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第百三十七話 愉快なトラッドの家族

次回は3月12日に更新します。

 「ダグザさん。そろそろ馬車が来るってさ」


 「ああ。わかった…って、ブラン?」


 ダグザはベンチから立ち上がろうとして一時停止してしまった。

 速人はダグザの知人と一緒に戻って来たのである。

 薄茶色の髪の毛が目立つ恰幅の良い初老の紳士はダグザの姿を見るなり嬉しそうに目を細めた。

 都市防衛を預かる第十六都市防衛軍の相談役コルキスの義弟にして下っ端騎士トラッドの父親ブランジェルだった。

 ダグザにとってはルギオン家の旧臣の末裔であり家族同様に親しい間柄だった。

 ブランジェルは速人と性格が合うらしくエイリークの家の改装を行う際には道具や材料を無償で提供してくれたとダグザは聞かされている。

 正直、今の疲労で動けなくなっている姿を見せたくはない人物だった。


 ダグザはわざとらしくストレッチ運動をしている姿を見せて、自身の若さと健康をアピールする。

 ブランジェルは素直に喜び、速人は陰湿な笑顔を見せていた。


 「流石は角小人レプラコーン族を背負って立つ御方。ダグザ坊ちゃまの事はこのブランジェル、いつでも応援していますぞ。時に速人殿、今日はどのような御用でダグザ坊ちゃまはレプラコーン区画にいらしたのですか?」


 (本人に聞け)


 だがダグザは口を開くことは出来なかった。

 祖母の死後、ダグザたちと距離を置くようになった祖父の世話をしてくれたのはセイルとベンツェルとブランジェルたちである。

 彼らがダグザの実家、ルギオン家の家臣だったのは大昔の話であり今現在では対等な立場だった。

 それを無償でやっているのだから邪険に扱うことなど出来はしない。

 (※しかし実際にダグザが口にすればセイルたちは号泣して許しを請う事になるので口外はしない)


 ダグザも厚意とはいえブランジェルたちにどこまで甘えて良いものかという後ろめたさがあった。

 ダグザが祖父を訪ねてレプラコーン区画にやって来たと説明する前に速人がブランジェルにその旨を伝える。


 「今日はダグザさんがお祖父さんの様子を見にレプラコーン区画を尋ねるというので荷物持ち係としてご同行させてもらうことになりました」


 「なるほど。そういう事情だったのですか。ここで会ったのも何かのご縁、このブランジェル、ご同道させていただきましょう」


 ブランジェルは心の底からの笑顔を見せてからダグザに向かって頭を下げる。

 ダグザはわざとらしく咳払いをして周囲の目があることを伝える。

 ブランジェルは人前で偉そうにしないが、昔は防衛軍で要職に就いていた経験もある人物だった。

 仮に彼の知人が平身低頭のブランジェルを見れば果たしてどう思うか。

 ダグザの意図を素早く理解したブランジェルは頭を上げて馬車の中に案内する。


 馬車の持ち主であり御者を務める人物はブランジェルの同僚の男だった。


 速人はここでダグザに耳打ちをする。


 「この流れだと多分馬車の代金が無料になっちゃうけど、どうする?」


 当然そうなるだろう。

 しかしエイリークなら喜んで”じゃあそういう感じで”と答えるのだろうがダグザは頭を横に振って御者台まで移動して先に料金を支払っていた。

 御者の男とブランジェルは恐縮していたが、ダグザは有料で子供の速人は無料というところで折れてくれたらしい。

 御者の男は「親方によろしく」と短くダグザに伝え、レプラコーン区画のルギオン屋敷という場所に向かって馬車を向かわせた。

 ブランジェルはダグザと速人の向かい側の席に腰を下ろした。


 馬車の中には作業着姿の職人、農夫たちの姿があった。

 その中にいた何人かはブランジェルの姿を見つけるとすぐに近くまでやって来ては挨拶をしていた。

 ダグザは正体がバレないようにひたすら寝たふりをしている。

 一方、速人はダグザの努力が無駄にならないようブランジェルの知人たちに挨拶をしていた。


 (すまん。この礼はいずれ…)


