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第百三十話 蠢く策謀

一日遅れてしまいました。次回は2月5日までに投稿します。すいません。

 

 ダールの説教は”今後肉は町の中で買った物を使うこと”だけに止まった。

 その理由は単純なもので、洗面所からドルマとウェインが戻って来たからである。

 ドルマとウェインは帝国の人間だが、ダールにとっては国という垣根を超えた友人である。

 特にドルマはマルグリットの父親に弟を殺害され、ウェインは戦争が原因で両親を失うことになってしまったのだ。

 二人は不幸な身の上にも関わらず戦時中は無償で平和の為に戦ってくれた同志でもある。

 今でもドルマとウェインへの感謝の念を絶やした事は無い。


 ダールは速人に「今後は気をつけるように」と伝えた後、食堂に向かった。


 速人はダールが退出しても頭を下げていた。


 ダールはやけに物分かりの良い態度の速人に不信感を抱き、キッチンの方を振り返る。


 「あれ?ダール、何やってンの?」


 額にヒビを入れながらキッチンの方を睨んでいるダールに突然、声をかける者が現れた。

 ダールが声の主に目を向けると、そこには暖かそうなバスローブを着たエイリークが立っていた。


 (おのれエイリークめが。ついこの間子供が大きくなっているから半裸のような姿で歩くなと忠告したばかりだというのに…)


 ダールは説教の一つでもしてやろうかと考えたが、ここがエイリークの家であることに気がついて口を閉じる。


 一方エイリークはどこ吹く風と大きな欠伸をしていた。


 「速人に少し説教をしていたところだ。私も昨日の晩に妙な夢を見たせいか少しばかり神経質になっているようだ」


 ダールはそう言って前髪をかき上げた。

 いつもならば笑い飛ばされる場面だったが、意外にもエイリークは驚いた様子でダールの顔を見ている。


 「ああ、やっぱダールも変な夢を見ちまったのか。実はさ、俺とダグも見たんだよ。普段は見ないようなタイプの夢を」


 エイリークはげんなりとした表情で夢の内容を語る。

 昨晩の夢の中で亡くなった恩人たちと再会し、一方的に説教をされたらしい。

 ダールの記憶では昔のエイリークは俊足を生かし、彼らに説教される前に逃走していたのだ。


 その後ダールは食堂の前で合流することになった他の人間たちにも同様の質問をした結果、ダールの妻エリーとエイリークの娘レミー以外の全員がおかしな夢を見たという話を聞くことになった。


 マルグリットは夢の中でエイリークの両親と再会した。

 そして、マールティネスとアグネスにエイリークと結婚した事や二人の子供を授かった事などを報告したらしい。


 「あたしはね、夢の中でマールとアグネスに会ったよ。レミーとアインの話をしたりさ、結構驚いていたのさね」


 「なあ、ハニー。父ちゃんと母ちゃん、俺の事は何か聞いて来なかったのかよ?」


 「うーんとね、聞かれなかったなー。放っておいても大丈夫だろ?みたいな感じで」


 ここでエイリークの両親の生前の姿を知る者たちはどっと笑う。

 エイリークも両親の性格を思い出して一緒に笑っていた。


 ダグザは夢の中でエイリークとマルグリットによく似た人間の面倒を見ていたと語る。

 若い頃から白髪の老人になるまで世話をして、自分の家族とエイリークとマルグリットのそっくりさんの家族に看取られながら永眠するという内容だった。


 (それ…今と何ら変わりないだろ‼)


