第百三十四話 速人、ダグザと二人でレプラコーン区画に行く事になる。
次回は二月二十五日に更新する予定です。
オッス!
みんな、待たせちまったな!
俺の名前はジム、第十六都市の防衛隊で一番偉い男レナードの息子だ!
今日は一番下の妹の息子を迎えにわざわざエイリークの家にやって来てやったぜ!
俺さ、一応これでも隊長クラスの部下が百人以上いる偉いおじさんなんだぜ!
でも親父は恐いし、お袋には逆らえないし…。
まあ、俺みたいな成り上がりたての貧乏騎士(※レナードの事)のせがれには見せ場なんて無い方がいいよな!
よろしくぅッ‼
…とジムは久々の登場の地味だったが自分のポジションを確認しているうちにどんどん暗くなってしまう。
実は前回のパーティーには招待されていなかったのだ。
「なあ速人。俺、朝飯抜いてここに来てるんだけど何かない?」
「ちょっと待っててくださいね」
速人は家の中に入った後、厚く切ったバケットにクリームチーズとハムとレタスとトマトを挟んで持ってきた。
ジムは速人からサンドイッチを受け取ると涙を流しながらかぶりついていた。
(ジムさんとレナードさんって普段は何を食べているんだ…?)
速人は喉をつまらせているジムにお茶を飲ませていると、エイリークの家の中から大股でレクサがやってきた。
レクサは速人の持ち上げて後ろに下げてしまうと食事中のジムをギロリと睨む。
ジムは紺色のブレザーの内ポケットからハンカチを取り出し、口を拭いていた。
そして妹に聞こえるように舌打ちをした後やはり睨みつける。
これがジムとアレクサンドリア(※レクサ)兄妹の基本的な関係らしい。
「ちょっとジム(※5歳年上の兄を呼び捨て)、恥ずかしいからアタシの家(※エイリークの家)の前でご飯食べないでよ。全く、爆発して記憶と存在ごと消えてくれればいいのに」
「ハンッ‼俺はそんなに都合よく消えてやらねえよ‼実家の恥部として、お前のお荷物として未来永劫苦しめてやるから覚悟しておけ。…ぐふッ‼」
ジムは突き刺さるようなストマックブローを受けて前崩れになった。
(速い。モーションが見えなかった)
速人は急いでジムの背中をなぜて安否を確かめた。
ジムは苦痛の為に言葉を発することが出来ず「喉に詰まったから飲み物を持って来て」というジェスチャーをする。
速人はすぐに飲み物のおかわりを持ってきてやった。
レクサは馬車が到着している事を確認すると家の中に戻ってしまった。
入れ替わりにダグザがジムと速人がいる場所まで走って来た。
ダグザは額に汗を浮かべ、どこか陰のある美しい顔が可哀想なくらい青くなっていた。
「あ、坊ちゃん(※ダグザの事)。おはようございます。そんな怖い顔をしてどうかしたんですか?」
「”どうかした?”じゃないだろう⁉ジム、いや義兄さん‼体の加減は本当に大丈夫なのか⁉」
ジムは笑いながらレクサに殴られたあたりを軽く叩いた。
ぐふっ。
まだ完全に痛みが引いたわけではないので吐きそうになっていた。
余談だが、速人の見立てによればレクサは隊商”高原の羊たち”の戦闘メンバーの中でもマルグリットに次ぐ実力の持ち主即ち上位であることが判明している。
速人は自分のハンカチでジムの口元を素早く拭いてやった。
「いやレクサのヤツ、子供産んでから本性出すようになったというか実際酷いでしょ?俺も親父と同じ意見で結婚には反対だったんですよ」
ブオンッ‼
ジムが何かを言おうとした瞬間に扉が開き、槍が飛んできた。
ヒュオ…ッッ、カンッ‼
速人は懐に隠し持ったヌンチャクを取り出し、地面に叩き落とす。
(威力と奇襲のタイミングは悪くない。だが殺気が強すぎるのは失敗だったな、レクサさん。通用するのはせいぜい二流(※ジム、ダグザ)が限度だろう)
速人は流麗な動作でヌンチャクを服の内側に収め、別の場所から召喚した練習用の槍を壁に立てかけておいた。
