表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

176/239

第百三十八話 ロアンとローレン

次回は三月十七日に投稿します。

次回はついにスウェンスが登場します。速人にとってはエイリークに次ぐ理解者という立場になるお爺さんです。いつまでかかっていたんだか。 

 

 速人とダグザはブランジェルに怒鳴られているトラッドとレイを遠くから眺めながら今後の予定について話合う。

 ダグザの祖父スウェンスが一人で暮らしている家まで目と鼻の先だったが、速人は馬車を降りたところからこちらを探る気配のようなものを感じていた。

 さらに気配の主はスウェンス当人ではないかという懸念があったのである。


 「なあダグザさん。これからスウェンスさんの御宅にお邪魔するわけなんだけど、このバスケットを預

かってくれないか?後もう一つ、スウェンスさんていう人は勘の良い人なのかな」


 ダグザは速人からバスケットを受け取った後に少しだけ考え込んでしまった。

 一つは速人がバスケットをダグザに渡した理由、もう一つは今さらスウェンスの性格について自分に尋ねてきた理由だった。

 速人は子供ながら極端に他人を貸しを作ることを嫌う人種である。

 エイリークに聞いた話では重要な仕事はアシスタントとしてこき使っているキチカとディーに手伝わせる事は無いらしい。

 また速人がダグザの事を優秀な人物として評価してくれている事はダグザ自身気がついてはいるが、ダグザの祖父の為に用意した弁当が入ったバスケットを持つ役を任せることなどあり得ない。

 

 この時点で何か企みがある事は考えていた。


 「おい、速人。荷物持ちの役を私に任せるとはどういう風の吹き回しだ。お前は接客に関してはプロフェッショナルと呼んでも過言ではあるまい。出来れば詳しい説明してくれないか?」


 「ああ、そこ?単純に赤の他人よりも自分の孫から直接受け取った方が嬉しいかな、と思って。今の時点ではそれ以外の理由は無いよ」


 (このガキが…。つまり状況の変化によっては私に別の役割が生じるという話か)


 ダグザは速人の真似をしてバスケットの内部の重心を偏らせないように気を配る。


 速人は満足そうにダグザの奮闘ぶりを見守っていた。


 「祖父の勘の鋭さに関してだがな、概ねお前の思っている通りだ。何かの魔術を使っているわけではないのだろうが、お祖父ちゃんの家に近づくにつれて見られているという気配は感じるな。…って何故そこで生暖かい目で見るのかッ‼」


 紳士と呼んで然るべきの年齢のダグザの口から親愛の込められた「お祖父ちゃん」という言葉を聞けば、速人ではなくても微笑んでしまうだろう。

 速人はニヤケ顔のままダグザに頭を下げる。

 ダグザは痛いのを覚悟して速人の頭に拳骨を落とすかどうかを真剣に考えていた。


 「ダグザ坊ちゃん。どうせなら今日はもう遅い(※まだ昼の2時くらい)ので我が家で一泊していきませんか?きっと親方も疲れて眠ってしまっている頃ですよ」


 速人はブランジェルに見えない位置で手を小さく横に振る。

 ダグザは首を縦に振ってやんわりと断ることにした。

 案外、ダグザがレプラコーン区画に立ち寄りたくない理由とはこういった破格の歓迎ぶりにあるのかもしれない。

 さらに問題があるとすればトラッドとレイも満更ではない顔をしている点だった。

 二人は親戚と思しき人物を呼ぶか否か相談している。

 ルギオン家の威光、恐るべし。


 「ブラン、誘ってくれるのは嬉しいのだが私はエイリークの留守中に”高原の羊たち”の仲間たちと共に第十六都市を守るという使命がある。それに今日、ここを訪ねる事は父上や母上に相談していないのだ」


 「う、うおおおお…ッ‼もうしわけありません、ダグザ坊ちゃん。私としたことが余計な事を言ってしまって…。本当にごめんなさい…」


 ブランジェルはダグザの「両親には相談していない」という言葉を聞いた途端に涙ぐんでしまう。

 そしてダグザは泣き崩れるブランジェルの姿を見て言葉を詰まらせてしまった。


 (ブランジェルさんは感動屋というか情に厚い性格だけど、人前で泣くような人間ではないよな)