 レミーだけではなくエイリークとマルグリットを除く誰もが同じ事を考えていた。


 ダグザの妻レクサはずいぶん前に亡くなった祖父母の夢を見たらしい。

 夢の中で彼女は祖父母から父レナードに対する不満をぶち撒けられたらしい。

 後日レクサは夢の話が原因でレナードと喧嘩をすることになる。


 ドルマは死んだ弟のアンディに、ウェインは死んだ両親と再会したらしい。


 ウェインはあまりに昔の事なので両親の顔を忘れてしまったらしく最初声をかけられた時に困惑してしまったと語る。


 ドルマはアンディに自分の家族を大切にしろとか、父親の話を聞いてやれとか説教をされたらしい。

 しかし、ドルマは久々に弟に会えた事を喜んで目の端に涙を溜めていた。


 結局、ダールは速人の持ってきた羊肉に原因があるという推測を打ち明けることは無かった。


 だがエイリークとダグザ、エリーは何か思うところがあったらしく後に三人は速人に得体の知れない羊肉を食べさせるなと注意した。


 朝食の支度を終えた速人が食堂から出て来た事を合図にエイリークたちは一斉に食堂に入る。


 ダールがエイリークの席に家の主のように座り、その近くにダールの家族とエイリークの家族が座ることになった。

 テーブルの一番端に座っているドルマとウェインは身だしなみを整えて小奇麗な姿になっている。

 昨日速人の料理の腕前を知って虜となってしまったドルマはナイフとフォークを構えて、料理を待っている。


 (普段から食事を喜ぶ事なんて無い人だから喜ばなければならないんだろうけどな…)


 ウェインは速人が皿を持って歩く姿を見るだけでニンマリと笑っているドルマの姿を見ながら苦悩していた。


 速人は予定を繰り上げて先にウェインとドルマに料理の乗った皿を持ってくる。


 ドルマは皿の上に乗っているテリーヌを食べようとするが寸前のところでウェインに止められた。

 エイリークはおろか誰も食べていないという状況だったのだ。

 ドルマは赤面しながらナイフとフォークをゆっくりとテーブルの上に置いてから、項垂れていた。


 「いただきまーす‼」


 そしてエイリークの通りの良い掛け声から朝食が始まった。


 ドルマは昼前には第十六都市を出発する事をエイリークに伝えた。

 そして今後は定期的にウェインを正式な使者として第十六都市に送り連絡を取るとも伝える。

 エイリークと”高原の羊たち”のメンバーは大きく頷き、ダールはウェインが出入りする際に不自由が無いよう手続きを済ませると付け足す。


 しばらくして朝食が終わった後、エイリークたちは職場への出勤とドルマとウェインの見送りをする為に家を出て行った。


 レミーはアインを連れて隣のソリトンの家にアメリアとシグルズと一緒に学校に行く為に出かける。

 いつもはアメリアがシグルズと一緒に来るのだが、今日はレミーたちが誘いに行く日らしい。


 ダールとエリーはレナードが迎えに来るまで家にいると速人に伝える。

 速人は食後にダールとエリーを居間に案内して、そこでくつろいでもらうことにした。

 ちなみにダールは居間の壁に掛けてある自分が画いた絵を見てあまり良い顔をしていなかった。

 どうやらエイリークの家にあったダールの絵は黒歴史だったらしい。

 ダールは直ちに絵を外すように言ってきたが、エリーによって妨害される。

 速人は普段は目立たない場所に配置すると約束してダールを安心させてやることにした。


 昼頃、タイミングよくレナードが息子ジムと一緒に馬車に乗ってエイリークの家に現れた。


 レナードの話によれば道中セイルとベンツェルに遭遇しないように進行ルートを厳選してきたらしい。


 速人はレナードとジムを居間に案内した。


 エリーは二人に昼食を摂る事を勧め、ダールも妻の提案に同意する。


 (ここはエイリークさんの家だろ…)


 速人はツッコミを堪えながらダールたちに昼食を用意した。


 速人はエリーの希望で卵と魚を使った料理を用意した。

 食事は上流階級の人間らしい厳かな雰囲気の中で粛々と行われる。

 速人は雪近とディーの手に余る来客と判断し、二人にはキッチンで先に食事をとらせて自分はダールたちに専念する。

 ダールは鮭によく似た魚のムニエルを楽しみながら昼食は終わりを無事に終わる。


 速人は食後のお茶を出した後、屋敷を出て行く四人の姿を見送った。


 やがて速人が疲れ切った顔をして屋敷に戻るとディーと雪近が待っていてくれた。


 ディーは苦笑しながら温かいタオルを速人に手渡した。


 速人は軽く会釈すると顔をゴシゴシと拭く。


 「速人、お疲れ様。エリーさんとダールさん、普通に注文が多いから大変だったでしょ?」


 速人がダールたちを相手に食堂で仕事をしている姿を盗み見していたディーが感想を尋ねてきた。

 