「お前ッッ‼今俺のところを殺すつもりだっただろ⁉出て来い、ババアッ‼坊ちゃんの前でお前の過去の悪事を全部バラしてやるからなッ‼」
(戦闘力、人間力にこれほどの差があるというのに抵抗するとは愚かの極み。兄妹の喧嘩が殺人に発展する前に退場願おう)
シュシュッ‼
影が微かな音と共に水切り石のように地面を飛んだ。
次の瞬間、速人はジムの背後に回りスリーパーホールドを極めた。
ガクッ‼
ジムは眠るように倒れてしまった。
速人はジムの身体を肩に乗せて馬車の御者台にまで移動した。
基本レナードの”使い魔”が動かしているのでジムはあくまで運転手ではなく見張りとして連れて来られたにすぎない。
妻と悪鬼による一連の凶行を目の当たりにしながらダグザはただ見守る事しか出来なかった。
ガチャリ。
やがて馬車の外から長男ジムが戻らない事を訝しんだレナードが扉を開けて出て来た。
レナードは御者台に移動すると、口を半開きにしながら眠っている(※速人に気絶させられた)ジムの頭に拳骨を落とした。
「痛ッ‼」
かなり乱暴な方法だが、ジムは意識を取り戻すことに成功する。
(恐ろしい…。レクサさんのあの雑なやり方はお父上から譲り受けたものだったのか…)
その後、ジムはレナードを相手に身の潔白を証言するが説得には至らず逆に外で眠っていた事を怒られることになった。
顔面蒼白となったダグザは身支度を整え、ドレスの上に外出用の上着を身につけたレクサが立っていた。
速人はレクサの腕の中でラグビーボールのようにガッチリと抱かれたアダンを憐れに思い、即急行して抱っこする役を申し出る。
レクサはケラケラと笑いながら「本当に速人は気の利く子ね」と笑いながら頭を撫でてくれた。
この時、酸欠に近い状態だったアダンは実母よりも速人に母性なるものを感じていた事は言うまでもない。
「ジム、お前は外に出たと思ったら何をしとるんだ。本当に役に立たないクズだな。おかげで母さんとお前の嫁に私が殴られる事になったんだ」
レナードは馬車の中でジムの様子を見に行く事を渋った為に家族から制裁を受けていたらしい。
こげ茶の頭にはソフトボールくらいの大きさのたん瘤が出来ていた。
レナードの愛嬌のある大きなアーモンド型の瞳に涙が浮かんでいる。
(あれは一度ではない。泣くまで殴られたのだ。今度エイリークさんがワガママ言った時には同じ目に合わせようかな)
速人はアダンを抱きながらレナード家の方針に賛同していた。
「おはよう、ハヤト。レクサとダグザ坊ちゃんもおはよう、だな。アダン、元気かい?オジイチャン、でちゅよ~」
レナードは片手を上げながら悠々と御者台から降りた。
レナードは模範的な軍人然とした堅苦しい雰囲気から一転して余裕のある初老の紳士となっていた。
こうしている間にも速人の抱っこされて幸福そうに寝息を立てる孫のアダンを見つめている。
レナードには既に十人以上の孫たちがいるが、速人が第十六都市にやってくるまでは全員から怖がられていた。
レナードは家族の前では見せたことが無い蕩けそうな笑顔をアダンに向ける。
ジムとレクサは同時に「うえッ!…キモッ‼」と悪態をついていた。
「時に速人よ。今日は私がアダンを預かることになった。当然今日の為に休暇も取ってある。私の家にアダンを引き取りに来るのはゆっくりでいいからな」
レナードは速人の腕に抱かれているアダンの頭を撫でながらキリっとした表情で告げる。
レナードとダールは育児レベルが低いので、まだ起きている状態のアダンしか抱っこ出来なかった。
その後、レナードの妻(※ジムとレクサの母親)とジムの妻が馬車から降りて来て眠っているアダンを受け取っていた。
昨日からエイリークが第十六都市の外で仕事をする事になったので代理としてダグザとレクサが隊商のリーダーを務めることになったのだ。
今日は一週間の業務方針を伝える為に”高原の羊たち”の事務所に行く事になっている。
速人は雑用とその他もろもろの手伝いをする為にダグザとレクサに同行することになった。