 速人はブランジェルの様子に疑問を覚え、ダグザに理由を聞くことにした。


 「ねえダグザさん、ブランジェルさんどうしたの?」


 「しまった…。私として事が話題を選ぶべきだった。…どうしようか?」


 ブランジェルはいつの間にか地面にうずくまって嗚咽を漏らしている。

 速人が声をかけようとすると深刻な顔をしたトラッドが出て来た。

 レイはどうやら自宅に父親コルキスを呼びに戻ってしまったらしい。


 「すいません、坊ちゃん。うちの親父は俺たちで何とかしておきますから先に親方の家に行ってください。後、速人今回だけは恩に着てやるよ…」


 トラッドは少し不機嫌そうな顔をしている。

 この脳が空洞化していそうな男にもこんな真剣な顔ができるのか、と速人は考えたがブランジェルの狼狽ぶりを見て動けなくなっているダグザの手を引いてその場を離れた。

 その際、トラッドはいつも難癖ばかりつけている速人に軽く会釈した。

 おそらくダグザの家族の間に起こった出来事のごく一部しか知らされていないのだろうと速人は考える。

 速人は放心状態のダグザの腕を引っ張りながらさらにダグザの祖父の家に続く一本道の先へと進んだ。


 速人はブランジェルたちの姿が見えなくなったところでダグザの手を放した。

 相変わらずダグザの表情は暗いままだった。


 「なあダグザさん。きっと話したくない話だから言わなかったんだろうけど…。まだ俺が知らないダグザさんのお祖父さんの話ってあるの?」


 ダグザはふう、と大きく息を吐いた。

 そして速人をじっと見つめる。

 

 「速人、お前はつくづく嫌なヤツだな」と吐き捨てるように言った。


 いつもの速人なら頸椎をねじ切ってやるところだが、人生に疲れ切ったダグザの表情を見れば今回だけは見逃してやろうという気分にもなる。

 速人はあえて何も聞かずダグザの歩幅に合わせて歩くことにした。

 それから二人は無言で一本道の突き当りにある家を目指す。

 これまでの道中でダグザから聞いたわけではないが通りの執着点にある家こそスウェンスの家なのだろう。

 エイリークの家に比べればずっと小さな敷地だったが建物の雰囲気はどこか似ていた。

 強いて言うならば建物と自然環境が一体化しているような印象を受ける。

 おそらくそれこそが世紀の天才と謳われるダグザの曾祖父エヴァンスの風格というものだろう。

 速人は並木、立ち並ぶ煙突のついた蔵を一つ一つ観察しながら歩いていた。


 やがてダグザが思い出したように速人に語り掛けた。


 「この辺り一帯は曾祖父が設計、建設と大凡全てに携わったらしい。私の曾祖父は偉大な建築家にして発明家、芸術分野においても後世の人間に多大な影響を与えている。魔術師としても有能でダナン帝国とレッド同盟でも大エヴァンスの名前を知らぬ者はいないらしい。それに比べて私といえば三十五歳になっても自分の工房さえ持っていない半人前の魔術師…。子孫として肩身が狭いばかりだ」


 (単に卑屈になっているだけか、曾祖父の自慢をしているのか、判断が難しいところだな。)


 ダグザは前傾姿勢に近い状態で歩いている。

 トレードマークの目の下の隈も心なしか濃くなっているような気がする。

 おそらく原因はブランジェルとの会話にあるのだろうが、ダグザが気を悪くしては本末転倒なのでもう少し放っておくことにした。


 (下心丸見えのゴマすりだが、今のダグザさんには有効だろう)


 速人は一計を案じてダグザの祖父の功績を称えつつ、ダグザの実績も決して見劣りするものではないという話を始めた。


 「だけどさ、ダグザさんのお祖父さんがエヴァンスさんの意志を引き継いでそれをさらにダールさんからダグザさんに伝えたからこそ戦争に勝つ事が出来たんだろ?それって小手先の技術を継承するよりもずっと大切な事だと思うぜ。要するに大事なのは心さ。どんな素晴らしい技術も心が通っていなければ真の感動には程遠いんだ。俺は料理を作る時には常にそれを一番大事に考えてる」


 「ああ、父上が納得する料理を作るお前が言うならば間違いないだろうな。速人、私はいつか父上やお祖父さまにとって誇るべき人間になれると思うか?…先ほどブランに余計な事を言ってしまって自信を無くしてしまっている」


 「そうだな。考え方を変えなければ無理だと思うぜ。そういうのはエイリークさんを見習えよ。この前レミーに”俺の親父が偉大なんじゃない。俺という最強に優れた存在が死んだ親父を輝かせているんだ”ってな」


 速人は笑っていたが、その後エイリークとレミーが喧嘩を始めたのは言うまでもない。

 

 ダグザも思うところがあったらしく苦笑している。

 ダグザは大きく深呼吸をした後、自分の中で気持ちを切り替えて普段の状態に戻った。

 速人はスウェンスの家の手前にあるひと際大きな家を覗いてみた。


 こちらは屋敷と呼ぶにふさわしい敷地で、母屋と庭園と大きな蔵、そして長い煙突のついた素気の無い家が建っていた。


 (あの小さな家は話に聞くところによる工房といものだろうか…)


 速人は道の端によって家を覗き込んだ。


 ダグザはペースを少し上げて歩きながら、速人の様子が気になって声をかけた。


 「速人、そこはセイルの家だぞ。何かあったのか?」


 ダグザはさらに歩くスピードを上げて速人に先回りをした。


 速人は煙突のついた小さな家を指さす。


 「へえ、セイルさんの家なんだ。流石に立派な家に住んでいるんだな。ところで、隣にある小さな建物は何かなって思ってさ」


 速人は長い煙突の部分を指さした。

 外側は煉瓦で覆っているが中は円筒形の金属部分が垣間見える。

 速人は煙突を元の世界に存在しない金属で作られたオブジェであると考えていた。


 「あれはセイルの家の工房だ。煙突の部分は”魔女の大釜”の一部だな。セイルは職人を引退してしまったから今はロアンが使っているのではないかと思うが…。ロアンは知っているよな?」