 速人は使い終わったタオルを洗い場に入れた。

 そしてタオルを水の中で何度か手洗いをすると両端を掴んで一気に絞る。

 最後の一滴まで水気を出すと小窓の近くにあるハンガーに掛けた。


 「まあ、上流階級の人間なんてあんなものだ。むしろ俺としては仕事がやり易かったくらいだけどな。お前らも早くあのレベルの人間の接客に慣れないと駄目だぞ?」


 ディーと雪近は互いの顔を見合わせた後、ため息を吐いた。


 速人はスコーンに大量のバターを塗ってから口に放り込んでいる。


 スコーンを焼いてから時間が経過している為に冷えてしまってはいるが味よりも出来栄えの方が速人は気になっていた。


 (口当りが今一つだな。今度はもう少し生地を細かく仕上げるべきだな…)


 速人は湯気の立っているホットミルクを一気に飲み干した。

 自身の簡素な食事に使った食器を食べるとほぼ同時に洗ってしまった。


 午後から速人と雪近とディーは庭でパーティーの後片付け兼掃除をしていた。

 大体の仕事は昨日終わらせたつもりだが、会場と招待客の規模を考えれば当然一回の掃除では終わらない。

 雪近とディーはBBQ会場とキャンプファイアー跡の掃除を担当し、速人は果樹園と植物園の掃除をした。

 掃除が終わると三人で担当した区域の点検を行う。

 やがて仕事が終わった頃には夕方になっていた。


 屋敷に戻った後、速人はエプロンを身につけて夕食の支度を始める。


 その日は珍しくエイリークたちは家族全員で帰宅した。

 レミーとアインは上機嫌で居間のソファーに座っているエイリークとマルグリットと話をしている。

 しかし、エイリークたちは何かしらの事情があるせいか気後れした様子でレミーとアインの話を聞いていた。


 そして食事が終わった後、エイリークが仕事でしばらく家を空けるという話を切り出してきた。

 

 アインはやや落胆した様子で、レミーは呆れた様子でため息を吐いていた。


 「実はよう…、第十六都市の近くで連絡が取れなくなった村があるって話を聞いてな。同盟の国境にわりと近い場所だから俺たちが出動することになったんだ。ごめんな、レミー、アイン」


 「私だって子供じゃないんだし、父さんたちが危険な仕事をしている事くらいわかってるよ…。仕事を頑張るのもいいけど、くれぐれも怪我しないようにね」


 「今回はダグ兄とレクサが第十六都市に残る事になったからさ。まあアダンがいるから当然なんだけどね。何か困った事になったらダグ兄に相談するんだよ」


 両親が遠出をするという話を聞いて、アインはすっかり落ち込んでしまった。


 マルグリットはそんな息子の頭を撫でている。


 「お母さん、お父さん。元気で早く帰って来てね」


 マルグリットは「うん。わかった」と言ってからアインを抱き締めていた。

 力が入り過ぎてアインの顔が青くなってきたところで速人とエイリークによってアインは救出された。


 エイリークは次に速人たちを呼んだ。


 「そういうわけで俺様とハニーはしばらく家を留守にする。その間、ダグとレクサが俺の家にいるそうだから言う事を聞いてやれよ?俺様と違ってあの二人は性格、悪いからな」


 「わかったよ。エイリークさんたちの方こそ、みんなの為に元気な姿で帰って来てくれよ」


 エイリークはレミーとアインを順に抱き締めてから何度もキスをする。

 その結果、二人は風呂場で洗われた犬みたいな姿になってしまった。

 次にエイリークは速人たちにも同じような事をしようとしたがキッパリと断られていた。


 エイリークとマルグリットの話はそこで終わり、明日の出発に向けて準備を始める。

 全員でエイリークの物置や倉庫を行き来し、一応の準備が終わった頃には真夜中になっていた。

 

