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第百二十九話 ダールの見た夢

次は一月三十一日に投稿する予定。

 

 その日の夜、ダールの一家はエイリークの家に泊まる事になった。

 

 一階の来客用の寝室をダール、ダグザ、エイリーク、アイン、そしておまけでウェインとドルマが使うという混沌とした状況に為った。

 

 ダールとドルマは来客用の青い寝巻に着替えると早々に眠ってしまった。

 

 アインは部屋に入る前からウトウトしていたせいか今はぐっすりと眠っている。

 

 エイリークはベッドに肘をついて不貞腐れたまま横になっていた。

 

 ダグザは先ほど速人に温かいハーブティーを頼み、周囲に迷惑にならない程度の光量の魔術灯を使って帳簿をつけていた。


 ウェインは天井を眺めながらここ数日の事を思い出していた。

 

 ちなみにウェインは速人に温かいミルクを注文している。

 普段は眠る前に温かいミルクを飲むことがウェインの習慣だったのだ。


 ウェインは帳簿と格闘しているダグザに小声で話しかけた。


 「ダグ兄さん、今日は大事な集会に飛び入りで参加して悪かったな。隊長がどうしてもっていうから寄らせてもらったんだ」


 ウェインは片方の目を閉じながら悪戯っぽく笑う。


 ダグザはため息をついた後、帳簿から目を離した。

 子供の頃からのつき合いとはいえ雑な挨拶を返すのはダグザの信条に反する行為だから他ならない。


 「いや、今日は君とドルマが訪ねてきてくれて感謝している。私たちだけではない、何より他の参加者たちも君とドルマの元気な姿を見て安心しただろう」


 ウェインは静かな寝息を立てながら眠っているドルマン姿を見る。


 (まさか処刑人と人々から恐れられるドルマが、こんな子供のような寝顔だとは思わないだろうな)


 あえて見ないのは武士の情けとばかりにダグザは帳簿に集中することにした。

 最近は隊の出動回数と物資の補給が増えているのだ。

 結果として多くの人々が助かり、”高原の羊たち”の収入が増えるので良いこと尽くしなわけだが同業者から恨まれる一因にも為り得る。

 ダグザは帳簿をめくりながら簡単な仕事を同業者に回せないものかと考える。


 気がつくとウェインとエイリークが一緒になって帳簿の中身を覗いていた。

 

 「なあ、ヤリチン君(※ウェインのあだ名)。お前この書類に何が書いてあンのかわかるのかよ?」

 

 薄暗い部屋の中、ウェインの額に血管が浮かんだ。

 ウェインは切れ長の鋭い目つきである為によく同僚からも”アイツは女たらしだ”と陰口を叩かれている事を知っていた。

 

 (ヤリチンって…女にモテた事なんかねえよ)

 

 ウェイン自身、生真面目で仕事人間なので女性とは縁が無い。

 遠距離恋愛をしていた幼馴染と数年前に結婚した事をエイリークに知られれば弄られるのは明白だったので黙っておくことにした。

 

 「まあ少しはわかるぜ。こっちの数字がエイルたちが出動した時に使った費用で、これが街のお偉いさんと役所が用意してくれた報酬だろ。やっぱすげえな、”高原の羊たち”。名前が売れているせいか、報酬の額が半端ねえぜ」


 ウェインの職場である帝国の辺境警備隊でも、これほどの収益を得る事は難しいだろう。

 その差異たるやドルマがいなければ家族で第十六都市に引っ越す事を噛ん毛てしまうほどだった。ダグザは二人の慌てふためく様子を見ながら皮肉っぽく笑う。


 「そうでもないさ、ウェイン。エイリーク。これでも身内用の少ない価格で仕事を請け負っているんだ。もう少し色気を出せば城の一つを建てることも容易いくらいだ」


 エイリークとウェインは感嘆の声をあげる。この辺は昔と何も変わらない。

 しかし、ダグザが得意気に語ったところで寝ているはずのダールから一言があった。


 「まだまだ若いな、ダグ。君たちの信頼とは所詮マールやチェス先生が築いた基盤の上に立つものでしかない。欲をかいて収益を増やそうとすれば先人の努力が全て無駄になってしまうぞ。まあ私も同じような邪心を抱いた男だ。先輩の失敗談と思って聞いてくれ。おやすみ」


