第百五十一話 レミー、機嫌を直してね?
今回も遅れてすいません。つうか草むしりの疲れが残って上手く回復できないのでしばらく一日、二日遅れる日もあると思います。ごめんなさい。
次回は五月二十一日に投稿する予定です。
食堂の中は夕食会に合わせて部屋の中央のテーブルに数種類の料理が並ぶというビュッフェ形式になっていた。
速人は部屋に入る前にエイリークとマルグリットに目かくしと猿ぐつわ、手錠をしておいた。
ダグザたちは行き過ぎた処置だと思ってはいても二人の日常のふるまいを思い出し何も言う事は出来なかった。
レミーなどは「ざまあねえぜ」と捨て台詞を浴びせる。
その後、夕食会に参加するメンバーが着席してからエイリークとマルグリットは拘束具から解放されることになった。
エイリークはソリトンが目かくしを解くと血走った瞳で速人を睨みつける。
その隣ではケイティに手錠を取ってもらったマルグリットが三つ割れのフォークの先端を速人にしゅっ、しゅっと向けていた。
速人は何食わぬ顔でテーブル中央に置いてある一番大きな金属製の皿に乗せられた蓋を取っていた。
湯気に包まれて現れたのは鶏肉のムースを牛肉のミートパティで包んだ速人の住んでいた世界でいうところのブルスケッタという料理に似たものだった。
巨大な肉料理を見たエイリークとマルグリットの顔から次第に険しさが失われて行く。
レミーとアインは穏やかで満ち足りた表情になってしまった両親の姿を見て”自分たちは目の前のエサに釣られてしまうような人間にはなるまい”と決心する。
速人は肉料理の両端の少し出た部分を一枚ずつ、エイリークとマルグリットに与えた。
エイリークとマルグリットはヒョイと指で摘まんで口の中に入れてしまう。
いつもならば満面の笑顔で速人の料理を絶賛するところだが今回に限って神妙な顔で速人を見ている。
「おい、これ…婆ちゃんの料理を真似したヤツか。まあ出来は悪くないけど正直今は素直に喜べない味つけだな」
エイリークは難しい顔をしながら肉料理をよく噛んで味わっている。
速人はエイリークとマルグリットの様子から自分の作った料理とメリッサの作っていた料理の間には多くの相違点が存在している事を確信する。
エイリークとマルグリットは食い意地の張った偏食家には違いないが味に関しては速人が異世界ナインスリーブスに来てから出会った人物の中では五指に入るほど優れた感覚をもった人間だった。
「ダーリンの言うさね。昨日の仕事であんな嫌な思いさえしなければ、きっと美味しく食べられたんだろうけどさ。ん、微妙に味つけが違う…。こっちの方が美味しいけれど」
マルグリットの承諾しかねるといった態度にエイリークは無言の頷きで同意する。
しかしマルグリットの様子を鑑みると、エイリークが指摘して気がつくレベルだったらしい。
(なるほど。二人のあの様子からして隠し味として使われている調味料だな)
この時、速人は既に何種類かの”隠し味”に相当する調味料について考えていた。
エイリークは右手を出してお代わりを要求してきたが無視をする事にした。
速人は魚をパイ生地で包んだで焼いた食べ物や鶏肉のトマトソース煮といった料理にナイフを入れて食べ易くしている。
そのままにしておくとエイリークとマルグリットが全ての料理を二等分にして食べてしまう事は学習済みだった。
現在エイリークにはソリトンとハンスとダグザが、マルグリットにはモーガンとレクサとケイティが捕縛と監視をつけられていた。
これはつまみ食いをした二人に速人が容赦ない制裁を加えることを知っての防衛措置でもある。
その間、速人は粛々と料理の最終的な盛り付けを済ませた。
「これ何か全体的に少なくない?私は肉をガッツリ食べたいんだけど」
マルグリットは過熱したタラコとタラの身が入ったポテトサラダを食べながら速人の顔を見ている。
ポテトサラダの味つけはマヨネーズではなくヨーグルトが主体である事が、この料理の特徴だった。
