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プロローグ 18 レミーの行方

 次回は9月11日に投稿する予定です。スケジュールが決まってきたので二日に一回くらいになるかもしれません。

 レミーは水キツネを追い払った後に帰る途中だった。


 一人で二匹の水キツネを撃退したことに「自分はもう一人前の戦士だ」という手応えを覚える。

 しかし、自分の弟や友達を危険な目に遭わせてしまったことは反省していた。一人で戦うよりも、皆を守りながら戦うことはずっと難しい。そのことを考えると、右腕のひっかき傷が疼いた。

 そして、深いため息をつく。


 「あいつのせいだ。全部、昨日突然やってきたドレイのせいだ」


 憎しみを込めて独り言ちる。

 自分に落ち度は何一つない。間違っていない。悪いのは、思い通りにいかないのは他の誰かのせいだ。嫌な感情がどんどん流れ込んでくる。自分はこんなにも嫌な人間だったのかと考えてしまうほどだった。

 レミーは気分転換も兼ねて周囲の風景を見る。けもの道が途切れ、草が生繁っている。どうやらレミーが水キツネと戦っているうちに、川原から草むらの近くまで移動してしまったらしい。

 時間の経過が気になったので上を見た。

 天井が崩れていたのでわずかに空の様子を知ることが出来たのだ。空の様子を見る限りは、まだ午前中であることが窺える。そして、ため息をつく。


 「今から戻っても母さん、きっと怒るだろうな」


 レミーは突然、立ち止まる。

 腰に下げている小剣ファルシオンの柄に手をかけた。

 何かが近づいている。複数だ。

 両親から譲り受けた鋭敏な感覚がそれを教えてくれた。目の前の草むらがガサゴソと揺れている。

 相手が魔物なら奇襲をかけた方が良いのか。もしかすると自分たちを探しに来た大人たちかもしれない。 迂闊に行動するのは危険だ。


 レミーはギリギリの距離まで相手が近付いてくるのを待つことにした。


 「そこにいるのはレミーか?俺だ、俺。速人だ」


 レミーの表情が険しいものに変わる。

 今一番会いたくない人間やつの声だった。

 いっそのこと無視してやろうかとも考えたが、相手が得体の知れないドレイだけではないこともわかっていたので返事をしてやることにした。


 「ドレイのくせに気安く俺の名前を呼ぶな!後、こんな場所で大きな声を出すな!魔物がやって来たらどうするんだよ!」


 大声を出すなと言っておきながら、かなり大きな声で返事をしてしまった。

 しかし、草むらを分けて現れた速人はそのことに関しては何も言ってくる様子はない。

 まあ、新人ニューマンはみんなヤバンで頭が悪いと街の大人たちが言っていたのでやや強引に納得することにした。

 大体、こんな潰れたカエルみたいな顔をしたヤツは馬鹿に決まっている。

 だが、すぐにレミーは己の頑なな態度を後悔する羽目になる。


 「レミー!!」


 「お姉ちゃん!!」


 それは聞き覚えのある声だった。いきなり速人の後ろにいたシエラがレミーに抱きついてきたのだ。

 怪我をしている左腕がわずかに痛む。

 次に速人の背中におんぶされていたアインがシエラの反対側から抱きついてきた。

 二人とも涙で顔がグシャグシャになっている。

 戦うことに不慣れなアインとシエラを連れて来たのは自分自身だ。

 速人への対抗心が幾分か薄れ、表情も穏やかなものになる。

 レミーは泣きじゃくるアインとシエラの頭を撫でてやった。

 アインとシエラは小さな身体をくっつけてくる。

 少しだけ恥ずかしいなと思いながらもレミーは二人を労わるように優しく抱き締める。

 だが、その時ふと違和感を感じる。


 「ええもん見させてもらいましたわ~」という感じのいやらしい視線がレミーたちに向けられていることに気がついたのだ。

 レミーは真上を睨みつける。

 速人だ。速人が生暖かい笑顔を浮かべながら、三人の様子を見守っていたのだ。

 レミーは感情を押し殺した表情に戻っていた。その後、少々乱暴にアインとシエラを引き離す。


 「何だよ。お前の顔、でかくて気持ち悪いんだよ!言いたいことがあるならさっさと言えよ!」


 レミーは顔を真っ赤にして怒りを顕わにする。

 この時、速人は美顔ローラーを発明する必要性を感じていた。しかし同時にこうも考える。


 ツンデレ。それも悪くはない。


 速人は両方の目を閉じて、さして長くもない前髪をかき上げる。だがそれほど時間があるわけではないので用件を伝えることにした。


 「お前とアインたちが別れた後に、シエラが水キツネに襲われて怪我をしてしまった。不本意かもしれないが一度、エイリークたちのところに引き返そう」


 レミーは横目でシエラの腕に巻かれた包帯を見て罪悪感を覚えた。

 アインもどこか怪我をしているように見える。

 目の前の不細工は憎たらしいが間違ったことは言っていない。責任は自分にある。