 ダグザは項垂れた後、それきり黙ってしまった。


 エイリークとウェインもベッドに潜り込んでシーツを被る。


 やがてエイリークの盛大なイビキが聞こえてきたあたりで速人がキッチンから戻って来た。

 車付きのカートの上にはハーブティーとミルクが湯気を立てている。

 半寝だったウェインが目を覚まし、早速ミルクを飲んでいた。

 ウェインはホットミルクに混ざった微量の砂糖に感謝しながら飲んでいた。

 ダグザも帳簿をベッドの上に乗せてハーブティーの入ったカップに口をつける。

 乳白色の温かい液体は、カルダモンのような香りがする香草を牛乳で割ったハーブ入りのミルクてしーだった。

 速人は既にダグザの好みの味つけを知っていたので微かな砂糖の甘味にダグザは思わず頬を緩ませていた。


 「速人。お前にも第十六都市に来てからずいぶん世話になっちまったな。ありがとうよ」


 「礼には及びませんよ、ウェインさん。むしろエリオットさんたちの情報を垂れ流してくれ事で俺が苦労したんだからもっと感謝してくださいよ」


 速人はわざとトゲのあるような言い方をした。

 エリオットとセオドアに特別な思い入れがあるわけではないが、マティスたちとテレジアの家族の苦労くらいは理解することが出来た。

 ドルマはウェインに心の中で謝罪しながら寝たふりをしていた。


 当然のようにダール、エイリークも聞き耳を立てている。


 「ぜ、善処します…」


 ウェインはミルクを飲んだ後、速人にカップを返してから寝てしまった。

 嘘くさい寝息まで聞こえる。


 速人は全てを水に流し気がつかないことにしてやった。


 ダグザはウェインを気の毒に思いながら空になってしまったカップを速人に返す。


 「速人、ウェインとドルマの事は私からも許してやって欲しいと思う」


 ダグザはウェインとドルマを見た後で、速人の頭を下げた。


 速人は無言でダグザに向かって頭を下げる。

 ”事情を理解はするが納得はしていない”という意思表示をしたつもりだった。


 やがてダグザがベッドに入った事を確認すると速人はキッチンに戻って行った。


 (エリオットとセオドアか。時間と手間をかけて捜したつもりだったが意外に近くにいたのだな。だがダグたちが自力で解決しようというなら彼らに任せるべきだろう。エイリークとダグはもう子供ではない…)


 ダールはエリオットの事についてダグザたちに何か尋ねるわけでもなく眠りについた。


 その時は、そうした方が彼らの為になると感じたからである。


 そして深夜。


 ダールは夢を見た。

 夢の中でダールが与えられた役割は、家屋の一室で語らう二つの影を見守るというものだった。

 部屋の中には魔術師の工房を思わせる大きな”万能の釜”を中心に天球儀、星座盤、方位磁石といった道具が配置されている。


 (まるで亡くなったお祖父じいさまの私室だな。私にとっては理解の範疇を超えた魔法道具アーティファクトばかりだ)


 ダールにとっては畑違いの分野だったが、部屋の持ち主はかなりの実力者であることは間違いない。


 研究者の端くれとしての意地かダールは少しでも多くの情報を得ようと注意深く観察しようとする。

 

 その時、ダールの背中に手が添えられる。


 男は優しい手つきでダールの背中をゆっくりと撫でた。

 

 ダールは驚いて男の顔を見つめる。

 

 青い髪に、青灰色の瞳を持つダールにとってはよく知った風貌の青年だった。


 (父上。若い頃の父上にうり二つの、この青年は一体…?)


