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第百四十四話 レナードの一族

次回は四月十六日に更新する予定です。

 

 速人は身体とほぼ同じ大きさのリュックサックを背負う。

 リュックの中身はパンパンになるまで詰まっており、速人の身体よりも大きくなっていた。

 先に隊商キャラバン”高原の羊たち”の事務所から家に帰っていたアルフォンスの甥トニーとアルフォンスの息子ケニーが手伝う事を申し出たが、速人はリュックの肩紐に手を通すと簡単に持ち上げてしまった。

 さらに両手に野菜や生活用品がギチギチになるまで詰まったバックを一個ずつ持つ。

 そしてまだ力の半分くらいしか使っていないとばかりに屈伸運動をした。


 トニーとケニーは己の非力さを恥じて、呆然としたまま引き下がってしまった。


 「ところで速人、今日の晩御飯は何を作るつもりか考えているのか?」


 アルフォンスは売れ残った商品の上にシートを被せながら速人に尋ねる。

 ぼちぼちと周囲の店舗の灯りが無くなっていた。

 市場から次々と灯りが消えて行く様子にもの悲しさを覚えるが、よくよく考えてみるとここは速人が暮らしていた元の世界ではないのだ。

 朝の訪れと共に人々が目を覚まし、夜が来ると人々は眠りにつくという本来ならば当たり前の光景が堂々と存在するのがナインスリーブスの日常だった。


 (俺も現代社会に毒された人間の一人か…)


 速人はガラにも無く郷愁に耽りながらアルフォンスの質問に答える。

 今日の夕飯は、エイリークの家で喜ばれる王道のメニュー、デミグラスソースの煮込みハンバーグだった。


 「鉄板の煮込みハンバーグだよ。アレなら一度にたくさんの量を作れるし、レミーやアインも喜んでくれるからさ」


 レミーとアインはエイリークとマルグリットほど肉が好きでは無かった。

 加えてエイリークは放っておくと十分に火が通っていない肉でも食べてしまうので常に監視する必要があった。(※後日、食あたりで一日中機嫌が悪くなる為)


 速人の努力が実ったせいか最近のエイリークとマルグリットは朝から機嫌が悪くなる回数が減った事は、アルフォンスも息子たちから聞いている。

 

 アルフォンスは速人の人知れぬ苦労を心の中で労いながらスウェンスの喜びそうな料理の話をした。


 「やれやれ、お前のところも苦労してるんだな。ところで今さっき思いついたんだが、親方の喜びそうな料理があるんだ。聞いて行くか?」


 「うん。頼むよ、アルフォンスさん。実はさ、今日スウェンスさんの家に行ってお弁当をあげたんだけど反応があまり良くなかったんだ」


 実際はスウェンスが食べる前に家を出てしまったので感想を直接聞いたわけではないが、スウェンスの様子から現時点ではどんな料理を出しても月並みな感想しか引き出せないという事を速人は理解していた。

 そしてスウェンスの人柄を良く知るアルフォンスは速人の言葉を聞いて苦笑いを漏らしてしまう。

 スウェンスは外見こそ豪快な性格に見えるが、中身は繊細で他者の心の機微を探る術に優れた性格の持ち主である。


 アルフォンスは速人の弱気な態度を見て、助け舟を出してやるような気持ちで話を切り出した。


 「もうかなり昔の話になるがな、俺の若い頃は街の中でしょっちゅう食べ物が無くなるなんて事があったんだ。当然の話だが、上層に住んでいるギガント巨人族には優先的に食料や医療物資が届いていたんだが中、下層に住む俺たち融合種リンクスは一番最後で”おこぼれ”みたいのを恵んでもらってたんだ。いやそれだけじゃない。親戚を頼って第十六都市に逃げてきた連中も毎日のように餓死していたよ。そこでダグのお祖父さんつまり親方だな、その人が下の人間でも配給以外で食料を買う事が出来るように作ったのが俺の実家”ブロードウェイ商店”ってわけだ」


 アルフォンスは誇らしげに胸を張る。

 すぐ後にシャーリーが両腕を組みながら、当時の詳しい状況について話した。

 さっきまでシャーリーに詰め寄っていたシャーリーの娘たちは白目のまま気絶している。

 腕っぷし自慢のある娘たちだが、まだまだ母親には勝てないらしい。

 シャーリーは地面に唾を吐くと1000QPをエプロンのポケットに突っ込んだ。


 「ハッ、昔の話なんざ思い出したくもないね。アタシの生まれた村だって子供は育った順番に奴隷として外に売られたもんさ。まあ、ウチの旦那と義父のお陰で私は生きているようなもんだけど。それでも大変な事には違いなかったよ」