 ダグザはわざとらしい寝息を立てながら速人に感謝した。


 しかし、ダグザはここ数日で疲労が重なっていたせいか本当に眠ってしまった。

 速人はニヤケ面で口の前に人差し指を立てる。

 以降、乗客の全員が天使のようにあどけない顔をして眠っているダグザを拝んで行った。


 「これは錯覚だと思いたいのだが、ついうっかりと隙を見せた為に取返しのつかないミスをしたような気がする」


 いつの間にか身体の上にかけられていたケープを取ったダグザが起き抜けに呟いた。

 ケープそのものは速人がエイリークの家から持ってきたのだが、眠っているダグザの上に被せていたのはブランジェルの知人だった。

 彼はニッコリと笑いながら「昔の若様(※ダールの事)の御姿を思い出します」と若い頃のダールと今のダグザを思い出して労っていったのだ。

 ダグザは速人が自分の為に用意してくれたものだと思い、軽く会釈をする。

 速人は手早く薄茶のケープを風呂敷包みの中に戻していた。


 (さっさとダグザんのお祖父さんを元気にして工房を出入りしたいな)


 速人は軽いため息をつく。実は風呂敷を作る時にも身分の為にかなり遠回りさせられたのだ。

 布はともかく仕立て用の縫い針を手に入れる為に、ハンスの人脈に頼ってしまった経験がある。

 ハンスやハンスの知人に不満は無いが時間の無駄を極端に嫌う速人にとっては痛恨事だったのだ。

 雑貨屋、コンビニ、ホームセンターが無い世界では工具と材料を揃えるだけでもかなりの時間を要する。

 最小限の財力それらの問題を全て解決できる施設というもののが、工房という場所だった。


 あらゆる技術が普遍的ではないナインスリーブスという世界では技術の伝達は、厳密には親子と兄弟と師弟のような近しい関係に限られてしまう。

 実際、かなり昔にスタンに相談したところ家内制手工業に似た組織は存在したのだが種族や国家間の隔たりのせいでほとんど発達しなかったのが現状だった。

 スタンは主に自然科学や海洋学を専攻している人間(※エルフ族)であり工業の方はまるで駄目だったが、今は工業技術に聡いダグザが速人の側にいる。


 (この風呂敷をベルト式のリュックサックに進化させる為にはこの男の力がいる。是非ともッ‼)


 速人は熱意が加わった鋭い視線をダグザに向けた。

 一方ダグザは速人の技術獲得に対する執念を知っていたので少しだけ同情する。

 ダグザも角小人レプラコーン族の工房で魔術の研究が許可されたのも最近の出来事なのだ。


 「そろそろ到着しましたよ。俺は先に出ていますからダグザさんは足元に気をつけてくださいね」


 速人は風呂敷包みを背負い、スウェンの為に用意した弁当が入ったバスケットを持って出口から出て行った。

 ダグザは天井に頭をぶつけないよう屈みながら速人のいる場所まで移動する。

 出入り口の扉は開いていて、外では白いシャツと紺の袖の無いジャケットを着たブランジェルが待ってくれていた。

 ダグザはブランジェルに頭を下げなら馬車の外に出た。


 (ここに自分の意志で来たのは何年ぶりだろうか…)

 

 ダグザは馬車の格納庫から外の風景を見る。

 地面には馬車が通った煉瓦造りの道ではなく土を盛って作った道が広がっていた。

 ダグザがまだ子供の頃、エイリークたちと一緒に走り回っていた時とは変わらぬ景色だった。


 「ダグザ坊ちゃん、お帰りなさい。お家までは私がご案内しましょう」


 ダグザが感慨深げに周囲の懐かしい風景を眺めているとブランジェルが声をかけてきた。


 (…「お帰りなさい」か。私は両親の仕事が忙しい時は父の実家で過ごしていたのだな。故郷と呼ぶにふさわしい場所なのだろう。つい最近まで忙しくてそんな事も忘れていたな)


 ダグザは苦笑する。


 「ああ。ただいま、ブランジェル。ここに来るのは久しぶりだからな。案内してもらおう」


 こうしてブランジェルを先頭に速人たちはダグザの祖父スウェンスが住む家に向かった。

 その間、速人とブランジェルは世間話をしながら早歩きとしか思えない速度で移動していた。

 一方、ダグザは寝起きだったこともあって二人との距離が時間の経過と共に離れる一方である。

 ダグザはそろそろ民家が見えてきた場所で速人とブランジェルに歩行速度を落とすように訴えた。


 「どうしました、ダグザ坊ちゃん。そろそろ私の家の近くですよ。今は家に家内と息子夫婦がいますからお茶でも用意させますか?」


 ブランジェルはダグザの身を案じて心配そうな顔をしている。

 隣にいる速人は皮肉っぽく笑いながらダグザを見ていた。

 ブランジェルは右手を出し、速人は背を向けてから屈んでダグザを助けようとした。


 (私は老人ではないッ!)