 青年は小さな口の前に人差し指を置く。

 ”少しの間でいいから黙っていてくれないか?彼が気づいてしまうと厄介だから”男は春の陽光のような微笑を浮かべる。


 「どうした、ダナン。また身体の調子が悪くなったのか?」


 黒い影の青い瞳が、こちらに向けられる。


 ただそれだけでダールは心の底から凍りついてしまった。

 黒い影はソファから降りて堂々とした足取りでこちらに向かって来る。

 

 ほの明るい月の光が影の持ち主の姿を照らし出した時、ダールは己の予感の正しさを理解する。

 彼こそはダナン帝国の初代皇帝の守護者、龍の鱗を持つ獅子”黒のバハムート”だった。

 少なくとも目の前のそれはダールが世界各地の伝承が記された書物に書かれていた絵と同じ姿をしている。


 ダールは己の死を予感した。


 「違うよ、×××。私のいつもの妄想癖さ。最近は畑仕事が楽しくてね。新しい道具を考えては作ってしまうんだ」


 「酔狂な事だ。生憎だが獣の私に農耕の話などされても困るだけだ。明日にでもお前の生徒たちに話してやるがいい」


 残念ながらダールには獣の真名を聞くことは出来なかった。

 

 男は黒い獅子のたてがみを撫でてやる。

 

 獣は要らぬ世話を焼くなとばかりに頭を振って男を追い返した。


 獅子は忌々しそうに男を睨みつけた。

 

 同時に男は吹き出してしまう。

 それは男と黒獅子が出会って数千年もの間、幾度となく繰り返された他愛のない光景だった。


 「何度も言うが、ダナンよ。私を赤子のように扱うな。どちらが年長者だと思っている」


 「これは失礼。しかし、私の魂の原型となった御方のくせが染みついてしまっているのだろう。許してくれ」


 獅子は不快そうに床を尾で叩いた。

 本気で叩けば屋敷を倒壊させるどころかここら一体の地面に亀裂を生じさせる力を持っているのだが、そうはしない。


 「おい、私が主の名前を出されれば何でも言う事を聞くと思うなよ?…お前という男は悪い意味で主と瓜二つだ。全く。ところでダナン、あの悪趣味な傀儡は何だ?」


 ダールは心臓を直に握られたような心境に陥った。

 つい先ほどまでは自分は見逃されていたのだ。

 獅子は自身の爪牙にも劣らぬ視線をダールに向ける。

 この時ダールは自分の肉体が角小人レプラコーン族のそれではなく銀毛の羊になっていることに気がつく。

 飛び掛かられれば一瞬のうちに生餌とされてしまうだろう。

 

 男は椅子から立ち上がり、ダールの方までやって来た。


 「これは××様から学んだ練丹術を応用して作った家畜だよ。普通のより何倍もよく働く良い羊さ。名前はまだ決めていない。良かったら考えてはくれないか?」


 「フン。これが噂の”フラスコの小人(ホムンクルス)”というものか。実に悪趣味だ。創世の神とやらに出来なかった事が人間などに出来るものか。おい、ダナン。言っておくがこれは見かけこそ畜生の姿をしているが中身は人のそれと変わらぬからな。お前の生徒たちにくれてやる時はくれぐれも食うなと言っておけよ。でなければ寝覚めの悪い事になるぞ」


 ”フラスコの小人(ホムンクルス)”とは獣の仲間の一人が”外界”から持ち込んだ技術の一人だった。彼の世界でも再現不能の技術だったが、練丹術を学ぶことでどうにか再現することが出来たらしい。   


 人工生命体の誕生は、さらに世界に混乱を巻き起こす結果となってしまったが。


 否。彼の協力があったからこそダナンがこの世に生を受けることが出来たのだ。


 獣は赤と青の双眸に憂いを映し、首を横に振る。

 ダナンは苦笑しながら獣に語りかける。


 「わかった。肝に命じておくよ。新しい法令に加えておこうかな」


 (そういう理由かーッ⁉)