 「たしかセイルさんの一人息子だったよな。エイリークさんより十歳くらい年上の人って聞いている」


 ロアンという人物の情報はセイルと彼の親友ベンツェルから直接聞いた名前では無かった。

 手持ちの情報はベックとソリトンとハンスの口から聞いた情報を繋ぎ合わせたものである。

 ロアンは”双翼の竜騎士”の一人として知られるセイルの息子のロアンが防衛軍にいないのかという点が一番の疑問だった。

 だがベック、ソリトン、ハンスらは速人の前でうっかりロアンの名前を出してしまった事を後悔する様子だったのでそれ以上は聞くことは出来なかったのだ。


 一方、ダグザは速人の顔を見ながらロアンについて話すべきか考えている最中だった。


 速人は口の堅さでは信用に足る人間だが、何よりも自身の利益を優先する狡猾さを持っている。

 速人とダグザがはらの探り合いをしているとセイルの家から子供を連れた背の高い中年の男が姿を現した。


 二人は外出する為に家の外に出て来たのではなく、ダグザと速人が家の前を通りかかったことが目的だったことが雰囲気から察することが出来た。


 中年の男は近づいて、まずダグザ当人であることを確認してから挨拶をしてきた。


 「お久しぶりです、ダグザ坊ちゃん。いつぞやの平和式典(※反骨精神をむき出しにしたエイリークが半裸で出席した)以来ですね。エイリークの馬鹿は元気でやっていますか?」


 男はダグザに向かって恭しく頭を下げる。

 ロアンは一見して飾り気の無いぶっきらぼうな態度を取っていたが、逆にダグザたちルギオン家の人間に対して多大な敬意を払っているかを理解する事が出来た。

 ロアンの子らしき少年は父親の横に並んで右手を握っている。

 ロアンは困ったような顔で我が子を見ていた。


 「ああ。エイリークたちは今、同盟側の国境近くの町に出向いているよ。あの辺りの小さな村と連絡が取れなくなってしまったらしい。私とハンスは今回留守を預かっている。色々と心配をかけてすまない」


 「…まあアイツに限って大丈夫だとは思いますが、それでも外に出す時は多くの人間を同行させてくださいね。全くいつまでガキの気分でいるつもりなんだか。そうだ、ローレン。ダグザ坊ちゃんに挨拶をしなさい。坊ちゃんはいずれルギオン家の当主となり、我々角小人レプラコー族を導いていく存在なのだ」


 ロアンはエイリークの無鉄砲さを嘆くと、次に我が子にダグザに挨拶をするように言った。

 赤みがかった金髪の少年がダグザたちの前に現れてお辞儀をする。

 年齢は速人(※10歳)と同じくらいだろうか。

 年齢相応の子供らしい快活さを持った少年だった。

 ダグザには畏敬の込められた視線を、速人には好奇心いっぱいの視線をぶつけてくる。


 ダグザはローレンが生まれて間もない姿しか知らず、立派に成長した彼の姿を見て驚いていた。


 「はじめまして、ダグザ坊ちゃん。僕はお父さんの子供でローレンといいます。どうかこれからも末永くよろしくお願いします」


 ローレンは間違ってはいない。

 しかしダグザにとっては”良くない”挨拶だった。


 ローレンは父親に今の挨拶は正しかったかどうかを聞いていたが、ロアンは腕を組んで自信満々に頭を下げていた。

 以降ダグザはローレンにまで「坊ちゃん」と呼ばれることになる。

 あまりの気の毒さに速人は今のロアン親子とダグザのやりとりに関しては何も聞かなかったことにした。

 ダグザは苦笑しながら心の中で盛大なため息をついた。


 「ははは…。こちらこそ宜しく頼むよ、ローレン。ところで私はもうオジサンと呼ばれても仕方ない年齢だと思うのでこれからは”ダグザおじさん”と呼んでくれないか?」


 「ええとね…」


 ローレンは心底困った顔でロアンを見た。

 ロアンは厳しい表情で「駄目だぞ、ローレン。坊ちゃん、若様、親方。ルギオン家の方々の呼び名はもう決まっているんだ」と言う。

 ローレンはニッコリと笑いながら頭を縦に振った。


 「ごめんなさい、ダグザ坊ちゃん。お父さんが駄目って言ってるからダグザおじさんとは呼べません。ところでダグザ坊ちゃん、一緒に連れているワンちゃんを撫でていいですか?」


 ローレンは無邪気な笑顔で速人を指さした。

 ダグザは落ち込んだまま何も答える事が出来ず、速人はそのまましばらくローレンに撫でくり回されることになった。


 (犬か。こういう生き方も悪くはないかもしれないワン…)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