しかし、朝食の時に雪近とディーが口を滑らせてしまった為にウィナーズゲートの町で金色の馬鹿男と交戦した事をダグザに説明しなければならなくなっていた。
ハヤトが「あのクズどもがぁぁ…、この後どうしてくれようかぁぁ…」と呪詛を吐きながらジョジョの奇妙な冒険にゲスキャラ(※登場後、敵のスタンド使いに惨殺される系)として登場しそうな顔をしているとダグザが肩に手を置いて念を押してきた。
「言っておくがもう我々の間に隠し事は無しだ。洗いざらい全部説明してもらわなければ、後見役の話は無しだ。いいな、速人?」
「げひひひっ!そりゃあ分かっていますよ、ダグザの旦那。人間助け合いの精神が大切ってね。ひひひっ!」
ダグザは路の端に捨てられた汚物を見るような目つきをしていた。
決して誤魔化されぬという信念さえ感じる。
機神鎧と七節星、上食の話はダグザとエイリークにはまとめて伝えるつもりだったが公的な立場があるレナードたちの前で打ち明けられる内容の話ではない。
速人の様子から事情を察したダグザはこれ以上追求してくる事は無かった。
速人は産着に包まったアダンをレナードの妻に、折り畳み式の乳母車をレナードに渡した。
馬車の中では早速ジムの妻とレナードの妻がアダンのどこがダグザとダールに似ているという話で盛り上がっていた。
ジムとレナードは外に追い出され、御者台で親子仲良く並んで座っていた。
すっかり孫と引き離され、枯れてしまったレナードは荒んだ表情でレクサに馬車に同乗するかと尋ねる。
隣のジムは身体を前に丸めながらブツブツと文句を言っている。
「レクサ、これから我々は正門まで行くつもりだが一緒に乗って行くか?出来れば母さんに私だけでも中に入れてくれないかと交渉してくれると有難いのだが…」
「お生憎様。私はこれから旦那様と速人と一緒に、弟や妹たちのところに行くのよ。父さんとジム兄さんは家に帰ってよ。関係者だと思われたら恥ずかしいから」
レナードとジムはショックのあまり絶句した後に真っ白になってしまった。
ダグザが去り行く間際に気休めの言葉をかけたが無反応のままアダンを乗せた自家用車は正門のエレベーターに向かった。
速人は何事も無かったかのように家の中に戻り、レクサとダグザの昼食とスウェンスの為に用意した特注の弁当が入ったバスケットを持ってきた。
レクサは背丈に不釣り合いな大きなバスケットを持った速人に自分が持つかと尋ねたが首を横に振って固辞した。
使用人の仕事を、か弱い女性に押しつけるなど速人の信念が許さない。
しかし、速人はその後腕を組んで”高原の羊たち”の事務所に行こうとするレクサとダグザを大きく引き離した。
レクサは極めて不愉快そうな顔で速人を睨む。
「ちょっと速人、私がどこでダグと仲良くしようといいじゃない‼…もしかして嫉妬してるとか?」
「いいですか、レクサさん。レミーとアインは普段エイリークさんとマギーさんが大っぴらにハグしたりキスしたり(※睨んで”それ以上の行為に発展している”ことを示唆する)頻繁にしているので大人という存在に対して懐疑的になっているのです。私は子供の代表として、大人サイドの良心的存在であるダグザさんとレクサさんだけは節度を持った態度で臨むべきではないかと思うのですが如何でしょうか?」
速人が苦々しい口調でエイリークとマルグリット、そして二人の子供たちの名前を出すと流石のレクサも大人しくなってしまった。
ダグザも口を押えながら首を縦に振る。
その後、三人は微妙な空気を漂うわせながら事務所まで歩いて行った。
速人たちが事務所に到着すると、ほぼ同時にハンスとモーガンの夫婦がやって来た。
ハンスは出勤する途中、屋台で焼き立てのパンを買ったらしく嬉しそうな顔をしながらかぶりついている。
モーガンは夫の口元をハンカチで拭きながらレクサに謝っていた。
「ごめんね、レクサ。ハンスのヤツが腹減ったってうるさいからそこの屋台でパンを買ってやったんだ。まったくウチの亭主はいつになったら大人になってくれるんだか」
