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第百三十一話 指令その一 スウェンスの好物を捜せ‼

次回は二月十日に投稿する予定です。

エルフのノルマンはノートンに名前が変わりました。以上。 

 

 ノートンはオーサーが以前に会った時よりも目に見えて弱っていた。

 

 かつての同盟、帝国、自治都市を巻き込んだ大戦の時本国の盾となって戦った男は彼の存在を厭う直属の上司によって在らぬ嫌疑をかけられ地位を剥奪された挙句、名も知れぬ辺境に追放された。

 しかし飛ばされた辺境の地においても彼は有能な役人として活躍しているらしい。

 彼を追放した上司は同種の人間に目をつけられて汚職の罪で牢獄に送られたとオーサーは聞いている。


 (善人の善行が報われるわけではないが、下衆の悪行が必ず栄えるわけではない。全く人の世は良く出来ている…)


 オーサーは自分を含める人間を心の中で冷笑していた。

 そのうち自分の事を心配そうに見つめているノートンの視線に気がつく。

 

 ノートンは年長者らしくオーサーを気遣うような口調で語りかけてきた。


 「私の知るところによれば、オーサー殿、貴方はずいぶんと理不尽な処遇を受けてきたとお聞きします。さぞ辛かった事でしょう」


 ノートンは破顔しながらオーサーを心配する素振りを見せる。

 そしてノートンの部下と思われる者たちも同様に頭を振っていた。彼らの装備は古めかしいものばかりで本来の役目を果たすには不向きな状態だった。

 服装同様に人々の血色も実に良くない。


 (やれやれ。人の心配をしているような状態ではないだろう)


 オーサーは逆に心の中でため息をついた。


 オーサーは得意の他者の警戒心や緊張感を和らがせる笑顔で道化を演じる。


 「ご安心下さい、ノートン殿。私は伊達に軍属が長いわけではありません。たとえ上司に千日こき使われても耐えてみせますとも」


 オーサーの言葉を聞いたノートンと部下たちは一斉に笑った。

 内外から苦労人として知られるオーサーならではの人望というものだろう。


 仮初の拠点までの道中、オーサーはノートンと情報を交換をする。

 大体の話はオーサーの予想通りで武装蜂起まではかなりの時間を要するという話だった。

 

 話が途中で止まりノートンはオーサーに向かって頭を下げてきた。


 「オーサー殿、無理を承知で頼みたい事がある。食料と生活物資の補給を増やしてはもらえないだろうか?」


 ノートンたちが同志を募る為に小さな村から人を集めた結果、食料と生活物資の不足が明るみに出てしまったという話だった。

 元はと言えば何も無い村未満の集落に人だけを送れば結果としてこうなってしまうことは火を見るよりも明らかだったはずだ。

 加えて彼の大半は戦火を逃れてきたエルフ族の人間である。

 国によって移送された先には融合種リンクス族や半妖精スプライツ族の住民が多く、頻繁に問題が起きているらしい。

 

 これがかつてはナインスリーブスの富を一手に独占していたレッド王国同盟の末路だった。


 オーサーは一瞬だけ形の良い眉を歪ませた後、憂鬱な気持ちを切り替えた。

 

 幸いにして食料と生活に必要な物資は昔のコネクションを使えば補給は可能である。


 「そういう事であれば私にお任せ下さい。同盟の辺境警備隊から食料と衣類を譲ってもらいます。連中は物だけ持っていて金はありませんから、いくらか金を出せば喜んで譲ってくれるに違いありません」


 「お言葉だが、オーサー殿。我々には食料を買う金さえ持ち合わせていないのだ。村に入り込んだ火炎巨神同盟ムスペルヘイムの残党に全て焼かれてしまったからな…」


 白髪の老人が当時を思い出して悔しそうに語った。

 老人の顔立ちと耳の伸び方(※エルフ的見解)がどことなくノートンに似ている事から彼の親族であることが窺える。

 オーサーは彼らがこれ以上感情的にならないよう言葉を選びながら”補給”について説明することにした。


 「金銭の心配ならば無用です。事情があって詳しい説明は出来ませんが、有力な協力者から資金を預かっておりますのでご安心ください。…まあ、限度はありますがね」


 「ありがとう、オーサー殿。恩に着る」


 ノートンは傍らの老人と一緒に頭を下げた。

 後で聞いた話だが老人はノートンの父親の弟にあたる人物らしい。

 病に伏したノートンの父に代わって自身の息子と孫を連れて出て来てくれたらしい。


 オーサーは物資を受け取る日程と場所を説明しながら本拠地に向かった。


 (オーサーよ)