 「わかったよ。けど、父さんたちは俺たちが勝手にいなくなって怒っていたか?」


 レミーは少しだけ弱気になっていた。

 約束を破って両親に怒られることが恐かったのではない。

 アインやシエラ、そしてここにはいないシグルズたちに恐い思いをさせてしまったことに責任を感じているのだ。

 速人から見ても今回の事件で、レミーが反省しているのは明らかだったので責めるような真似はしないことにした。

 レミーが身を挺して水キツネを追い払ってくれたから、シグルズたちが大怪我をすることはなかったのだ。

 今のレミーは傷ついたアインたちの姿を見て、気落ちしているのだろう。


 後でヌンチャクの作り方でも教えてさりげなくフォローしてやらなければ。


 「エイリークさんたちは怒っていなかった。だが、みんな心配していたぞ。すぐにシグルズ君たちと合流して、宿営地に戻ろう」


 「ああ。わかったよ」


 エイリークはともかくマルグリットが怒っていないことはないだろうが、心配してくれていたことを聞いてレミーは少しだけ安心することができた。

 落ち込んでいたレミーが笑顔になっていたので、シエラとアインも喜んでいる。


 「ゴルゥアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 その時、轟音と共に何かが崩れる音がした。

 それにとって通行するのに些か邪魔だった岩が薙ぎ払われたのだ。

 速人はアインを、レミーはシエラを抱いて後方に飛び退いた。

 レミーは背後から迫る殺気の塊に冷や汗を流す。


 速人の方は来るべき時が来た、と口元を歪ませた。


 砕けた岩の欠片が落下して、二人が少し前にいた場所を押し潰していた。

 速人はレミーの右手を引っ張った。

 いきなり距離が近くなった為にレミーは驚いた顔で速人を見る。

 速人は相変わらず潰れたカエルのような顔だったが、表情は真剣そのものだった。


 「すまない。落ち着いてから説明するつもりだったんだが、”大喰らい”って魔獣は知っているよな?」


 ”大喰らい”は川沿いの巨大な岩を壊してしまったことで、陸地に上がることが難しくなってしまった。

 その後も水の中から何度が手を出すのだが、そもそも陸上で生活するようにはできていないので思うように動くことが出来ない。

 しかし、敵を遠くに逃がしたくはなかったので”大喰らい”は天地を揺るがすような大声を出した。

 空気を震動させるような大絶叫だった。

 速人たちは思わず両手で耳を塞いでしまう。

 魔獣”大喰らい”のそれはただの咆哮ではない。

 その咆哮を聞いた者の行動を抑制する効果を持つ魔力を秘めた代物だった。

 

 効用を知ってのことか”大喰らい”は次の行動に出る。


 ”大喰らい”は後方に戻って距離を作り、そのまま川岸に向かって突撃する。

 衝撃と共に川から水飛沫が飛び散った。そして、岩の破片が積み上がって出来た構造物が大きく揺らぐ。”大喰らい”は確かな手応えを感じる。

 それから何度も何度も河岸に向かって頭をぶつけていた。


 「川そのものを破壊してこっちにくるつもりか。厄介だな」


 速人はレミーたちを連れて”大喰らい”が追いかけてこられないような高い場所を探していた。

 河岸が破壊されるのも時間の問題だろう。

 しばらく歩くと小高い山のような場所を見つけた。

 背後から破壊と絶叫の轟音が迫る。もう時間がない。

 速人はレミーの顔を覗き込んだ。

 慣れない戦闘で消耗しているせいか表情に陰がある。

 だが残された選択肢はあまりにも少ない。

 速人は意を決してレミーを呼び止めた。


 「レミー。あそこまで一気に登れるか?」


 速人は山の上を指さす。

 普段のレミーの体力ならば造作もないことだが、今は勝手が違う。

 しかし、ここに止まっていればあの巨大な怪物がやって来るのは時間の問題だ。


 「俺は大丈夫だ」


 レミーは胸を張って答える。

 だがその後のことを考えると後ろめたい気持ちになってしまう。

 あの山の天辺まで昇って行くのは、アインとシエラには無理だ。

 普段からも運動が不得意な二人なのだ。速人はレミーの不安を打ち消すように笑いながら答える。


 「安心しろ。アインとシエラなら俺が担いで行くから、お前は先に行ってくれ。さあ、アイン。シエラ。しばらく俺の背中とお腹にしがみついてくれ」


 二人は黙ったまま緊張した様子で頷く。

 子供なりに事態の重さを理解しているのだ。アインは速人のお腹に抱きつき、シエラは背中におんぶされるような形となった。


 「よい……、しょっと!」


 速人は気合と共にアインとシエラを持ち上げた。

 端から見るとかなりアンバランスな状態だったが、速人は余裕を見せながら目の前の絶壁を登って行く。 レミーは半ば呆れながら速人にやや遅れて壁を登り始めた。


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