速人は黒コショウを使って味にアクセントを付け足したかったのだがレクサから教えられたオリジナルのレシピには存在しなかったので入れなかった。
エイリークはポテトサラダに入った星形のニンジンをフォークに突き刺して観察している。
しばらく難しい顔をした後、口の中に放り込んで噛んでいた。
「この料理が美味いってまでは認めてやるよ。けど婆ちゃんの料理じゃねえ。速人、お前は会ったことが無いから知らねえだろうけどよ。メリッサ婆ちゃんはすっげえ不器用なんだ。逆立ちしたってニンジンをこんな風に切れねえよ」
エイリークは続いて茹でたブロッコリーとそら豆とダイスカットされたベーコンが入った焼き野菜サラダを食べる。
この料理は、基本エイリークの嫌いな食べ物(緑黄色野菜、ベーコン等)だけで構成されているのだが満足そうに食べている。
ダグザたちは大口を開けながらエイリークとマルグリットの食事風景を見ていた。
この二人に野菜を食べさせることが出来た人間などいまだかつて存在しなかったのだ。
その時、信じられないものを見たせいでフリーズした状態になっていたダグザとレクサの袖を引く者が現れる。
二人と同じくらいエイリークとつき合いが長い女性ケイティだった。
「そういえばね、ダグ兄。エイルとマギーの話なんだけど、昨日も信じられないものを見たのよ。実はエイリークとマギーがお皿を下げていたのよ。ねえ信じられないでしょ?あの二人が自分で使った食器を洗うなんて…。ウチのお父さんだって出来なかったのに…」
ケイティの夫ソリトンも頷いている。
「何それ…。気持ち悪い…」
ダグザの隣でレクサがひどい感想を口にしていた。
しかし食後は食器を放り出して遊びに行く事しかなかった二人(共に33歳)がそうなれば致し方ないのかもしれない。
エイリークは額に血管を浮かべ、レクサに向かって親指を下に向けて出していた。
レクサが袖をまくって飛び出して行こうとしたところ、速人がトレイの上にソースとソフトドリンクを乗せて現れる。
速人は桃のジュースをソーダ水で割った飲み物をエイリークに、チキンのピカタにかけるレモンソースをレクサに渡した。
エイリークはグビグビと喉を鳴らしながらピンク色のソーダ水を飲む。
レクサはレモンの香りを楽しみながらチキンのピカタにソースをダバダバとかけていた。
(この田舎者どもが。風情という言葉を知らんのか)
速人は表面上では微笑みながらも、内心では二人を見下していた。
「うげふうっ!(※レミーが顔を真っ赤にして飛び出して行きそうになっている)…これでアルコールが入っていれば文句はねえんだが。このイノシシのガキはレミーたちの前では絶対に酒は寄越さねえんだよ、クソったれが。それで俺にまだ用事があるんだろ?言ってみろよ」
速人は怒り爆発状態のレミーとエイリークの間に立った。
(どうせここでレミーがエイリークさんに殴りかかっても当りはしない。それどころか逆に頬が真っ赤になるまで引っ張られて心の傷が増えるだけだ。許してくれ、レミー)
速人はレミーに横目で謝りながらメリッサの使っていた”隠し味”に心当たりはないか、尋ねることにした。
エイリークは飲み終わったグラスを盆の上に乗せると速人から糸ようじを与えられ、歯の掃除をしている。
以前は歯を磨く習慣さえ無かったのだから大した進歩だろう。
ダグザとベックは目に涙を浮かべながら成長したエイリークの姿を見ていた。
エイリークは髪型や衣装には気を使うが、歯を磨いたりする習慣には疎い男だった。
「実はダグザさんから頼まれてスウェンスさんの好物を作っているんだけど上手く行かなくてさ。メリッサさんが料理を作る時に特別な材料を使ってとか、そういう情報を知っていたら教えて欲しいんだけど?」
エイリークは眉間に皺を寄せながら過去にスウェンスの家で食事の世話になった時の事を思い出す。
皿の上の料理をつまみ食いをして怒られた。