 オーサーが列から少し離れて歩いていた時に李宝典リホウテンから例の呪符を通じて通信があった。

 オーサーは皆に怪しまれぬように付かず離れずといった距離に移動してから呪符の方に向かって意識を傾ける。


 (どうかしましたか、李宝典殿)


 (英雄エイリークとこいつ等を戦わせるつもりか?案山子の代わりにもならんぞ)


 李宝典リホウテンの言うようにノートンと彼の部下たちは怪我人が多く、他は百姓と子供ばかりだった。オーサーは苦笑しながら李宝典の問いに答える。


 (それでいいんですよ、李宝典殿。エイリークに強い敵をぶつけても絶対に負ける事は無い。逆にエイリークはもっと強くなってしまうでしょう。アイツは戦いの神に愛されている男ですから)


 オーサーはどこか誇らしげにエイリークの事を語る。


 (それではどうするつもりだ?)


 ここからでは李宝典リホウテンの姿を見る事は出来ないが、彼の言葉の端からオーサーの回りくどいやり方に対する不快感を感じていた。

 しかし、他者の心を読む力を持った神仙の一人を相手に邪念を抱くオーサーではない。


 (エイリークは底抜けにタフな男ですが、その強さの源は他人からの信頼です。強大な敵を倒す事は出来ても、弱い敵には同情的になってしまう実に甘い男です)


 ブツッ‼


 李宝典リホウテンは応答の代わりに突然通信を切ってしまった。


 同じ神仙でも水夾京スイキョウキョウ上食ウワハミと違って策謀を巡らせる性格ではないので李宝典リホウテンからは特に嫌われているという覚悟はあった。


 少々、落胆しながらもオーサーは少し離れてしまったノートンたちに遅れまいと走り出す。


 しばらくするとオーサーたちは森林地帯の中央にある池がある場所に辿り着いた。

 ノートンの本拠地らしき場所には兵士らしき者たちが多数、待機していた。

 彼らの身につけている鎧、兜には紋章が削り取られた部分がある。

 おそらく同盟、帝国、自治都市のいずれかの軍に所属していた者たちだろう。


 やがてノートンを中心に今後の方針を決める会議が始まった。

 彼らは以前に利用していたデボラ商会のように具体的な活動をしているわけではないが組織としての確固たる信念を持っている為に利用価値が高いとオーサーは考えている。


 ノートンから幾つかの案が提示されるとオーサーは補給の詳しい説明をする。

 新たな食料、飲料水、生活物資が得られるとわかったノートンの部下たちは未来に希望を見出し、歓喜する。


 かくしてオーサーは彼らから信頼を獲得し、計画を順調に進めるのであった。

 

 そして舞台は再び、第十六都市に戻る。

 

 次の日、エイリークたちは第十六都市を出発することになった。

 

 話合いの結果、今回の出動ではダグザとレクサ、ハンスとモーガンが町に残ることになった。

 ソリトンとケイティの夫婦が町を離れることになったのでアメリアとシグルズはベックの家で生活をすることになった。

 レミーたちエイリークの子供の世代は両親が調査の仕事で町を離れる事が珍しくない為に比較的こういった状況に慣れているらしい。


 また余談だが、アルフォンスの息子ケニーと甥のトニーも父親と祖父の健康状態が万全では無い為に残る事になった。


 エイリークが不在の間、保護者としてダグザとレクサとアダンがエイリークの家に来る事になった。

 