 「まあ良い思い出だけじゃないのは確かだな。だけど親方とメリッサはそんな俺たちに喜んで物資や食料の援助をしてくれた。あの二人には今でも頭が上がらねえよ。それで話はメリッサがみんなに当たるようにってご馳走してくれた鍋料理なんだけどよ」


 「ああ、”ドワーフの冬のシチュー鍋”だったね。鍋でお湯を沸かして、肉団子を入れて。お野菜を入れて、十分に煮立ったらミルクを足して塩、胡椒で味を調えて出来上がりっていう料理だったね」


 「出来上がる少し前にチーズを入れるのを忘れちゃいけねえよ、シャーリー」


 アルフォンスとシャーリーは昔をの出来事を思い出しながらメリッサの得意料理”ドワーフの冬のシチュー鍋”について語った。

 実はこの料理、速人はエルフの開拓村で暮らしていた頃に何回か作った事がある料理だった。

 よく考えてみると先刻アルフォンスがサービスと言って用意してくれた食べ物はドワーフの冬のシチューの材料だったような気がする。

 速人はアルフォンスの計らいに心の底から感謝した。


 「アルフォンスさん、ありがとう。今日は”ドワーフの冬のシチュー”を作って何とか乗り切れそうだよ」


 「気にするな、速人。多分、この料理だって今の親方の心を動かすには物足りねえよ。これは俺の予想だが親方に必要なのは”物”じゃなくて”人”だ。お前を助けてやりたいところだが、今は大市場やら商館デパートの話で手が回らねえ。そこのところを考えてこの先どうするかを考えてくれ」


 速人は再度アルフォンスに頭を下げた。

 そして背中にははち切れんばかりの野菜が詰まったリュック、右手には肉が入ったバック、左手には乳製品その他が詰まったバックを持ってエイリークの家に帰って行った。

 アルフォンスは心の中で速人の料理がスウェンスの心を癒してくれることを祈る。

 その隣でシャーリーは速人からアイディア料をいくら取り上げる事が出来るかを考えていた。


 速人は大きな荷物を持ちながら、普段と変わらない速度でエイリークの家を目指す。

 ビジュアル的には荷物が意志を持って動いているという異様な姿なのだが、ここ一か月で下町の住人たちは慣れてしまったので道すがら挨拶をされるくらいである。

 速人が商店街を通過してエイリークの家の前を通る一本道を歩いていた頃、家の前にレナードの家の大きな使い魔と乗用車の姿が見えた。


 (おかしいな。ジムさん、家にまだ帰っていないのか?)


 速人は目を細めながら巨大な六本脚の馬の姿をした使い魔と乗用車を見た。

 おそらくはジムがアダンとダグザとハンスを連れて来る時に使った者には違いないが些か大袈裟な印象を受ける。


 (もしかするとジムは今日、エイリークの家で夕食を食べる予定なのだろうか。まあ一人くらい増えてもいいか…)と速人はあれこれ考えながら一度、荷物を下ろしてから門を開ける。

 それから間もなく家の正面玄関の扉から開き、ジムが放出された。

 ジムは地面に叩きつけられた後、転がされながら速人の足元に到着する。

 扉の入り口からは袖を捲ったレクサが顔を赤くしながら現れた。


 それだけで速人は大体の事情をさっしてしまった。


 「速人!うちの盆暗兄貴たちを夕食に招待したのはアンタなの⁉何考えているのよ‼」


 「レクサさん、落ち着いて。俺はそんな事しないよ。それよりもジムさん、救急措置が遅れると危険な状態だよ」


 速人はあらぬ方向に首が曲がってしまったジムを横に寝かせてからレクサに訴える。

 レクサは地面にぶち撒かれた汚物を見るような嫌悪感が含まれた視線を実兄に向ける。

 そしてジムの頭のすぐ横に唾を吐いた。


 (何があったんだ、この二人には…)