ソリトンからパンを取り上げて怒られた。
マルグリットと肉の奪い合いをして怒られた。
ダグザを泣かしてレクサと大喧嘩になって怒られた…回想終了。
結論、メリッサとスウェンスによく怒られた。
(待て待て、俺様。何か一つくらいあの二人に褒めてもらったことがあったはずだ…)
その時、エイリークは蓋のついた小さな瓶の事を思い出した。
メリッサは料理を仕上げる前に必ず小瓶の中からスプーン一杯分の何かを入れていた。
それは色調がジャムに似ていたので幼いエイリークはメリッサがオーブンに掛かりっきりの時にこっそりと食べたことがあった。
当時の記憶によれば果物のような甘味と匂いはしたが、苦さと独特の辛さがあった。
後でエイリークはメリッサにつまみ食いをしたのがバレて怒られたのだが今の今まで思い出せなかったのは恐ろしく不味い食べ物だったからだと考える。
「ああ、それな。実はガキの頃に一度だけ婆ちゃんが持っていた小瓶の中身を舐めたことがあったんだが、匂いは悪くなかったんだが味は甘くて、臭くて、辛くて、酸っぱくてとても食えたものじゃなかったぞ?お前の言う”隠し味”の参考になるかどうかはわからねえが…」
エイリークは話している間にそれが食べ物ではないという可能性を考えていた。
しかし、速人はエイリークからもたらされた情報により朧気ながらもメリッサの料理に使われていた調味料の正体がわかりかけていた。
速人は自分の予想が正しいものかを確認する為に急遽、キッチンに戻った。
エイリークは速人の雰囲気に気圧されて黙ったままになっている。
「ダーリン、速人と何かあったの?」
マルグリットは皿の上に茄子、赤と黄のパプリカ、ピーマン、タマネギ、鶏の挽き肉の入ったオムレツを二人分、持ってエイリークの前に現れた。
エイリークとマルグリットは皿を受け取り口の中に流し込む。
この通称「ごちそうオムレツ」はメリッサの作ってくれた料理の中では二人のお気に入りだった。
(そういえばコレにもあの隠し味は入っていたよな…)
エイリークは隠し味の正体を思い出そうとするが、メリッサが故人となってからは無意識のうちに避けていたので余計にわからなくなってしまった。
「速人の野郎、頼むから何か言ってから消えてくれないか…。逆に怖えよ」
ダンダンダンダンッ!
速人は大きな足音を立てながら凄い勢いで食堂に戻ってきた。
トレイの上には茶褐色のソースが入っている。
速人はチキンステーキの上にソースを回しかけてからエイリークに渡した。
エイリークは普段とは違う気後れした様子でチキンステーキを食べた。
速人はエイリークがチキンステーキを食べる姿を血走った目で観察する。
もぐもぐもぐ。
エイリークは味覚に全神経を集中させながらチキンステーキをじっくりと味わう。
皮の方からフライパンにじっくりと押しつけて焼いた鶏肉の焼け具合は香ばしさと肉の弾力と柔らかさを十分に感じさせる素晴らしいものだった。
甘辛のオニオンソースの風味もステーキに合っている。
しかし、ソースは思い出の味とは明らかに別物だった。
強いて言うならば味の質は近くなったが、風味がかけ離れてしまったような気がする。
速人はエイリークが食べ物を飲み込んだ後、すぐに感想を求める。
「さあ!さあ!エイリークさん!俺の料理のどこが駄目だった?思ったままの事をすぐ言ってくれ!」
この時の速人は「言わねば頭から飲み込む」そういう感じの気迫を纏っていた。
エイリークはマルグリットに手を握ってもらいながら囁くように答える。
「味つけは間違ってねえよ。だが、匂いとか香りとか(※情報が重複している)違うんだよな。もっとこう自然な感じで嫌な苦さだったんだよ。あの瓶に入っていたヤツはよ」
エイリークの話を聞いてマルグリットがメリッサの小瓶に関係する思い出を話してくれた。
どうやら二人は何かにつけて台所に入ってつまみ食いをしていたのだろう。
速人にも同じような事をされた経験があるので自然と頷いてしまう。