 ダグザは足の痛みを堪えながら早歩きを始めた。

 去り際にも挨拶を忘れない。


 「いや、それには及ばない。先を急ごうか。…クソッ、どいつもこいつも私を老人あつかいしやがって…ッッ‼」


 そう言ってダグザは先頭になって歩き出した。

 逆に怒らせてしまった事に気がついたブランジェルと速人は小さくなっているダグザの背中を目指して駆け出した。


 「速人殿、ダグザ坊ちゃんは何をあんなに怒っているのでしょうかね?…私ごときには見当もつきませんよ」


 ブランジェルは本気で心当たりが無いせいか、顔を真っ青にしながら悩んでいた。

 速人はこの謹厳実直を絵に描いたような性格の老人が憐れに見えてきたので、気休めの言葉をかける。


 「もしかしてダグザさんは自分が他人の足を引っ張っていることが許せないんじゃないですか?…しばらく落ち着くまでそっとしておきましょう」


 「なるほど。坊ちゃんは若様に似て謙虚かつ努力家であらせられますからな。納得、納得。流石は速人殿、噂に違わぬ素晴らしい観察眼の持ち主ですな」


 ブランジェルは首を何度も縦に振った後、大いに笑った。

 どうやらダールとダグザの親子を手放しに褒めれば喜んでくれる性格らしい。

 速人は疑惑の眼差しを向けるダグザに向かって親指を立てる。


 (おのれ速人め…、勝手に私の性格に関する情報を改ざんしおってからにッ‼)


 ダグザは鼻息をいっそう荒くしながら先を進んだ。


 やがて三人は大きな家が二軒、並んで建っている場所に到着した。

 家の前ではブランジェルと同じ髪の色をした背の高い青年と白金色の長い髪を持つ青年が立っていた。

 二人はブランジェルの姿を見つけると近くまで歩いてくる。


 まず薄茶色の髪をした青年が三人の前に到着する。

 こちらは速人の面識のある人物で以前ウィナーズゲートの町の入り口で会った防衛軍のトラッドという若い軍人だった。

 トラッドは速人を見るなり露骨に嫌そうな顔になっていた。

 隣のよく見るとコルキスに似た優美な顔立ちの青年は何事かと驚いた表情になっている。


 「父ちゃん、遅いよ!今さっき母ちゃんに町まで行って父ちゃん連れて来いって叩かれたよ俺は!一体どうしてくれるんだよ。…後、速人なんでお前が俺の家まで来てるんだよ。ここはペットの散歩が禁止されている地区だっての」


 速人は口の端を歪めてから両手を投げ出し、トラッドを挑発した。


 (やれるもんならやってみな、臆病者チキン⁉)


 速人の舐め切った態度を見た瞬間にトラッドの顔が見る見るうちに赤くなっていた。


 「ああ、ええと…。(ダグザとブランジェルを見比べる。トラッドは気がついていないがブランジェルの顔は真っ赤になっていた)ダグザ坊ちゃん、こちらの小さい子がうちの父親が行っていた速人氏ですか?」


 「まあな。速人、こちらはレイ。コルの長男だ。自己紹介を頼む」


 速人はレイに向かって無言で頭を下げる。


 レイはいきなり速人の頭の上に手を乗せて、ごしごしと撫で始めた。

 速人はレイの手首を捻じ切ってやろうかと思ったが、ダグザの方を見ると人差し指を掌の上に置く”待て”のサインが出ていたので思い止まる事にした。


 「ねえ坊ちゃん。この子、いきなり噛んだりしませんよね?それにしても不細工な犬だな…。あっ、鼻が大きいからブタの仲間かな?」


 レイはさらに失礼なセリフを連発する。

 隣では客人に対して無礼な態度を取った従兄のトラッドが父親に右の耳をつねられて涙目になっていた。


 (いくら親が優秀でも息子がこれではな…。憐れという他はない)


 速人はレイには間抜け、トラッドには横着者という二つ名で呼ぶことにした。

 ダグザは眉間に指を当てながらレイに速人から離れるように注意した。


 「レイ、最初に言っておくが速人は素手ならエイリークとマギーよりも強い男だぞ。私に止められるような相手ではない。痛い目に合う前に離れなさい」


 「またまたー!坊ちゃんも俺の事をからかおうとしてー!エイルの兄貴がこんなのに負けるわけがないでしょ。マギー姉さんに勝てるってどんな化け物だよって感じだよ。あはははっ‼」


 レイは笑いながら速人の頭をバンバンと乱暴に叩いた。


 ガンッ‼


 次の瞬間、レイの頭頂部にブランジェルの拳骨が落とされる。

 レイは端正な顔を苦痛に歪め、鼻血をだらだらと流していた。


 その後、ブランジェルは二人を草原に正座させて説教を始めた。

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