 ダールは何故ダナン大帝が”ジェネラルシープ”を食べてはいけないという法律を作った本当の理由を知ってしまった。

 人が人肉を食するというのも目覚めの悪い話だったが、ナインスリーブス独自のもう一つの理由が存在する。

 同程度の魔力を保有する個体が、魔力の等価交換を行うと稀に”能力”を引き継いでしまうことがあるのだ。


 (おそらく個体差はあるだろうが、ダグやエイリークも私と同じような体験をしているかもしれんな…)


 その時、部屋の外から足音が聞こえてきた。


 足音の主は部屋の前で一度立ち止まってからノックをする。

 獣は「また来る」と短くダナンに告げた後、扉まで駆け上って外に出て行ってしまった。


 「ダナン様、夜分遅くもうしわけありません。使いの者が”人がいないはずの部屋から話声が聞こえる”という話を聞いておりまして」


 部屋の入り口に立っていた緑色の服を着た女性だった。

 線の細い、しかしか弱さを感じさせない凛とした雰囲気を持っている。


 「ああ何だ。エヴァ、君か。入りなさい、部屋の外では寒かろう?」


 ダールは椅子から立ち上がり、女性を手招きする。

 エヴァと呼ばれた女性は一礼すると部屋の中に入ってきた。

 緩やかなウェーブのかかった青銅色の髪を後ろでひとまとめにしている。

 灯りに照らされた白磁のような頬、意志の強そうな黒い瞳。


 とそこでダールはエヴァという女性の顔が若い頃の母メリッサに似ている事に気がついた。


 今は亡きダールの母と違う部分を挙げろと言われれば、父スウェンスとよく似た容姿の持ち主であるダナンという人物に対する態度だろう。

 エヴァは相手に畏敬の念を抱き、メリッサは全幅の信頼を寄せつつも父スウェンスを世間知らずのお坊ちゃんのように見ている傾向があった。

 それからダナンと呼ばれる人物は夜更かしをして研究に没頭している事、仕事ばかりでロクに休憩を取っていない事、部屋が散らかしっ放しである事で説教を受けていた。


 (まるで父と母の在りし日の姿を見ているようだな…。夢ならば冷めないで欲しいが)とそう思いかけた時にダールは夢の中で意識を失ってしまう。

 ダールは深い眠りに落ちる中で久しぶりに父スウェンスの事を考えていた。


 あくる日、ダールはドルマとウェインとアインの後に目を覚ますことになる。


 アインは着替えを終えると教科書とカバンを取りに自分の部屋に戻って行った。


 ドルマとウェインは洗面所で仲良く身支度をしている。

 昼前には帝国領に出発することを考えていると、ドルマが話していた。


 ダールは部屋にある洗面台を使って髪型を整えるとまずダグザとエイリークを起こし、速人のところに向かった。


 ダールが足早にキッチンに向かうと速人は大皿の上に野菜炒めを盛り付けている最中だった。


 ダールは両腕を組みながら速人の仕事が一段落するのを待った。

 やがてキャベツと玉ねぎとニンジンとピーマンの細切りを油で炒めたものを大皿に乗せ終わった速人がダールのところにやってくる。


 「速人、仕事を中断させてしまって誠に申し訳ない。言いたいことがたくさんあうが、まずは起床の挨拶だ。君が新人ニューマンとてこの習慣は違いあるまい。おはようございます」


 ダールが頭を下げる。

 対して速人も両手を添えて深々とお辞儀をした。


 「おはようございます、ダールさん。それで俺に何の用?」


 「とりあえずだ。昨日の羊肉の話だが、原因不明だが妙な夢を見た。次からは市場で仕入れた食物以外食卓に出さないことを要望したい」


 結果として羊肉を食べなかった速人と雪近は皆目見当のつかない話だったが、それ以外の羊肉を食べた人間は何かの夢を見たという話を後から速人は聞くことになった。


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