 エイリークは死ぬほど嫌そうな顔をしていたがレミーに「ダグの方がまともな大人だから安心」と断じられて残念そうな顔をしていた。


 その後エイリークたちは国境近くにある町を目指して出発した。


 速人はレミーたちと一緒に隊商”高原の羊たち”の出発を見送った後、残りのメンバーをエイリークの家に集めて夕食会に招待した(※一応エイリークの許可は取ってある)。

 招待された”高原の羊たち”の居残りメンバーは夕食会で出された速人の料理に舌鼓を打ち、満足して帰宅した。

 

 やがて皆が寝静まった頃、速人はダグザとレクサと共にエイリークの家の居間で話し合いをしていた。


 その内容とは以前から話題に幾度となくあがっていたダグザの祖父スウェンスについてのものだった。


 「夜遅く呼び出してすまなかったな、速人。今日は私の祖父スウェンスについての話をしたいと思う。耳聡いお前の事だ。祖父に関する話は聞いたことがあるだろう?」


 ダグザの言うように、速人は第十六都市で暮らすことになってから色々な場所で子供の出来る範囲で活躍することによって見識を広めていた。

 角小人レプラコーン族のセイルとベンツェルとは特に親しくなり、工場町を自由に出入りすることが可能となった。

 彼らにはダグザの家族が如何にして第十六都市の平和と発展に貢献してきた事などを教えてもらっている。

 

 ちなみにその時、同席していたエイリークとソリトンは話が始まった時に「用事がある」とすぐに姿を消してしまった事を記憶している。

 

 後にエイリークは子供の頃から繰り返し聞かされていた話だと言ってため息をついていた。


 「ダグザさんのお祖父さんは、セイルさんとベンツェルさんからは一国の王の器を持った偉大な男と聞いております」


 ダグザは速人を相手に弁舌を振るう二人の老人の姿を想像し、少し呆れた様子で苦笑していた。

 レクサもまたダグザと同じような事を考え、吹き出している。


 「私のお祖父さんが聞いたら”けしからん”と怒りだしそうな話だな。これは私見にすぎないが、祖父は序列には拘らない性格だ。おそらく出世欲が無いというよりも余人とは異なった感性の持ち主なのだろうな」


 「そうそう。ダグの言う通りなのよ。親方は私たちが子供の頃、市議会の議長になった時だって”もう辞めていいか?”って毎日言ってたし。それでも十年、議長を務めて戦争を終わらせてしまったんだからタダの変人よね」


 尊敬する祖父を最愛の妻に”ただの変人”呼ばわりされたダグザは微妙な顔になっていた。

 しかしダグザなりに思うところがあったらしく否定することはない。


 (ダールさんの父親というから気難しい性格だと思っていたが概ね予想通りの人物だな。強いて言うならばダールさんは政治家で、スウェンスさんは職人が本業というくらいか…)


 二人の反応からスウェンスという人物の輪郭を思い描きながら、速人は話を続けることにした。


 「現在スウェンスさんはレプラコーン区画の自分の家に一人で暮らしている、と俺の知っている情報はこれくらいですね。ダールさんにご兄弟はいないんですか?」


 「ああ。祖父母の間には父しか子供がいないからな…。実は祖母が生きていた頃は私と両親は同居していたのだが、私が成人した事をきっかけに都市の上層部にある屋敷に引っ越してしまったのだ。当時、父は議員になったばかりで議事堂の近くにいなければならなかった。引っ越した理由は他にも事情はあったのだが今は必要の無い情報だろう」


 「実際、親方とおばあちゃんの周りにはセイルお爺ちゃんたちがいてくれたから全然心配してなかったのよね。私の家もお父さん(※レナードの事)が急に現場指揮官になってお義父様(※ダールの事)の家と一緒に上層の屋敷に引っ越したわね。今さらだけど、あの時は近所みたいなものだったからその気になればいつでも会えるみたいな事を考えてたわ」


 レクサは長い睫毛を伏せながら寂しげに語る。


 ダグザは祖母メリッサが倒れた時のレクサの悲しむ姿を思い出し、そっと妻の肩に手を置く。


 (ここはよその家で、俺は赤の他人だって事忘れてんな…)