 速人は普段は温厚な、どちらかといえば明るい性格の持ち主であるレクサの変貌に驚愕を禁じえない。


 「大丈夫よ。それは頑丈さに定評があるし、子供だって義姉さんとの間に三人作ったから商品価値だってゼロに等しいわ」


 速人が扉の方を見ると二人の子供を連れた女性が呆れた様子でレクサとジムの姿を見ていた。

 意識を取り戻したジムが小さな声で「アニー、エリック…」と子供たちの名前を呼ぶと女性は子供たちを連れて扉の中に入ってしまった。

 ジムは妻と子供たちに見放され、顔を伏せたまま泣いている。

 入れ替わりでダグザとハンスが家の中から飛び出して来た。遅れてモーガンがアダンとは別の赤ん坊、おそらくはジムの次男デビッドを抱いて現れた。

 

 速人はアダンと一緒にレナードの孫たちの世話をしたことがあるので名前と顔はほとんど覚えていた。


 「レクサ!ジム義兄さん!レクサ、悪口を言われたからって…ここまでする事は無いだろうに‼」


 「レクサ姐さん、いくら肌がどうとか言われたからってここまで…ごうッ⁉」


 ハンスは話の途中でレクサにボディーブローを食らってダウンする。

 レクサはハンスと夫を心配してやって来たモーガンに説教を始めた。


 「ハンス、アンタが私に説教なんて十年早い。誰のお陰でモーガンと一緒になれたのか忘れたの?それとモーガン、アンタにはシエラがいるんだからそっちを優先なさいな。デビッドの面倒はうちの母親にでも任せればいいんだわ」


 レクサがそこまで言った時点で速人は現在エイリークの家がどのような状況になっているか大体想像がついてしまった。

 おそらくは先ほど速人たちがアダンを引き取りに行った時、ジムが家族全員で食事に招待されたと思って一族全員を連れて来てしまったのだ。

 レナード夫妻には子供が五人いて、孫の数はアダンを除外しても二十人近くはいる。


 (合計五十人くらいか…。今日の俺は詰めが甘い…)


 この時、速人は今日の夕食で家に残った食料の全てを使い切るという覚悟を決めた。


 速人はダグザに食事の準備について相談しようと思って声をかけようとしたところ、レクサに怒られている最中だった。


 「大体ダグが父さんたちに優しくするからいつまでも甘えてくるのよ。偶には食事を準備する側の身になって欲しいものだわ!」


 ダグザはレクサに怒られている時は頭を下げるばかりだった。

 速人はレクサの説教の内容からレナードたちは頻繁にダグザの家にお邪魔しているという事実を知った。

 エイリークの家で家事を担当する速人としても急な来客の苦労は十分に理解できる。

 速人はほんの少しばかりレクサに同情するのであった。


 「レクサ、その辺にしておけよ。あんまりダグの事を虐めているとそのうち部屋から出て来なくなるんじゃないか?うちの母さんがこの間そんな事を言っていたぜ」


 「マギーったら変な事を覚えているわね。全く…」


 いつの間にかレミーがアインとアメリアとシグルズと一緒に来ていた。


 アインとシグルズは交互に上機嫌のアダンを抱っこしている。この二人は赤ん坊の世話をすることにかけては姉たちよりも上達している。

 速人がエイリークの家でアダンの世話をしている時も近くで見ていたせいかアダンとの相性も良い。


 「あのー。シグ、アイン、そろそろ私にもアダンを抱っこさせてもらえませんか?」


 シグルズの腕の中で嬉々としているアダンの姿を見たアメリアが母性本能を刺激され、堪らず手伝いを申し出て来る。

 シグルズはアダンの顔を見た後、恥ずかしそうに笑っているアメリアの姿を見てから首を横に振った。

 シグルズに悪意があったわけではない。

 今のアダンはぐずり出す一歩手前の状態にあったのだ。

 そしてアメリアは父ソリトンによく似ていて力加減がヘタクソなのだ。

 下手をすればアダンに怪我をさせてしまうだろう。


 「姉ちゃんには悪いけど、今日は止めておいた方がいいよ。前みたいに抱っこしている時に泣かれたら辛いだろ?」


 以前、そういう事があったのだ。


 アメリアは「わかりました…」と消え入りそうな声で謝った後、引っ込んでしまった。

 シグルズは速人にアダンのトイレが近い事を告げた。


 「おい、速人。アダンのヤツ、そろそろオシッコかもしれない」


 「わかった。材料をキッチンに置いてくるから一緒に来てくれ。キッチンでオムツを返るから」


 「了解」


 速人は家の前にダグザたちを残し、シグルズとアインを連れてキッチンに向かった。

 レミーとアメリアはレクサの説教に巻き込まれる前にさっさと速人たちの後を追いかける。


 かくして速人はアダンのオムツを換えながら、総勢約五十人分の夕食の準備を始めるのであった。

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