口が少なくなっていた為に止むを得ずという方便が成り立っていたわけだが、アルフォンスは若い頃に仲間たちと共に奴隷市場に乗り込んで商人たちを追放したらしい。

 戦時中のどさくさ紛れとはいえアルフォンスが投獄されなかったのはスウェンスとメリッサの口添えによるものだった。

 尚この事件がきっかけでアルフォンスは同性代の人間から英雄視されているが、本人は事件があったことさえも思い出したくはなかったので彼の家族の間では禁忌とされる話題だった。

 アンソニーは叔父の言いつけに従っておとなしく引っ込む。

 亡父ケニーの代わりに育ててくれた伯父アルフォンスはアンソニーにとってエイリークと同等の英雄だった。


 「まあそういうわけだ、速人。俺とケニーはガキの頃は親連中が家を空けることが多くてスウェン爺ちゃんのところで世話になることが多かったから。当然、茶会にも出席しているし。ケーキの味だって覚えてるのさ。けどな…、あんまり言いたくはないけどエリオ兄とテオ兄がいないんだよな…。あの二人、俺の家とか爺ちゃんの家に泊まることが多かったから…」


 アンソニーはそこまで言ってから自己嫌悪のあまり落ち込んでしまう。

 同じくしてアンソニーの話を聞いていたケニーや”高原の羊たち”のメンバーも重苦しい雰囲気の中、口を閉じていった。


 (やはりお茶会にはあの二人の糞雑魚、エリオットとセオドアが必要不可欠か。しかし奴らを連れて来るには鬼婆テレジアの許可が必要になるに違いあるまい。もしそうなれば何を要求されるか、わかったもんじゃないか)


 速人はハチェットを片手に余裕たっぷりに笑うテレジアの姿を想像して緊張する。

 マティス町長とエリオットとセオドア、そして戦災を逃れてきた難民たちが住むサンライズヒルの町には核戦争後の関東平野を支配するジード団のメンバーみたいな格好をしたヨトゥン巨人族が占拠している。

 さらにヨトゥン巨人族の女族長テレジアは前の大戦の敵側の盟主グリンフレイムの妻だったという情報も既に入手していた。


 (エイリークさんとテレジアさんをぶつけて、戦いの最中に俺が一人で逃げる。悪くはない作戦だな)速人は奇策を思いつき、不気味に微笑んだ。


 パカンッ!


 その時、背後からレミーが刃のついていない短剣で勢い良く速人の後頭部を殴る。

 レミーはひと月のつき合いで”速人を素手で殴れば拳を痛めるだけ”ということを学習していた。


 速人は背後からレミーが近づいていたことを察知していたので暴力行為に関しても特に咎める様子は見せない。

 むしろ今になってレミーがこの場に現れた理由の方が気になっていた。


 だくだくだく。


 だが鈍器で殴られたという事実は消えることはなく速人の後頭部からは夥しい量の血が溢れ出ていた。


 「レミー、こんなところで一体どうしたんだ?エイリークさんが何かしでかしたのか?」

 (※軽いスキンシップ程度のダメージ)

 

 速人が口を動かす度に後頭部から間欠泉よろしく血が噴き出る。

 今さらのようにレミーは自らの行為に対して後悔の念を覚えていた。


 (ははあ…。俺の頭から血が出てるからビビってるんだな。レミーも意外に乙女チックなところがあるじゃないか)

 

 速人はレミーの落ち着かない態度から大体の事情を察して気合で出血を止める。


 「イヤイヤ。うちの父さんがおかしいのは普段からだけどお前の身体も絶対におかしいよな、速人。でさ、私が聞きたいのはそういう話じゃなくて、そのエリオットとセオドアってのは一体何をやらかして街にいられなくなったのかって話なんだ。父さんも母ちゃんも、この話になると口が堅くて。もしかしてケニー”おじさん”とアンソニー”おじさん”なら知っているんじゃないの?」


 レミー(10歳)から”おじさん”呼ばわりされた二十代前半の男たちは一瞬にして石と化した。


 ケニーとアンソニーの二人は”高原の羊たち”では年少組に分類されるが子供のレミーから見れば十分な”おじさん”だった。

 だがこの場合に限ってはレミーの”おじさん”という言葉の中には落ち着いた雰囲気の大人という意味合いが含まれていたが二人は既に立ち上がることは出来ない。

 地面に頭をつけてすすり泣き始めていた。仕方ないので二人に代わって速人が説明役を請け負う。


 「じゃあ俺が代わりに説明するよ、レミー。二人は…」


 速人が大きな口を開きかけたところでレミーが右手を前に出してその場を制する。

 遅れてアインとアメリアとシグルズとシエラがやって来た。

 彼らの雰囲気からして、どうやらレミーたちはエイリークたちの仲間であるエリオットとセオドアが失踪した原因を疑問に思っていたらしい。

 加えてひと月前にマルグリットが彼らの前でエリオットの父アストライオスがエイリークの父マールティネスを殺害したという話を漏らしてしまった時からこの話題が出そうになると家庭内の雰囲気がギクシャクしていたことを速人は覚えている。


 「待て、速人。何で娘の私よりお前の方が詳しいんだよ。そこから説明しろよ」


 レミーはつり上がり気味の目をさらに尖がらせて言った。

 下手にドスを利かせた声よりも迫力があったのでアインとシグルズが生まれたばかりの仔馬のように震えあがっている。

 アメリアとシエラも真剣な表情で速人を見つめていた。


 「俺がこの話に詳しいのはレミーの家を修理する時にベックさんとか、ラッキーさんに色々と話を聞いたからだよ」


 レミーは鋭い視線をベックとラッキーに向けた。

 ベックは冷や汗をかき、ラッキーは気がつかないフリをしながら別の場所に移動している。

 二人は子供たちには話してはいけないことを話してしまった罰で、この後にコレットとアルフォンスから滅茶苦茶説教をされる。


 「それで簡単に説明すると、エリオットさんとセオドアさんのお父さんは戦時中に第十六都市が危機を迎えた時に街を乗っ取ろうとしたんだ。結局その話はエイリークさんとダールさんが頑張ったおかげで失敗したけど。それでアストライオスさんは私兵を率いて議事堂に行った時にギガント巨人族とエルフ族の議員を何人か殺してしまって、その罪のせいでエリオットさんとセオドアさんは逮捕されてしまったんだ」


 速人は悟ったような顔つきで首を縦に振る。

 その度にレミーの顔には血管が浮かんでいた。


 しかし、速人はこの時にエリオットがマールティネスの死と同時に姿を消してしまった事と再び第十六都市に帰ってきた時に何を持っていたかをレミーたちに話すことは無かった。


 それは子供のレミーが知るには重すぎる事実だった。

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