 速人はエイリーク一家がベッドに入るのを見届けた後、家の庭にある自分の部屋に戻った。


 部屋の中では既に雪近たちが寝床についていたので、速人もすぐに布団の中に入ってしまった。


 舞台はレッド王国同盟と自治都市の国境近くにある森林地帯に変わる。


 枯葉に覆われたもはや道とは呼べぬ路。

 そこはかつては商用の公道として使われていた時期もあったが、戦に巻き込まれる度に人々が避けて通るようになった場所である。

 大昔道すがら雨風を避ける為に作られた宿場も廃墟と化していた。

 賊徒にとっては身を隠すには都合のいい場所だったが、ダナン帝国のドルマという軍人が処刑場として使っていたという噂が流れてしまった為に誰もよりつかなくなってしまったのだ。

 そんな曰くつきの場所を一人の男が歩いている。


 氷の混じった小雨をフードに浴びながら森の奥を目指して休むことなく歩き続けた。

 ドルマの悪名に便乗した噂を流した張本人とはこの男である。

 男は歩きながら、エルフ族にしては短い部類に入る長い耳を使って人の位置を探り当てようとしていた。

 相手は信頼に足る人物だが、性能と評価は決して高くは無い凡庸な人物だった。


 (彼に限ってこちらを裏切るような真似はしないんだろうけど、尾行されている可能性があるんだよねー)


 オーサー・サージェントは自虐気味に笑った。

 そして右手を前に出して魔術で作った光の量を調節する。

 いざという時は旅の途中で森に迷い込んだと言いわけするつもりだった。


 (オーサーよ。例の同志とやらすぐ近くまで来ているぞ。挨拶はしなくていいのか?)


 ビクッ‼


 オーサーは頭の中に直接聞こえてきた声に戦慄する。

 水夾京スイキョウキョウと名乗る男から紙で作った札を預かった時に用途については聞いていたが、何の過程も無しに相手と話が出来る道具とはオーサーも思っていなかった。


 オーサーは細い眉を寄せながら呪符を通じて話かけてきた人物に応答する。


 「いきなりビックリするじゃないですか、李宝典リホウテン殿。私は魔術はチビッと使えますが仙術でしたっけ?あれはからっきしなんですけどね」


 オーサーは懐の呪符に向かって話かける。

 オーサーは厳めしい李宝典の風貌を思い出しながら嘆息する。

 彼はナナフシ同様に一個の戦力としては果てしなく頼もしいのだが、それ以外はどこか欠けている。


 そして会話の最中でもオ-サーは周囲に常に気を配り、接近しつつある対象の動向も探っていた。


 (謙遜するな、オーサー。仙具を使う事も含めて、お主には仙人の才がある。後五千年も真面目に修行すれば私の足元には辿り着くことが出来よう)


 李宝典は鼻息を荒くして自信満々に言った。


 (どういう褒め方だよ…)


 オーサーはわざと足音を立てながら目標に近づいた。

 案の定、オーサーが靴を泥まみれにしながら五分ほど歩いていると前の森から古びた鎧を着た男たちが歩いて来た。


 「鎧を着た同盟の兵士…。そうか貴方がオーサー殿ですか。ノーマン殿がお待ちです。我々の後について来てください」


 オーサーは得意の友好的な笑顔を浮かべ、頭を縦に振った。

 男たちはレッド同盟の兵士が自分たちの仲間に加わる事を歓迎し、次々とオーサーに自己紹介しながらノーマンという男の待つ場所まで同道した。

 やがて森の中心にある大木が立っている場所までたどり着くと、オーサーは自分と似たようなデザインの鎧を着た男の姿を確認する。

 オーサーは遠目からその人物がかつて戦場で共に戦ったノーマンという人物であることを確認した。


 「ようこそ、オーサー殿」


 オーサーはノルマンの目の前で膝をついて頭を垂れる。

 だが前髪の下にある青い瞳はどこまでも冷厳な光を放っていた。


 「ええ、覚えていますよ。黒い枝の王国の騎士、ノーマン殿。お久しぶりです」


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