「ガッハッハッハ‼昨日はしっかり眠れたから朝飯が美味くてたまらん‼そのお陰で、今日も元気に働けるというもんじゃ‼良い事ずくしじゃろうが‼」
ハンスはモーガンの肩を叩きながら豪快に笑った。
モーガンが文句を言おうとする前にレクサが拳を振り上げ、脳天に向かって落とす。
ずんッ‼
深く、思い音が辺り一帯に響いた。
ハンスは屈んで頭を押さえている。
下手をすれば頭蓋骨にヒビが入りかねない強烈な一撃だった。
「ハンス、アンタはもうお父さんなんだがら買い食いとかしないッ‼シエラが真似をしたらどうするのよ‼エイリークっていう悪い例があるんだから、大人としての身だしなみに気をつけなさいッ‼」
(すまない、ハンスさん。あれは俺のした事に対する完全に八つ当たりだ)
速人は水に濡らしてから、よく絞った布巾をハンスの頭に乗せる。
ハンスが元の状態に戻った頃、”高原の羊たち”の事務所には第十六都市に残ったメンバーたちが到着していた。
今回の仕事で調査に向かったエイリーク、マルグリット、ソリトンたちは少数精鋭という形で出向したので実は残ったメンバーの方が多かった。
エイリーク不在の間はリーダー代行を最年長のダグザが務め、レクサとモーガンとハンスが補佐役に回るという事を再確認した。
またダグザがリーダーを代行する間は隊商の業務内容も第十六都市の内部に止まる事を説明していた。
ダグザは若いメンバーのまとめ役としてアルフォンスの息子トニーを推薦し、皆の意見を聞いた上で改めて決定することになった。
トニーは同性代のメンバーの中で役割分担を決めて、ダグザたちの意見を聞いている。
速人はダグザたちの話合いが小休止するまで、お茶や軽食の準備などをしていた。
やがて午前の会議が終わり、ホールの方から”高原の羊たち”のメンバーが出て来た。
速人は大きなテーブルの上に小さく切ったパンとドライフルーツやバターを置いてから人数分のお茶を出した。
彼らの話の内容から察するに家に戻るか、町に出向いて昼食を摂る事になるらしい。
速人は全員にお茶を出した後、ダグザのところに午後の予定について聞きに行く事にした。
ダグザは自分のデスクで、書類の束をハンスとモーガンから受け取り目を通している最中だった。
隣ではレクサが書類を仕分けしている。
速人の来訪に気がついたダグザは読み終えた書類を机の上に置く。
そして背中を椅子の背もたれに預けてから、ネクタイを緩めて首のボタンを外した。
「ふう。そういえば今日はお前に私のお祖父さまと会ってもらう予定があったな」
「え?ダグ、速人をレプラコーン区画に連れて行くつもりなの?私はすっかり慣れちゃったけど人間の仲間だって説明するの難しくないかしら」
ダグザの話を聞いていたレクサが思わず声をあげる。
同室していたハンスとモーガンも驚いた表情でダグザたちの方を見ていた。
レプラコーン区画は第十六都市において眷属種の居住区なので下位種族の立ち入りは基本的に歓迎されていない。
ハンスとモーガンは子供の頃はよくスウェンスの家で過ごした経験があるが、今では成人した事をきっかけにあまり立ち寄ることは無くなってしまった。
さらにダグザの祖母メリッサが死んでしまってからはある種の後ろめたさから逆に行き難くなってしまったのである。
「まあ速人はセイルたちと面識があるから問題は無いだろう。ところでレクサ、君も午後から我々と一緒にレプラコーン区画まで一緒に来てくれないか?」
「ゴメン。私、パス。親方の事は心配だけど、近くに住んでいるジジイコンビ(※セイルとベンツェルの事)に見つかったら説教二時間くらい確定だし」
レクサは自分のデスクに戻り仕事を再開する。
ダグザは困惑しながら、ハンスとモーガンの姿を捜したが二人は昼食の為に出かけた後だった。
速人は大きなバスケットを開けてダグザとレクサの昼食の用意を始めていた。