その一方でレミーとアインは非常に居心地の悪そうな顔をしていた。
「小瓶…。ああ、私も一度だけ舐めたことがあるよ。すっごく臭くってさ。でもその時は婆ちゃんが中身が腐ってるって驚いていたけど。何だったんだろうね、あれ」
(腐る?…そういうことか。本来なら腐るはずのない保存食だけどエイリークさんが蓋をしっかりと閉めなかったからばい菌が入って駄目になってしまったんだな…)
速人の頭の中でさらに隠し味に使われている食材が厳選される。
ここまで来ればもうわかったようなもので、後はダグザの実家に行ってエリーにでも話を聞けば正体を突き止めることも可能だろう。
だが今のスウェンスをダールと仲直りさせるのに必要なのは親しい間柄の人間である。
特にエイリークの協力は必須だろう。
速人が小首を傾げながら今後の予定を考えているとエイリークがメリッサの料理に関係する話を始めた。
「速人。俺たちが二十代の頃、外で敵を追っ払って街に帰ると婆ちゃんがこういう感じでご馳走を用意して待っていてくれたんだ。俺たちは自分たちを待ってくれている人がいるってのが嬉しくてそれは感謝して食ってたわけなんだがな…。正直、今はどうしていいかわからなくなっちまったぜ。はぐ…っ」
エイリークはため息を吐きながら肉の塊にかぶりついていた。
一口食べた後に大豆と玉ねぎの入ったトマトソースにつけてもう一度かぶりつき咀嚼する。
速人は肉の塊が二つ残っている皿に先回りをして一口サイズに切り分けた。
チッ‼ × 2
数秒後、エイリークとマルグリットの方から舌打ちの音が聞こえた。
「ダーリンの言う通りさね。あんな事があったら私でも身が持たないよ…。明日から普通の主婦になろうかな…」
マルグリットも愚痴を言いながら大皿に乗ったトマト味のショートパスタ(※ペンネアラビアータ的な食べ物)を一気に食べてしまった。
げっふう!
そして美女らしからぬゲップを吐き出す。
レミーはマルグリットの側に行って空になった大皿を奪い取る。
速人はアメフトのパスの要領でレミーから大皿をさっと受け取った。
如何に速人とて今の口が耳のあたりまで裂けたような鬼の顔になっているレミーをからかう気にはなれない。
「待てよ、母ちゃん!さっきから黙って見ていればダラダラばっかして!みんなの前だってのに恥ずかしくはないのかよ!」
レミーは両親のだらしない姿にブチ切れて怒り出してしまった。
心なしか目に涙を浮かべているようにも見える。
この時はアインも姉と同じ気持ちだったらしく心配そうに両親の姿を見ている。
態度そのものは普段と変わらないが、今日の二人の態度は明らかに異常だった。
「ええっ⁉悪いの、私なの?助けてよ、ダーリン」
「落ち着くんだ、レミー。父さんだって色々あるんだ。突かれているんだ。今こそ家族の絆を…」
レミーの怒声を聞いてベックとアメリアがその場に姿を現す。
レミーはベックとアメリアの説得を聞いて一時的に落ち着いたが、マルグリットは娘にどう説明すればよいものかと困惑している様子だった。
エイリークは使い終わった食器をカートに乗せている速人のところまで走って行った。
「おい、速人。こうなったのも全部お前のせいだ。お前が何とかしろ。ほれ、いつもの胡散臭い悪知恵でレミーを騙してくれよ…」
エイリークは速人に何度もショルダータックルをかましてくる。
(おそらくレミーとアインは両親の様子が普段と違う事に気がついて相当エイリークさんたちを心配しているはず…。ならば本当の事を話した方がいいだろう)
速人は横目でエイリークたちの姿を見ながら、この場を治める為の解決策を提案することにした。
ちなみに食らったタックルの数はしっかりと計算している。
「ではエイリークさん、今回のお仕事で何があったのかをレミーとアインの前で話してもらいましょうか。こういう時は下手に隠し事をせず、レミーたちに話した方がいいですよ?」