 速人は良い雰囲気になったダグザとレクサの姿を生暖かい目で見つめていた。


 しかし二人はすっかり自分たちの世界に入ってしまった為、あたかも時が止まったかのように身動き一つしない。


 そこで速人は大きな咳払いをして注意してやることにした。


 「オホンッ‼…お二人さん、そろそろ話を進めてもいいかい?それとも休憩二時間くらい挟むかい?」


 速人の普段よりも大きな声と侮蔑を含んだ鋭い視線に気がついたダグザとレクサは赤面しながらばっと離れる。


 ダグザは「エイリークにはくれぐれも内密に…」と速人に耳打ちした。


 速人はダグザたちに定位置に戻るよう指示した後で話を続けるように促す。


 二人は無言で頭を縦に振った。


 「最初に言っておくけど、俺はダールさんとスウェンスさんの仲直りするきっかけを作る料理を出すことしか出来ないから。そこだけは覚えておいてね」


 速人は太い両腕を組みながらダグザに警告する。

 ダグザたちを突き放したような言い方にはなるが、いかに速人といえど多くの人間を感動させる料理を作ることは出来ても壊れてしまった人間関係を修復することは出来ない。

 おそらく最後はダールとスウェンスが互いに譲歩する為りして親子関係を修復しなければならないと現時点では考えている。


 ダグザは真剣な眼差しを向けながら速人に頭を下げた。


 「それは重々、承知しているつもりだ。責任の全てを父と祖父に押し付けるつもりは毛頭ない。父と祖父が疎遠になってしまった事は、私の責任でもあるからな」


 「速人。私からも親方を元気にするお料理の話、お願いするわ。前に私のお母さんから聞いた話なんだけど最近親方は自分の家に閉じこもってばかりで、工房にも出て来なくなっているんですって。私親方にはメリッサお婆ちゃんの分まで長生きして欲しいし、お義父さまと仲直りもして欲しい…」


 レクサは顔を両手で覆ってしまう。


 ダグザは流石に学習したのか「私も出来る限りの手伝いをさせてもらうよ」と声をかける程度だった。


 場の雰囲気が少し湿っぽくなってしまったので、速人はスウェンスの好きな食べ物に話題を変えることにした。

 材料さえ揃っていれば明日の朝食のメニューに加えて、ダグザとレクサに試食してもらうつもりだった。


 「ところでダグザさん、レクサさん。スウェンスさんは奥さんの手料理でどんな食べ物が好きだったんだ?」


 「祖父が好きな食べ物…。あまり食べ物に文句をつける人じゃ無かったからな…、ううむ」


 「あら、ダグ。スウェンお爺ちゃんは結構料理にうるさかった人よ?お義父さまほどじゃないけど。そうね、まずグラタンは絶対に外せない料理ね。よくお婆ちゃんと温度がどうのってケンカしていたし」


 レクサは当時メリッサとスウェンスが仲良くケンカをしている様子を交えながら好物について教えてくれた。

 途中、ダグザが情報を補ってくれたことにより十数品の料理が挙がることになった。

 その中の半分は家の中にある材料で作ることが可能だったので、速人は明朝の朝食に用意すると言って自分の寝泊りしている小屋に戻って行った。


 「おい、速人。アダンの鳴き声がうるさくて眠れない。何とかしろよ」


 その夜、速人が消灯しようかと思った矢先にレミーとアインがアダンと一緒に小屋を訪れた。


 ダグザとレクサはすっかり熟睡して起こすことが出来なかったらしい。

 アダンはいつ泣き出してもおかしくはない状態だったので、速人はレミーとアインに礼を言ってから家に帰ってもらった。

 それから一晩中、小屋の中でアダンの世話をすることになった。

 アダンは速人にとてもよく懐いていたのでそのまま朝まで目を覚ますことは無かった。


 あくる朝、アダンを背負いながら速人はスウェンスの好んだメリッサの手料理を作ることになった。


 (ひ孫に見守られながらひい祖父さんの好物を作る。何となくだけど運命を感じるよ)


 速人は小麦粉を水で溶きながらメリッサがダグザたちの為に料理を作る姿を思い浮かべていた。

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